新たな責任
不審な馬車から救い出した少女たちが泣き疲れて眠るのは直ぐだった。
極度な緊張状態から解放されたことで、疲れが一気に来たのだろう。
思いがけないことで時間を取られた為、今から出発すると今日中に宿場町に着くのは難しそうだ。
天気が持てば遅くにはと言う感じだが、どうにも持ちそうに無い。
「思ったより早く捕らえることができたな」
俺が天気を仰ぎ見ていると、カイルが聞き捨てならない言葉を吐く。
「知っていたのですか?」
「今日とは思わなかったが、この馬車の移動速度なら近いうちにとは思っていた。
雨に降られるのを嫌い、急いだところで私たちと出くわしたのだろう」
「その為に私たちの馬車に?」
「こちらはついでだ。
私のいない騎士団が、別ルートで領都へ向かうのを見てから町を出てくるとは予想していた。
町の中では上手く隠れ潜んでいるが、街道に出てしまえば逃げ場も無い」
何かと目を光らせていた騎士団が町を離れるのを待っていたと考えれば、騎士団のいないこちらに向かってくるのは自然か。
「例のゴブリンキングの影響で、幾つかの村には大きな被害が出ている。
村の立て直しの為に子供たちが売られることは珍しく無い。
悲しいことだが今のところそれを止める法も無く、私たちも手は出せなかった」
この世界では奴隷制度が社会基盤の一つとして成り立っている。
だから、それを個人の力でどうにかしようというのは難しいことだろう。
「だが、ここシャルルロア領では東部に住む獣人族との間に結んだ同盟により、お互いの種族に対する人身売買を認めていない」
「ですが、行う者がいると?」
「そう言うことだ。
アキトはハーフだと思っているようだが、あの少女はハーフでは無く人猫族だ」
少女たちの一人、人の歳に合わせれば一三歳くらいの女の子が人猫族だったらしい。
見た目は殆ど人間族と一緒だが、しっかりと猫耳と猫しっぽがあるのを確認している。
髪の色も合わせて茶虎と言った感じだった。
「人の好みとは言え、あの容姿に異様な熱を上げる者が少なくない。
一度オークションに出されれば高値が付くこともあり、誘拐の被害が多かった」
モモの魔法で綺麗になった姿を見ればわかる気もする。
元の世界で言えば猫耳猫しっぽなどコスプレの定番でもあった。
だから、この世界でも似たような性癖の人がいたとしても不思議は無いだろう。
と言うか、獣人族とのハーフが普通にいるこの世界では普通のことだ。
それが人身売買という一方的な行為によるものでなければ……。
「全員を獣人族の元に返すことは難しくても、その努力だけは続けなければならない。
組織的な行いであるのは間違いないが、あの男が何処まで絡んでいるか」
カイルの表情からはそれほど期待しているとは取れなかった。
おそらくは下っ端なのだろう。
まぁ、実行犯に組織の幹部クラスが関わっているとは考えられない。
「アキト、ルイーゼかマリオンの二人の内どちらかは馬車を牽けるか?」
「いえ、練習中と言ったところです」
「では向こうの馬車には奴隷商の三人を乗せて私とルイーゼで乗る。
ルイーゼに牽いて貰うことにするが、私がとなりで補助すれば問題ない。
ルイーゼの乗っていた馬は、テレサお前が乗れ」
「はい、承知しました」
「子供たちなら五人でもアキトの馬車に乗れるだろう。
それで構わないな」
「わかりました、その様に」
予定が決まったところで丁度雨が降り出し、その中での出発となった。
蝋を塗ったポンチョのような雨具は数刻であれば雨を凌いでくれるが、止みそうに無い雨の中では濡れることも覚悟した方が良いだろう。
◇
予定外の捕り物があった上に雨に降られ、元々足の遅いニコラでは宿場町まで辿り着くことができなかった。
雨宿りに最適そうな大樹が東の森に見えたが、そこは魔物の住む森だ。
流石に浅瀬に住む弱い魔物とは言え、夜襲の危険を冒してまで森に近付きたくはない。
結局、道も悪くなってきたので先に進むことを諦め、街道を外れて馬車を止める。
雨の中でも元気に走り回るモモにテントを出してもらった。
この雨では床が塗れて快適とは言えないと思ったところで、木箱があることを思いだす。
それをテントの中に運び込み、土台として何とか横になれるスペースを作る。
代わりに、詰めれば五人用のテントも狭い物となったが、まぁカイルとテレサの二人に使ってもらえば良いだろう。
「こちらをお使いください」
「すまんな」
「気にされる必要はありません」
むしろ使ってもらった方が気が楽で良い。
捕縛した男たちは少女たちが捕らえられていた場所に押し込み、布を掛けて直接濡れることを防いでおく。
別に優しいわけでは無い。少し冷え込んでいるので、このまま衰弱して死なれては困るだけだ。
男たちにはこの国の法に従い、罪を償う義務があった。
「アキト、こちらも準備ができたわ」
ルイーゼとマリオンが、俺たちの馬車と男たちの乗っていた馬車を使い、布を張って雨を凌げる場所を作っていた。
横から降られるのは防げないが、直接雨に打たれないだけでも随分と違うだろう。
幸いにして風は無く、火を起こすことはできそうだ。
「モモさん、薪を頂けますか」
ルイーゼの頼みに答え、モモが薪を魔法鞄から取り出す。
乾いた薪は火の付きが良く、雨に打たれて冷えた体を温めてくれる。
モモの魔法鞄には乾いた薪が一〇日分ほど備えてあり、何時も助かっていた。
俺がモモに感謝の気持ちを伝えると、モモは任せろとばかりに薪を取り出す。
そんなモモに「ほどほどに」と伝え、ルイーゼに食事の準備を頼む。
「はい、モモさん一緒に食事を作りましょう」
ルイーゼと入れ替わるように、少女たちの元から戻ってきたマリオンと見張りの計画を立てる。
先にマリオンが見張り、俺、次いでルイーゼの順とした。
「子供たちの様子は?」
「そうね……多少衰弱はしているけれど、体の方は大丈夫だと思うわ。
でも、一人を除いてみんな売られた子みたいで、本人たちは帰りたがっているけれど……」
「帰りたくても帰れないか」
法的には正当な対価を貰って子供を売った以上、それを返さない限り親の元へ帰ることはできない。
そうしなければ、それこそ何度でも子供を売ろうとする親が出てくるだろう。
男たちは犯罪者として捕らえられたので、この場合の返す相手は国になる。
国もただでは返せない、されど返さなければ何かしらの面倒を見る必要があると、面倒な案件のようだ。
「だからこそ人身売買など潰してしまえば良いのだ」
「カイル様、その様な物騒なことを言わないでくださいよ!」
ルイーゼと共に夕食の準備をしていたテレサが、慌てたように苦言を呈する。
どう考えても利権が絡む話だし、それを仕事にしている貴族だってそれなりにいるだろう。
その貴族と敵対することを考えたら物騒どころの話ではない。
まぁ、難しいことは貴族様同士でやって貰うことにして、俺は少女たちに食事を運ぶ。
冷えてきたので野菜の煮込みスープだ。
簡単な物だが、新鮮な素材で作られているだけでも美味しい。
一応ノックしてからキャンピングカーの背後の扉を開ける。
簡易ベッドには身を寄せるように四人の少女が、そしてその四人を背に守るように年長の少女がいた。
ずっとこうして守ってきたのだろう。
その少女だけは体中に打たれたと思われる痣が多かった。
俺の回復魔法は直接触れなくては効果が無い。
でも今の少女たちにそれは酷だろう。
重傷というわけでも無く、ルイーゼの奇跡に頼るのも考え物だ……そう言えば使い切って補充していなかったが、回復薬を作れば良いな。
「食事を持って来た。
量は十分にあるから遠慮無く食べてくれていい」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
年長の少女は食事には顔を向けず、俺の行動を見張るように視線を外さない。
強い子だな。
「俺はアキト。君の名前は?」
「……クリス」
「クリス、よくみんなを守ったな。後は任せろ」
クリスはハッとしたような表情を見せた後、その瞳が涙で潤う。
なんか、任せろと言ってしまった。
情に流されたか……いつか身を滅ぼすだろうか。
まぁ、助けたいと思ったから助ける、それだけだ。
「後で薬を持ってくる」
「……」
微かに聞きとれた言葉に笑みで返し、その場を後にする。
それからモモと一緒に回復薬作りだ。
隠すほどのことでもないと思うが、カイルたちがテントにいることを確認する。
それから真剣な表情を見せるモモに道具を出して貰い、次いで素材の準備だ。
幾つかの薬草と魔力が抜けて砕けた魔魂の粉――魔粉が主成分となる。
まずは薬草を一つずつすり鉢に放り込んで、すりこぎ棒で細かく潰していく。
ある程度細かくしたところでモモに続きをお願いし、俺は魔粉の準備に入る。
魔粉はこの世界で古くから回復薬の素材として使われていて、人体には影響が無い。
回復薬には下級・中級・上級とあるが、魔粉の内包する魔力量が多いほど回復薬としての効果が高いことがわかっている。
しかし魔粉は魔石から魔力が抜けたことで粉となる為、魔力量が多いはずが無い。
だから一般的に出回っている回復薬の効果もたかがしれていた。
たとえ上級回復薬であってもルイーゼの奇跡には遠く及ばない効果だ。
それでも回復薬は貴重で、特に上級回復薬ともなればその手間も大変な物だ。
まず魔粉を魔巣にある魔力溜まりに留め、魔力を吸収するのを待つ。
もちろん周りは魔物だらけだからそれを退治しながら待つことになる。
隠して放置しようにも魔物の好物である為、直ぐに見付けられてしまうのでどうしても付きっきりになる必要があった。
当然高価な物となり、市場には殆ど出回ることが無い。
だが一つだけ裏技があり、俺はそれを使うことができた。
コボルトの魔魂から作った魔粉を手に取り、左右の平で押し潰す様に挟み込む。
この状態で左手から右手に圧縮した魔力を通し、濃密な魔力による変異を促す。
『魔力付与』と『魔力吸収』を高いレベルで使いこなせる俺は、自分の持つ魔力を左右の手の間で循環させることができた。
これにより魔力溜まりのような状態を作り出し、自然界には存在しないほど高濃度の魔力を持った魔粉ができあがるわけだ。
自重する理由も無いので、最大の出力で魔力を循環させる。
閉じた手の隙間から緑色の光が溢れ出し、幾筋もの光が辺りを照らし出す。
前に作った時よりあっさりと魔力で満たすことができた。
開いた手の中にあるのは魔魂本来の色である、緑色に輝く魔粉だった。
ちなみに魔石なら赤、上位魔魂なら青となる。
流石に上位魔魂の魔粉は用意できなかったので普通の魔魂を使用したが、それでも魔粉としては存在し得ないほど高濃度の魔力に満ちていた。
後は仕上げだ。
モモが目を回しながらすり潰していた薬草を貰い、鍋で煎じる。
それを紙で漉し、最後に魔力に満ちた魔粉を入れて良くかき混ぜる。
後はしばらく馴染ませれば回復薬の完成だ。
材料的には中級だが、効果は上級に劣らないどころか恐らく上回るだろう。
それでも欠損や深い傷を直せるわけでは無い。
だが命を繋ぐと考えれば備えておきたい一品だ。
結構な量の材料を使ったが、出来上がったのは二本分だ。
下級ならもっと用意できたな……。
まぁ、回復薬が必要な時はそれなりに切羽詰まった時だろうから、中級で良かったと思うことにしておく。
俺は食事を終えた頃を見計らって、再びクリスの元に向かう。
丁度クリスが食べ終わった食器をまとめているところだった。
「クリス、これを飲むと良い。痛みが和らぐ」
「……どうしてここまで、してくれるの」
「ただクリスの痛々しい姿を見ていたくないというだけの自己満足だ。
不要と思うなら、いつかの為に備えておけばいい」
命に関わる怪我ではない。
二週間もすればすっかり目立たなくなるだろう。
だから本当に俺がそうしたかっただけだ。