襲撃の夜・前
第三章開幕
本日三話更新になりますのでご注意ください。
バレンシアの町で起きた魔人族の討伐戦でゴブリンキングを倒した俺たちは、その祝賀会への参加を打診され、断ることもできずに参加していた。
最初こそ面倒という思いもあったが、それなりに楽しい時間を過ごしていたのは事実だ。
普段は着飾ることの無いルイーゼ、マリオン、モモの三人がお揃いの白いドレスを着た姿は新鮮でもっと見ていたいとも思ったが、残念ながら一晩限りのシンデレラだ。
そんな時間を少しでも長く楽しもうと十分にダンスを踊った俺たちが、休憩がてらに二階から階下の様子を見ようとしたその時、『魔力感知』で急接近する七つの反応を感じ取った。
その移動する速さと反応の位置が高いことから飛来する何かと判断する。
「アキト様!」
「アキト!」
ルイーゼとマリオンの二人も何かの危機が迫っていることを感じ取っていた。
二人とも『魔力感知』の鍛錬を続けることで、強い反応であれば感じ取れるようになったのは努力の成果だ。
「速いっ! 来るぞ!」
ルイーゼが『魔法障壁』を使う。
俺は一瞬魔法が発動しない可能性を考えたが『魔法障壁』は無事に展開された。
どうやらここでは魔力の具現化を束縛する古代文明の遺物が使われていないようだ。
どれほど高価な物かわからないし、おいそれと用意できる物でも無いのだろう。
まるで砲弾でも撃ち込まれたかのようにガラスや壁が内側にはじけ飛び、魔力をともなう何かが一階に向かって突き進む。
割れたガラスや岩の破片が会場に降り注ぎ、優雅な会場が一瞬で悲鳴と困惑の声で埋め尽くされる。
俺たちに向かって降り注いだそれらはルイーゼの唱えた『魔法障壁』によってきっちりと弾かれていた。
もともと物理的な衝撃には強くないはずだが、ルイーゼの豊富な魔力支援を受けた『魔法障壁』はこの程度であればびくともしない。
飛び込んできた何かは、そのまま床に激突するかと思われた瞬間、急停止するようにして着地した。
突然の出来事に悲鳴と怒声の飛び交っていた会場も、飛来したそれを見て一端止まる。
会場を囲むようにして降り立つそれは、悪魔といった者がいるならそれに当たるだろうと思える容姿をした石像だった。
人よりは獣に近い容姿で背中に羽を持ち岩のような肌をしたそれは、俺の知識で言えばガーゴイル――動く石像の怪物だ。
異様に伸びた犬歯に鋭い鉤爪、猿の様に二足あるいは四足と様々な姿勢で立っているが、立てば二メートルを超えたくらいの身長だろう。
「キャーーーッ!!」
「なんだこの化け物は!?」
その声が合図だったかと思うタイミングで、しばし静観していたガーゴイルが動き出す。
その動作は機敏で、振るわれた腕で弾き飛ばされた貴婦人は悲鳴を上げることも無く、臓物を撒き散らしながら何人かの紳士にぶつかり肉塊へと変わっていた。
「うわぁぁぁっ!!」
「うぐぇっ!」
「助けてくれぇ!!」
そんな様子が会場のあちこちで始まる。
「何をしている! 騎士団はトリスタン様をお守りしろ!」
最初に動いたのはトリスタンの護衛に付いていた騎士のナターシャだった。
俺も反応が遅いっ!
「ルイーゼ! トリスタンとカイルを頼む!」
トリスタンはともかくカイルは知らない仲じゃ無い。
武器さえあればカイルが早々手こずるとは思えないが、武器を持ち込めないここで戦えるのは俺たちと騎士団だけだろう。
そして騎士団の持つ槍や剣では、ガーゴイルが相手では相性が悪く感じる。
「はいっ!」
「マリオン! 斬属性や突属性のスキルは効かない可能性がある!
魔剣の直接攻撃で無理なら牽制だけして俺に回せ!」
「わかったわ!」
ルイーゼが二階の手すりを足場にトリスタンたちの元へ飛び出す。
二階とは言え吹き抜けになっているここは、普通に三階ほどの高さがあった。
そこから白いドレスを靡かせて落ちていくルイーゼを魔法陣が包み込む。
次の瞬間には青水晶のような深い輝きを持つ重板金鎧に身を包み、白銀の聖鎚と白銀の盾を持った完全装備のルイーゼがいた。
白いマントがまるで翼のようにはためき、さながら戦乙女と言った様子に思わず見蕩れてしまう。
そのルイーゼはトリスタンとカイルに対して、今まさに襲い掛かると言わんばかりのガーゴイルの前に着地し、その爪による横薙ぎの攻撃を大盾で軽く受け止める。
同時にテイクバックしていた聖鎚が青い光を放ち始めると、ガーゴイルの胸に向かって撃ち込まれた。
『魔力感知』が弾ける魔力に染まり一瞬の静寂を産み出した後、そこには半身を砕かれて崩れ落ちるガーゴイルの姿があった。
「ルイーゼ、君か? それに今の攻撃はいったい!?」
「ブラウニーの能力か、その様な使い方があったとはな。
武器に魔力を込めているのまではわかったが、最後の爆発的な威力はどういった物だ」
驚愕の声を上げるトリスタンに対して、冷静に分析しているのはカイルだった。
ルイーゼはトリスタンの声に応えず『魔法障壁』を展開して、トリスタンやカイルを守り、近付いてくる別のガーゴイルの攻撃に備える。
気が付けばカイルも『魔法障壁』を使用し、二重の障壁でトリスタンをその内に守る形になっていた。
高貴な者が最初に覚える魔法は『毒感知』『毒解除』『魔法障壁』といった身を守る魔法が中心だ。
トリスタン自身が使わないのは、使えないのか別に理由があるのかわからないが、二人が使うのを見て、あちらこちらで『魔法障壁』を展開する貴族が現れる。
だが、それらの『魔法障壁』はガーゴイルの攻撃を受けて、ガラスが割れるようにして砕け散っていく。
強度は純粋に魔力量で決まる為、普段から鍛えていなければ十分な強度を出せない。
それらの『魔法障壁』が次々と破壊される中、ルイーゼの張った物は今のところ強度的には問題が無かった。
流石ルイーゼだな。
「素晴らしい展開速度と強度だ。
そして強力な武器と防具を使いこなし、それらを支える身体能力と、異形を前にして怯まぬ胆力。
癒やし手としてだけで無く、戦士としても一流か」
どうやらルイーゼがカイルに高評価のようだ。
ならば負けてはいられない。
出遅れた俺も二階から飛び降りようとするが高さに一瞬躊躇し、その隙を突く形でマリオンが飛び出す。
ルイーゼとは対照的に白いドレスから赤い革鎧に装備を改装したマリオンが、手すりから飛び出すと同時に魔力を解放する。
魔力を力として解放出来る者は少ない。
ルイーゼですら実戦では使用が出来るレベルに足りず、魔法具として作った聖鎚を利用する必要があった。
マリオンの放つ魔力に竜の革をベースとした革鎧が反応し、赤い燐光を残す様子は何とも幻想的だ。
特徴的な深紅の髪からも魔力が放出されているようで、まるで残像が残るような錯覚すら感じる。
魔力に反応して発光する特性は、性能と引き替えに隠密行動には向かないのが欠点だな。
性能だけを残して魔力を押さえ込めれば良いのだが、それは今後の課題になるだろう。
同じく魔力を浴びて赤く光る魔剣ヴェスパを両手に、落ちる勢いのままガーゴイルの背中に斬り付けると、岩肌を砕きながら深く斬り込んでいく。
完全な岩というわけでは無いようで、斬属性の攻撃でもある程度は効果があるようだ。
だがマリオンが続けて放った『魔斬』による不可視の刃は『魔法障壁』に弾かれるような感じで霧散する。
実際には『魔法障壁』を使った様子が無いことから、もともと対魔力・対魔法性能が高いのかもしれない。
攻撃が効かなかったことを確認したマリオンは、直接攻撃に切り替えてガーゴイルに立ち向かっていく。
もちろん俺もいつまでも飛び降りることを躊躇してはいない。
階段を半ば降りたところで手すりを乗り越え、貴族の御令嬢に襲い掛かる寸前だったガーゴイルに跳び蹴りを食らわす――と同時に、足から『魔弾』を放つ。
それはダメージを与えることが目的ではなく、まずは怯ませる為のものだ。
狙い通りガーゴイルは数メートル吹っ飛び、目的を果たす。
今夜がデビュタントと言って挨拶廻りをしていた御令嬢は、綺麗な青い髪を乱し恐怖に怯えて震え上がっていた。
無理も無いだろう。周りは目を背けたくなるような惨状だ。
「今の内に壁沿いを走って奥に向かってください!」
奥からはナターシャと騎士たちが向かって来ていたし、トリスタンとカイルを守るルイーゼもいた。
ここに留まっているよりは安全だ。