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シルヴィア

「デナード……もしかして『裁きの雷』を外したの?

 天恵まで使っておいてだらしないなぁ」


 あの攻撃はやはり天恵によるものだったか。


 天恵を授かるのは何万人かに一人と言われている。

 俺は今までルイーゼ以外の天恵持ちに出会ったことは無いが、出会っても気が付かなかっただけの可能性もある。


 そして、外すということは特定の誰かを対象とするわけでは無く、発動地点が固定されると言うことだ。

 カイルを直接狙わなかったのもその為か。

 奇跡が起こるまでに時間が掛かり、その上発動位置が固定では手の内を知られている相手には当てにくい。

 動きを制限する為に大袈裟とも思える人数を集め、魔術師まで揃えていたと考えると、デナードとしては確実な手段を用いたのかもしれない。


 カイルはデナードを知っていたのだから、天恵の存在も知っていた可能性が高い。

 ならば警告くらいは欲しかったところだが。

 その辺は後で苦情を伝えるとして、今は――


「デナードの仲間なら、敵か?」

「仲間? 違う違う、止めてよね。

 あたしの仕事は終わったから、こっちは興味本位で様子を見に来ただけよ。

 デナードにも手を出すなと言われていたしね」


 戯けた口調で仲間では無いと言うが、明らかに異質な存在だった。

 敵意こそ感じないが、これだけの惨状を見て全く身の危険を感じた様子を見せないその姿に、俺は警戒心を高める。


 流石に敵意もない相手を一方的に攻撃する気にはなれないが、先程のような油断だけはすまいとその一挙一動から目を離さない。

 ルイーゼもカイルを守るように盾を構え腰を下げて、いつでも動ける状態だ。


「獅子王ねぇ……。

 初めましてカイル王子。噂はかねがね聞き及んでいるわ」

「どんな噂か知らないが、その噂は間違っているな。

 俺は王子ではない」


 王子!?

 騎士団長じゃないのか……いや、騎士団長が王子ってことも無くは無いのか。

 いやいやいや、流石に王子となれば護衛も付けずに出歩くことなど無いだろ。

 俺が護衛か……まてまて、そういう護衛じゃ無い。

 それに、俺の知っているカイルの行動を取っても王子という感じでは無かった。

 本人も否定しているじゃ無いか。


「まぁ貴方がそう思うのも自由だけど、だったら他人がどう思っても自由ね」

「ドルケンに伝えろ。

 貸しは近いうちに取り立てに行くと」

「えぇ。面倒くさいなぁもぉ」


 少女が八つ当たりをするようにデナードの頭を軽く蹴る。

 既に事切れているデナードが不満の声を上げることは無い。

 死者を冒涜するなとか、殺した俺に言えることじゃないか。


「いいわ。伝言は預かっておくよ」


 そう言ってフードを脱いだ少女は、肩に掛かるほどの焦げ茶色の髪と黄金色の瞳を持つ小悪魔的な印象の子だった。

 恐らく歳は俺たちとさほど変わらないだろうが、十分に鍛えられた体はルイーゼやマリオンをも上回っている様に見える。

 いや、筋力と言うより体脂肪率が低いのか。

 それもまた魅力だと言わんばかりに露出が多めの装備は、少々目のやり場に困る。

 胸元を覆うだけの革鎧に革のグローブ。

 下半身は短めのスカートに革のロングブーツ。

 軽装なのはマリオンと同じで動きやすさを重視しているからだろう。


「あたしはシルヴィア。

 英雄殺しの、君の名前は教えてくれないの?」


 英雄殺し? 誰が? デナードが英雄?

 強力な攻撃魔法に強力な防御魔法、思えばAランクの魔物にも匹敵するような強さだ。

 剣を交える前に油断を突いて倒したが、構える姿を見た感じでは剣の方も十分に使えると思えた。


 カイルは戦いになっても罪にはならないと言っていたが、罪にならないことと、殺したことでどう思われるかは別だ。

 英雄と言うからにはそれなりに人望もあるだろう。


「あら、知らなかったの?

 あれでも一騎当千と言われていて、それなりに有名なはずなんだけど」


 表情を読まれた?

 いや、俺が答えなかったので知らないと思ったのだろう。


 デナードが戦場に居たら戦況が変わるほどの力を持っていたのは確かだ。

 一騎当千。戦況が変わるほどの存在にもなればそれも大袈裟ではないか。


「まぁ死んだ男なんってどうでもいいの。

 デナードなんかより君の方が魅力的だし」


 敵意より好意という感じで自然と近寄ってきたシルヴィアに反応が遅れる。

 腰に手を回され、そのまま顔がどんどん迫り、赤く艶やかな唇に目が止まる。


「わっ、ちょっと待った!?」


 バニラのような甘みのある匂いが鼻につく。

 仰け反るようにして距離を取るが、追い掛けて――


「きゃっ!」


 シルヴィアが短い悲鳴を上げて屈むようにして頭を下げると、少し前に首があったところを赤い刀身が左右から通り抜ける。


「危ないなぁもぉ!

 なんで邪魔するのよ!」


 間合いを空けるように離れるシルヴィアと入れ替わるようにマリオンが立つ。


「気に入らないからに決まっているわ」


 マリオンが殺す気だったかどうかはわからないが、少なくてもその剣の速度は本気だった。

 その上、背後からの攻撃だったにもかかわらず、躱して余裕を見せるだけの実力がシルヴィアにはあった。


「ええっ! こっちも!?」


 ルイーゼのメイスが空を切る。

 速度で言えばマリオンに劣るとは言え、それでも遅くはないし、やはり不意を突いた一撃だった。

 それも易々と躱すシルヴィアの実力はかなり高いのだろう。


「なんで敵だらけ!?」


 俺もモモに出して貰った予備の黒曜剣を構え、モモ自身も小枝を取り出す。

 敵意が無いからと言ってデナードたちと無関係ではない。

 思えば警戒していたにも拘わらずあっさりと距離を詰められた。

 敵意が無いからかと思ったがそれだけじゃ無い。

 呼吸を読むのが上手いと言うか、虚を突くのが上手いと言うか、そんな感じだ。

 俺は肉体的には強くなっているが、経験という意味ではまだまだだな。


 あの時シルヴィアに俺を殺す気があったのなら、俺は今こうして立ってはいられなかったかもしれない。

 背筋に寒気が走る。

 デナードの攻撃を受けたのとは違う意味で恐怖を感じた。


「あー怖い怖い。

 それじゃ次は二人で会いましょう、名前はその時に教えてね」


 ルイーゼとマリオンの追撃を警戒するようにバックステップで入り口から出ていくシルヴィアは、直ぐに闇の中へと消えていった。


「カイル様、シルヴィアってもしかして暗殺ギルドのシルヴィアじゃ!?」

「そうだろうな。

 聞き及んでいる容姿と名前、それにあの動き。間違いないだろう」


 暗殺ギルド?

 そんなギルドはエルドリア王国にはなかったが、ここにはあるのか。


「無知で申し訳ないのですが、エリンハイム王国には暗殺ギルドがあるのですか?」

「表向きは賞金首を中心に狙う傭兵ギルドの一部だ。

 シルヴィアはその中でも容姿の割れている内の一人になる」


 裏の仕事が暗殺と言うことか。

 暗殺者が身バレして良いのかと思うが、本人はそんな事お構いなしって感じだな。


「仕事は済んだと言っていましたが……」

「別動隊がやられたのだろう」

「逃がしたのは不味かったですか?」

「決して勝てるとは言い切れない以上、そうとも言えんな」


 勝てない……なんでそんなことが思い付かなかった?

 さっき、警戒していたのも拘わらず間合いにまで入られていたじゃ無いか。


「さて、まずは後始末と寝直す宿を取る必要があるな」

「生きている者もいますので、拘束して衛兵に突き出します」

「いや、これだけの騒ぎで来ないのであれば、既に現状を把握して逃亡したとみて良いだろう。

 連れて行く余裕は無い、殺せ」


 !?


 既に無力化した相手を殺すのか。

 俺は仕事だから殺す?

 ……無理だな。


「それは出来ません。

 守る為になら殺すこともあるかもしれませんが、無力化した以上は戦いが終わったと思っています」

「ふっ。それで良い」


 ん? 試された?


「テレサ、あれを持っているか?」

「ハッ。こちらに」

「使え」


 テレサが手荷物から取り出したのは二本の瓶だ。

 それを持って意識を失っている魔術師の元に進み、その口を上に向けて瓶の中身を流し込む。


「毒!?」

「あれは魔封印の魔法具だ。

 アキトは無力化したと言うが、魔術師がいるのであれば縛り上げたところで無力化とは言えない」


 そうだ、意識を取り戻せば魔法を使える。

 俺がそのまま縛り上げて安心していれば、爆弾を抱えているようなものだった。


「肝に銘じておきます」


 魔封印の魔法具の効果は強力だ。

 かつては俺も使ったことがある。

 俺の場合は溢れる魔力を押さえる為に使ったが、魔封印の影響下ではどんなに頑張っても魔法を具現化することは出来なかった。


 結局、生きて捕らえたのは魔術師二人を含む一〇人。

 八人が死に、五人が逃げ出していた。

 指揮系統を失いバラバラになった状態で、再度襲ってくることは無いだろう。

 何人かは『魔力感知』(センス・マジック)の範囲内で捕らえているが、夜で遅いとは言え移動の速度からして馬を使っていると思えた。

 護衛を放棄して追うのは無理だろう。

 気持ちを切り替え、後処理に入ることにする。


 カイルとテレサに問題は無い。

 生存者の確認はマリオンに頼む。

 ショックを受けているかと思えたクリスたちだが、意外としっかり状況を受け止めていた。

 クリスが気丈に振る舞い、そのクリスを信用する少女たちだからだろう。

 俺では同じことは出来ない。


「カイル様、テレサ様。

 ここは私が見張りますので、お二人は隣の宿でお休みください」

「気を使いすぎだ。

 アキトの方が今の戦いで随分と消耗しているだろう。

 ここはテレサに任せる。これでも騎士として訓練は受けているので問題ない」

「これでもはないですよ!

 座学は苦手ですが、こういうのは得意ですから安心してお任せください」

「……そう言うことだ」


 その言葉に甘えることにする。


「ルイーゼ、クリスたちを隣の宿で休ませてくれ。

 マリオンと合流したら俺も行く」

「はい、アキト様」


 マリオンが生存者を確認から戻ってくる。

 魔力感知でわかっては居たが、やはり生存者はいなかったようだ。


「辛い役目をさせたな」

「小さい子供も居たわ。次は一人も逃さない」


 俺たちは範囲魔法を使えないので、敵が多いとどうしても討ち漏らす。

 この辺のことは今後の課題としておこう。


 ◇


 結局この宿場町にはあと二日滞在することになった。

 狙われている以上早めに移動したかったが、捕らえた者たちを放置も出来ず、かと言って衛兵もいないでは変わりが来るのを待つしか無かった。


 隣の町までテレサが走り、衛兵を連れてきたのが昨日。

 四日目にしてようやく出発の出来る準備が整った。

 その間に雨は上がり、春らしい陽気も戻って再出発には良い天気だ。


 心配された襲撃も続くことは無く、明日の夕方には領都に着くという所まで辿り着く。

 肉体的な疲れより、精神的な疲れが溜まり、領都に着いたら俺たちもしばらくはゆっくりとするつもりだ。


取り敢えずのゴタゴタが収まるまでは書き終えたかったので、何とか間に合って良かった。

ちょっと推敲が足りない気もしますが……。


ちなみにアキトの装備はご都合主義で焼けたけれど脱げたりしていません。

まぁ、布ではなかったのと一応魔力で強化された防具でしたから。

受けた技自体は防御力無視の凶悪なものでしたが。

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