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領都に向けて

 傭兵でもないのに報酬に目が眩みカイル騎士団長の依頼を受けた俺は、旅立つ前に約束を果たす必要があった。


「旅立つまでにフリッツをみっちり鍛えないとな」

「経験の足りなさはあるけれど、わたしがアキトに教わった頃よりきちんと剣を扱えているわ」

「それは私も同じです。

 私は魔物が怖くて武器を振るうことすら殆ど出来ませんでしたから」


 フリッツに足りないのは武器の扱い方だけだった。

 それさえ覚えればFランク程度の魔物なら問題としないだろう。

 知識もあり自分で解体も出来るフリッツなら、それで食べていくことも十分に可能だ。

 そこから先はフリッツの生き方次第となる。


 願うならば堅実に生きて欲しいが、いつかは自信と欲に動かされてランクを上げていくだろう。

 その時フリッツが生き抜けるように、俺が知る限りのイレギュラーな出来事を教え込むつもりだ。


 それから二週間、ほぼ毎日のように鍛錬をし狩りに赴く。

 フリッツは真面目に取り組み、一つずつ問題を克服し、最終的にはFランクの魔物を危なげなく倒すまでに至った。

 これでようやく駆け出しの冒険者といったところになる。

 逆に言うと、Fランクの魔物を倒せなければ、駆け出すことも出来ないと言うことだ。

 早ければここで命を落とすことを考えれば、順調な出だしだろう。


「フリッツ、お前もついに冒険者か」

「これからは森に入っても注意を受けなくなったと思うと、ちょっと寂しいぜ」

「なぁに、死なないように毎日でも注意してやるさ」

「ちょっ、勘弁してくれよ」


 フリッツを紹介してくれた冒険者ギルドの受付だ。

 俺が許可を出したので、早速フリッツの冒険者登録にやって来た。

 これから先は自分の責任で生きていくことになる。

 その先を見届けられないのは寂しさもあるが、今はフリッツの旅立ちを祝福しよう。


「と言うわけで、これは俺からの贈り物だ」


 冒険者登録を終えギルドを出たところでフリッツに手渡すのは、俺が昔使っていた鉄の剣と同じ物だ。

 スタンダードな品物だけに癖がなく扱いやすい。

 鉄だからたかがしれているけれど魔力で強化されており、刃毀れのしにくい一品だ。

 もっと良い物をとも思ったが、身の丈に合わない武具は却って良くないかと思いこれにした。


「そんな高価な物を頂いて良いのですか……」

「旅立ちの記念だ。初めての弟子として使ってくれると嬉しい」


 次いでマリオンが革製の防具を、ルイーゼが鉄で補強した木の盾をそれぞれプレゼントする。

 どれも二人が使っていた防具だった。


 モモはそれを見て、何か慌てた様子で頭を抱えて歩き回り、思い付いたように魔法鞄から取り出してフリッツに手渡す。

 それは何かの実の様にも見えるが、その水晶のような見た目は食べ物では無いことを示している。

 かつて別れた仲間にも贈ってた所を見ると、モモなりの餞別なのだろう。


「こんなにして貰って――」

「さぁ、フリッツ。さっさと着替えてきなさい。

 最後に一度手合わせをするわよ」

「わかった、直ぐ着替えてくる!」


 フリッツの面倒を一番良く見ていたのはマリオンだった。

 背中を見せるフリッツを見続け、涙を堪えているのが見て取れる。


「一応仲間に誘うという道もあるが……」

「フリッツはこの町を離れられないと言っていたわ。

 面倒を見ている奴らがいるって」

「フリッツは孤児院で育ったようです。

 今は下の子たちの面倒を見ることが出来ると喜んでいました」


 俺はフリッツを鍛えるにあたり、私情を挟まないよう戦いに不要なことは余り関わらないようにしていた。

 マリオンとルイーゼがそのあたりのケアをしてくれたから育成に集中出来たというのもあるが、俺はもう少し人との関わりを持つべきか。


「アキト様は十分に考えておいでですよ」

「そうね。フリッツが生きていくのに必要なことを短い時間の中で詰め込むのには、そこまで気を使っていては難しいわ」

「そう言うところは私達がサポートしますので、アキト様は思うがままに」

「それにアキトは十分優しいわ」

「それは私達が保証できます。ね、マリオン」


 顔を見合わせて微笑む二人に癒やされ、少しヘコんだ気持ちも回復する。


 装備一式を揃えたフリッツは如何にも新米冒険者という感じだが、装備している物はお下がりとはいえきちんと選んだ物だから悪くない。

 少し使い古した格好が、逆になめられなくてすむ――かもしれない。


 そのフリッツの相手をするのはマリオンだ。

 もちろん勝負にはならない。

 それでも全力で戦うことが出来るのは自分の限界を知る上でもいいだろう。


 フリッツは自分の剣がマリオンに当たるとは少しも考えていないので、本気で全力を出していた。

 意外と際どい攻撃も幾つかあったがマリオンも、間違ってもフリッツの攻撃があたらないよう集中して相手をしている。

 そして一〇分ほどが経ち、ついにフリッツは剣を振るうことが出来なくなり、膝を突く。

 フリッツの攻撃を捌き続けたマリオンも息は上がっているが、直ぐに収まった。


「フリッツ、良く諦めずに動き続けたわ。

 いつかそれが貴方の力になると信じているわ」

「ありがとう、ござい、ました」


 涙を隠すことなくマリオンに向き合うフリッツに、心から応援をする。

 時間があれば教えられることはいくらでもあった。

 共に旅をするなら魔法もきちんと教えたかったが、この期間では魔力制御のコツを教えるのが関の山だった。


 もし俺が依頼を受けなければ、あるいはまた戻ってくれば続きも出来るだろう。

 ただ俺たちは隣国とは言え逃亡の身だった。

 旅を続けるならともかく、長く留まるには些か国境が近すぎた。


「フリッツ。生き抜く為に必要なことは教え切れていない。

 それが意味することはわかるな?」

「はい。信頼できる仲間を作って、鍛錬を欠かさず、奢らず堅実な戦いをします」

「それが出来ればきっと生き抜ける」

「本当に、ありがとうございました」


 腰を折り礼をするフリッツに再会を約束して別れる。

 マリオンだけでなくルイーゼも涙を堪えていた。


 フリッツのことはお金で解決出来る問題かもしれないが、俺でさえルイーゼやマリオンと別れている時期があった。

 それが俺たちの弱さにはなっていない、むしろ信頼を強めるている。

 フリッツもそうあることを願うばかりだ。


「それじゃいい加減待ちくたびれていそうな短足馬(ニコラ)を迎えに行くか」


 ◇


 木工職人の元に来た俺たちは、早速案内された裏庭で巨大な箱を見ていた。


「こうしてみると意外と大きいな」

「寸法通りだが、生半可な馬じゃ牽けないぞ」

「体格の良い短足馬を用意したからそれは問題ない」


 親方手ずからの作品であるこの『カフェテリア二号店(仮)』は、ぱっと見はただの四角い箱だ。

 だがちょっと手を加えると、両サイドの壁が上に開き厨房とカウンターが出てくる。

 別に用意された折りたたみ式のテーブルと椅子が五セット。

 広げてみればなかなか雰囲気のあるカフェバーになっていた。


 箱の状態に戻すと、中はちょっとした居住空間になっていて、ルイーゼとマリオンの個室として使える。

 まぁ、一言で言えばキャンピングカーだな。


「しかし良くこんな物を思い付いたな……」

「まぁ、普通は荷馬車と言うくらいだから荷物を運ぶ物だしな。

 俺たちは卸売りをするわけじゃないから、こっちの方が都合が良いのさ」


 ルイーゼが早速キッチン周りの使い勝手を確かめていた。

 それをモモが手伝う。

 どんどん収められていく食器や香辛料がどこから出ているのか、親方は興味津々のご様子だ。

 マリオンは短足馬(ニコラ)を引き取りに行ってもらっている為ここには居ないが、直に来る頃だろう。


「ルイーゼ、使い勝手はどうだ?」

「はい、高さが私に合っていてとても使いやすいです。

 ありがとうございます、アキト様」

「それは良かった。頼りにしているよ」

「はい、ご期待に添えるよう頑張ります」


 モモも一緒に頑張ってくれるようだ。

 頷くモモにお礼を言い、丁度戻ってきたマリオンを迎える。


「おつかれマリオン。

 ニコラも久しぶりだな、元気していたか?」


 俺は(いなな)いて答えるニコラに『自己治癒』(セルフ・キュア)を使い、魔力の活性化を促す。

 心地よい気持ちよさに満足そうなニコラを荷馬車に繋ぎ、上げていた扉を閉めて牽かせてみる。

 少しだけ軋む音を立てたが、ニコラは楽々と『カフェテリア二号店(仮)』を牽き始めた。


「いい感じだ。

 天気も良好、準備も万端。それじゃ出発だ!」

「はいっ!」

「わかったわ!」


 木工職人の元を出て東門の兵舎に向かう。

 そこでカイルと合流し、一路北へ。

 次なる目的地は領都シャルルロアだ。


第一章終了となります。

次回は申し訳ありませんが未定となります。

もしかしたら一回「魔王になる為に……」を挟むかもしれません。

予定が立ちましたら活動報告にてお知らせいたします。

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