弱さの言い訳は終わりだ
本日は何話か投稿する予定です。
読み飛ばしにご注意ください。
本日1話目になります。
俺の剣先がマリオンの肩を掠め、逸らすように見せた背に向かって蹴りを放つ。
バランスを崩し隙が出来たところへ追撃の『魔弾』を五連発。
魔力を溜めてから放出する『魔弾』は一度放つと魔力の充填が必要となり、連射が出来なかった。
しかし今は魔力制御能力が上がり連射ができるようになっている。
それでも今は五発が限界で、その内の二発をマリオンは背を向けたまま器用に躱し、三発目を足に受けて動きを止める。
続く『魔弾』を躱せないと悟ったマリオンは体を丸めて『身体強化』を使い、そこに四、五発目が続けざまに襲い掛かった。
激しい衝撃を受けたマリオンは五メートルほど吹っ飛び、そのまま砂煙を上げて地面を転がっていく。
!?
振り返ってルイーゼのメイスを『魔盾』で受け止める。
ルイーゼは不意打ちに失敗したことを悟ると、直ぐに巨大な盾を前面に押し出し、反撃を警戒して身構えた。
俺はルイーゼの構える盾の上に手のひらをあて『魔槍』を打ち込む。
盾を貫く魔力の槍が直接ルイーゼの体に届き、苦痛に耐えかねて膝を落としたところに、右の回し蹴りを放つ。
ルイーゼの軽い身体が弾かれるように飛んでいくところに、追撃で『魔弾』を同じく五連発。
ルイーゼはそれを空中に居て器用に盾で防ぐ。
だが、続けて地面から突き出した岩の杭が脇の辺りを押し上げる。
そのまま三メートルほど弾かれるように体が浮かされ、きりもみ状態で地面に落ちた。
精霊魔法系土属性魔法の『地牙』だ。
最も相性の良い魔法は具現化するまでに五秒ほどにまで縮まり、戦いの中に組み込めるほどになっていた。
全力で向かって来た二人を俺も全力で迎え撃ち、撃退する。
もっともそこに嬉しさは無く、正直泣きたい気分だった。
それでも、二人の想いに応えるためギリギリの線まで攻めこむ。
今までの鍛錬でも手を抜いていたつもりはない。
だけど、心の何処かでは抜いていたのだろう。
それを二人に気付かれた。
切っ掛けはシルヴィアに易々と接近を許したことだ。
命を奪うことを前に甘くなる俺を、二人は危惧する。
その結果がこれだ。
それ以来、鍛錬では幾つかの技を封印しつつも全力を出すことを誓わされた。
二人が俺にプライドを傷付けられたと思っているわけでは無い。
むしろ俺に勝てないことを喜ばしいとさえ思っているくらいだ。
「苛烈だな。もはや鍛錬ではなく実戦としか言えないだろう」
「いたっ!?」
テレサはまるで自分が攻撃を受けたかのように、ルイーゼとマリオンが傷を負う度に悲鳴を上げる。
「カイル様、ここまでする必要があるのですか?
まるで殺すことも辞さないってくらいの勢いですよ!」
「必要と感じたのだろう。そうでなければ泣きそうな顔で戦い続けるわけがない。
見慣れたとは言え、こうも高度なレベルで剣術と魔法を組み合わせるとはな」
「こんなに汎用性が高いなら私も初めから無属性魔法を学びたかったですよ……」
「無理だろう。学べば使えるという類いのものではない。
だから無属性魔法は廃れ、精霊魔法が台頭してきたのだ」
「でも、三人も使えるのだからやればできるんですよ、きっと!」
「……そうだな」
鍛錬はその後しばらく続き、二人が立ち上がれなくなったところで終了した。
俺は急いで回復薬を二人に飲ませ、あわせて『自己治癒』を使う。
二人とも息も絶え絶えと言った感じだ。
一般人に比べれば膨大な魔力量を誇るルイーゼでさえ魔力が枯れ気味で、常時展開している『身体強化』が解けていた。
それでもルイーゼの回復は異常なほど早い。
生命の危機に対して『自動再生』が働いていたおかげだろう。
回復薬や『自己治癒』など無くても回復していく勢いだ。
「もう二度とこんなことはさせないでくれ」
「アキト様の優しさが好きです、でもそれが原因で失いたくありません……」
ルイーゼは非情になれない俺を危惧していた。
同時にそんな俺を好きでもいてくれる。
「アキトが戦えない敵はわたしが斬るわ。
だから、その為にもっと強くなりたいの」
マリオンが体を起こし体の具合を確かめる。
痛みに顔を顰め、それでも立つ。
「さて、もう一戦ね」
「いや、十分だ。
もし敵として現れるなら、シルヴィアは俺が殺す」
二人はシルヴィアの強さに一瞬で気付いていた。
それ故に、俺が本気で戦えなくても自分たちで俺を守り切るつもりだ。
そしてそんな気持ちはモモも同じなのか、二人の次は私の番だとばかりに小枝と葉っぱを構えてウォーミングアップをしている。
だけどそんな心配は必要ない。
相手を思って本気になれないとか、弱さの言い訳は終わりにしよう。
その時が来れば、三人を安心させる為に俺は行動で示す。
「見事だアキト。
そしてルイーゼにマリオン、二人のアキトを思う心に敬服する」
「アキトは女の子相手に何処まで本気出すつもりですか!?
あぁ~もぉ、二人ともこんなになっちゃって!
いくら怪我を治したからって痛いことには変わりはないんですよ!」
カイルは心底感心したという感じで、テレサは逆に表情が引きつっている。
俺の心境はテレサと同じだ。
だからルイーゼにマリオンそしてモモが心配することが無いくらい俺が強くなれば良い。
「これは私からの助言だ。
命より重いものはないが、それでも可能な限り魔闘気を抑えろ。
教会関係者にあらぬ疑いを掛けられては面倒であろう。
その技が血によるものではなく、技術であると確立されるまでは知られない方が良い」
「わかりました、助言を受け入れます」
血とは魔人族の血のことだろう。
エルドリア王国では必ずしも魔人族と敵対していたわけでは無いが、ここ神聖エリンハイム王国では魔人族を明確な敵として見ている。
そこで魔人族を思わせる魔闘気を見せていては、その結果は想像に容易い。
「しかし、これほどの鍛錬は騎士団でもやっていまい。
それを日常的にやっているとは……お前たちは自分が商人であることを忘れているのではないか」
「明日にはこの仕事も終わりです。
そしたらしばらくはゆっくりしますよ」
俺は終わりだと明確に告げ、それに対してカイルが「フッ」っと小さく笑う。
「仕事は終わりだが、今しばらく付き合って貰いたい。
頼みたいこともあるが、何よりまずは三人――いや、四人に礼をしたい」
「内容によってはお断りすることもありますが?」
シルヴィアは言っていた、カイル王子と。
もっともカイルはそれを否定している。
本当に違うのかもしれないがもし事実だとすれば、それはお家騒動を意味している。
王子と言えば後ろ盾として不足が無いにしても、オマケが厄介すぎた。
なかなか世の中にはほどよい加減というものが無いらしい。
「それで構わない。
あと、会って貰いたい人物がいる。これも礼の為になるな。
そう考えると、私はどうやら随分とアキトに借りを作っているようだ」
他に礼を言われる覚えは無いが、どちらにせよ簡単に断れる話でも無い。
カイルの性格からして断っても無礼だとはならないと思うが、心底嫌って訳でも無いから希望は聞いておこう。
「わかりました。宿が決まりましたら連絡を致します」
「心配しなくて良い。
私の屋敷と言うわけでは無いが、本人の客でもある。来るだろう?」
来いと言っているだろう?
まぁ「着きました、はいサヨウナラ」とはいかないことくらいは覚悟していた。
どうやら会いたいと言っている人物の元に行くことになりそうだ。
「お言葉に甘えさせて頂きます。
ただ、平民ですからマナーについてはご容赦を」
「無論だ」
良い部屋に泊まれて美味しい物が食べられる。
そう思うことで、憂鬱な気分を払拭した。