思わぬ依頼
戦場を後にした俺たちは、バレンシアの町に戻り町で一番大きい食堂を占領して、お祭りさながらの祝賀会を開いていた。
まずは生き残れたことに感謝し、喜ぶ。
この国でもその風習は変わらなかった。
悲しみに暮れるより未来を見ようとする考え方は嫌いじゃない。
もちろん自分が悲しむ側になったとなれば、そんなことも言っていられないだろう。
それでも、そうすることが死んだ仲間への供養と信じられている世界だ。
「飲んでいるか、アキト」
「あぁ、高い酒だろ。良かったのか」
いい感じに顔を赤らめたマッシュが、なみなみと酒のつがれたジョッキを片手に目の前の席に着く。
今日の御代はマッシュのパーティーが持つと言っていた。
俺も出したいところだが、生憎と現金の持ち合わせは多くなかった。
今回は領主からギルドへの依頼という形になるので、倒した魔人族から得られる魔魂や武具と言った物は一端領主預かりになる。
俺たちは決められた依頼料と、もしかしたら発生するかもしれないボーナスが収入というわけだ。
「明日死ぬかもしれないのに、溜め込んでも仕方あるまい」
「マッシュはしぶとく生き残りそうだけどな」
「流石にキングの棍棒が目の前を通り過ぎた時は肝っ玉が冷えた」
マッシュは一息で巨大なジョッキの半分ほどを飲み干し、五臓六腑に染み渡る強烈なアルコールを楽しむ。
「勝利の女神様にはフラれたのか」
「二人ならあそこだよ」
ルイーゼとマリオンは部屋の反対側、群がるように集まる人垣の中にいた。
男から見れば戦いとは無縁そうな美少女が二人。
女から見れば力でも男と対等に戦えるという可能性を示した二人。
それぞれの興味を引いて、今は主役と言っても良かった。
ちなみにモモは、酔っ払いが多く揉みくしゃにされそうなので、隠れて貰っている。
「強くて美人で若い。羨ましいねぇ」
「俺にはもったいないくらいだとか言わないぞ」
「お前もたいしたもんだよ。
その歳でどれだけ場慣れしているんだ。
戦争も初めてじゃないな」
戦争というと国対国で行う何万人という単位の物を思い出すが、この世界ではもっと小さな単位、大ざっぱだが一〇〇人を超えてくれば戦争という言葉が使われる。
もちろん国家間の戦争はそんな規模じゃないだろうが、ここ一〇〇年ほどは大きな戦争もなく、内乱程度のものだった。
まぁ、内乱とは言え数千から数万という単位にはなるようだが、どちらにしても珍しいことに変わりは無い。
「平和が一番だよ」
マッシュとジョッキを合わせ、果実酒を飲む。
酸味の強いアルコールは美味しいと思えなかったが、気分の高揚感は悪いものじゃなかった。
「アキト様」
「アキト!」
懇願するような目で二人が声を掛けてくる。
「家のお姫様方もお疲れのようだ。
そろそろ休ませることにするよ」
「あぁ、ゆっくり休んでくれ」
まだ物足りないという人たちに軽く挨拶をして店を出る。
冷えた夜の風はアルコールで火照った体に気持ちが良かった。
「酷い目に遭ったわ……」
少しくしゃくしゃになった長い髪を整えながらマリオンが呟く。
何時もピシッとしているルイーゼも、ヨレた服を直す元気もないようだ。
「二人には慣れないことをさせて悪かったな」
「別に嫌じゃないのよ、ただ好意を告げられても困るわ」
「そんなことになっていたのか?」
「わたしだけじゃないわよ、むしろルイーゼの方が多いくらい」
「私はお断りするだけですが……」
家のお姫様に交際を申し込む時は、まず俺を通してくれなくては困る。
そして俺を通すと言うことはお断りをすると言うことだ。
「今日だけは大目に見てあげてくれ。
明日になってもしつこいようなら俺が力尽くでも断るさ」
生存本能では無いが、厳しい戦いを終えた後に強く誰かを求めるようになるのは自然なことだと思う。
俺だってそう言う時は何度もあった。
「さぁ、帰ろう」
討伐戦を終え、まるで憂いが晴れたかのように厚い雲の消えた空には、元の世界よりもかなり大きく青みを帯びた月が浮かんでいた。
この時期は特に大きく、三日月に欠けた姿であっても街中を十分に照らしだす。
星空が霞むような町に育った俺には、何度見ても新鮮な夜空だった。
◇
「うわっ!」
「はっ!?」
フリッツに襲い掛かる二匹目のホーンラビットを斬り伏せる。
「目の前の敵に集中しろ!」
「おわっ!」
角を折られたホーンラビットがフリッツの胸元に体当たりをし、その衝撃で後に二転、三転……四転。
何とか立とうとするが平衡感覚を失い蹌踉めく。
俺はフリッツに襲い掛かるホーンラビットに止めを刺し、足下のおぼつかないフリッツに手を貸す。
「今のは何が悪かったかわかるか?」
「二匹目が来て対処出来なかった」
「違う。二匹目が来たら俺が対処すると言ったのに俺を信用できず、目の前の敵にすら集中できなくなったことだ」
「でも、もし攻撃されたらと思うと……」
「目の前の敵すら倒せないのに二匹目を気にしても仕方が無いだろう。
その為に仲間が必要で、今は仲間として俺がいるんだ。
仲間が信用出来ないなら冒険者になることは出来ない」
厳しいことを言うようだが冒険者は一人では続けられない。
どんなに安全な敵を狩っていようと、いつかは想定外のことが起こる。
余程実力に差が無い限り、その状況を跳ね返すのは難しいだろう。
そして実力が付いたなら、より稼げる敵を求めて魔巣の奥へと進みたくなる。
何度も危険な目に遭って、結果的に日々食べていけるだけの稼ぎに落ち着くのがDランクと言ったところだ。
それでも経験を積んで暮らしていけるようになった冒険者なら良い。
それまでに少なくない数の冒険者が魔物の餌食となる職業だ。
特にフリッツのような駆け出しの冒険者が犠牲となるのは良くあることだった。
「今日はカイル騎士団長に呼ばれているからここまでだ。
午後は剣を振るのを忘れるな。
例え魔物を倒せるようになったとしても続けるんだ。
俺はそれが自分を助ける力になると信じている」
「わかりました。
今日もご指導ありがとうございました」
最後に礼で締める。
◇
「昨日の戦いは見事だった」
「ありがとうございます。
お役に立てたのであれば幸いです」
ここはバレンシアの町にある兵舎の一室で、恐らくカイル騎士団長の執務室と思われる場所だ。
目の前にはソファに座る騎士団長のカイルと、その斜め後方に立つ副官のテレサ。
カイルの対面に俺が座り、右後ろにルイーゼ、左後ろにマリオンが立つ。
今日は先の討伐戦への参加料をもらえることになっていた。
俺たちは冒険者枠ではないので、騎士団からの直接要求という形になっている。
お役所仕事の割に早いなと、ちょっと感心もした。
「まずは先に約束の報酬を出しておこう」
差し出された布袋を受け取り、今度はきちんと確認する。
今回確認するのは仕事として受けたからだ。
カイルは俺の行動に対して特に気にした様子もない。
「いささか多いように見受けられますが?」
「その力に見合うだけ出すと言っただろう」
布袋には金貨が一枚、銀貨が七〇枚、全て銀貨なら一七〇枚ほど入っていた。
冒険者ギルド側の取り分は一人銀貨四〇枚と言うことだったので、随分と高く買ってくれたらしい。
それも二人の努力の結果だな。
俺は礼を伝えてありがたく頂き、次に来る言葉に気を引き締める。
最初に貸し借りの精算をすると言うことは、その後に話があると言うことだ。
「その力を頼って、一つ頼みたいことがある。
領都まであるものを運んでもらいたい」
カイルの背後に立つテレサが視線を外して口を尖らせていた。
俺たちに頼むことに対して不服なのだろう。
テレサの反応はとてもわかりやすくて良い。
「予定は出来るだけ合わせたいところだが、三週間以内には領都に入ってもらいたい」
「私は傭兵では無く商人なのですが」
「ものを運んでお金を得るのだ。
商人の仕事だろう?」
そう言われればそうだ――って、違う。
俺は商人は商人でも『カフェテリア二号店(仮)』のオーナーだ。
「私の仕事は飲食業なのですが」
「それは思い至らなかったな。
いずれにせよ領都に行くと言っていたであろう。
そのついでに荷馬車の片隅にでも乗せてくれれば良い」
俺たちの力に頼りたいというくらいだ、トラブルの種なのだろう。
メリットがない……とは言え、断れるものだろうか。
「察しの通り、想定される危険は幾つかある。
金で動いてくれるのであればことは簡単なのだが、アキト達は金では動くまい」
表情を読まれた。
ポーカーフェイスとアルカイックスマイルが俺の持ち味なのだが、油断したか。
「命よりお金が大切とは思いませんので」
「もう少し欲があれば使いやすいのだが、それだけ信用出来るとも言えるな。
要は私がアキトにとって有益なものを提案出来れば良いのであろう」
「カイル様、何もそこまで」
ついにテレサが我慢ならぬと言う感じで口を挟んできた。
今までの行動からも貴族らしい考えを持っているのはテレサの方かもしれない。
カイルの中にも時折見せる行動に貴族を感じることはあるが、その行動原理は常に平民を気遣う部分が多い。
「テレサ、これは仕事の話だ。
リスクに見合うメリットを与えられなければ交渉は成立しない。
立場をかざして命令していたのでは強い地盤を築くことは出来ないのだ」
俺は今まで貴族と全うに付き合っていくのは面倒だと、極力避けるようにしていたが、いざという時に力を発揮するのはやはり貴族だった。
後ろ盾は多い方が良い。
そして後ろ盾として選ぶならカイルの様な貴族だろう。
「お話をお受けする前に運ぶ物の詳細と、失敗した時のペナルティをお聞きしたいのですが」
「前向きになって貰って助かる。
運ぶ者は、この私だ」
物じゃなくて者かよ!?
その後はちょっと動揺したのもあったが何とか話を聞き出し、依頼を受けることにした。
思ったよりも報酬が魅力的だったこともあるが、一つ協力するに吝かでない理由が出来たからだ。
それは報酬の代わりに市民権を要求することだった。
市民権という言葉にすればたいしたものに思えないものだが、エルドリア王国を逃げ出してきた俺たちは、当然ながらここ神聖エリンハイム王国の市民権を持っていない。
それはつまり他国の人間と言うことになる。
根無し草らしく旅を続ける分には商業ギルドに入っていれば良いが、家を買ったり学校へ通うと言った時に不都合があった。
それに俺も含めルイーゼやマリオンもこの国で生きていくことになるのだから市民権は必要だろう。
今までは色々な人の助けで何とかしていたが、ここには助けてくれる人も居なかった。
手っ取り早く市民権を手に入れるには兵士になればいい。
だけど俺は共に戦うことはあっても兵士そのものになるつもりはない。
だが、ある程度身分の高い貴族の口添えがあれば、すんなりと手に入る可能性があるので、これはチャンスだった。
俺は依頼の詳細を詰め、出発予定日を二週間後とした。