不審な馬車
本日二話目になります。
「美味しくない……」
「例えそうだとしても、気持ちが籠もっていますから」
テレサの用意した食事は見た目こそ完璧というか、ある意味芸術的な美しさを持つ物だった。
だが味の方は作った本人をして美味しくないと言わせるほどの物らしい。
ルイーゼも味のフォローまでは出来なかったようだ。
「構わぬ、それも経験だ。頂こう」
そしてカイルは紳士だった。
何故に格好良い貴族は紳士なのだろうか。
いや貴族だから紳士で、紳士だから格好良いのか。
学ぶところが多いな。
特に顔色も変えずに食事を続けるカイルを脇目に、俺たちは販売予定のハンバーガーを試食する。
客単価は銅貨一〇枚、純利で銅貨三枚を想定している。
毎日食べるには高いが、たまには良いかと思える程度の金額だ。
余り安くして柄の悪い人たちのたまり場になるのも困るし、なんだかんだ言っても手間は掛かっているので原価はそんなに安い物でもなかった。
それにこれは俺の趣味であって生活の為ではないので、お客はほどほどで良い。
生活の為なら何処かに店を構えた方がよっぽどマシだ。
「見たことの無い物を食べているようだが、それはエルドリアの郷土料理なのか?」
「エルドリアと言うよりは私のですが」
「ほう、一つ頂いても構わないか」
「それは構いませんが――」
テレサの用意した食事は普通に一人前あったと思うが、カイルはなかなか健啖家のようだ。
俺はテレサに視線を送る。
「作るところは一緒しましたから。
ただ、その……齧り付くのは如何なものかと」
「構わぬ、今は平民に合わせて行動している」
口調は全くそれでは無いが、突っ込む相手でもないのでハンバーガーを二つ差し出す。
「紙でこのように包まれてから食べてください」
簡単に食べ方を説明し、カイルには普通の物を、辛い物が苦手というテレサにはピクルス擬きを抜いた物を差し出す。
普通に齧り付くカイルに対して、テレサは口元を手で隠すようにちまちまと食べていた。
もとより貴族様に向けた食事でもないし、テレサの反応が普通なのだろう。
これならハンバーグの方がナイフとフォークを使えるだけマシかもしれないな。
「これは随分と旨い物だな」
カイルは感心し、テレサは同意して食べながら頷く。
その行為ははしたなくないのだろうか。
所々行動に子供らしさが残っているけれど、その方が自然に見える。
「白パンを使うとは随分と材料にお金を掛けているようだが、いくらで売りに出すつもりだ」
「客単価で銅貨一〇枚を想定していますので、それ一つが銅貨四枚と言ったところでしょうか」
「一つ銅貨一〇枚にしろ、でなければ他の店が潰れるし、アキトの店も潰されるぞ」
二・五倍である。
ただ、それくらいの値段で売りに出さなければ市場においてバランスが悪いと言うことなのだろう。
過去にも何度か価値と価格について値段付けが甘いと指摘されたことがあるので、ここは従うことにする。
まぁ、余りにもお客様が来ないようならその時に下げれば良い。
上げるのは大変だが下げるのは簡単だからな。
俺はハンバーガーを一つ持ち、マリオンと監視を変わる。
その足でニコラの元に行き、モモを起こしてハンバーガーを手渡す。
寝ぼけ眼で受け取るモモが落とさないように注意しつつ、南より迫ってくる馬車を確認する。
事前に確認していた通り、馬車は商人の乗る荷馬車のようで木箱が山のように積まれていた。
それを守るのは護衛と思われる軽装の男が二人、徒歩で付いている。
朝町を出る時には見掛けなかった馬車だし、宿場町で大量に荷が発生したとも思えない。
何処かの枝道から来た可能性もあるが……『魔力感知』が荷台に弱い反応を示す。
その数は……五だろうか。
高く積まれた木箱が邪魔をして正確にわからないが、隠れ潜んでいるのは間違いないだろう。
「ルイーゼ、カイル様の警護を頼む。
マリオンは俺と共に。モモは戦いになるかもしれないから隠れていてくれ」
「はい」
「わかったわ」
「何かあったか?」
「不審な馬車が近付いてきます」
テキパキと行動する二人に興味を示しつつ、カイルが疑問を投げかけてくる。
テレサは口元を汚したまま剣を取り立ち上がると、カイルを守る位置に立つ。
平民に偽装と言うことで二人は鎧を着ていないが、武器だけは所持していた。
その武器はとても平民が持つような物でも無く、ここでもバレバレではあったが。
「特に不審なところは無いように見えるが」
「荷台に五人隠れています」
「そんなことがわかるのか?」
「魔力の反応を感じますので」
「ほう……興味深いな」
カイルの関心が馬車より俺に向く。
今はネタばらしよりも、馬車の方が気になる。
「やぁ、天気が悪いね。
早いところ次の町まで行きたいところだ」
御者台に座る男が、こちらが警戒しているのを見て声を掛けてきた。
「あぁ、まったくだ。俺たちも直ぐに出るつもりだ」
護衛の二人が持つ魔力は、緊張あるいは動揺を受けて乱れまくっている。
とても普通の反応には見えないが、だからといってそれだけの理由で先制攻撃をするわけにもいかない。
「そこの馬車。直ぐに止まれ!」
緊張状態を破ったのはカイルだった。
ルイーゼは困惑の表情を見せながらも、カイルが前に出るのに合わせて自分も前に出ていく。
「お、おい、こんなの割に合わねぇ。逃げるぞ!」
「あ、ああ、そうだな」
「おい貴様ら、ふざけるな! 俺を守れ!」
二人の護衛が来た道を戻るように逃げていく。
俺はマリオンに視線を送り、二人を任せる。
「雇うならもっと金を張ってギルドを通すのだったな」
ギルドに登録している冒険者あるいは傭兵であれば、こうも簡単に仕事を放棄することは出来なかった。
それが悪質であれば二度とギルドへの登録は出来ないし、場合によっては罰金だけで無く重い処罰もある。
もし過去に一度でもギルドへの登録あるいは市民権を持っていたのであれば、生体情報が登録されている為、二度と大きい町には入れなくなる。
それだけのリスクを負って尚逃げると言うことは、ギルドに登録していない、あるいは除名された者、場合によっては犯罪歴を持つ者だろう。
多勢に無勢と判断して、直ぐに逃げ出すのは間違っていないだろうが、マリオンからは逃げられない。
仮に逃げるだけの能力があるなら別の生き方もあったはずだ。
「な、なんだ! 金ならないぞ!」
「別に強盗をしようというのでは無い。
ちょっと荷を確認させて貰うだけだ」
「何故そんな必要がある! さっさと退かないなら――」
「私を轢き殺そうとでも言うか」
カイルから殺気が放たれ、御者の男、恐らく商人だろうその男が気圧されるのがわかった。
カイルの持つ魔力は波の立たない水面のように穏やかだったが、半面何かがあれば直ぐに激しく波打つ姿も持っていた。
物静かな時の方が怖いタイプだな。
「アキト、荷を確認してくれ」
「わかりました」
「何を勝手に!」
俺は反撃の心配もせず、壁のような木箱に駆け上がる。
直ぐ側に寄ってわかったが、弱々しい魔力反応は敵意よりも怯えに満ちていたからだ。
木箱に昇ると異臭が鼻を突き、思わず顔を顰める。
その異臭を放つ荷台に見えたのは、怯える様に身を寄せ合う少女たちだった。
歳は下が八歳くらいから上は一五歳くらいか。
酷い汚れの中、ただの布を巻き付けただけの姿を見て、男に対して怒りが湧き上がる。
感情が高ぶるにつれて魔力が活性化し体を赤く染めようとするが、俺は総合格闘技の中で習った息吹を使い体内の魔力を沈めた。
少女たちは突然姿を現した俺の姿に驚きつつも悲鳴を上げることは無かった。
誰もが恐怖に怯えているのに必死に声を潜めているその様子から、声を出したら随分と手痛い仕打ちを受けていたのだろうと思えた。
「何が見える?」
「怯えた子供たちが五人います」
「人間か?」
人間?
改めて少女たちを見てみると明らかに人間とは異なる特徴を持つ子がいた。
「ハーフでしょうか、獣人族の子が混ざっているようですが」
「それは他の領で買った物だ!」
「ほう、人を物というか。
ならばお前も物として扱っても構わないな。テレサ、縛り上げろ」
「はっ!」
「な、なんの権利があって――」
テレサの右拳が男の頬を打つ。
「こ!?」
再び男が声を上げようとしたところでもう一発だ。
それで男は話すことを諦めた。
全く躊躇いが無いな。
もし本当に正当な手続きの上で奴隷としたのであれば、男は良いとばっちりだ。
「安心しろ冤罪では無い。
この領では獣人族の売買が禁じられている」
「承知しました」
この国では無くこの領では禁止か。
他の領で買ったと言っていたが、連れて入るだけで禁則に触れるのだろうか。
もっとも、男の言うことが本当とは限らないが。
それにわざわざ獣人族と言ったところを見ると、人間は良いとも取れることから、獣人族に対して配慮しているようにも取れるな。
マリオンが気を失った男二人の襟を掴み、引き摺るように歩いて来たので、御者の男と一緒に縛り付けて貰う。
その間、俺は木箱を縛り付けているロープを切り、何個か避けて少女たちが出られるように道を作った。
だが怯える少女たちはその場から動こうとしない。
「君たちを脅していた男はもう俺たちが捕らえた。
怖かっただろうけれど、もう終わったから大丈夫だ。安心して良い」
少女たちからすれば、俺もあの男も変わりなく映っているのかもしれない。
ここはルイーゼに任せるかと思った時、木箱の階段を上ってモモが荷台に上がる。
そして異臭に立ち眩む様子を見せたかと思うと、小枝を取り出して『洗浄』魔法と『浄化』魔法を使った。
緑色の残滓をともなう魔力が全てを洗い流すように辺りを包み込むと、先程までの匂いや汚れが綺麗に無くなっていた。
流石に少女たちも自分の身に起きた変化に驚いているようだ。
人の使う精霊魔法とは精霊との契約の元、精霊が魔力を対価に力を行使する魔法であり、本来精霊が持つ魔法の一部を制限付きで再現しているに過ぎない。
だが精霊その物であるモモの使う魔法はまさしく精霊魔法と言える物で、その規模や能力は人の使う精霊魔法を大きく上回る。
モモは攻撃魔法を使わない代わりに、生活魔法に分類される魔法が得意だった。
少し変わったところで召喚魔法というものがあるが、召喚魔法で呼び出した精霊が使う魔法も本来の精霊魔法であり、人の使う物と違って制限が無い。
その為、非常に強力な力を持つことになるが、召喚魔法の使い手は多くなかった。
かつて俺をこの世界に召喚した人物も召喚魔法の使い手であり、召喚された精霊はAランクの魔物を打ち破るほどの強さを持っていた。
汚れが取り除かれていく様子に驚きつつも、ようやくぽつりぽつりと話すような声が聞こえ始める。
「か、帰れるの?」
俺には判断できず、少女の言葉になんと応えて良いか悩む。
「直ぐには無理だが、帰ることは可能だろう」
俺の代わりにカイルが答える。
この言葉を聞いて、少女たちからだんだんと恐怖や疑いと言った感情が消えていく。
だが、少女たちには聞こえない声でカイルが「帰る場所があれば良いのだが」と口にするのを捉える。
誘拐されたのであれば帰る場所もあるだろう。
だが、売られたのであればその先はまた同じ道を辿る可能性がある。
また帰る場所その物が無い子もいるかもしれない。
福祉の弱いこの世界で、幼い少女が生きて行くには余りにも過酷だ。
一時は奴隷に身を落としていたルイーゼとマリオンも内心は複雑だろう。
でも、私情でおいそれと関われる問題でも無い。
「アキト様、食事をお分けしても構いませんでしょうか」
「もちろんだ」
食事という言葉を聞いて、思い出したようにお腹を鳴らす少女たちに馬車から降りるように伝える。
一番年長の子が恐る恐ると言った感じで木箱の階段を降りてくるが、足下がおぼつかない。
手を貸そうと差し出したところで、びくりと身を引くように拒絶された。
心の傷も深そうだ。
その場をルイーゼとマリオンに頼み、俺は新しいテーブルを用意して、コーンスープをモモに取り出して貰う。
今は固形食より流動食の方が良いと思う。
二人に案内されて席に着いた少女たちは初めこそ様子を窺っていたが、先程と同じく年長の少女が先に手を付けると、後は一目散という感じで食べ始める。
食事がお腹を満たすにつれて、少しずつ解放されたことを実感してきたのだろう。
一人が泣き始め、つられるように他の子も泣き始める。
年長の子だけが気丈にも他の子を抱き寄せて涙を堪えていた。
ゴールデンウィークの時間でここまで書けた。
戦闘シーンが苦手なので、無ければちょっとはペースが上がります。