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新たな出会い

 森の中の少し開けた場所に、二〇人を超える人影があった。

 三人は豪奢な装備に身を包んだ騎士で、馬に乗ったまま剣を抜いていた。

 その三人を背に囲うようにして武器と盾を構えた兵士が立っている。


 騎士風の三人はともに一八歳前後で、三人が三人とも金髪碧眼で肌の白さも眩しい美男美女の組み合わせだった。

 だが、顔つきは随分と違う印象を受ける。

 一人の騎士は輝く金髪が胸元まで伸びた優しげな顔立ち。

 もう一人の騎士は短めの金髪で、鋭く厳しい目付きは冷徹にも見える。

 女騎士は髪を背中で束ね、大きな目にはまだ幼さを残していた。


 そして外敵から三人を守るように立つ兵士の表情に余裕は無い。

 誰もが緊張し、中にはそれが過ぎて半ば泣き笑いに近い状態の兵士、手足が震えて立っているのも困難そうな兵士、祈りの言葉を呟く兵士がいた。


 何かが森の中を走る音だけが聞こえ、見えない敵を追うように兵士の視線が彷徨う。

 それぞれの緊張が最大に高まる頃、膝丈の(やぶ)を乗り越えて飛び出してきたのは、赤い瞳を持つ黒い影だった。

 その数はおよそ三〇ほど。

 犬を思わせる醜悪な顔を持つそれは、決して犬では無く、体は人と同じように四肢を持ち、兵士達を囲っては二足で立っていた。


 飛び出してきたのはコボルトと呼ばれる魔人族で、知能は低く殆ど魔物と変わりがないと言われている。

 成人しても人の子供ほどの大きさで、力や体格も子供並みだが、集団で敵を襲うことから油断出来る相手ではなかった。

 特に数による驚異と鋭い歯や爪を使った攻撃は実力以上の力を見せることが多く、強い相手にも容赦のない攻撃的な性格はやっかいだった。

 だからこうして騎士が兵士を率いて討伐に出るのは珍しいことでは無い。


 しかし最後の戦争が過ぎて一〇〇年。

 多少の小競り合いはあっても、平和が続く時間は兵士の練度低下を招き、最近では少人数の戦いなら冒険者や傭兵の方が実力が高いと言われていた。

 その上、命を掛けた戦いが初めてという兵士もいて、数で大きく劣らなくても今の状況は楽観出来るものではなかった。


 とは言え、統率された兵士は実力で劣っていても簡単に打ち負かされたりはしない。

 そもそも兵士に求められるのは個の力よりも集団としての力だった。

 それが本当に訓練された兵士であったならばだが。


 騎士の一人であるカイルが心配していた通り、戦いは一方的に蹂躙(じゅうりん)される形で始まった。

 コボルトによる最初の攻勢で既に陣形は崩れ、恐怖により混戦となっていく。

 もとより混戦の戦いを得意とするコボルトは、隙を見せる兵士に手当たり次第に噛み付き、それを見た他のコボルトも弱った獲物に止めを刺すかのように群がっていく。

 この世の地獄でも見たかのような兵士は、仲間を助けるよりも自分が助かることに意識が集中し、身が強ばっていた。


「何をしている! 隣の仲間を助けろ!

 手の空いている者はコボルトを牽制して時間を稼げ!」


 カイル自身も剣を抜き、飛び掛かってくるコボルトを馬上から斬り捨てながら、兵士を叱咤する。

 だが余りにもあっけないほど直ぐに陣形を崩した兵士は、本来守るべき騎士に目もくれず散りぢりに逃げ始めていた。


 カイルは名ばかりの兵に舌打ちを隠せない。


 阿鼻叫喚の中でカイルは、もう一人の騎士風の装いをした青年に飛び掛かるコボルトの口に細身の剣を突き刺す。

 そして周りを一瞥し、覚悟を決めた表情を見せる。


「トリスタン、撤退するぞ!」

「カ、カイル。しかし兵の足では!?」

「誰が走れる!」


 トリスタンと呼ばれた馬上の青年が周りを見渡すと、既に総崩れとなり、立っている者でコボルトの攻撃を受けていない者はいなかった。

 生きてはいても既に足や腹を喰われ、走ることが出来ないのは明らかだ。


「ナターシャ! 先導しろ!」

「はいっ! トリスタン様、急ぎこちらへ!」

「わ、わかった!」


 ナターシャと呼ばれた女騎士に誘導され、トリスタンが馬を走らせるのをカイルが見送る。

 そのカイルは馬の荷袋からこぶし大の水晶のような物を取り出し、追いすがろうとするコボルトの群れの前に投げつけた。


 それは地面にぶつかるとガラスの割れるような音と共に強烈な閃光を放ち、光を正面に見据えたコボルトは視力を失い、身動きを止め、あるいは何かに躓き地面を転がる。


 カイルは結果を見ずに走り出していた。

 閃光による視力の低下は一時的な物で、その間に安全圏まで脱出する必要があった。


 ◇


 森の中を、騎士を乗せた三頭の馬が駆け抜ける。

 まだ三人の視界には見えないが、追い掛けるようにして魔物の群れが迫っているのは、足音や吼える声によって明らかだった。

 この道は街道として作られたものではない為、それほどスピードは出ない。

 だから森に慣れた魔物の群れに追い付かれるのは時間の問題だった。


「カイル! 東から二〇は来るぞ!」

「街道に出て北に行けばすぐに街につく! 先にいけ!」


 トリスタンは前方の森の抜けた先を確認する。


「まずい、街道に荷馬車が見えた!」

「いや、丁度いい。

 この辺りを通るなら護衛か傭兵を連れているだろう。

 協力し合えば、この程度の魔物なら時間を稼げる!」

「市民を巻き込むのか!?」

「既に巻き込んでいる!

 ナターシャ、トリスタンを頼む。止まらずに走り抜けろ!」

「はいっ!」

「しかし、それ――」

「俺は死にはしない!」


 トリスタンはカイルの剣術の腕を思い出し、今は自分が足を引っ張るだけだと判断する。

 誰かを守りながらあの数の魔物と戦うことが難しいくらいは理解が出来た。

 だからトリスタンはカイルの指示に従い、森を抜けたところで荷馬車の横を通り抜け、そのまま北を目指す。


 すれ違いざまにトリスタンが見たのは、荷馬車の御者台に座る、自分よりいくらか若い男女の三人組だった。


「トリスタン様。

 後生です、先に参りましょう!」


 馬を止める。

 そんな思いがトリスタンの脳裏を予後切った時、ナターシャの言葉が響く。


「すまない……」


 決して聞こえることはないとわかっていたが、それでもトリスタンは言葉にし、馬を止めることなく北に向かった。


「それでいい」


 カイルはトリスタンが自分の言葉に従い、北へ逃げていくのを見てホッとした様子を見せ、荷馬車の近くで馬を止める。


「格好を付けたは良いが、三人を守り切れるか。

 護衛が付いていないのは誤算だったな」


 機動性を活かすならともかく、背の低いコボルトを相手に馬上から三人を守るのは難しい。

 カイルは馬を降り、その背を叩いて逃す。

 そして荷馬車に乗っている三人に声を掛けた。


「領兵団を率いるカイルという。

 巻き込む形になってすまないが、すぐに魔物が来る。

 俺が守るつもりだが、数が多い。

 出来れば何か得物を持って身を守ってくれると助かる」


 カイルは全員を助けるのは難しいかもしれないと思いつつ、それぞれが抵抗してくれることに期待した。


 その言葉に答えるように荷馬車から二人の少女が降りてくる。

 手にはメイスと剣を持ち、戦いに挑む気概が窺えた。


 カイルは二人を止める。

 それに対して御者の少年が二人は戦えると答えるが、カイルにとっては出来れば大人しく荷馬車を背に身を守っていてくれた方が助かった。

 それは守る対象がばらけることで対処出来なくなるからだ。


 そう言葉を口にしようとしたカイルだが、今度は思い止まる。

 彼女たちの武器の扱い、佇まい、そして迫ってくる魔物を相手にしての落ち着き様が、歴戦の兵士に勝るとも劣らないと感じ取れるものだったからだ。

 もしかすると自分よりも場慣れしている雰囲気を持つ二人に面食らいながらも、今はこの場を凌ぐ為に神経を集中した。


 コボルトは直ぐに森から姿を現し、止まることなくこちらに向かって突き進んで来る。

 幸いにしてトリスタンとナターシャを追うコボルトは見受けられなかった。

 どちらにせよ街道に出てしまえば、歪な進化をしたコボルトでは馬を走らせる二人に追い付くのは難しいだろう。

 だからここで商人に出会ったのは運が悪かったとしか言えない。


 ただ、不思議と二人の少女が両側に付いてくれたことでカイルの中に安心感が生まれ、おかげで余裕を持ってコボルトと相対することが出来た。

 そして直ぐにカイルは二人の少女の技量に気付かされる。

 二〇人の兵士をあっという間に蹂躙し尽くしたコボルトが、今度は逆に二人の少女に返り討ちにされていた。

 それもコボルトが撤退の判断をする前に片が付くほどの激しさだった。


「これは幻想か……」


 カイルは慣れない兵士と違い、それなりに魔物や魔人族との戦いを経験してきた。

 その過程で有名な冒険者や傭兵と出会うことも多かった。

 中でも一握りと言える者達だけが持つ覇気。

 それと同じような雰囲気を持つ少女達の戦いぶりに思わず見蕩れてしまう。


 カイルが四匹のコボルトを仕留めた時、既に残っているコボルトの姿は無かった。


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