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三人のシンデレラ・後

本日3話投稿します。

これを持って第二章完となります。

一話で終わりにしようとしたら長くなりすぎた……。




 リゼットがルイーゼ、マリオン、モモの三人に魔法を掛けて帰っていく。

 挨拶もそこそこになってしまったのは申し訳なかったが、今度改めて時間が取れる時にお礼をするとしよう。

 一応、結果報告もすることになっているしな。


 お姫様方の準備の後は、俺も祝賀会へ参加する為に急いで着替えを済ます。

 一九の鐘で迎えに来ると言っていたので、意外と余裕が無い。


 着替えて居間に戻ると、先に準備を済ませていた三人が出迎えてくれた。

 みんな綺麗に着飾り、俺にとっては本当にお姫様といっても過言ではなかった。


「三人ともとても綺麗だ。

 出来れば他の誰の目にも見せたくないし、全ての人に見て貰いたいとも思う」


 リゼットが元の世界の化粧道具を参考にして、この世界で手に入る材料から作り上げた化粧道具は、もともと素材の良い三人を美しく彩っていた。

 瑞々しい髪に瑞々しい肌、白い肌にほんのりと彩る口紅や薄い化粧がシンプルなドレスを合わさって目が釘付けだ。

 女の子は気が付けばどんどん綺麗になっていく。

 そのスピードには置いていかれそうな感覚を覚えるほどだ。


「アキトが満足ならそれで十分だわ」

「はい、私もそれで十分です」

「あぁ、満足だ。俺は幸せだと思う」


 三人が顔を合わせて満足そうに微笑む。

 これはカイルに感謝しないといけないな。

 たまにはこうしたイベントも必要だと感じる……主に俺の保養的に。


 落ち着いたところでエボンがカイルの到着を告げる。

 扉を開けると、様変わりした三人の姿にエボンが驚きの声を上げた。


「なんて美しいのでしょう……これでしたらトリスタン坊ちゃまのお眼鏡にもかなうでしょう……」


 別にそれが目的ではないが、綺麗に着飾ったご婦人方を見るのが仕事であるエボンがべた褒めなのだから、第三者的に見ても綺麗なのだろう。


 そして、その反応はカイルも同じあった。

 わざわざ馬車を降りて、来賓の館から出てくるルイーゼを迎えたカイルだったが、その目がルイーゼに釘付けとなっているのがわかる。

 十分にモテることが想像できるカイルでさえこれだけの反応を示すのだから、昼間に領主城で俺たちを小馬鹿にしていた貴族も唸るに違いない。


「見違えたな……私は本当に女神アルテアが降りてきたのかと思ったほどだ」


 そこまでの反応は期待していなかった。

 うちのお姫様方が本当のお姫様に見えるくらいは期待していたが。

 カイルはルイーゼの前に来ると片膝を突き、ルイーゼの右手を取ってそこに口付けをする。


「今日、エスコートできることを女神アルテアに感謝しましょう」

「不慣れですが、今夜はよろしくお願いいたします」


 ちょっと嫉妬したかもしれない。

 イケメンがやるから絵になるのであって、俺がやってもたかが知れている。

 それでも覚えておこう。

 足りないのならば、それだけ貪欲にならなければいけない。


 そして、機会があるのだから即実戦投入だ。

 多少のぎこちなさを出しつつもマリオンの前で片膝を突き、同じように右手を取りそこに口付けをする。


「ずっとそのドレスを着たマリオンを見たいと願っていた。

 その機会が訪れたことを女神アルテアに感謝します」


 他の神々は馴染みが薄いけれど、女神アルテアには何度も助けて貰った。

 そして世界の狭間で邂逅した俺は神が実在すると知っている。


 不意に目の前を煌めく雫が落ちていく。

 俺は慌てて立ち上がり、ハンカチを取り出してマリオンの目元を押さえた。

 何とか涙を押さえて貰わないとリゼットの魔法が解けてしまう。


 ルイーゼがマリオンの背中に、慈しむように手をあてる。

 そして俺には聞こえないほどの声で何かを囁いた。

 耳の良いマリオンはそれを確かに聞き届けたのだろう、しばらくして涙を止める。


「大切な、夜になるわ。少しプレッシャーね」


 少し赤くなった目を見せて微笑むマリオンを抱きしめたくなるが、何とか堪える。

 泣かせてその後のフォローができないとか情けない。


 このドレスは二年近く前に通っていた学園の学園祭に向けて用意した物だが、それを着る前にマリオンは自ら進むべき道を決め、俺の元を離れていった。

 本当は参加したかったと思うが、マリオンの選択が間違っていたとは思わない。

 結果的にはこうして幸せを感じる距離にいられるのだから。


「では行こう」


 カイルが良いタイミングで行動を示す。

 カイルの補助を受けてルイーゼとマリオンが馬車に乗り込むのを見て、モモくらいは俺がと振り返る。

 そこには片手を腰に右手を突き出して得意満面といった感じで立つモモがいた。

 そう言えば今夜はモモも立派なレディだったな。


「これは失礼しました。

 今夜は精一杯エスコートさせて頂きます」


 モモの小さな手に口付けをする。

 自分で希望しておきながら、いざとなったら目を点にして固まっているモモをお姫様抱っこして馬車に乗る。

 本番はこれからだった。


 ◇


 カイルに従って会場入りしたら、既に満員の状態で迎えられて、正直ビビった。

 大抵こういう場では身分の低い者が先に来て待つという文化があったので、まさか最後とは思わず心構えができていなかった。


 そして、入場早々にルイーゼが注目を浴び、続いて入ったマリオンもそれは変わらず、モモもまた別の意味で興味を惹いていた。

 その視線の中には昼間俺たちを小馬鹿にしていた貴族の姿も見えたが、今は三人に目が釘付けになっている所を見ると、狙い通りと言ったところか。


 そんな貴族と一緒にいた貴婦人方も、不快感や嫉妬よりも興味が勝ったようで、今にも美しさの秘訣を聞き出そうと飛び出しそうな雰囲気を見せていた。

 流石にエスコート役のカイルがいる前では、そんなはしたないことは出来ないと抑えているようだが。


 元の世界では最先端とも言えるスタイルの化粧とそれを支える道具は、この世界の流行とは違うかも知れないと危惧していたが、素材を活かしたシンプルな化粧の為か違和感なく受け入れられているようだ。

 最もその辺はリゼットの研究の結果でもあるだろう。

 リゼットには良い報告が出来そうで何よりだ。


 続いて現れた領主――トリスタンの気まで惹いていたのは予定外だったが、トリスタンが気にしているとなれば、今くらいは口の悪い貴族たちも大人しくしてくれるだろう。

 俺たちはこの宴を過ぎれば関わり合うことの無い世界だから、それで十分だった。


 トリスタンの開会の宣言が終わると、会場は直ぐに貴族同士の顔合わせの場と化す。

 今夜がデビュタントとなる御令嬢方も多いようで、豪奢に着飾った女性が多く集まる様子は異世界にいながら別世界を感じるほど非日常的だ。

 俺たちが平民だと伝わっているからか、それともカイルがいるからか、そう言った顔合わせには巻き込まれずに済み、俺にとっては幸いだった。


 ただモモだけは子供と言うこともあり、貴族のお嬢様方の目に止まり餌付けをされていた。

 めまぐるしく目の前に差し出される珍しい食べ物を前に、モモの目も回る勢いで動いている。


 そんな様子を眺めていると、バラード調の音楽から少しだけテンポの速いワルツ風の音楽に切り替わった。

 周りでは如何にも紳士といった感じの青年たちが決まったエスコート役のいない御令嬢方にダンスの申し込みを始め、受け入れられた者から会場の中央へと進み行く。


 カイルの腕を取るルイーゼはともかく、マリオンに声が掛からないのはちょっと意外だった。

 興味がありそうな視線は合っても、平民が相手では格が下がると言うことだろうか。


 さて、踊りには自信が無いが――


「お嬢様、一曲踊って頂けますか」


 俺はマリオンの前に立ち、腰を折って手を差し出す。


「よろこんで」


 マリオンが俺の手を取る。

 白いグローブ越しに伝わる温もりと共に緊張が感じられた。


「下手でも笑うなよ」

「――アキトこそ。足を踏んでも許してあげるわ」


 リラックスさせる為に他愛の無い言葉を口にし、リラックスした様子でマリオンが応える。


 俺たちは最も下座……と言うものがあるのかどうかわからないが、入り口の近くでマリオンと向き合う。

 近くにいる貴族様方の不躾な視線を感じたが、ここでは俺たちが異分子みたいなものだから仕方が無いだろう。

 そんなことより、マリオンとやり残していたことを実現する方が大切だ。


「下賎の者がダンスなど踊れるのか」

「シュレイツ様が与えたドレスは見事ですが、着る者があのように卑しくては宝の持ち腐れですわ」

「無様な姿を見るのも一興ではございませんか」


 こんな雑音を消す為だけに貴族になろうとするのも馬鹿らしいと思うが、いい加減ウンザリしてくるな。

 審判の塔の守護獣か……英雄になりたいわけじゃ無いが、本気で狙ってみるか。

 カイルの話では、英雄になれば貴族ではないが爵位同等の権利を得られるそうだ。

 継承権の無い爵位なので一代限りだが、貴族の義務といったものが無いのは逆に魅力でもある。


 それよりはまず、目の前の問題だな。


「よく似合っているよ。

 誘いを受けてくれて、光栄の極みだな」


 少し不機嫌そうな様子を見せるマリオンに声を掛ける。


「アキトは余り似合っていないわね」

「それは自分でもわかっている」

「でも、素敵よ」


 そう言ってマリオンはドレスの裾を掴み、軽くお辞儀をする。


 今更だがまるでウェディングドレスだな。

 マリオンの燃えるような深紅の髪は、魔道具の照明が作り出す黄金色の輝きと夜の作り出す影のコントラストで、白いドレスに良く()えていた。


 髪と同じく深紅の瞳が真っ直ぐに俺を捕らえてくる。

 真摯な気持ちを受け、俺もそれに応える。


 左手でマリオンの手を取って肩の高さに、右手は背中に回して肩甲骨の辺りを支え、音楽に合わせてゆっくりと廻るように踊る。

 以前、何度か踊っていたのを体は覚えているようで、思ったよりも自然に踊ることができた。


 マリオンも緊張こそあれ、踊りそのものは慣れた感じだ。

 そう言えば演舞もできると言っていたな。

 マリオンの故郷であるヴィルヘルムに伝わる踊りらしい。

 かつては魔物の住む島と言われたそこに、マリオンは最後の勤めを果たす為に一人で帰っていった。


「もし次があるなら今度は付いていくからな」

「次は無いわ。後は私が付いていくだけ」


 かつての俺は弱く、死地に(おもむ)くマリオンに付いていくことができなかった。

 だが、あんな思いはもうごめんだ。

 俺はマリオンを軽く抱き寄せ、その耳元でかつて言えなかった言葉を囁いた。


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