領主城アークロア
本日3話目です。
「そこで止まれ」
城門に着いたところで、カイルの言葉に応え馬車を止める。
出向いてきた衛兵の対応はテレサがしてくれた。
こんな庶民的な馬車で貴族様の門に向かって来たのは俺たちくらいだ。
ここはちょっとしたトラブルでも発生するかと思いきや、カイルの顔は広いようで、あっさりと入門の許可が下りる。
門を抜けたそこは多くの人が行き交う活気のある往来だった。
メインストリートなだけあり広めに作られた通りだったが、それでも多くの人が行き交うことで道沿いは随分と混んでいた。
通りの中央は馬車が優先的に通っていて、大ざっぱにだが車道専用らしくも見える。
凹凸の少ない石畳は自然と馬車の速度も上がるようで、さながら高速道路と言ったところか。
流石に街中と言うこともあり最高速度は一〇キロと言ったところだが、荒れ地を走る馬車に比べれば十分に早かった。
そのままカイルの誘導で貴族街に向かう。
内門を二つ越えたところが貴族街になっているが、このまま入れるのかは謎だ。
少なくても俺だけならまず無理だが……しかしそこはカイルの顔が利き、我が愛短足馬のニコラでも入れてしまった。
町を抜ける時からニコラの牽く『カフェテリア二号店(仮)』は、通りを行く人々の目を引いていたが、貴族街に入ってからは尚のことだった。
それも仕方が無い。周りを走る馬車と言えばお伽話に出てくるような豪奢な馬車ばかりで、まるで巨大な箱を運んでいるようにも見えるこの馬車は浮いていた。
何より短足馬など全く見掛けなかった……馬力があり普通馬と比べても二頭分の仕事をしてくれるのに。
まぁ、どうせ引き返すことは出来ないのだから、場違い感はあるものの開き直るしか無いだろう。
貴族街は丘の頂上に向かって作られていて、その頂点には一際大きな館――城があった。
封建制度まっただ中のこの世界ではまるでそれが力の象徴とでも言うかのように、身分の高い者ほど中央そして高いところに身を置く。
だから全てを睥睨するかのように最も高き場所に立つこの城が、領主の住む場所なのだろう。
そしてカイルの誘導する先もまさにそこに向かっていた。
ますます持って心当たりが無い。
領主一族あるいは近い人に、この国で礼を言われるようなことをした覚えが無い。
まぁ、会えばわかることを今考えていても仕方が無いか。
結局、思った通り馬車が辿り着いた先は城だった。
「難攻不落と言われるアークロア城だ」
お伽の国のお姫様が住んでいるようなお城ではないな。
イメージとしては城と言うより城塞か。
エルドリア王国の王城もそうだったが、どうやらこの世界にはノイシュバンシュタイン城の様なタイプの城は無いのかもしれない。
とは言え戦いの匂いを感じさせる無骨さは無く、同じ土色の岩でありながら僅かに色合いの違う石を組み合わせた外壁はレンガ調で、自然に囲まれた領都によく似合っていた。
アークロア城の門を守る衛兵がニコラの接近を見て前に進み出てくる。
どう見ても場所に不似合いな馬車の為、警戒している様子が窺えた。
カイルが御者台から立つと、速度の落ちたところで飛び降りる。
あわせてテレサも降りたところで、俺は馬車を止め、降りて待つ。
「シュレイツ様?!」
そう言えばシルヴィアがカイル・シュレイツと呼んでいたな。
最初にカイルと名乗られたからそのまま呼んでいたけれど、本当は俺もシュレイツの名を呼ぶべきじゃ無いのか。
まぁ、今更か。公式の場で呼ぶ時は気を付けておこう。
「今戻った。先駆けがあったはずだが?」
「は、はい!
申し訳ございません、まさかこの……し、失礼しました」
この様な得体の知れないとか、こんなみすぼらしいとか、庶民的なとかそんなことだろう。
だが、この馬車の快適さは豪奢な馬車に乗り慣れているカイルやテレサでさえ欲しがるほどなのだ。
当初心配していたクッションも十分に機能を果たし、荒れた道でもバネがショックを吸収し揺れをクッションが押さえるという二重構造により、その乗り心地はかつてないほど快適だと聞いている。
そして、カイルやテレサが興味を示した物がもう一つある。
ルイーゼとマリオンの乗る馬に付いている鐙だ。
エルドリア王国でも見掛けなかったが、ここエリンハイム王国でも鞍はあるのに鐙が無かった。
元の世界でも鐙が出て来たのはかなり昔で、一四世紀から一六世紀の趣を持つこの世界に存在しても不思議は無かった。
同じように存在しても良さそうなのに意外と無い物が多いのは、この世界が俺の知っている世界とは違った進化を遂げてきたからと推測される。
その中で最も主たる物が魔法の存在だろう。
機動性に優れる馬ではあるが、魔法による遠距離範囲攻撃とは相性が悪く、実際の戦となれば降りて味方の魔術師の使う『魔法障壁』に守られながらの戦いとなった。
だからこの世界の馬はあくまでも移動手段であり、馬上での戦闘を主目的としていないことが鐙の開発を遅らせたのだろう。
デナードのように自分で『魔法障壁』を使える者は多くない。
仮に使えたとしても、馬も余程訓練されていない限り魔法に驚き、思った通りに動いてくれないし落馬の危険もあった。
逆に言えば、魔術師がいない戦いにおいては主力でもあったが、戦において魔術師がいないことはそう多くない。
ちなみに火薬は存在するようだが大砲の類いは無い。
その代わりをするのが魔法なので、使い勝手の良い魔法の研究が盛んなのだろう。
どうやら生活魔法や古代文明の遺物による建築技術がある為に機械的な物の発展が遅く、科学も遅れているようだ。
特に古代文明の遺物に関してはこの世界の進化を歪にしている根源と言っても良いだろう。
かつて高度な文明を誇った前文明は、この世界が天族と魔族による戦いの場となったことで滅んだと言われている。
だが、全ての物が塵と化して無くなったわけでは無く、残っている物も多い。
各地にある遺跡やここにある審判の塔と言った建築物から、魔封印の呪いを解く為の魔法具も古代文明の遺物にあたる。
マリオンの使う二刀一対の魔剣ヴェスパも現在の技術では作ることが出来ない様に、ただ魔力を帯びただけの剣ではなく魔法効果を持つ魔剣は唯一無二の武具と呼ばれる。
精霊魔法が台頭する前に使われていた古代魔法も前文明の物で、俺をこの世界に呼び込んだ異世界転移魔法も古代魔法にあたる。
魔法が存在し前世代の高度な文明の遺産もあることで、俺の世界を元に考えると意外なことも多いのがこの世界の特徴だ。
個人的にはその意外性が魅力だとも感じているが。
「アキト。この先はテレサが案内をする。
中に入ったら右手に進み、厩舎に馬を預けろ。
ルイーゼとマリオンの乗っている馬は買い取るから荷を外しておくといい」
「わかりました」
世話になったな馬Aと馬B。
「厩舎からは馬車に乗り、今日は来賓用の館でゆっくり体を休めろ。
明日一四の鐘で迎えをやる。
領主直々に感謝の言葉を賜るだろう」
「身に覚えが無いのですが?」
「ならば楽しみにしておけ」
むしろ心配事が増えるだけだな。
貴族様はもう少し平民の気持ちを理解して欲しい。
「夜は祝賀会があるので、そこへの参加も強制になるだろう。
四人を縛るのはそこまでだ。
面倒だと思うが貸しだと思ってくれて良い」
「こちらでの生活の基盤を整える必要もありますので、明後日には町に降りたいと思います」
根無し草も悪いとは思わないが、宿とは違って落ち着くからな。
今度はどんな家にするか、考えるだけでも楽しみだ。
「フッ。ここを根城にしても良いのだが」
「小心者には落ち着きませんので」
「落ち着いたら中央兵舎に連絡を忘れるな。
市民権や報酬の手続きがあるからな」
「わかりました。必ず」
振り返らず、手だけを軽く上げて去って行くカイルを見送り、テレサの案内で厩舎に向かった。