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剣と盾

 魔法の維持と心の暴走を止めるのに気を張り詰めていた為に、再び俺を狙って飛来する矢への反応が遅れた。

 だが飛来する五本の矢は全てマリオンによって斬り落とされる。

 盾で受けるでも躱すでも無く、矢を斬って落とすという離れ業を行ったマリオンに、兵士は驚愕の表情を示す。


 それでも驚くことが出来た兵士はマシな方だ。

 マリオンは矢を斬り落とし、そのままの流れで隙の出来た兵士に向い『魔刃』(マジック・ブレード)を放っていた。

 二枚の魔力をともなう不可視の(やいば)が、手近な兵士の腕と首元を切り裂く。


「がはっ!」

「いいいでえぇぇえ!」


 血を吹き上げ藻掻き苦しむ仲間を見て動揺する兵士に向かい、マリオンの『魔刃』が次々と襲い掛かる。

 動揺して敵の存在を忘れるとか、その結果がどうなるか気付いた時には遅い。


 五人が倒れた時、マリオンの『魔刃』が薄らと青い何かに弾かれるように霧散した。

 古代魔法の『魔法障壁』(マジック・バリア)だろう。

 使ったのはデナードだ。

 魔法や魔力に対する耐性の強い対魔特化魔法で、あれをマリオンの使うスキルで破るのは難しい。


「何をしている、続けろ! 殺せ!

 魔術師共はさっさと彼奴らを吹き飛ばせ!」


 魔術師は足下に転がる兵士の死体に怯みながらも魔法を詠唱するが、その魔法が具現化するよりも早く、俺の両手から放たれた『魔弾』(マジック・ブリット)が二人の魔術師の頭部を直撃し意識を刈り取る。


「なっ!? 何が起きている……」


 威力や飛距離こそ各種精霊魔法に劣るが、詠唱が必要な魔術師を先制で潰すのに『魔弾』は使い勝手の良いスキルだ。

 発動の速さもそうだが、魔法として具現化する際に現れる魔法陣も無く、魔力その物も無色の為に初見で躱すのは難しい。


「マリオン、外を頼む。また火を点けられたくない」


 頷ずき直ぐに裏手に駆け出すマリオンを見送り、同時に再び放たれた矢を『魔壁』で防ぐ。

 突属性にはそれほど強くない『魔壁』だが、魔力密度を高めたそれは、ただの矢程度では貫くことが出来ない程度には丈夫だった。


「なぜ矢が通らない!?」

「当たっているはずなのに!」


 矢を放った兵士が困惑していた。

 何に矢が弾かれたのかわからないのだろう。


 何かを媒体として溢れ出す魔力は、媒体独特の色を持つオーラのような輝きを放つ。

 マリオンの持つ武器やドラゴンの皮を素材とした防具、そして俺の体から溢れ出す魔力が淡い光を放つのがそれに当たる。


 俺は魔力が活性化した結果だと考えているが、『魔弾』や『魔壁』のように意図的に放出した魔力は無色という性質を持っていた。

 僅かに陽炎のような光の屈折は起こるが、炎が消えてカンテラの照らす薄暗い部屋の中では、無色な『魔壁』などまず見えないだろう。


 俺は改めて周りを見渡す。

 この場にはデナードと、二人の騎士に三人の兵士がまだ残っていた。

 とても広いとは言えないホールだったが、それでも一〇メートル四方ほどはあり、何とか全員が広がるくらいのスペースはある。

 だが大立ち回りをするには狭すぎる感じか。


 入り口を背に立つデナードたちをどうにかしないと逃げ――いや、裏口から逃げられるか。

 だがカイルやクリスたちを連れ、この先も襲われ続けるのは御免被りたい。

 今は凌げても、いつか誰かに被害が及ぶだろう。


「なぜ無関係な人を巻き込んだ?」

「邪魔以外にどんな理由が必要だ。

 お前たちこそさっさと逃げるなら追いはしない、何処へでも行くが良い」


 巻き込まれて焼かれた二人の死を背負うつもりは無い。

 俺に責任があるというなら、いつか罰が下るだろう。

 だからこれは、俺が気に入らないというだけで行う戦いだ。


 俺はデナードの言葉に剣を抜くことで応える。

 黒曜石の輝きを持つ剣が、薄暗い部屋で異様な雰囲気を醸し出す。


「ゴブリンキングを仕留めた者の中に、黒い刃の剣を持つ男がいると聞いていたが、まさか貴様のような子供だったとはな。

 だが、その闘気。魔に属する者か」

「魔力が溢れたくらいで大袈裟な」


 デナードが盾を前に、白銀の剣を構える。

 釣られるように両脇の騎士も剣を構えるが、こちらは普通の鉄製の剣だ。


「カイルでは無く貴様に使うことになるとはな。

 だが貴様は危険だ」


 デナードの雰囲気が変わる。

 何かを覚悟したような鬼気迫る様子に、俺は身構えた。


「我は武神エウリウスに名を捧ぐ者。

 御身に授かりし力の行使を許し給え――」

「!?」

 

 デナードの唱えるのは呪文じゃないな、この言葉に宿るのは祈り――まさか天恵持ち!?

 このタイミングで使うと言うことは攻撃魔法か?


 特に何も起きる様子はないが、代わりにデナードの補佐をするように二人の騎士が斬り込んでくる。


 なかなか早い!

 だが『身体強化』(ストレングス・ボディ)を使わなくても不思議と体が良く動く。


 左の騎士が上段から振り下ろす剣を半身になって避け、その剣先を踏みつけて押さえる。

 次に右の騎士が突いてくるのを黒曜剣で横から打ち払う。

 甲高い音を立てて折れた剣先が後ろで控える領兵の足に突き刺さり、苦悶の声を上げた。

 俺はそれを無視して最初に斬り掛かってきた騎士の胸に黒曜剣を突き刺すが、その剣先は鎧で逸らされて空を切る。


「っ!!」


 殺すつもりの一撃だったが、躊躇(ためら)いがあったか!?

 今の角度なら軽板金鎧くらい貫けたはずだ。


 思い出せ!

 今までに何度躊躇い、何度チャンスを逃して仲間を危険に晒した!!

 戦え! 生きる為に鍛えた力だろ!


 腰を抜かすように尻餅をつく騎士を横目に、失った剣の代わりに予備と思えるナイフを手にする騎士に向けて黒曜剣を横に払う。

 俺の攻撃は騎士がたまたま身を守るように上げた盾に防がれるが、刀身に魔力を通し、『身体強化』を発動して力任せに振り切る。

 一瞬の抵抗を感じた後、黒曜剣は盾ごと騎士の体を切り裂いていた。

 確実に与えた死に対する動揺を戦う理由で上書きする。


 生きる為に抗え!


「化け物め! 『裁きの雷』は貴様にこそふさわしい!!」


 デナードの言葉に被さるようにして視界が白く染まる。

 続いて全身を焼き尽くすような熱量が体の中を暴れだし、遅れて五感を麻痺させるような轟音が鳴り響いた。


「がががっあぁぁぁぁぁ!!」


 遊びで受けた痴漢撃退用のスタンガンなど比較にならないほどの、電気的な痛みが体中を襲う。

 強制的に筋肉が収縮し、圧縮された血液が行き場を失い皮膚を裂いて吹き出し、肌を焼く熱と共に蒸発していく。


 本能が反射的に『自己治癒』(セルフ・キュア)を発動し、『身体強化』が全ての魔力を吸い尽くす勢いで自己防衛に走る。

 体が焼かれ炭化していくような錯覚を覚えるほどの痛みは、俺が過去に感じたことのある痛みという感覚の中でも最大の物だった。


「ああぁぁぁっ!」


 激しい痛みに強く閉じた視界の中を黄金の光が満たし、蒸発しそうにも感じた体液が熱いというレベルに収まってくる。

 片膝を突くように崩れ落ちた俺は、少しずつ治まっていく痛みの中で肉体の強化から治癒能力の向上に魔力制御を移行する。

 俺は敵の攻撃を避ける為に何とか体が動くよう、治癒の効果が現れるのを願い続けた。

 戦場において体が動かないほどのダメージを受けるのは死と変わりない。


 デナードが何かをしたとわかっていたのに、心の中でどうにかなるだろうという慢心があった。

 殺す気で剣を向けて来た相手に手を抜いた。


 結果がこれだ!

 自分に腹が立つ!


 俺は沢山の人に助けられて生きてきた。

 なのに強くなったと勘違いし、生き抜く努力を怠ってどうする!


「目が、覚めた……」


 視界に色が戻り、辺りを確認する余裕が出来る。

 血が滲むのか視界が赤く染まっていたが、だいたいの状況は確認できた。

 室内に居たはずなのに何故か肌を打つ雨を感じる。

 そして、一度は消したはずの火が再び宿を焼き始めているのが見えた。

 だがそれも、この雨で直ぐに消えるだろう。


 身近には、その火に照らされて浮かび上がる黒く焼けて炭化したような塊が二つほど転がっていた。

 共に騎士の鎧と思えるものに包まれていることから、間違えるでも無く元は先程の騎士だろう。


 その先で驚愕の表情を浮かべているのはデナードだ。

 幸いにして攻撃してくる気配は無い。


「ば、馬鹿な……生きているはずが無い……神の裁きは絶対だ……」


 俺は屈んだ体勢から伸び上がるようにして右手を突き出す。

 その手に握られた黒曜剣がデナードの『魔法障壁』にぶつかると甲高い音を立てて弾かれ、腕が跳ね上がる。

 俺が知っている限り『魔法障壁』は突属性の物理攻撃に弱いはずだった。

 十分に打ち破れると思ったが、デナードの使うそれはかつて体験したことが無いほどの強度に感じる。


「無駄だ。『絶対障壁』(武神の守護)は何物をも通さぬ!」


 弾かれた剣を回転させるようにして腰の高さに構え直し、『自己治癒』に振っていた魔力を『身体強化』に移行する。

『能力解放』(リリース・アビリティ)。再び赤いオーラが体を包み込み、同じく黒曜剣からなみなみとした赤いオーラが発せされる。

 限界まで魔力を乗せた黒曜剣を、体中のバネを駆使し、炸裂した火薬に撃ち出されるがごとく全力で突きを放つ。


 黒曜剣の先端が『絶対障壁』に触れると、身も冷えるような不快な音と共に障壁が砕け散り、辺りを青く寒々しい魔法の残滓が包み込む。


 目的は障壁じゃ無い!


「ああああっ!」

「なっ! ぐはっ!!」


 黒曜剣がデナードの着る板金鎧を突き破り、砕けるように折れる。

 だが砕けてなお心臓に突き刺さった黒曜剣は、確実にデナードの命を奪い取っていく。


「……やは…り、き、さまは化け物……だ」


 仰向けに倒れゆくデナードを見て、轟音に何事かと入り口から中を覗いていた兵士が悲鳴を上げて雨の中を逃げていく。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 真っ赤に染まっていた視力が回復し、焼けた肌はまるでかさぶたが剥がれ落ちるように崩れ、その下にはみずみずしい肌が露出していた。


 正直ビビった。

 過去に何度も死に掛けるようなダメージを受けたが、これほど強烈な攻撃を受けたのは初めてだ。

 油断すればいつでも死ねると言うことか。


「アキト様!!」

「無事かアキト!?」

「ちょっと、どうなっているのよこれ!?」


 ルイーゼがカイルとテレサ、そしてクリスたち少女を連れて降りてきた。

 まだ危険が完全に去ったとは言えないが、降りてくるのも仕方が無いか。

 何せ宿のど真ん中に大きな穴が空いていて、建物自体が崩れ落ちる危険もあった。

 天井を抜けて降り続く雨が、ゆっくりと辺りの火を消火していく。


「ルイーゼ、心配ない」


 今にも泣きそうな表情のルイーゼに無事を伝える。

 クリスたち少女は余りの惨状に言葉を無くしていた。

 出来れば見せたくなかったが――


「あれぇ?

 生きてるじゃない……って言うか、デナードを殺したの?」


 入り口の方から聞こえてくる緊張感の無い声の主は、フードを被った、恐らく少女と思える人影のものだった。


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