襲撃の夜・後
本日三話投稿しています。
ひとまず脅威の排除を確認し、カイルが歩いて来る。
「アキトたちにはまた助けられたな。
そして、今一度力を貸して貰いたい」
カイルの言葉に頷く。
脅威が去ったとは言え、祝賀会の会場だったここは逃げ遅れた多くの貴族や侍女、それに給仕に廻っていた下働きの半数近くが大きな怪我を負っていた。
もちろん怪我では済まず、一目で死んでるとわかる者もいる。
苦痛に呻く者に、嗚咽する者。
呆然とする者に、やり場の無い怒りを声にする者。
既に息を引き取っている身内に効果の無い治癒魔法を使い続ける者。
そして、神に縋る者。
トリスタンとカイルが騎士団に指示を出し事態の収束を計る。
同時に騎士団に遅れてやって来た魔術師や教会関係者が治療にあたるが、現場の惨状に嘔吐する者や怯える者もいて、十分に力を発揮できていなかった。
「ルイーゼ頼めるか」
「はい、もちろんです」
ルイーゼが会場の中央に移動し両膝を突くと、一拍置いて祈りの言葉を口にする。
「生命の根源たるは水の女神プレアディーネ、力の根源たるは男神オルディス、二つの根源を宿す肉体は………」
少し祈りの言葉が変わったな。
祈りの言葉自体に決まったものは無く、各々が思うがままに神々に捧げる言葉を綴ると言う。
知識が増えればその言葉も変わってくるのは当然か。
ルイーゼを中心に青く神々しい光が、まるで波紋の様に地面を走って行く。
一つ、二つ、その数を増すごとに空気中の魔力が活性化し、何か巨大な力が働くのを感じた。
何時もならルイーゼを中心に光の柱が立ち上がり、その光の範囲に『神聖魔法』の効果が現れていたが今はそれが無く――いや!?
確かに光の柱は出来ている。単に巨大過ぎてそうと感じなかっただけだ。
現にさっきまで苦痛に呻く声が会場の至る所で聞こえていたのに、それが収まっていく。
更に幾つかの強い光が天から差し込むようにして、何人かの倒れた人たちを照らし始めた。
それは俺が『魔力感知』ですでに死んだと思っていた人たちだ。
まさかという思いが現実に変わる。
魂の失われた肉体に魔力反応が蘇り、力強い胎動を始めた。
「嘘……えっ、アキト!?」
マリオンが不安そうに俺の袖を掴む。
未知の力を前に怯えるのは俺も一緒だった。
人知を越える力の存在に魂が畏怖する。
何人かの貴族が膝を突き、両手の指を胸の前で組み合わせて頭を垂れる。
その方角がルイーゼを中心としていることに違和感を感じると同時に、一方から強烈な視線が向けられていることに気付いた。
あれは確か昼間にトリスタンと謁見した時、背後にいた聖職者と思われる男で、うろ覚えだが恐らく階級は枢機卿以上だろう。
もう一つ、ルイーゼに妾になれと声を掛けてきた男と容姿が似ていることから、親子あるいは近い血縁の可能性が高い。
その男は親が枢機卿とも言っていたらしいので、まぁ間違いないだろう。
枢機卿は、ルイーゼの祈りに応えた慈愛の女神アルテアの起こした奇跡を見て感動している――という様子ではなかった。
どちらかと言えば憎々しげに睨むといった表情で、その念の籠もった視線には寒気を感じるほどだ。
たった一度顔を見ただけで話したこともない相手からそれほど強い感情を受ける理由まではわからない。
警戒はするが、今すぐ害となっているわけでも無い段階で俺に出来ることは、ルイーゼがそれに気が付かないようにすることくらいか。
「女神アルテア様に感謝を……」
ルイーゼの言葉に膝を突いていた者だけじゃ無く、その場にいた全ての者が感謝の言葉を口にする。もちろん俺もだ。
昔は漠然としか感じていなかった女神アルテアだが、死んで魂の存在となった俺を助けてくれたのは良く覚えている。
それ以来、神々の中でも特に女神アルテアには何度も助けられてこともあり、信仰心を感じる程度には親しみがあった。
その姿は美しいという表現では言葉が足らず、かと言って他に言葉も無い。
神々しいとは違い、どちらかと言えばもっと親しみやすい雰囲気を持つ女神アルテアは、頭上に銀細工の冠の様な物を浮かばせ、背中には輝きを放つ五対の翼を持っていた。
白い肌に優しい微笑み、慈愛に満ちた藍色の瞳は儚げで深い輝きを放ち、銀色の長い髪は魔力で揺蕩う。
俺が女神アルテアに対して勝手に想像していた姿そのもので現れた時にはびっくりしたが、そう認識される存在こそが神という者なのだろうか。
「大聖女様の再誕だ……」
「何を言う、大聖女様は魔人族の王に対抗する為に降臨されたのだ、平和なこの時代に現れるはずが無い」
「だが各地を渡り歩く私でさえ、あの様な奇跡は見たことも聞いたことも無い」
「おぉ、感謝いたします。
我が娘は先程まで血を失い、青い顔で息をしていなかったのだ。
それが今は……バネッサ、良く無事で帰ってきてくれた……」
何人かの貴族が奇跡を目にして戸惑い、一人の貴族がまだ意識を失ったままの娘を抱きしめる。
未だその余韻に呆然とする人々の中を、トリスタンとカイルが歩いて来た。
「ルイーゼ、素晴らしい奇跡だった」
「ありがとうございます、トリスタン閣下」
ルイーゼが武装を解き、元のドレス姿に戻って跪く。
俺とマリオンもそれにならい、トリスタンの前で武装したことを謝罪する。
トリスタンは今回の状況を見て不問としてくれたが、本来であれば反逆罪とも取られる行動だ。
俺たちはいつでも武装を出来るという状態で領主に謁見したと言うことになる。
それはガーゴイルを退けたことなど、本来は帳消しになっても良いくらい不味いことだろう。
だが、トリスタンが敢えてそれを持ち出さなかったことで、俺もそれに甘える。
ただし、今後の行動に制約が掛かるのは間違いない。
もっとも貴族社会で生きているわけでは無い俺にとって領主に謁見するような機会がそうそうあるわけでも無く、大した制約ではないだろう。
「魂すら呼び戻すほどの奇跡など、かつてその身に女神アルテアを降臨させた大聖女ただ一人が使えただけだ。
それを生身の上で行うなど……これほどの力を個人が管理するなど危険が過ぎるのではないか……」
「トリスタン、不用意な発言はよせ」
「しかし――」
「それだけの力だからこそ、抱え込めばどうなるかはわかるだろう」
かつての俺たちはルイーゼの授かった天恵や、俺の得意とする魔力制御について隠していた時期がある。
それはまだ権力を持つ者たちに抗う力が無かった頃の話で、今は俺たちの意思を押し通すことが出来るくらいにはなった――と言うか、駄目なら逃げるという手段がとれた。
だから隠すことによる制約より、必要な時に力を発揮して強力な後ろ盾を得る方向で考えている。
その点で言えば、領主であるトリスタンの庇護下に入るのは悪い話ではない。
ただ、強すぎる力は強い反発を招く。
その力を手に入れられなかった者は、あらゆる手段を持って横取りを狙うか消し去ろうとするだろう。
特に敵対する者にとっては無視できるものではない。
トリスタンが俺たちを取り込もうとするならば、そういう新たな敵が出来ると言うことだ。
カイルはそれがわかっているのか、トリスタンを止める。
「わかっている。
だが、ルイーゼの力ならお前の妹も――」
「そこまでだ。
神の力を神の力でどうにかしようなどと考えてはならぬ」
神の力を神の力で……片方を『神聖魔法』とするならもう片方は何を指すのか。
カイルの様子を見ればそれを話す気は無さそうだし、必要ともされていないか。
もしかしたら頼まれていた回復薬も関係するのかも知れないが、ここへ来る途中の馬車で納品済だ。
しばらくして薬の効果を聞いてみて、その時カイルが話すようなら聞けば言い。
カイルはナターシャに指示を出し、突然ガーゴイルが襲ってきた理由など調べて始めた。
ガーゴイルは審判の塔の四〇層辺りにいる存在らしいが、審判の塔の魔物が町に襲ってくるのは初めてのことらしい。
そうなると人為的な何かを感じる。
とは言え調べるのは専門じゃ無いし、その為に騎士や文官がいるのだから任せることにしよう。
今までにも空から襲ってくる魔物に出会ったことはあるが、それは外だったし城や砦のように守られた場所でも無かった。
だから余り気にしたことが無かったけれど、防衛網を一切無視して直接攻撃を仕掛けてくる飛行能力は無視できる存在じゃ無いな。
アニメやラノベの世界で言えば浮遊魔法に当たる魔法を俺は聞いたことが無いし、見たことも無い。
風属性の魔法で飛べないかどうか試した記録はあるが成功していないようだ。
もしかしたら重力という発想が無いのだろうか。これも要検討だな。
そんな侵入者から拠点を守る為に、巨大な障壁を張る古代文明の遺物もあったはずだ。
俺たちが使う『魔法障壁』とは違い、出入りにある程度の制約を与えられる優れものだ。
それだけに動力源となる魔石の消費量は多いようだが、こんなことが続く可能性を考えたら必要経費と思うしか無い。
それが平民の負担になると考えれば、税金を収める俺たちも一躍買っていることになるのだから、どうせなら町中を覆って貰いたいものだな。
当然だが祝賀会は中止となり、何も情報を持っていない俺たちも引き上げることになる。
改めて報酬を出すと言ってくれたが、今回ばかりは被害の補填に当ててくれるように頼んだ。