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未来へ向かって

本日3話投稿しています。

第二章最終話となります。




 俺とマリオンが会場の端でささやかにダンスを楽しんでいた頃、中央ではカイルとルイーゼのペアが周りの視線を一身に集めていた。

 十分に広いとは言えない会場だが二人の周りには自然と空間ができ、そのダンスを妨げまいと気もそぞろな様子があちらこちらで見受けられた。

 中には自らのダンスの機会を放棄してまで魅入っている人々もいて、カイルの人気と、それに劣らぬルイーゼの魅力を改めて認識させられる。


 最初の曲が終わったところで、カイルの元にトリスタンが出向く。

 この世界では女性からダンスを申し込むのはマナー違反なのだろうか。

 トリスタンを囲っていた女性たちが、気を惹けなかったことに肩を落とし、同時に気を惹いた者が誰なのかと視線で追う。

 その視線がルイーゼに集まると、丁度二曲目が始まるところだった。

 どうやらルイーゼのお相手はトリスタンのようで、今しばらくは自由にはなれなそうだ。


 フリーになったカイルが、ここぞとばかりに詰め寄るお嬢様方を丁寧にあしらい、こちらに向かって来た。


「アキト、マリオンにダンスを申し込みたいんだが構わないか」

「もちろんです、シュレイツ様」


 真摯に申し込まれたら真摯に応えるのがマナーだと思う……たぶん。


「お誘い頂きまして光栄ですシュレイツ様」


 カイルの差し出す手をマリオンが取り、会場の中央へと向かう。

 そこでは既にルイーゼとトリスタンが優雅なダンスを披露していた。

 俺にあそこで踊る自信はない。

 カイルのリードは見事で、俺に比べれば数段美しく見えるようにマリオンをリードしていた。

 悔しいので出来るだけ盗み見して、次に活かすことにする。


 一通り食べ尽くした感じで満足げな表情を見せるモモを連れて、会場の端にある階段から二階のバルコニーに移る。

 この会場は吹き抜けの構造だが、二階部分の周りを囲うようにして通路があり、所々には席が設けられていた。

 何か演目がある時は身分の高い人が座るのかも知れない。

 そんな場所も今日は開放されていて、慣れない空気に壁の花をする御令嬢方の様子も見られた。


 二階通路は会場だけで無く外にも向けて解放され、バルコニーからは町の様子が一望できた。

 この居城に近い辺りは貴族の屋敷になっているので様々な明かりが見て取れたが、離れるにしたがって明かりの数も減り、平民街と思われる場所では殆ど明かりは見られなかった。

 今平民街で明るいのは、飲み屋か夜の町くらいだろう。


 二曲目が終わると、解放されたルイーゼとマリオンの周りに多くの若い貴族が詰め寄り、ダンスの申し込みを始めた。

 後で知ることになるが、明確なエスコート役がいる場合はその二人が一曲踊る前に誘うのはマナー違反らしい。

 また、格上の者が誘いを掛ける様子が窺える時も控えるようだ。

 二曲ほど終えた今は控えていた若い貴族も遠慮無く出て来たのだろう。


 会場の反応はまちまちで、俺の見立てでは爵位の高い者ほど平民という存在に対して寛容で、低い者ほど厳しいと言った感じか。

 爵位の低い者にとっては、若くして力のある平民となれば自分の利権を脅かす存在に見えるのかも知れない。

 それとも嫉妬と言うこともあるのだろうか。

 いずれにせよ悪く思われているばかりでは無いというのは良いことだ。

 会場を俯瞰してみることで、そんなことがわかったのは僥倖(ぎょうこう)だろう。


「失礼。アキト様で宜しいですね」

「はい――」


 たしかカイルと初めて会った時にトリスタンと共にいた女騎士だ。

 トリスタンやカイルと同じ金髪碧眼の女性で、今は会場の警護をしているのかドレスではなく騎士鎧に身を包んでいた。


「ナターシャ・エルドランと申します。

 バレンシアではカイル様をお守りくださり、この国の騎士として感謝しています。

 それに、街道では魔物を押しつける形になったこと、騎士の恥として生涯忘れることは無いでしょう」


 律儀だな。


 この国では要人に女騎士が付くと言った決まりでもあるのだろうか。

 魔法が使えるこの世界では、戦いの場だからといって必ずしも女性が男性に劣るとは限らない。

 そう考えると、それだけの力量があると考えるべきだ。


 カイルに付いていた護衛もテレサだ。

 冒険者Dランクの者にも勝ったことがあると言っていたのを思い出す。

 それはつまり熟練の冒険者並みと言うことで、護衛としては不足が無いだろう。

 そう言えば、テレサはパーティーに出ていないのだろうか。


「いえ、お心遣いは無用です。

 トリスタン閣下がご無事で何よりです。

 ナターシャ様におかれましてもお役目を果たしたに過ぎず、それで心を痛める必要はありません」

「そう本人に言って貰えると、少しは憂いも晴れる。

 これを預けておこう。

 立場上力になれることは少ないが、何かあれば私の名前を出して頼ってくれ」

「ありがとうございます」


 受け取ったのは家紋が入ったと思われるメダルだった。

 そうそう頼るようなことは無いと思うが、これで気持ちが楽になるというなら受け取らない理由も無かった。


「アキト様」


 ルイーゼが困惑した表情で階段を上ってくる。

 階下には、流石に追い掛けるのまでは躊躇った様子の貴族の青年たちがいた。


「私はこれで失礼します。

 パーティーを楽しんでください」

「わざわざありがとうございます」


 ナターシャと入れ替えにルイーゼが、続けてマリオンもやって来た。

 俺たちは主賓というわけじゃないから、こうして会場を離れていても問題は無いだろう。


「お疲れ様――」


 ルイーゼが早足で寄る勢いのまま俺の胸に飛び込んでくる。

 珍しく大胆な行動を見せるルイーゼに、なんとなく胸騒ぎを覚えた。


「私、教会には入りたくありません」


 それはルイーゼの意思だし、俺はそれを尊重するだろう。

 だが、何故それを今言う?


「何があった?」

「ルイーゼにダンスを申し込んできた貴族の一人に、枢機卿を親に持ついけ好かない男がいたのよ。

 妾にしてやるから聖女の誓いを立てて貴族になれって」


 ルイーゼの代わりにマリオンが答えた。

 天恵を持つ者が教会に入り、聖女となることで女男爵になれる。

 平民を妾にするのはプライドが許さないとでも言うのだろうか。


 ルイーゼの持つ天恵は誰もが手の内に欲しがるだろう。

 ある程度目を付けられることは想定の上でバレンシアにいた時に『神聖魔法』(アルテアの奇跡)を使ったが、既に広まっているのか?

 それとも謁見の時にトリスタンと話していた内容が元か……そう言えば謁見の間に一人聖職者と思われる男がいたな。


「断ったら家の力を使ってきたって感じか」

「男神エリンハイムに愛された私には、女神アルテアに愛された者こそがふさわしいと言っていたわ」


 ちょっと自分に酔っていそうだな。

 こういう性格の人間には関わらない方が良いと、俺の短い人生経験が告げている。


 カイルは教会に入るかどうかは本人の自由意志に委ねられると言っていた。

 とは言え、貴族が平民の気持ちを何処まで尊重してくれるかはわからない。

 貴族同士であれば爵位が防波堤になるかも知れないが……こうなってくると、やはり社会的な立場も必要だな。


 この国の教会関係者は婚姻を禁じられているわけでは無いが、第二夫人以降は娶ることが出来ない様だ。

 だから妾と言うことなのだろうが、ルイーゼが望まないことを俺が許可するわけがないし、そもそも嫌だ。


 俺は社会の仕組みである以上、妾を取ることが悪いとは思っていない。

 世の中からすれば生活の向上と安定が得られるのだから、必ずしも悪い話ではないと思っている。

 だからこそ言う方も悪びれた様子が無いところは気になるが、あくまでも両者合意の元であれば、俺がとやかく言う筋合いではない。


「ルイーゼは嫌なんだろ。俺はルイーゼの意思を尊重するし、何よりルイーゼを手放したくない。

 その結果、誰と敵対することになっても構わないさ」

「アキト様、命令してください……」


 ルイーゼは不安が高まると道を示して欲しくなる傾向があった。

 それは過去のトラウマから来るものかも知れないが、ルイーゼの甘えに応えるのは吝かでも無い。

 俺はルイーゼの頬を両手で挟むように包み込み、眼をしっかりと合わせる。


「ルイーゼに命ずる。

 ずっと俺の側にいてくれ。無理強いする者は全て敵だ」

「はい」


 今の返事にはちょっと殺気が籠もっているような気もしたが、敵だからって即・撲・滅とかは禁止でお願いします。

 流石にそれくらいの判断力は残っているはずだ。


「そんな男のことは忘れて、俺と一曲踊らないか」

「はい」


 今度は良い返事だ。

 先程まで注目の的となっていたルイーゼには些か物足りない舞台となるが、俺とルイーゼはマリオンとモモを観客に、二階のバルコニーで静かに踊った。


「ルイーゼ、そのまま聞いてくれ」


 染めた頬を隠すように俯いていて踊っていたルイーゼが、顔を上げ真っ直ぐに見つめてくる。

 少し情緒不安定な様子を見せる時があるのは、きちんとルイーゼの気持ちに応えていなかったからだろう。


 俺はルイーゼとマリオンを好きなのかとか愛しているのかと聞かれてもぴんとこないが、大切かと聞かれれば間違いなく一番大切だと答える。

 それが好意だというなら納得もするし、二人の内どちらが一番だと聞かれればとても困る。

 そんな中途半端な気持ちを伝えて拒絶されたらという怖さもあり臆病になっていた。


 だが、それとは別に一つだけ不安があった。

 俺はこの世界にとって本来は存在しない異物だ。

 召喚されて全く異なる世界からやって来た俺が、普通の家族として営みを築けるのか不安があった。

 でも、大切だからこそ自分だけで悩むのは止めることにした。

 二人にも関係のあることなのだから巻き込もう。


 俺は今の正直な気持ちを伝える。

 改まった表情の俺を見て一瞬不安そうな様子見せたルイーゼだったが、直ぐにかつて見たことが無いほどの笑顔で「私もアキト様やマリオンが一番大切です」と言ってくれた。


 もはや向かうところ敵無しである。

 そんな心の有頂天はできるだけ隠しつつ、この国風のステップを覚えたルイーゼにダンスを教わりながら、マリオンやモモとも踊っていく。

 もう一度こんな機会に恵まれることは無いかも知れないが、今はこの時間を楽しめればそれで良い。

 大切な仲間と共に、俺はこの世界で生きていくと決めたのだから。



戦闘を挟もうかと思ったのですが、キリが悪くなるので見送りました。

第二章は戦闘らしい戦闘が殆ど無く過ぎてしまったけれど、第三章は逆になりそうな予感。

第三章の開始は「魔王になる為に……」とどちらを先にするか思案中。

決まり次第活動報告に上げたいと思います。

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