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トリスタン・アルセロード

本日3話投稿していますので、ご注意ください.





 祝賀会の会場と化した謁見の間の裏手にある個室で、私はだんだんと大きくなる人々の気配に、溜息を隠せなかった。

 本来ならばこのような催し物をする余裕があれば、他に回したいところがいくらでもある。

 だが貴族の機嫌を取らねば、物事もスムーズに運ばないことくらいはわかっていた。

 わかってはいるが、それでも気持ちはまた別だ。


「トリスタン様、お顔に出ていますよ」

「……」


 ナターシャが、苦笑いをしつつ(たしな)めてくる。

 顔つきは少しきついが優しい子だった。

 その毅然とした容姿に惚れ込む男も多く、婚約の申し出が多数届いているそうだが、今のところ彼女が話を受けたと聞いていない。

 彼女の婚約者を探すのもまた、私の課題の一つだろう。


 そのナターシャは今日も騎士の装備に身を包み、とてもドレスを着て祝賀会に出るといった雰囲気は無い。

 命令をすれば無理強いもできるが、その結果が彼女にとっての幸せなのかと考えるとなかなか行動には移れなかった。

 できることなら進んで参加する気になれるよう心変わりするか、心変わりさせてくれる者が現れてくれれば良いのだが。


「この部屋を出る時にはいつも通りさ」


 私は立場上、感情を顔に出すことはきつく戒められてきた。

 とは言え何処かでその鬱憤を晴らさねば、肥えた貴族の腹を切り落としたくなる。

 そんな思いがどうしても出てしまうのは、ギルバートやナターシャをはじめとする信頼できる部下の前でだけだ。

 部下もそれがわかっている為、敢えて聞き役に徹してくれていた。


「カイルが連れて戻った子供たちの様子はどうだ?」


 執務テーブルに座るギルバートに、ふと思い立ったことを質問する。


「大人の男性が近付くと怯えると報告を受けています。

 ですが体調には問題がありませんので、親元に戻れば落ち着くでしょう」

「戻れればな……」


 実際の所その可能性は低いと私は考えていた。

 本当に誘拐であればなんの問題も無いが、バレンシアにいた時にそんな話は一人しか出ていなかった。

 その一人はいずれ親元に送るとしても、残りの四人は孤児院に預けることになるだろう。


 そもそも、本来なら私の元まで上がってくるような案件ではなかった。

 だが、そこに獣人族の子がいたとなれば話は別だ。

 今のところ獣人族とは友好を築いているが、何を切っ掛けとしてそれが崩れるかはわからない。

 獣人族との融和を政策の中に盛り込んでいる以上、ここで下手を打つわけにはいかなかった。


 私は近い将来、国は再び七つに分かれると考えていた。

 その時が来るまでに獣人族との関係を深め、いざ事が起これば背後のエルドリア王国と手を組み、大陸の南をいち早く安定させるつもりだ。


「そんな未来を望んでいるわけでは無いが……」


 ナターシャには聞こえない程度の声で、私は気持ちを吐露する。

 そんな折、会場の喧噪が途絶えたことに気付く。


「カイル様がいらっしゃったようですね」


 ナターシャの声が少し弾んでいるのが伝わってくる。

 だが、カイルは駄目だ。

 味方とするなら彼ほど頼れる者もいないが、夫とするには危険な男だった。

 最もそれは本人もわかっている為か、何かを望んでいるというわけでも無いようだが。


「さて、今夜は誰をエスコート役に選んだのか見に行くとするか」


 カイルが正装でこのような場に参加する時は、今のように会場のざわめきが引き、静かになるのが常だった。

 まず先に貴婦人の目を引き、次いで娘を送って縁を結びたいと思う者が、最後に羨望と嫉妬の視線を受けて現れる。

 その後にはエスコートされている女性は誰だと、再び場が騒がしくなっていくのが何時ものことだった。


 何時もより長い沈黙の時間に若干の疑問を感じつつも会場に向かう。

 カイルが最後に入ってくるのは予定通りなので、来場者はこれで最後だった。

 この後は私が祝賀会の開場を宣言する必要がある。


 会場への入り口から最も奥に当たる場所には領主一族の席が設けられている。

 その更に奥、繊細な刺繍の施されたタペストリーに隠れた場所にある通路から、私は会場に姿を現す。

 その瞬間、何時もとは違った空気が会場を支配していることに気付いた。


 だがそれよりも会場の奥、入り口よりこちらに向かって歩いてくる少女に目が釘付けになっていた。

 エスコートしているのがカイルだとは気付いても、少女への興味が私の心を捕らえて放さない。


 一風変わった真っ白なドレスに身を包む少女は、優しい微笑みを携え、会場の人々に対して優雅にお辞儀をしながら歩みを進める。

 少女が動く度に揺れる焦げ茶色の髪は、まるで水に濡れているかのように照明の光を受けて輝き、時たま虹色に輝くドレスと相まって、まるで女神が降り立って、気まぐれな散歩をしているかのような錯覚を受けるほどだった。

 白い肌に収まる碧色の瞳からは慈愛に満ちた優しさが伝わり、結ばれた淡い桃色の口が微笑みを現す。


 その少女の目が私を捕らえる瞬間、鼓動が高まり、逆に呼吸は浅くなる。

 ここは現世(うつしよ)か……。


 少女が両手でドレスの裾を掴みカテーシーの姿を取る。

 私は固まっていた思考を動かし、何とか右手を挙げて少女に応えた。


 少女の行為を通して私の登場に気付いた多くの者が、少し慌てたように挨拶へとやって来る。

 それらを煩わしく思いつつも平静を装い、手短に挨拶を済ませる。

 気持ちは既に少女の元に辿り着くことでいっぱいだった。


 だがその前に主催者としてやることがある。

 一通りの挨拶を済ませ、参加者の元に飲み物が配られた段階で、私は会場の皆に向けて言葉を発した。


「バレンシアの町付近で起きた魔人族の蜂起は、シュレイツ公爵代理によって率いられた騎士団の元、町の協力を得て無事に討伐することができた。

 その戦いの中で身内を亡くした者もこの場にいるだろう。

 その様な勇敢な者たちの活躍によって、この領にも再び平和が訪れたと言える。

 亡くなった者には感謝を。生を継ぐ者には喜びを――乾杯!」


 祝賀会への参加者が一斉に「乾杯」を捧げ、同時に宮廷音楽隊による華やかな演奏が始まる。


「トリスタン、良い出来だった」

「師が良いからな。

 それよりカイル、紹介してくれるのだろう」

「フッ。紹介も何も昼間に会っているだろう」

「!?

 ……まさか、いや、しかしこれは」


 私が顔を知っている者以外に今日会ったと言えば、カイルの連れてきた者たちしかいない。

 しかし昼間の印象とは全く異なる少女を見て、俄には信じられぬ思いでもあった。


「改めてご挨拶させて頂きますトリスタン閣下。

 ルイーゼと申します。以後、お見知りおきを」

「初めて見る美しさに、思わず心を惹かれた」

「えっ、そ、その。ありがとうございます?」

「おいおいトリスタン。

 こんな場所で不用意な発言をするな、俺の心臓を止める気か!?」

「あ、あぁ、すまない」


 幸いにして宴も始まったばかりであり、各々が挨拶回りに忙しく一部を除いて今の発言を聞かれた様子は無かった。

 本心を隠すことには慣れていると思っていたが、これほど簡単に零れたことには自分でも驚きが隠せない。


 戸惑いを改めて隠し、佇まいを直す。

 それを待ってか、カイルの影に隠れるようにして気配を殺していた三人が進み出て来た。

 こうも揃えば流石に疑うのもばかばかしい。

 確かに昼間に謁見をした四人で間違いはなかった。


 特徴的な黒い髪に黒い目をした少年はアキトと言う名であることを覚えている。

 そのアキトに寄り添うもう一人の少女は、ルイーゼと名乗った少女と同じく見たことも無い不思議な素材でできた白いドレス着ていた。

 その少女もやはり見覚えが無いと思えるほど様変わりしていたが、確かマリオンという名の少女に違いなかった。

 そしてアキトの足下に寄り添う子供がモモ――カイルの話では精霊だという。


「驚いたな。まるで昼間とは違う印象だ。

 女性とは、かくも変わる者なのか……」

「誰しもがそうでは無いと知っているだろう」

「それはわかっているつもりだが」


 それにしても美しい。

 立場上多くの女性が私の気を惹こうと、流行の衣装に身を包み、ワインの香りを台無しにするような香水を付けてやって来る。

 それらの女性が美しくないとは思わない。

 しかし、派手な衣装に煌びやかなアクセサリーのせいで、本来の女性が持つ美しさが損なわれていたと思っている。


 だが目の前の三人は、殆ど無地とも思えるドレスとアクセントとして用いられた薔薇の飾りというシンプルさが少女の美しさを引き立てていた。

 その姿は、白い衣を(まと)って降り立ったという女神アルテアの言い伝えを思い起こさせるほどだ。


「トリスタン、いつまでそうしているつもりだ。

 主催がここで固まっていては宴が進まないだろう」

「そ、そうだな……」

「わかっている。一曲だけ待て」


 伝わって欲しいと思いながらも、伝わったことに多少の不快感もあった。

 それでも機会が得られるなら些細なことだと納得し、その時を待つことにした。


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