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招かざる来客

 翌日。雨は相変わらず降り続いていた。

 今日も距離が稼げそうに無いので鍛錬は控え、朝食を取った後は直ぐに出発する。

 クリスたちに食事を届けたルイーゼの話では、クリスは回復薬を使った様子が無いと言うことだ。

 それも良いだろう。

 もしかしたら効果を疑問視しているのかもしれないし、本当に備えているのかもしれない。

 クリスが考え、判断した結果だ。


「鬱陶しい雨だな……」


 糸を引くような雨の中を二台の馬車が進む。

 雨は止む様子を見せず、気持ちも憂鬱になってくる。

 途中で泥濘(ぬかるみ)にはまった馬車を助けた以外には特に目立った出来事も無く、夕方前には宿場町に着いた。

 本当に宿場町と言うだけのようで住民は一〇〇人といないだろう……それでも町なのか。

 宿は五軒ほどで幾つかの馬車が止まっている以外、本当に何も無いと言った感じだ。


 とは言え、衛兵の詰め所はきちんと存在していた。

 町が小さいからと言ってトラブルが皆無とは言えない。

 非常時には早駆け用の馬を管理する必要もあるし、自らが連絡要員となることもあるだろう。

 何が言いたいかというと、何かと面倒になっていた奴隷商の男たちを預けることができたので助かった。

 もっとも平民に偽装しているカイルが身を明かさなければならなかったが。


 依頼の上ではカイルの護衛だが、だからと言って問題の種になりそうな奴隷商を放置もできず、今夜は納屋でも借りて一緒に寝ることになるかと心配していたところだ。

 俺は無一文でこの世界に来たことを考えれば恵まれていたのだろう。

 何せ今まで一度も納屋で寝起きする必要が無く、水や食べ物さえ何とか手に入れることができたのだから。


 宿の都合上四部屋しか取れなかったので、俺は久しぶりにルイーゼとマリオンそれにモモの四人で二階の一部屋となる。

 他はカイルとテレサが三階に一部屋ずつ、クリスたち少女が俺たちと同じ二階の一部屋だ。


 クリスたちは、カイルの判断で領都まで一緒に連れて行くことになった。

 クリスに後は任せろと言った手前、ここで放置することにならなかったのは幸いだ。

 カイルにとっては人猫(ワー・キャット)族の少女を無事に親元へ返すことが重要なのだろう。

 人猫族の少女は名前をティティルといったか、クリスに凄く懐いていたので全員一緒の方が良いと判断したようだ。


 ◇


 宿の部屋はそれなりに良い部屋だと思うが、広さは控えめだった。

 俺たちに割り当てられた部屋にはテーブルが無かったので、床の上に布を敷いてみんなでその上に腰を下ろしてのんびりとする。

 俺はそのまま横になり、体を思いっきり伸ばす。

 馬車に乗りっぱなしだったので横になると気持ちが良い。


「なんか四人でゆっくりするのも久しぶりの気がするな」

「そうね、天気も冴えないし、なんか欲求不満だわ」


 マリオンがモモとじゃれ合いながら愚痴をこぼす。

 もちろん色っぽい意味ではなく、色々と制約が付きまとうので鬱憤が溜まっているのだろう。


「あと三日ほどで領都ですから。

 そうしましたら少し体を動かしたいですね」


 欲求不満なのはルイーゼも一緒らしい。

 ルイーゼはマリオンから逃げ出してきたモモを膝の上に抱え上げ、その両腕を取ってバンザイさせたり降ろしたりしている。

 俺も猫で良くやっていたな。


「領都シャルルロアには前世代に作られた塔があるって話だったわよね」

「そんな話を聞いたな。名前は確か審判の塔だったか。

 五〇階を守る守護獣が倒せなくて、その先がどうなっているのかわからないと聞いたが。

「守護獣……狙ってみるのも面白そうだわ」


 マリオンが興味を示した。

 俺も塔だのダンジョンだの言われると興味が募る。

 あの少しずつ攻略していく感じが楽しい。


「魔獣じゃきついが魔物なら手に負える範囲だ」


 ちなみにSランク以上の魔物を魔獣と呼んでいる。

 固有名詞のないドラゴンくらいなら経験済みだが、それ以上の強さなら流石に無理だろう。

 倒せていないと言うところから考えるに最低でもAランクと言ったところか。

 ある程度の強さなら『魔力感知』(センス・マジック)で判別もできる。

 もしSランクなら……逃げ帰るか。


「でも、倒せれば計画の一つを進められるわ」

「そうだな」


 以前は余り政治的なことに絡みたくなくて後ろ盾というものを(ないがし)ろにしていたが、そのせいで国を出ることになった。

 とは言え、国の為にと貴族や騎士を目指すのも俺には無理だ。

 とてもじゃないがそこまで他人の責任を持てない。

 だから今度は政治の力を跳ね返せるだけの力を手に入れるつもりだ。

 別に力で脅すというわけでは無い。

 敵対しない方が国の為になると思われる程度で良いのだから、難しくはない……よな。


「多少派手に動いて失敗したら、その時はまた別の国で再スタートだ。

 失敗は何時ものことだし、やれることはやってみる」

「はい、思いのままに」


 ルイーゼが盲目的なまでに俺の意見に肯定的なのは何時ものことだ。

 ただ、それは俺を神聖視しているわけでは無く、失敗すら一緒にと言う気持ちなので、俺も負担にはなっていない。


「明日は雨が止むと良いですね」

「そうだな」


 窓を開けてルイーゼが空模様を確認する。

 相変わらず雨は降っていたが、雨雲の中に月の明るさが窺えるところもある。

 これなら明日には雨も止んでいるかもな。


 俺は北の方角を見つめる。

 流石に夜、それも雨の中ではその姿を確認できないが、天気が良ければもう審判の塔が見えていても良いはずだ。

 審判の塔に住む魔物はどこから来るのだろうか。

 普通の魔物は強い魔力を求めて魔巣に集まる――というか魔物の集まる場所が魔巣だが、その中心には魔断層と呼ばれる空間の歪みが有り、その先は魔大陸に通じると言われている。


 魔人族はかつて魔大陸に住んでいた種族で、魔大陸での争いに敗れてこの世界に逃げ込んできた。

 その逃げてきた魔人族を下位魔人族と呼び、未だ魔大陸に住む魔人族を上位魔人族と呼んでいる。

 上位魔人族の殆どはこの世界に干渉しないが、希にやってくることがあり、その時は厄災と言われるほどの被害がもたらされるそうだ。


 俺もかつて一度だけ対峙したが、その強靱な肉体と膨大な魔力、そして不死性を前に負けている。

 その時は想定外の介入があり命を救われたけれど、あれは進んで戦いたい相手ではなかった。

 今の俺ならまた違った展開もあり得るだろうが、たった一つの命で試したいとは思わない。

 いや、今は一つとは言えないか……俺が死んだら俺の中に眠る竜の魂はどうなるんだろうか。

 まぁ、誰にもその答えはわからないだろう。

 俺は考えることを止め、休むことにした。


 ◇


 眠っていた俺が異変に気付いたのはモモとほぼ同時だった。

『魔力感知』(センス・マジック)で多くの魔力反応が町の側に現れていることに気付く。

 その配置的に宿場町に泊まることが目的でやって来た団体さんという感じでは無く、街の外を囲むように動いていることから害意が感じ取れた。


 目的が俺たちとは限らないが――


「ルイーゼ、マリオン。招かざる来客だ」


 寝る前に部屋の中央を布で区切っていた。

 親しき仲にも礼儀ありと言うだけでなく、心の平穏の為でもある。

 その布越しに二人の起きる気配が伝わってくる。


「魔物でしょうか、それとも人でしょうか?」

「人間の気がするわ」

「あぁ、人間だな」


 仕切り布を避けてこちらにやってくる二人の夜着を堪能しつつ、モモに装備の改装を頼む。


「俺はカイルとテレサの所へ行くからルイーゼはクリスの所へ、マリオンは階段前で待機しててくれ」

「はい」

「わかったわ」


 俺は招かざる客の人数と配置を確認しつつ、カイルたちの元へ向かう。

 確実に俺たちの泊まっている宿を中心に距離を詰めて来ていた。

 狙いは俺たちかそれともカイルたちか……まさかクリスたちと言うこともあるのか。


 俺がカイルの部屋をノックしようとしたところでその扉が開く。

 既に身支度を調え帯剣した姿だった。

 思ったよりカイルも気配に敏感なようだ。


「厄介事のようだな。何人だ?」

「二三人ほどいるようです。

 魔力量の多い者もいますので、魔術師もいるかと。

 私たちが目的とは限りませんが、この宿を囲むように距離を詰めてきています」


 あと五分もすれば包囲が完成すると伝えたところで、テレサが隣の部屋から出てくる。

 テレサは慌てて準備したようで、大分レディらしからぬ衣服の乱れようだった。

 近くで話し声が聞こえたので、カイルに何かがあったかと慌てて飛び出てきたのだろう。


「カイル様、何事ですか!?」

「テレサ、まずは服装を正せ」

「!?」


 ハッとしたようにテレサが自分の衣類を見直し、部屋に飛び込んで行く。

 次に出て来た時には何事も無かったように話し掛けてきた。

 頬が紅潮していたが、空気の読める俺は合わせる。


「直ぐにでも入って来るようです」

「やはり来ましたか」


 やはり?

 あれ、もしかして護衛の任務って建前じゃ無く本当に必要だったのか。

 いやいや、本当に必要なら平民には頼らないだろう。


「アキト、働いて貰うぞ」

「はい」


 どちらにせよやることは一緒だ。

 ルイーゼがクリスたちを連れて階段を昇ってくる。

 今のところ窓から敵が入ってくる気配は無いので、テレサの許可を貰い部屋にクリスたちを避難させた。

 本来なら護衛対象のカイルとテレサにも部屋に避難して欲しいが、そういう性格ではないから、敢えて俺も言わない。


「ルイーゼはここで二人の護衛を。

 マリオン、三階には俺たちしかいない。

 敵意を持って上がってくるなら容赦するな」

「はい!」

「わかったわ!」


 ほぼ同時に入り口のドアを蹴破るような音が響き、続いて幾重にも連なる足音が真っ直ぐに階段を駆け上がってくるのがわかった。

 板金鎧特有の金属音と、抜刀する音も聞こえてくる。

 二階では突然の騒動に他の泊まり客が様子を窺いに出てくるかと思ったが、『魔力感知』(センス・マジック)でわかる限り、部屋の入り口から離れた場所に固まっていた。


 賊も迷わず三階を目指していることから、部屋から出てこなければ巻き込むことは無いだろう。

 せめて警告だけでも伝える時間はあったかと後悔するが、まずはこの場を乗り切ってからの話だ。


「入って来たのは二〇人、内魔術士が二人だ」


 俺は情報を共有しつつ階段を登り切ったところでマリオンと賊が現れるのを待った。


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