三人のシンデレラ・中
本日5話目……だったかな。
そんなこんなで一四の鐘が鳴る直前。
今まで用意していたのはあくまでも祝賀会用なので、急ぎ謁見用の服に着替えて迎えを待つ。
こちらの服は綺麗な普段着という程度なので特に悩むことも無く決まった。
迎えに来た初めて会う騎士に連れられ、領主の居城へ入る。
石造りだが明るめの色を使っているのと、採光用の窓から差す光で陰湿な感じは受けなかった。
城でガラス窓かとも思ったが、ここまで侵攻されたら窓が無かったとしても意味が無いと考えれば、最後の砦は貴族街を守る城壁なのだろう。
騎士の歩くペースが速いのでモモをお姫様だっこし、五分ほど歩いて着いたのは控えの間だ。
そこで待機するように言われてから更に五分。
声が掛かったところで案内の騎士が謁見の間への扉を開く。
そこは思っていた以上に広く、幅で三〇メートル、奥行きで五〇メートルはある巨大な空間だった。
高い天井付近にはステンドグラスの使われた明かり取り用の窓があり、透明なガラスの窓とあわさって、差し込む光がいい感じに床に模様を描いていた。
両脇の壁沿いには水の流れる小さな川まであり、どころどころに置かれた緑が重苦しい雰囲気を払拭している。
後で知ったことだが、祝賀会や晩餐会なども行えるよう広めになっているとか。
つまり、夜にはもう一度ここまで来なければいけないと言うことだな。
これもお約束というように金縁の赤い絨毯かと思いきや、金縁は同じにしても紫の絨毯だった。
それが入り口から真っ直ぐに伸び、辿り着く先は二段ほど高くなった領主の玉座。
顔は失礼が無いように伏せ気味なので誰が座っているのかはわからないが、『魔力感知』では玉座のある場所に座っているのは一人と思われた。
そしてその一人の傍らにもう一人、背後には五人が控えて、更に大外に一〇人の反応がある。
玉座の手前二段目の場所には領主を守るように片側に五人ずつの反応が横一列に並んでいた。
玉座の背後にいるのが文官で、前にいるのが騎士だろうな。
領主と思われる人物の魔力反応は何処かで見掛けた記憶があるが、何処だったか。
その領主のとなりに立つのがカイルなのは間違いなかった。
「そこで止まれ」
騎士の案内に従い立ち止まり、頭を下げたまま両膝を突く。
俺の右にモモでその先にルイーゼ、俺の左にマリオンが並ぶ。
モモもマナーをしっかりと覚えて、もう立派なレディだ。
もっとも精霊が人の身分など気にはしないだろうから、俺に合わせてくれているとも言えるな。
「アキト並びに連れの者、面を上げよ」
若い男性の声だった。
全体的には女性蔑視の考えが残っているこの世界では、公の場で女性の名前が呼ばれるのは珍しい。
特に平民ともなれば言わずもがな。
とは言え、気分の良いことでは無かった。
流石にそれを悟らせるほど子供でも無かったが。
「ここシャルルロア領を治めているトリスタン・アルセロード・シャルルロアだ。
覚えているぞアキト」
会っていた……この国に入って直ぐの頃、カイルと共にコボルトの大群から逃げてきた三人の騎士の一人だった。
騎士ではなく領主だったのか。
良く見れば玉座の前に立ち並ぶ騎士の一人もその時の女騎士だな。
領主様だったのか……というか、最前線で何をしていたのか。
気にはなるが藪を突いて蛇が出るようじゃ困るので、聞かずにおこう。
「領主様におかれましてはご健勝のこととお慶びする次第です」
駄目だ、敬語とかわからない。
丁寧語程度でも許してくれるだろうか。
「あの時は世話になった。
命の恩人でもある、礼を言う」
「もったいないお言葉です。
お心遣い頂けただけでも恐悦至極に存じます」
多分本当にお礼を言わせてはいけないのだと思う。
もはや、敬語なのか古い言い回しなのかわからなくなってきた。
「カイルに、無理に連れてこられたのではあるまいな」
「いえ、その様なことは」
だまし討ちのような所もありましたとは言えない。
言ってみるのも面白いかもしれないが、面白いだけで冒険するところでは無いな。
「立場上、言葉だけというわけにもいかぬのだ。
何か望みがあれば言ってみるが良い」
またこのパターンか!?
普通に金貨一〇枚をやろう! で俺は良いのだが。
「既に望みの方はシュレイツ様に申し上げておりますので」
「ほぅ」
「アキトは市民権が欲しいそうです」
「そんな物で良いのか?
普通にアキトの歳なら騎士団への入団くらいは言ってくるものだろう」
「欲の無い男なので、些か困っております」
「確かに、欲の無い者は扱いにくいな」
トリスタンが何かを思い出したように軽く溜息と共に頬杖を突く。
無いわけじゃ無いさ。
地位、名誉、金以外に欲しいものがあるだけだ。
それ以外ならいくらでも欲しいものはあるのに、その三つがいらないと言うだけで無欲扱いなのはどう言うことか。
もっとも、お金はあっても困らないのでくれると言うなら貰うし、体を張った対価として貰うのは欲ではなく正当な報酬だから遠慮しないが。
「まぁ良い。市民権が欲しいと言うくらいだ、住処も必要となるだろう。
ギルバート、商業ギルドの者に紹介状を書け」
おっ、なめられないで済むから丁度良いな。
気が付くじゃないか領主様。
「ではもう一つの案件に入ろう。
右の者、ルイーゼと言ったか」
「はい、ルイーゼでございます」
次の案件がルイーゼ?
それが俺たちを呼んだ本当の理由か。
ある程度想定はしていたが、トリスタンはどう出るか。
「そなたが授かりし天恵は『神聖魔法』に相違ないか」
「はい、相違ございません」
やはり狙いはルイーゼの天恵だったか。
「知っているとは思うが、女神アルテアは男神エリンハイムが女神エルテアに生ませた三つ子だ。
その上で問う。聖エリンハイム教会に入るつもりは無いか。
望むのであれば男爵位を授けよう」
「ありがたきお言葉ながら、我が身に過分な待遇でございます。
どうかこのまま慎ましやかな生を送らせて頂きたく思います」
ルイーゼが教会に入る気持ちが無いことは聞いていたので、その気持ちに心配はしていない。
だが、ルイーゼが断った時にトリスタンの背後に立つ一人の感情が高ぶるのを感知した。
如何にも聖職者という感じの装いをしたその男を念の為に覚えておく。
これだけ大きい都市ならば天恵持ちもそこそこいるだろう。
しかし回復の天恵に限ればその数はぐっと減り、一人いるかいないかになる。
そしてルイーゼほど強力な奇跡となれば国を挙げてもいるかどうかと言ったところだ。
教会の関係者が権威を上げようと考えれば、ルイーゼへの接触は避けられない。
「わかった。本人の意思は尊重しよう」
何故トリスタンはこんな人の多いところでわざわざ聞いたんだ。
これだけいれば中には良く思わない者もいるだろう。
いや、逆なのか。
敢えてみんなの前で本人の意思を確認し、それを領主が承認することでこそこそと裏で働きかけるようなことが出来なくなる。
そう考えると、ルイーゼの為を考えてくれたともとれるな。
「私からは以上だ。
この後の祝賀会は楽しんで言ってくれ」
「ありがたく参加させて頂きます」
「アキト、ホールで待て」
「ハッ」
トリスタンの許可を得て言葉を発したカイルに応え、案内の騎士にせつかれるように謁見の間を退出しする。
残す課題は祝賀会だ。
さっさと片付けてのんびりとした日常に戻ろう。
「平民がどうやってシュレイツ様に取り入った?」
「バレンシアの反乱を治めた際の第一人者らしいですよ」
「そんなもの、大方止めだけ横取りしたに違いあるまい」
玄関ホールでカイルを待っていると、これ見よがしにこちらに聞こえるように会話をする貴族が現れた。
衣装のあちこちに高価なアクセサリーを付けた姿は、デザイン的には滑稽だが如何にもお金を持っていますという意味では本人の希望通りなのだろう。
「平民風情が何故ここにいる?」
「祝賀会に参加するのか? 服も用意できないのではないか」
「良く恥ずかしげも無く参加する気になったものだ」
なんか、続々増えてきた。
本心では俺も参加したくないので、そう言うことは領主に直接言って欲しい。
「魔物の匂いが移っては堪らん」
「全くこれだから下賎の者をここへ入れるのは反対だというのに」
ルイーゼとマリオンの魔力が荒々しくなってきたが、流石に殴りかかったりはしないだろう……ないよな。
二人は自分のことは我慢するのに、俺のことになると我慢の効かないことがあるからちょっと心配だ。
不意に噂話が止まった所で、カイルがやってくる。
カイルが来たから噂話が止まったというのが正解か。
「アキト、これから話すことは演技の一つだと思って聞いてくれ。
今夜の祝賀会で、ルイーゼのエスコートを私に任せて欲しい」
「ルイーゼを守る為ですか?」
「そうだ。ルイーゼの天恵についてはいずれ多くの者に伝わる。
そうなった時、法を無視してでもその力を手にしようとする者がいるだろう。
その防波堤となる為に、ルイーゼには明確な後ろ盾がいると宣伝する必要がある」
こちらにはメリットしか無い話だが――
「カイル様にご迷惑を掛けるだけになりますが」
「そうでも無い」
カイルはそれ以上は言えないとばかりに「フッ」と笑う。
まったく、イケメンに秘密だと言われては引くしか無い。
その前にルイーゼの意思確認だな。
「ルイーゼ、どうしたい?」
「それでアキト様のご負担が減るのでしたら否はございません」
「俺のことはそれで良いとしても、ルイーゼの本心が聞きたい」
「あ、あの……一曲踊って頂きたいと」
敵を前にして果敢に立ち向かうルイーゼが、赤い顔をして本心を零すのを見て嬉しく思う俺はサドだろうか。
「お安いご用だ」
顔を上げて嬉しそうに微笑むルイーゼを見たら、カイルにエスコートさせるのがもったいなくなってきた。
「私と踊るのを忘れないで欲しい」
「はい」
ルイーゼは快くカイルの申し出を受ける。
何もカイルに付きっきりと言うことは無いだろう。
そちらの用が済めば、一曲と言わず二曲でも三曲でも付き合うつもりだ。
「では決まりだな。
一九の鐘で迎えに行く、それまでに準備を」
「わかりました」
◇
部屋まで戻った俺は三人にお風呂を勧める。
流石は貴族をもてなす為の部屋だけあり、お風呂が付いていた。
三人がお風呂に入っている間に俺は念波転送石を通して語り掛ける。
『リゼット、聞こえるか?』
『はい、準備は出来ております』
『それじゃ作戦の開始だ』
俺は今いる場所のイメージを、念波転送石を通じてリゼットに伝える。
すると俺の前方に複層の魔法陣が出現した。
何度見ても感嘆の声が出るほど複雑で神秘的な魔法陣だ。
魔法陣の完成と共に、一人の女性が姿を現す。
シンプルだけれど高そうな刺繍の施された青を基調とするローブ姿に、黒髪のショートで黒い瞳。
かつては魔人を思わせると忌み嫌われていた彼女も、今は堂々と貴族たちと渡り合う逞しさを手に入れ、今はエルドリア王国の王女様と友達だという。
少し蹌踉めく彼女の腕を取って支える。
「長距離ですと、少し酔いのような感覚が強いですね。
ですが、位置情報を伝える魔法陣の構成を少し改良すれば良くなると思います」
再会の喜びより先に魔法陣の調整に入りそうになった彼女を止め、本来の目的を思い出させる。
研究者肌なのは今に始まったことではないが、今日はその力を別の所で発揮して貰いたいのだ。
「そうですね。
二人に、いえ三人には魔法を掛けましょう」
さっきまで馬鹿にしていた貴族たちに、少しはその思いを後悔させる位は良いだろう。
次話が第二章最終話となります。
ちょっと間に合わないので、来週末になるかもしれません。
出来れば書き上げたかったけれど、ちょっと無理そう。