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ゴブリン討伐戦・後

 その魔力反応の持ち主は領兵の背後、北の森から飛び出して来た。

 これだけ大規模な戦いになると魔力が乱れ『魔力感知』(センス・マジック)の範囲も縮まってしまう為、反応が遅れるのはその性質上仕方が無かった。


 大きめの犬のようなそれは、影を思わせる真っ黒な体を持ちつつも、まるで血管が浮き出ているかのように赤い紋様が体中に浮かび上がっていた。

 鈍く光る赤い目、時折吐く息に合わせて炎のようなものが見え、どんよりとした空の下、体中から炎が溢れ出しているかのような姿は異質だった。


 ヘルハウンド。

 元の世界の知識に合わせるなら、そう呼ばれる魔物の印象そのままの姿をしているそれは五匹いた。

 そして現れると同時に、最も森に近い場所で戦っていた領兵の所へ襲い掛かっていく。

 ゴブリンを仕留め、次はホブゴブリンだと構えていたところで背後からの攻撃を受け、戦線が崩れるのも早い。


「マッシュ! 領兵の後から新手だ!」

「今背後を突かれたら手が回らねぇぞ!」


 マリオンを送るか迷ったところで動いたのはカイルだった。

 領兵の後方で戦況を見ていたカイルは、背後を突く形で現れたヘルハウンドの元へ配下の騎士を連れて駆けていく。

 崩れた領兵の代わりに戦闘に入ったカイルたち騎士は、流石にしっかりと訓練をしているらしくヘルハウンドにも怯むことなく果敢に立ち向かっていた。


 カイルの腕が確かなのは確認済だが、女騎士のテレサも随分と動きが良かった。

 本人はDランクの冒険者に勝ったことがあると言っていたが、十分信用出来る戦いぶりだ。

 敵がヘルハウンドと認識するや否や乗っていた騎馬を逃がし、盾を構えて剣を振るう姿はしっかりと身に付いたもので、努力が伺える。


 ヘルハウンドは動きが速く、時折小さな『火球』(ファイア・ボール)の様な物を吐いていたが、大きめの騎士盾はしっかりとその炎を防ぐ。

 カイルたちが前面でヘルハウンドを押さえることで、背後を突かれ混乱に陥っていた領兵にも落ち着きが戻ってきた。


 これならヘルハウンドはカイルたちに任せ、俺たちの相手はもう一つの大きな(・・・)魔力反応の方だ。


「マッシュ、ここは任せられるな?」

「あぁ、ダルカンが背後に回った、領兵が無事なら挟み撃ちに出来る」

「それじゃ俺たちはもう一仕事してくる!」

「お嬢ちゃんたちだけでも生きて返せよ!」

「戻ったら美味しい物でも食べさせてやってくれ!」

「おう、行ってこい!」


 俺たちはゴブリンの背中をなめるようにして戦場を横断している。

 その結果辿り着いた先はヘルハウンドの現れた森の方角だ。

 右手から攻めてくるホブゴブリンの背後に回り込んだ冒険者。

 その更に背後を突くように現れた巨大な魔力反応の持ち主は、存在を確認されていたゴブリンキングだろう。

 流石にキングと形容詞が付くだけありその姿は威風堂々としたもので、今しがた蹴散らしてきたゴブリンとは体格といい魔力の強さといい、それこそ格が違うという言葉がよく似合っていた。


 身長は二メートルを優に超え、胴回りなど想像も付かない。

 恐らく三〇〇キロはくだらないだろう巨躯を、その見かけからは想像も付かない機敏な早さで動かしギルドマスター率いる冒険者に向かっていく。


 ゴブリンキングは出来映えで言えば粗末だが、それでもしっかりとした重板金鎧で頭から足の先まで身を守り、棍棒とも言える鉄の塊を両手に持っていた。

 それが一振りされる度にホブゴブリン諸共、冒険者が吹っ飛んでいくのが見えた。

 直接殴られた冒険者が、まるで壊れた人形のように地面を転がっていく。


 背後を取ったつもりが取られる形となり状況が混沌とする中で、何人かの冒険者がゴブリンキングに向かっていくが、近付くことすらままならない状況だ。

 魔術師の一人が放つ精霊魔法も、魔闘気と鎧によって阻まれ大きな効果が得られていない。

 行動阻害系の古代魔法を使う魔術師もいたが、ゴブリンキングは意に介した様子がなかった。


 そして強烈な威力を誇る棍棒を手に暴威を振るうゴブリンキングの登場に、半狂乱と思える状態に陥ったのは冒険者よりもホブゴブリンたちだった。

 それまで押される一方だったホブゴブリンが怯える様に暴れ出し、その無秩序な行動は冒険者の意表を突く形となり、あっという間に形勢が逆転していく。


「ダルカンに、こちらのラインまで下がるよう指示を飛ばせ!」


 カイルの指示に、騎士の一人が飛び出していく。

 ヘルハウンドを相手にしながらも、きちんと周りの状況を確認しているのは流石だ。

 そして領兵も暴れるホブゴブリンに手を焼いているようだが、戦線は維持されていた。

 この辺が流れ次第で総崩れとなりやすい冒険者との違いなのだろう。


 ゴブリンキングさえいなければというのはこちらの都合の良い考えか。

 草木を払うように振られる棍棒に巻き込まれ、今も盾を打ち砕かれた冒険者が仲間の回復魔法を受けていた。


 それはもう、まともに打ち合うことすら不可能と思わせたが、俺にはかつてそんな攻撃に何度も晒されながらも凌いできた頼もしい仲間がいる。


「ルイーゼ!」

「はいっ!」


 俺と共にホブゴブリンを迂回していたルイーゼが答え、そのまま臆することなくゴブリンキングの正面に向かう。


「やめなさい! 無理よっ!」


 テレサがゴブリンキングの前に出ようとするルイーゼに声を掛ける。

 だがルイーゼはその言葉に反応することなく、ゴブリンキングの間合いに入っていく。


「アキト! 押さえられるのか!?」

「楽とは言いませんが、何とかします!」


 カイルの問い掛けに答え、俺もルイーゼのサポートに走る。


「マリオン! 足を止めるぞ!」

「右から回るわ!」


 先に出たルイーゼに向かってゴブリンキングが右手の棍棒を横凪に振るう。

 大木すらへし折りかねない威力を持った攻撃を、ルイーゼは下から上に盾を叩き上げて逸らす。

 まともには受けられなくても、力の方向を逸らすことは出来た。

 尤も、それが誰にでも出来ることとは思わない。

 死を司る力の脅威に臆することなく立ち向かい、抗うだけの技量を持っているからこそだ。


 ゴブリンキングは攻撃が当たらなかったことに怒ったのか、次の攻撃もルイーゼを狙う物だった。

 今度は左手の棍棒を振るってくるのに対して、ルイーゼはその棍棒とメイスで打ち合う。

 激しい衝撃音が鳴り響き、反射的に閉じた目を開けた時には、そこにルイーゼの姿がなかった。


「ルイーゼ!?」


 何かが地面を転がる音を追い掛けると、ルイーゼが二転、三転したところで片膝を突き、勢いを殺しながら立ち上がるところだった。


「大丈夫です!」


 派手に吹っ飛んだのはルイーゼが軽いからとは言うまい。

 例え巨漢のマッシュやギルドマスターでさえあの攻撃を受けきることは出来そうにない。

 むしろ威力を逃すと考えれば軽いルイーゼの方がマシか。

 ルイーゼは自分の身が軽いことを十分に知っている。

 今のも堪えるより飛ばされた方がダメージが少ないと思ってのことだろう。


「っ!!」


 背後に回ったマリオンが、左右の魔剣からクロス状に『魔刃』(マジック・ブレード)を放つ。

 強敵を前に、何度も隙を突けるとは限らない。

 だから最初に最大威力のスキルを放つのは正解だろう。

 だが、無骨ながら肉厚だけはある重板金鎧に魔力の刃が散らされていた。

 魔人族特有の魔闘気が装備にも対魔性能を付与しているようだ。


 しかし衝撃その物は殺せない。

 つんのめるように一歩踏み込んだゴブリンキングの目の前に、狙いを付けた大型弩弓(バリスタ)が魔法陣をともなって現れる。

 巨大な(やじり)をもつこの矢は、ドラゴンにすらダメージを与える俺とモモの秘密兵器だ。

 俺は躱せる体勢にないゴブリンキングに向かって矢を射出する。


 大型弩弓から放たれた矢はゴブリンキングの左手に当たり、そこを起点に小さな魔力の爆発を起こす。

 次いで凄まじい衝撃が左腕を吹き飛ばし血肉を撒き散らした。


 ゴブリンキングは射出を阻害、あるいはその矢を掴み取ろうととっさに左手をかざしていた。

 結果的にその行動がゴブリンキングの命を救う。

 矢は貫通タイプの物ではなく、より広範囲にダメージを与える爆裂タイプの物だったこともあり、矢自身も爆発によって消し飛んでいた。

 その為、ゴブリンキングの本体には大きなダメージを与えることが出来なかった。


「偶然か狙ってか、どちらにしろ厄介なっ!」


 魔物が相手なら俺の黒曜剣やマリオンの魔剣ヴェスパでダメージを与えられるが、十分に防御力のある鎧を着られると、文字通り刃が立たない。

 打撃系の攻撃か鎧の内部に直接ダメージを与える魔法が有効だろう。


 次の一手を思案していた俺の目の前にルイーゼが飛び込む。

 その手には光り輝く聖鎚――恐らくモモに用意して貰ったのだろう。


 左腕を失い、その痛みに片膝を突いていたゴブリンキングの側頭部に叩き込まれた聖鎚から、溜め込まれた魔力が爆発的に放出される。

 直接打撃プラス内部への魔法攻撃、必要と思った攻撃その物だった。

 脳を激しく破壊されたゴブリンキングは断末魔をあげることすらなく、殴られた勢いのまま横合いに倒れる。


「ええっ! あれを三人で倒すの!?

 というか今の攻撃はなんなのよ!?」


 テレサが驚愕し、撤退の体勢に入っていた冒険者たちも足を止めて、倒れて動かないゴブリンキングを見て唖然としていた。


 それはホブゴブリンも同様だったが、先に行動に出たのはホブゴブリンだった。

 一目散という言葉の通りそれぞれが逃げ始める。


「追撃しろ! なんとしてもこの戦いで殲滅する!」


 ヘルハウンドを倒しきったカイルが直ぐに号令を掛ける。

 そして逃していた馬を呼び、自ら逃げるホブゴブリンの前方へと駆けていく。

 テレサと他の騎士もその素早い行動に遅れまいと、必死に追撃に加わった。


 位置的に最後尾となった俺は、足の速いマリオンに追撃を頼み、大活躍だったルイーゼの元に歩み寄る。


「ルイーゼ、怪我は無いか」


 流石に片膝を突いて肩で息をしていたルイーゼの手を取り、引き起こす。


「これくらいでしたら問題ありません」


 今までにしてきた怪我と比べれば大怪我と言うことも無いだろうが、それでもあれだけ派手に転がり回れば打撲もしているだろう。


「俺が魔法を使わないように気遣ってくれるのは嬉しいが、俺だって二人が傷付くのを見ているのは辛い。

 一緒に戦わせてくれ」

「……はい」


 俺は『自己治癒』(セルフ・キュア)を使い、ルイーゼの怪我を治していく。

 他に怪我人がいればルイーゼは奇跡を願っただろうが、生きている者は既に仲間の回復魔法、あるいは回復薬で命の危険が無い程度には回復していた。

 他は例え奇跡であろうとどうにも出来ない者たちだけだ。


「よし。それじゃマリオンを迎えに行くぞ」

「はいっ!」


 もっとも、俺たちが駆け寄る頃には、マリオンが最後のホブゴブリンの首を切り飛ばし、これにより特異体として生まれたゴブリンキングを起点とする魔人族の暴走(スタンピード)は収束に入った。


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