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領都シャルルロア

 地平線の先に審判の塔が見えてから五時間。

 塔の麓にある領都が見えてからで三時間。

 いい加減、クリスを筆頭とした幼い少女たちにも疲れが見えてきた頃、ようやく辿り着いたのはシャルルロア領の領都シャルルロアだ。


 モモがニコラの背で仁王立ちになり空の一点を小枝で指し示す。

 その先には領都の外からでも見上げるほどの高さに伸びていく審判の塔があった。

 夕日に焼けた空を突き抜けその先端は彼方にまで届く。

 圧倒的な存在感を示すその塔はここシャルルロア領のシンボルともなっていた。

 流石に雲まで届くと言うことは無いが、どれほどの階層になるのか想像も付かないほどの高さであるのは間違いなかった。

 どのような技術で作られたのか興味も尽きないが、なんとなく魔法的な物だろとも感じる。

 それは恐らく間違っていないだろう。

 何せ建物その物から魔力を感じるくらいだから。

 俺は御者台から審判の塔を見上げ、そこでの冒険を思い胸を弾ませる。


 襲撃を受けた宿場町で足止めされている時に、ルイーゼの乗馬訓練をした。

 覚えの良いルイーゼは直ぐに乗りこなし、今では駆けて廻るのも楽に熟すほどだ。

 だから今は俺が御者をし、となりにはカイルが座っている。


 領都は陵丘の斜面に作られている為、ここからはその全体像が見て取れた。


「ここまで領都の様子が良く見えると、防衛上大きな問題となりそうですが」

「町全体が要塞だと考えれば、利点も多い」


 そのカイルの説明では、西と北の陵丘の一部が崩れて二十メートルほどの崖になっているそうだ。

 東には馬が渡れないほどの川が流れ、南には三重に渡って作られた城壁がある。

 最も南側の城壁は総延長三キロにも及び、西の崖と東の川を繋ぐことで、自然を使った完全な防御態勢が出来上がっていた。

 確かに素人目でも難攻不落と思える。

 かつて西のザインバッハ帝国との戦が続いていた時代、三度の猛攻に耐え、ついには攻略を諦めさせたという歴史のある都だとカイルは言う。


「町が良く見えると言うことは、町からも敵の進軍経路が良くわかると言うことだ。

 攻城戦においては攻城兵器が何処に配置されているかで敵の作戦が自ずとわかってくる」

「わかれば作戦を潰しやすいですか」

「実際の戦では魔術師の配置も見逃せないところだが、城壁を破壊できるほどの魔法を使える者は多くない。

 それほどの使い手であれば平時から監視の目が行き届いている」


 城壁が破壊されれば一気に戦況が変わる。

 そんな力を持つ者を放置出来ないという心情はわかるが、プライバシーも何もあったものじゃ無いな。


 領都は流石に大きく、カイルの説明では人口一五万人ほどの都市と言うことだ。

 この世界の人口はよく知っているラノベに比べると多い気がする。

 人口一五万人と言えば、元の世界の中世でも大都市レベルの人口だろう。


 もっとも、ここ神聖エリンハイム王国はもともと七国だったものが統一されて出来た国なので、領都とは言っても元は王都に当たる為、大きいのも納得がいく。

 見た感じ領都を東から西に抜けるだけでも小一時間は掛かると思われ、大小様々な建物が建ち並ぶ様は、まさに巨大都市と言って過言ではなかった。


 そんな領都に予定通り日の暮れる前に辿り着いた俺たちは、入門の為に並ぶ人々の列を避けて貴族用の門に向かう。

 かつて男爵同等の権利を国から授かっていた時、最も重宝したのが町の出入りで貴族用の門が使えることだった。

 その権利も国を出たことで使えなくなり、今後は長い時で数時間待つと考えると憂鬱だ。

 審判の塔が城壁内にあるのが唯一の救いか。


 並んで入門を待つ人々には活気があり、商人根性のある者は並びつつも仕事をしている様子が窺えた。

 人々が明るいとこちらまで明るい気分になってくる。

 単純だがそんな人々を見ていると、この領を治める領主にも好感が持てた。


「アキト、先程使っていた回復薬に余裕があるのなら幾つか譲って貰えないか。

 一つに付き金貨一枚出そう」


 領都を前にして、しばらく思い詰めた様な表情をしていたカイルが口を開く。

 金貨一枚と言えば庶民的な宿を二部屋取っても三ヶ月は過ごせる金額だ。

 余りにも高額の提示に三度考え直してみたが、どう考えてもそんな高い値が付く物とは思えなかった。


「手間と原価を考えたらとてもその様な値段の付くものではないのですが」


 正直に話すことにした……が、あれ、これでは商売下手になるのか。


「原価と言うことは、これはアキトが作った物なのか!?」

「多少アレンジはしていますが、基本的に普通の回復薬の作り方を倣った物ですから」

「いや、しかし今朝方見た回復力はその様な物とは思えなかったが」


 まぁ、アレンジと濁したが根本的な効果は大分違うだろう。


「実は他の回復薬を使ったことが無いので比べようも無いのが本当のところです」

「なるほど。それで幾つか売って貰えるか」

「在庫が無いので多くは無理ですが、幾つかであれば近日中にご用意できます」

「それで構わぬ。あるだけ買い取ろう」

「二個、三個という程度でしたらお金はいりませんので、代わりに市民権を頂けませんか?」


 元々考えていたことをここでお願いしてみる。

 本来ならなんの実績も無い俺たちが市民権を得るには、十年ほどこの町に税金を落とすなり、何かしらの貢献をする必要がある。

 だが借りが多いと言うくらいだ、報酬とあわせて返してくれるかもしれない。


「そんなことで良いのか?

 私の一存では決められないが、問題ないだろう。

 強い者が永住してくれるのであれば心強い。

 報酬とは別に口添えすることは吝かでは無い」


 あれ、思ったよりもさくっと貰えそうだな。

 エルドリア王国に居た頃は王国栄誉騎士勲章を授かった時だったのに。


「まぁ、旅には出ますけどね」


 欲しいのは市民権であって、永住権というわけでは無い。

 市民権は収入がある限り絶対的に必要な物ではなかったが、いつかは俺だけで無くルイーゼやマリオンも家庭を持つようになるだろう……相手が俺以外と言うことは無いと思いたいが。

 そしてこの町で暮らしていくのであれば、市民権の有無が生活に大きく関わってくる。

 なぜなら市民権が無いということは言わば外国人扱いになるからだ。


 一番大きな違いは税金面での優遇と行政サービスの質だな。

 もし家族ができれば子供が学校に通うこともあるだろう。

 だが学校は市民権が無ければ通えない。

 または高いお金を払うか、紹介状を得るなどの方法もあるが、市民権が手に入るならあって邪魔なものではなかった。


「商人であればそれも致し方あるまい。

 とは言え、拠点がここになるだけでも長い目で見れば有益だ」

「ご理解頂けて助かります」

「しかしもったいないものだ。

 あれだけ戦えて商人の道を行くか」

「まぁ私たちの場合は商人と言っても趣味と言うだけで、実質は冒険者みたいな所もありますが」

「なるほど。であれば審判の塔にも昇るのであろうな」

「予定には入っています」

「五十層を超えて見せろ。

 そうすれば英雄と呼ばれるようになるだろう」


 英雄と聞いてデナードを思い出す。

 デナードは何を成し遂げて英雄と呼ばれるようになったのだろうか。


「シルヴィアはデナードを英雄と言っていましたね」

「この国が元は七つの国だったことは知っているだろう」

「中央のエリンハイム王国が他国を吸収する形で統一を果たし、神聖エリンハイム王国となったのですよね」

「そうだ。時の王が、もともとこの大陸に多く広まっていた聖エリンハイム教に目を付けて国教とし、内外から攻め立てて一代で築き上げた国だ」


 元の世界の歴史家は言っていた。

 歴史は突如一人の中に自らを凝縮し、その者の指し示す方向に動き出すと。

 七つの国を一代で統一するとか、世界の意思が動いたと言われても納得するほどの偉業だ。


「一つになったとは言え、未だ情勢が安定しているとは言い難い。

 デナードの仕えていた領の東には獣人族が中心となる領があり、そことの間では最近まで小競り合いが頻発していた」


 獣人族は人間族に比べて身体能力が高い代わりに魔法を苦手としていた。

 知能も高く種族に対する帰属意識も強い彼らとは、文化の違いから衝突することも多いと聞く。


「一度戦争と言えるほどの規模の争いが発生し、その戦で獣人族に停戦の声を上げさせたのがデナードだ。

 その時、二つの種族を壊滅に追いやり英雄と呼ばれるようになった」


 人間族にとっては英雄でも、獣人族にとっては悪魔と言われていそうだな。

 人のことを魔に属する者とかよく言ったものだ。

 天恵は別に正しい者にのみ使えるというわけじゃ無いのか。

 もっとも何が正しいとか、俺が決めることじゃないが。

 そう言えば――


「デナードが天恵を授かっているなら、警告くらいは欲しかったですね」

「そうだな、すまん。

 いや、命が掛かっていたのだ、そんな言葉では軽いか」

「いえ、十分です」

「言い訳ではないが、アキトを相手に使うとは思っていなかった。

 裁きの雷はそう何度も続けて使えるものではなく、私を仕留める為に使うと考えて疑問を持っていなかった」


 あれを連発されたら耐え切る自信が無いという意味では助かったとも言える。

 天恵は単純に魔力を糧とする魔法と比べて癖があるな。


「しかし良くあれを躱したものだ。

 あれは見て躱すことが不可能と言われている。

 唯一の弱点は位置指定――正確には目の前に発動する天恵の為、敵が高速で動いていると捕らえきれないと言う点だ。

 もっとも、それを知らなければ躱せるものでもないが」


 カイルもシルヴィアも俺が裁きの雷を躱した(・・・)と思っているようだ。

 実際には直撃だったが、直撃を受けて生きているはずが無いという前提なのだろう。

 敢えてその誤解は解かないでおく。


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