三人のシンデレラ・前
本日4話目になります。
案内された厩舎で『カフェテリア二号店(仮)』に驚きを示す馬番にニコラを預け、勧められるまま馬車に乗って連れてこられたのは立派な屋敷だった。
まぁ、領主が来賓に向けて用意した場所なのだから、贅を尽くしたものなのだろう。
驚いたことに窓にはまっているガラスが随分と透明だった。
今までにも透明なガラスは見掛けていたが、クリスタルガラスと思えるほどの透明度を誇る物は見たことが無かった。
この世界の技術も国によって大きく隔たりがあるみたいだ。
夕日を反射してオレンジ色に輝くガラスはなかなかに神秘的な雰囲気を醸しだし、俺だけでは無くルイーゼにマリオン、そしてモモも感嘆の様子だ。
クリスたち少女もそれは同じで、幼い子はモモと同じように目と口を大きく開けて見ていた。
「アキトは透明なガラスを見るのが初めてなの?」
「ここまで透明な物はそうですね」
「美しいでしょ。この町の主要産業の一つだからね」
これだけのガラスを作れる技術が確立されているのか。
本当にアンバランスだよなぁ。
「製造の工程で使う魔法が重要なのよ」
魔法かよ!?
いや、魔法を使わない理由は無いか。
錬金術的な魔法があるのだろう、それはちょっと楽しみなので俺も調べるとしよう。
「お帰りなさいませ、マデリーナ様」
テレサの性はマデリーナか。
こちらも忘れないようにしないとな。
声を掛けてきたのは六〇歳ほどの紳士然とした男性だった。
タキシードにも見えるしっかりとした衣装に身を包み、銀髪で眼鏡を掛けた、如何にも執事と言った印象で、人当たりも良さそうだ。
「アルディオ、客人をもてなす準備を。
アキト、ルイーゼ、マリオンそしてモモの四人だ。
それからエボン、このクリスと四人の子たちをしばらく預かることになったので面倒を任せる」
テレサが、アルディオと呼んだ老紳士の後ろに立つ中年の女性にクリスたちを紹介する。
クリスたちは親元の確認が取れるまでカイルの預かりとなった。
俺が一人一人の親を探すよりずっと早いだろう。
既にバレンシアの町には馬が走っているので、そう遠くないうちに状況がハッキリするはずだ。
袖が引っ張られる感じを受けて振り向くと、心細そうに立つクリスと、クリスに寄り添う少女たちが居た。
クリスには後は任せろと言った。
もし親元に帰れないようなことがあれば、俺はクリスたちに自立への道を示す必要がある。
「俺を信用してくれるか?」
クリスが弱々しく頷く。
まだ怖がられているな。
でも最初に頼ってくれたのだから、少しは心を開いてくれたのだろう。
「テレサ様は信用できるよな?」
今度はハッキリと頷くクリス。
テレサは道中ずっとクリスたちと一緒に車内で過ごしていた。
時折聞こえてきた笑い声から、打ち解け合っている様子が伝わっていた。
「何かがあれば俺が守るし、テレサ様が信用する人にクリスたちを預けると言うんだ、怖いことは無いさ」
「わかった……」
クリスたちはエボンに率いられ、何度も振り返りながら来賓用の館の横にある通りに入っていく。
使用人用の建て屋があるとテレサが言う。
一応『魔力感知』でクリスたちの位置を把握しておくことにした。
「私はここまでだ。
今度会えるのは恐らく明日の祝賀会になるだろう。
何かあれば先程のエボンに言うが良い」
「一つ確認したいのですが、明日の祝賀会は何を祝う物でしょうか?」
俺になんの関係があるのか、そこが知りたかった。
「ん? もちろんバレンシアでの魔人族蜂起を治めた物に対してよ。
それ以外にアキトたちを呼ぶこともないでしょ」
「あの戦いで私たちは一参加者でしか無いのですが」
「領主の名の下に人を集め、その中から優秀な働きをした者に報酬を渡す。
それが不自然?」
「そう言われると返す言葉もありませんが」
結局、俺たちに護衛を頼んだのは祝賀会への参加まで見越してのことか。
なんとなく経費削減に使われた気がしなくも無い。
まぁ、一応もっともらしい理由なので納得したことにする。
他にも理由はありそうだが、テレサがそれを話すことは無いだろう。
◇
「ん~っ」
案内された部屋から使いの女性が引き上げると、マリオンが大きく伸びをしてソファに腰を下ろす。
そんな様子にルイーゼが優しく微笑み、モモを抱えてその隣に座る。
ここはリビングの様な間になっていて、五つある扉の内の四つが個室へ通じていた。
綺麗に掃除された部屋は毛並みの長い絨毯が敷かれ、全体的にはベージュの落ち着いた雰囲気だが、金銀で飾られた装飾品が彩りを与えていた。
個人的には落ち着かないが、偶にであれば贅沢を感じる部屋も良い物だ。
ちょうど旅行で良いホテルに泊まった時のような非日常感だな。
……ここが異世界であり、既に非日常だったことなどもう忘れていた。
そして運ばれてきた夕食はとても満足のいく物だった。
色々と珍しい香辛料が使われているようで、エルドリア王国では味わったことの無い味付けが多い。
思わずどんな物があるのか色々聞いてしまうのは、食べ盛りなら仕方があるまい。
三人も満足したようで、モモは既にお腹を抱えてソファで横になっていた。
「今日は早めに休んで、明日の午前中に色々と準備をしよう」
「はい」
「わかったわ」
二人が個室に引き上げたあと、俺は念波転送石を通じてかつて共に旅をした仲間に連絡を取る。
この石は古代文明の遺物の一つで、対になったもう片方を持つ者と遠距離会話が出来る優れものだ。
残念ながら波長の合う者同士という条件付きなので、誰とでも話せるわけでは無いが、この石が俺の世界そして俺の元に届いたことが全ての始まりだった。
念波転送石が繋いだ意思の先、久しぶりに届いた声に懐かしさを感じつつ、明日三人の為に力を貸して欲しいとお願いをした。
◇
翌日。午前中は三人のドレスと俺の正装を準備して過ごす。
もっともドレスらしいドレスは一つしか無いので、選択という意味では悩まなかったが、別の悩みが発生した。
ルイーゼ用のドレスは学園祭用に仕立てた物だから、ある意味学生らしいシンプルな作りにしてあった。
このままでもルイーゼ自体が引き立って良いと思うが、何かちょっとしたアクセントがあっても良いだろう。
「この布を使って何か小物が作れないかしら」
マリオンが手に持つドレスから、解くようにして布を取り出す。
マリオンのドレスも元はルイーゼと同じように学園祭に向けて用意した物だ。
それをベースに布が多めに追加されており、今度は逆に少し派手だった。
そのドレスが用意された経緯を考えればそれも仕方が無いのだが、マリオンがアクセントとなっていた布を取り払うことで、いい感じにシンプルになる。
俺はマリオンから受け取った布を手に、クラスの女子が作っていた巻き薔薇を思い出す。
そしてマリオンの許可を得て、布を長細く切り、そこに切れ目を入れて――記憶のままに薔薇を作り上げる。
「どうだろうか?」
個人的にはなかなか上手く出来ていた。
白いドレスに白い薔薇なのでもう一工夫必要だが、形と収まりは悪く無さそうだ。
「素敵です……」
「そうね……どうしてあの布がこうなったの?」
二人の印象も悪くないようだ。
モモはまるで手品でも見たかのように、もう一度見たいとアンコールの嵐だ。
布は余っていたので大きさを変えて幾つか作ってみる。
その一つ、小さい白薔薇をマリオンの髪にあててみたところ、赤い髪に白い薔薇が良く栄えていた。
「いいな」
「マリオン、とても綺麗ですよ」
「そう? よかったわ」
髪と同じように頬を赤く染めるマリオンを堪能した後は、ルイーゼ用にアレンジだ。
ルイーゼの焦げ茶色の髪には青か緑がよく似合う。
だから白い薔薇の縁に青く発光する魔粉をノリ付けし、魔力を付与する。
魔力を与えられた魔粉が仄かに光を放つと、なかなか神秘的な薔薇が出来上がった。
それをルイーゼの髪にあてて様子を窺う。
「思った通り、ルイーゼの髪にはよく似合う」
「ルイーゼ、素敵だわ」
「ありがとうざいます……」
何故か泣き出しそうな顔をするルイーゼ。
それくらい嬉しかったのだと思えば作り甲斐があるというものだ。
続けて大きめの薔薇にも同じ加工をし、それをドレスの腰の辺りにアクセントとして取り付ける。
ルイーゼは青、マリオンは赤でいい感じに揃った。
その後、ドレスに似合うアクセサリーが無いのでネックレスも作ってみたが……これじゃ首輪だな。
余り布の都合上短くなってしまい、ネックレスになりそうになかった。
そもそも布でネックレスは無いか。
物は試しにとルイーゼの首元で蝶々結びにしてみた。
正面ではなく、少し横にずらして結んでみたが、思ったよりも良かった。
というか……なんとなく退廃的な魅力を感じる。
やっぱり首輪だな。これは駄目だろう。
「アキト、私にも同じ物をお願い!」
「はっ?」
マリオンに気に入られてしまった。
良いのだろうか。
まぁ、よく考えればチョーカーと言えなくも無い。
首輪とか思ってしまう俺の感性がおかしかったのだろう。
望むままにマリオンの分も用意し、最後にモモだ。
というか、モモはシンプルなワンピースそのままだ。
特徴的な頭から生える二枚の葉っぱだけを人目に付かないように消してもらい、肩紐の辺りに白薔薇を付けて子供らしく行く。
最後は俺の番だ。
普通は女性の方が準備に時間が掛かる物だが、とっかえひっかえ、あーでもないこーでもないと一番時間が掛かっていた。
その間俺は口を挟まない。
それが無駄な抵抗だと知っているからだ。
途中、カジュアルじゃないのかと思うような服を着せられつつも小一時間が過ぎた頃、ようやく落ち着く。
まぁ、決まってしまえば白いブラウスに紺色のズボンと、至ってシンプルだ。
なんとなく遊ばれた気がしないでも無いが、本人たちがそれで楽しいのなら良しとしておこう。