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カイルの目指すもの

 階段を駆け上がり二階の通路に姿を現したのは、騎士と思える装備に身を固めた三人だった。

 複数の板金鎧が立てる音と計画されたように配置につく動きから、賊と言うよりは訓練された兵隊という予感はあった。

 ただ、カイルの着ていた騎士鎧と装いが違うのは、所属か何かが違うのだろうか。


 先頭の騎士に続く三人の兵士が二階の通路に進み、残りは一階のホールに……いや、裏口から抜けてそこを固めるのが三人、そのまま周囲に三人ずつ二組、正面の三人を含めて窓しか無い方角も完全に押さえられていた。

 素人考えでもここまでするのかというほど大がかりに見えるのは、それだけ確実に押さえたい何かがあると言うことか。


 三階への階段を上りきったところには武装した俺とマリオンがいる。

 それを見てか、先頭で駆け上がってきた騎士は三階への階段に足を掛けた所で立ち止まっていた。


「その様子だと、気付いていたか。冒険者も侮れんな」

「勘の良いのが取り柄なんだ」


 幸いにして直ぐに戦闘になる気配は無かった。

 大人三人が並べる程度の階段そして通路と言うこともあり、戦うには場所が悪いというのもあるだろう。

 宿を囲うほどの人数でも一度に剣を合わせられるのは二人、いやこの狭さでは一人が良いところか。


「デナード、やはり貴様か。

 囮には引っかからなかったようだな」


 俺とマリオンの間に姿を現したカイルが、二階から見上げる騎士に向かって言葉を発する。


「初めから騎士団を追ってはおりません。

 追うべきは捕らわれた獣人族と決めておりましたので」

「作戦ではなく、性格を読まれたか」

「そう言うことです」


 さて、騎士に狙われる騎士という構図になったが、情報不足すぎて判断に困る。

 仕事として受けた以上はカイルを守る為に動くべきだが、カイルが悪事を働いた結果として追っ手が来たと思えば……いや、カイルは冷酷ではあるが悪人ではない。


「ここに真っ直ぐ来たのはお前の手引きか」

「この者のおかげで、確実にここを押さえることが出来た」


 カイルの視線の先にいるのは騎士の一人で、奴隷商を預けた衛兵だったはずだ。

 何故か今は衛兵の装備ではなく、デナードに似た軽板金鎧を着ていた。

 町に着た時にチラッと見ただけなので、カイルに言われるまで気が付かなかったのは失態か。


 それにしても、手回しが良いのか単に相手の影響力が大きいのか。

 街道沿いとは言え、こんなへんぴな宿場町にまで網を張っているとは驚きだ。


「種族同士の争いなど、この()には不要だと何故考えない」

「この()であれば我が主の関与するところではありませんでしたが」


 前にも聞いて気に掛けていたが、ここシャルルロア領では獣人族との融和を進めているようだ。

 その一環として獣人族に対する人身売買を無くそうとし、案の定、敵が多いと言ったところか。

 逆に言うと、この国では獣人族に対する当たりが強いと言うことかもしれない。


「お前が直々に来たのだ、あの狸も少しは肝を冷やしたか」

「我が主を貶める発言はご遠慮願いたい」


 デナードの表情に怒りは感じられない。

 騎士としての忠義より、ただ任務の遂行を目指すと言った感じを受ける。


「もう少し掃除を続ける必要があるようだな」

「貴方は殺しすぎました。

 こうして確認も取れたことですし、そろそろ罪を償って頂きましょう」

「罪か……自らの利益の為に奴隷へと落とした者たちには罪が有ったというのか」

「それは些事という物でございます」


 カイルの魔力が殺意で染まる。

 俺も今のやり取りで立ち位置は決めて居た。


「ここで死ね!」


 今にも斬り掛かるという勢いのカイルの前に、デナードが何やら赤い水晶球のような物を投げつけた。

 魔力に染まったそれに嫌な気配を感じた俺は、とっさに『魔壁』(マジック・ウォール)を展開する。


 濃密な魔力が陽炎のように視界を僅かに歪めた直後、赤い水晶球が階段にあたって砕け、そこから炎が渦となって溢れ出す。

 幸い『魔壁』によって炎は遮られたが、そのまま階段に広がりあっという間に逃げ場が失われていく。


「驚いたな、これも魔法なのか」

「無属性魔法の一種です」

「カイル様! 危険です、お下がりください!」


 カイルは炎より、俺の使った魔壁に興味があるようだ。


「デナードは既に一階に降りたようですね」


 逃げるだけなら転移で逃げられるがどうするかと思案したところで、何人かの男の声と悲鳴が聞こえてきた。


「なっ!? 下の階でも同じ魔道具が使われました!」


 くそっ! 二階の宿泊客も巻き添えかよ!

 何故わざわざ殺す必要がある、これも些事だと言うつもりか!


「アキト、駆け抜けてみるわ」

「いや、火を消す。彼奴らはそれからだ!」

「出来るのか?」

「不器用なんで綺麗には制御出来ませんが、やります。

 一つ確認しておきたいのですが、もし彼らと戦闘になった場合、罪に問われますか?」

「私と共に居る限りそれは無いと約束しよう」


 条件付きだがそんなところだろう。


「わかりました。カイル様は安全が確認できるまでここでお待ちください。

 ルイーゼ、火は必ず消す。ここを頼んだぞ」

「はい、任せてください」


 ルイーゼに安心して任せ、俺は魔法に集中する。

 幸いにして火を消すには丁度良い水属性魔法を火属性魔法よりはスムーズに使えた。


 本来であれば呪文を詠唱することで発動する精霊魔法だが、呪文は必ずしも必要なものではない。

 呪文の効果は意識下に魔法陣を構築することであり、呪文のサポートが無くても同じことが出来るなら詠唱は無用だ。


 それは俗に言う無詠唱魔法と呼ばれているものだが、俺のような初心者は呪文に頼った方が圧倒的に早く魔法陣を構築できる。

 まぁ、当たり前か、そうで無ければ呪文など存在しないだろう。


 だが、残念ながら俺は呪文を知らなかった。

 だから望まずとも無詠唱で意識下に魔法陣を構築することになる。

 当然難しく時間も掛かるが、そもそも普通は呪文も知らずに出来ることじゃない。


 そこは幸いにして昔の仲間が『水弾』(ウォーター・ブリット)を使っていたので魔法陣を『魔力感知』(センス・マジック)でトレース済だ――それも普通は出来ないことらしいが。


 俺は『水弾』の魔法陣を思い出し、それに倣うように魔法陣を構築していく。

 初級魔法だけあり、手間が掛かるとは言っても一五秒ほどだ。

 これが戦闘の中となれば生死を分ける時間だが、今は敵を前にしているわけではないので火を消すという選択肢を選べた。


 本来の『水弾』は拳ほどの大きさの水を作り出す魔法なので、燃え上がる炎を消すには足りない。

 不足は魔力量で強引にバスケットボールほどの大きさにし、更に数で賄う。


 一度魔法陣を構築してしまえばそれを複写すれば良いので連射も可能だ。

 勝手に名付けた複写魔法という技法になるが、俺の得意な魔力制御と膨大な魔力に任せた力業とも言えた。


 複写した全ての魔法陣に魔力を込めると、前方に青く輝く七個の魔法陣が浮かび上がり、そこから次々と巨大な『水弾』が射出され炎を消し止めていく。


「なんという数の魔法陣だ……」

「カイル様……こんなことって!?」


 水が熱せられ水蒸気で煙る中、俺は最初の魔法を発動以降も、次々と『水弾』の魔法陣を複写しては連続で放つ。

 通路を消して、次は階段の炎を消す。

 魔力の活性化を抑える方に気を回せない為、体から溢れだした魔力が赤いオーラとなり身を包み始めると、それが一種の防御膜となり炎の熱さを殆ど感じなくなった。


「どうなっている……これが魔法だというのか」

「そんな、あれは……カイル様」


 カイルとテレサの独白に答える余裕は無い。

 俺はそのまま階段を降りて二階の通路を、そして一階に通じる階段の火を消火していく。

 二階の通路では二人の客と思われる男性が火に焼かれて倒れていた。

 怒りが俺の体を更に赤く染め上げ、魔力制御に乱れが生じる。


 くっ! 収まれ!!


 一度でも止めれば再発動に時間が掛かる為、目の前の火を消すことだけに集中し、付かず離れず俺の護衛をするマリオンに他のことは全て――


「任せて!!」


 視界の端に飛来物を見止めたが、直ぐにマリオンが振るう短剣で叩き落とされた。

 状況からして俺を狙った矢だろう。


「くそっ! なんなのだあの男は!?

 魔術師がいるなど情報にはなかったぞ、さっさとあの男を仕留めろ!!」


 デナードが叫び、それに答えるように兵士がこちらに弓を向ける。

 マリオンが直ぐに俺の前に立ち、一本たりとも通さないという気概を示す。

 俺がいなければ敵の中に飛び込んでいただろうが、守りながらでは戦いにくいか。

 ならさっさと火を消してしまうだけだ。


 俺は階段周りの火を消し、そのままデナードたちを無視して食堂から厨房に掛けて『水弾』を放つ。

 絶え間なく放たれる『水弾』があっという間に一階の火を消火し、後には蒸発した水蒸気の作る煙が上がるだけとなった。


終わりまでたどり着けなかった!

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