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黒い影

執筆を進めていたら、前話に追記したいことが増えてしまって、それを書いていてたら予定より遅れてしまった。


第二章が終わったら構成をちょっと考えたいと思いますが、今はこのまま乗せていきます。

よって、時間が少し遡ることになります。




 アキトたちが宿場町に着く前。別の街道にはバレンシアの町から発った騎士と領兵の姿があった。

 カイルの囮として領都へ向かう一団だ。

 囮とは言っても実際の所はカイルが居ないだけで、バレンシアでの問題を解決して帰還する予定通りの行動だった。

 出発の前に襲撃の危険性は伝えられていたが、実際の警護対象となるカイルが居ないことで気の緩みがあったのか、一団の前にフードを被った小柄な人影が立ちはだかるのを許していた。

 雨で薄暗いとは言え、騎士の率いる一団に気付かなかったとは言えない程度の見通しがある。

 だから余程ぼんやりしていたとしても気付くはずであり、この場合は故意に立ちはだかったと考えて良いだろう。


「貴様、騎士様のお通りだ!

 退かぬなら害意ありとみてこの場で斬り捨てるぞ!」


 足を止めた騎士の乗る騎馬の横を抜けて領兵の乗る馬が進み出ると、小柄な人影に向かって傲慢とも思える言葉を吐く。

 実際にそんな権限など無く、普段であればもっと違った言い方をしていただろう。

 ただ、降り続ける雨の中での行軍とあり、溜まった鬱憤をぶつけるように領兵は言い放つ。

 もっとも行軍中の騎士の前に立ちはだかった以上は、そのまま跳ね飛ばされても実際には文句も言えず、こうして警告を受けただけでもマシな方だった。


 一団を率いる騎士のガレイドも、普段であれば馬を止めることも無く進んでいたであろう。

 だが旅立つ直前に受けたカイル騎士団長からの警告に、念の為と近付くのを控え、その様子を窺うことにしたところだった。

 そして、その判断がガレイドを救うことになる。


 ガレイドが気付いた時には、フードを被った人影の振るう腕の先を伸びるようにして細い鎖が現れ、その先端に存在するナイフの刃が領兵の胸を貫いていた。

 領兵が付けている胸当ては甲殻系の魔物の素材を使った物で、鉄ほどの強度は無いが軽く革よりは丈夫という特徴を持つ。

 それを楽に突き通すナイフの切れ味は業物と言えた。


「おっ、ごほっ!」


 血を吐くようにして馬からずり落ちる領兵の頭を踏みつけ、人影がフードを取り払う。

 現れたのは焦げ茶色の髪に金色(こんじき)の瞳を持つ少女だった。

 年若くも見えるが何処か妖艶な雰囲気を持つ少女は、たったいま人の命を奪ったことなどみじんの様子も見せずに口角を上げてにやつく。

 そのまま一団を眺めガレイドで目を止めると、軽く唇を濡らすように舌を這わせた後、口を開いた。


「お前がカイル・シュレイツ……ってこともないよね。

 あーぁ、やっぱりこっちは外れちゃったかぁ」

「貴様が騎士団長を狙った襲撃者か」

「そうだけど、もう用は無いから行っても良いよ。

 この子を殺しちゃってごめんねぇ、なんか態度が偉そうだったからついカッとなっちゃった」

「謝る必要は無い、直に貴様もそうなる」


 ガレイドとその両脇に控える騎士が騎乗したまま剣を抜く。

 馬を降りて少女を囲むように移動するのは七人の領兵だ。

 その間少女は何をするとも無く、右手で鎖の付いたナイフを振り回していた。


「準備は終わった?」

「例え少女であろうと敵対した者に容赦はしない。

 生きていれば構わん。捕らえて裏を取るぞ!」

「はっ!」


 言葉こそ発しないものの、怒りに満ちているのはガレイドだけでは無かった。

 例え相手が少女であろうと、三人の騎士と領兵たちの目には明確な敵として映っている。

 殺された領兵とは特に仲の良かった者もおり、その者が先んじて少女の左手より剣を振るう。

 その攻撃は腕を狙ったものではあったが、横合いからの攻撃であったにもかかわらず、少女は軽く身を引くだけでその剣先を躱す。

 そして剣が空を切る領兵に近付き、逆手に持った鎖ナイフの先端を領兵の目に突き立てる。


 少女はただ二歩あるいてナイフを振るっただけだ。

 決して動きが早いわけでは無く、他人が見れば何故躱せなかったのかと思うほどだろう。

 だが、その反撃のタイミングは攻撃をした領兵の虚を突くほどに早く、未だに振るった剣の力を殺し切れていない領兵は、瞬時に出来ることが何も無いことに気付いていた。

 直後、その目を貫いた刃が脳に達し痛みを理解する前に崩れ落ちる。


「ほら、ぼけっとしていると死んじゃうよ?」


 少女の言葉にガレイドが意識を切り替えた時には、伸びた鎖ナイフが別の領兵の喉元に刺さっていた。

 そして、その様子を理解した時には鎖を引くようにして抜かれたナイフが、反対側の領兵の額に突き刺さっている。


「なっ!?」


 事態を認識する前に継ぎ継ぎと倒れていく領兵を前に、ガレイドは指示を出すことが出来ず、自然と馬先を逸らし自分の身を守る。

 そんなガレイドをよそに騎士の一人が、となりの領兵に刺さった鎖ナイフが鎧に引っかかり動きを止める瞬間を捕らる。


「武器は封じた! 殺せ!」


 すでに捕縛など考えてはいられないとばかりに、小脇に鎖ナイフを押さえ込んだ騎士が叫ぶ。


「あぁ! ちょっと、嫌らしいじゃない放してよ!」

「馬鹿をい――!」


 騎士の被る兜の、その目の隙間を通して二本目(・・・)の鎖ナイフが突き刺さる。


「残念でしたー。武器が一つは限らないよ!」


 先の戦いでホブゴブリンやヘルハウンドを相手に互角以上の戦いをしてきた騎士や領兵が、たった一人の少女を前にあっけないほど簡単に殺されていく様子を見て、ガレイドは遂に馬の尻を剣で叩き逃げ出す。


「ガ、ガレイド様!」


 それに釣られたもう一人の騎士と、生き残っている三人の領兵も我先にと逃げ出していく。

 だが最も少女に接近していた領兵の三人は、その背に鎖ナイフを突き立てられ五歩と離れる前に地に伏せた。


 両手の鎖ナイフを器用に操り、まるで生き物のように襲い掛かるそれは、ガレイドにとって本物の魔物に見えていた。

 まるで鎌首を上げた蛇が今にも背後から襲い掛かってくるような錯覚の中、痛みに暴れる騎馬にしがみつくようにして少しでも距離をとる。


 ガレイドが暴れる騎馬を押さえつけ何とか後ろを確認すると、もう一人の騎士の乗る騎馬の足に鎖ナイフが絡みつくところだった。

 転倒する騎馬から投げ出された騎士が地面に体を打ち付け、それでも衝撃に絶えながら四つん這いになってその場を離れようとする。


 だが、軽く地面を蹴って距離を詰めた少女は、騎士の背中を踏みつけると躊躇(ちゅうちょ)無く首元にナイフを突き刺した。

 赤い返り血を浴びた少女と眼の合ったガレイドは、鎖ナイフの射程外に逃げ延びて尚、その眼に震え上がる。


「あり得ぬ……あり得ぬ……あり得ぬ……」


 少女は一瞬だけガレイドを追う様子を見せたが、直ぐに思い直したかのように立ち止まっていた。


「おっと、いけない。

 余り人を殺しちゃいけないって言われているんだった」


 少女は顔に掛かった返り血を雨で流し、二本の鎖ナイフを腰に収めると、フードを脱ぐ。

 そこに現れたのは胸当てだけの簡単な防具とショートスカートにロングブーツという、比較的露出の多い装備をした姿だった。


 その体は少女にしては異様なほどに鍛え上げられており、先程の戦いぶりからも物理戦闘に特化していることを示していた。

 独特の武器を使いこなす為に、防御よりも動きやすさを重視した装備と考えたのだろう。


 少女が体の前で腕を交差させて蹲る様子を見せると、そこから両腕を広げると同時に肩甲骨の辺りから黒い蝙蝠の羽のような物が現れる。

 背中の大きく空いたデザインは羽の生えた状態を想定しての物だった。


「それじゃ、本物に会いに行かないと」


 羽を煽り軽く地面を蹴るようにして空に浮かび上がった少女は、雨の中を西に向かって飛び去っていく。

 後に残されたのは、全員が一突きで殺された騎士と領兵の死体だけだった。


 ◇


「し、失礼します。

 デナード隊長、シルヴィア様がおいでになりました」

「何故ここに……通せ」


 宿場町に通じる街道を逸れた場所に簡易的なテントが張られていた。

 中に居るのは精巧な意匠の施された鎧に身を包む壮年の男だ。

 銀髪を短く刈り上げた厳めしい顔からは不機嫌な様子が見て取れる。


「あー怖い怖い。

 部下も畏まっちゃって、あれで敵を前に動けるの?」

「戯れ言は良い。

 お前の管轄は東だったはずだが?」


 人を小馬鹿にしたような感じで入って来たシルヴィアに対するデナードの表情は硬い。

 その様子は、答え次第では仲間であっても許す気は無いと伝えていた。


「東は外れだったのよ」

「確認したにしては合流するのが早すぎる」

「そこは女の子の秘密よ、大切でしょ秘密は」


 聞いて答えるものでも無いとわかっているのか、デナードはそれ以上追求をしなかった。


「来たついでだし、獅子王と呼ばれる男の顔くらい見ておこうかと思ってね」

「黙れ」


 殺気を放つほどの視線が戯けた言い草のシルヴィアを捕らえる。


「誰も聞いていないわよ。

 それより、いつ仕掛けるの? 私も参加して良いよね?」

「我々だけでやる。

 勝手に付いて来るのであれば後で見ていろ」

「はいはい、手は出しませんって。

 あぁ、でも……もし負けそうになったら、その時は遠慮しないのでよろしく」


 デナードが剣に手を掛けたことなど気にもせず、シルヴィアは軽く手を振ってテントを出ていく。


「お前らの手など、必要ない」


 すでにこの場を離れたとわかっていても、デナードは血の匂いを残していったシルヴィアに対して、そう言葉にしていた。


現在、感想返しは誤字報告と質問にのみさせて頂いています。


もちろん全ての感想を読ませて頂き、励みとなっております。

簡単ですが、返信の出来なかった方にはこの場でお礼とさせて頂きます。

多くの感想ありがとうございます。

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