リーゼロットの楽しみ
「ルルル~ルル♪ ル~ルル~♪」
「リーゼロット様、ごきげんですね。
何か良いことがありましたか?」
「クリスティナ様!?」
リーゼロットは口元に手を当て、恥ずかしいところを見られたと頬を染める。
ここはルイーゼに与えられた地、エルハイムの首都となる予定の街だった。
まだ街というにはいささか寂しいものはあるが、道路が整備され、いくつもの石造りの家が立ち並ぶ様子は十分に街としての機能を果たすものだ。
何が足りないと聞かれれば、人と答えるだろう。
そう、この街はまだ無人に近かった。
建国からそれほど月日が経っておらず、先住民も居なかったこの地に起こした街なだけあり、何もかもが不足している状況だ。
それでも魔法の存在するこの世界では、この世界なりの街づくりが実行されていた。
とは言え、珍しくないかと聞かれればそんなことはないと答える者がほとんどだろう。
魔法の行使には魔力が必要であり、人の持つ魔力量には限りがある。
そして、その魔法が自然の理に逆らえば逆らうほど必要な魔力量も多くなる。
そんな魔法を街づくりそのものに利用すると言う発想は、普通の者には出来なかった。
せいぜい街の一角、魔道具の設置などに利用する程度と思うのが普通だ。
だが、リーゼロットの街づくりはそんな一般性を無視したレベルにあった。
せいぜい1体を従者として使役する程度が精一杯の召喚獣を、100体という規模で使役し、あまつさえそれを制御しているという常識外の行為。
誰が聞いても信じられるわけがない。
しかし事実は目の前にある。
街のあちこちで動き回るのは身長1メートルほどのゴーレムであり、それを指揮する召喚獣のケット・シー。
疲れを知らない彼らの働きのもと、この街は1ヶ月という期間ではありえないほどの期間で街としての様相を持ち始めていた。
そのカラクリは、無限とも思える魔力を持つアキトの力を借り、多数のゴーレムを召喚。
自分の代わりに、召喚されたゴーレムを管理するケット・シーを通じ、全体を制御するという荒技で実現されていた。
創造はリーゼロットの趣味である。
何人にも煩わされることがなく、気の許せる召喚獣と共に、街を初めから作り上げるという作業は、まさに至福の時だ。
そんなリーゼロットが、視察に来ていたクリスティナの存在を忘れ、冒頭に至る。
クリスティナはアキトが保護し、ルイーゼの養子となった少女で、名をクリスからクリスティナへと改名している。
街へ人を呼び込むにあたり、必要となる宿や食事どころ、その他の生活用品などを販売する店は最低限必要だ。
そこで、すでに飲食業を行なっているクリスティナが店舗の位置や造りなどを確認しに来ていた。
クリスティナは先日16歳になったばかりだが、辛い過去を乗り越えて来た経験からか歳のわりにしっかりとしていて、ここに店を構えることを楽しみにしている1人だ。
その理由が将来食いっぱぐれないようにというのが、いささか斜め上であるが……
一国の女王となったルイーゼの養子がそのような心配をする必要はないのだが、本人は自分の生活力で生きていけないことが不安な様子だった。
「お見苦しいところをお見せ致しました」
リーゼロットが深く頭を下げクリスティナに謝罪をする。
一介の魔術師であるリーゼロットと、女王の養子では家格を比べるのもおこがましい。
そこに年齢差など無意味だ。
とは言え、上級貴族として育ち教育を受けて来たリーゼロットと、生まれは貴族とはいえ市井にまじって育って来たクリスティナとでは、考え方の根本がまるっきり違う。
当然、リーゼロットの態度はクリスティナにとって慣れないものであり、寂しいものでもあった。
ただ、リーゼロットはクリスティナの淑女教育にも携わっている為、態度を崩して欲しいとも言えず、そっと溜息をつくだけとなる。
(過去の自分を叩きたい……)
緊迫した場面の中でルイーゼに養子になるかと問われ、思わず頷いてしまったのが事の始まりだ。
きちんと聞かれた言葉の意味を吟味して返事をするならば、こんなことにはならなかっただろう。
もっとも、クリスティナが確かな身分を得たことで良くなったことも多い。
身寄りも生活の糧もないクリスティナは、そのまま市井に出たとしても、直ぐに生活に困ることは明白だった。
今までがそうであったように、直ぐ大人に利用されるだけだ。
それともうひとつ、アキトから受け継いだカフェテリア『フィレンツェ』と、地味に売れ始めた回復ポーションの売り上げで、友達を助け出すことができた。
クリスティナよりも先に売られていった友達であり、クリスであった頃に庇い助けてくれた友達たちだ。
借金のカタとして永久奉公が決まっていた友達を、その役割から解放できたことは、クリスティナにとって僥倖だった。
そんな友達が、シャルルロアの領都にある『フィレンツェ』で食べ物に困らず、暴力もない環境でのびのびと働いている様子を見れば、いまの苦労など我慢できない範囲ではない。
「構いません。
人が楽しそうであれば、私も楽しいと感じます。
この街に来る人がみんな楽しく暮らしてくれるなら、とても素晴らしいですね」
「そうなるよう努めていきましょう」
必要なインフラは整い、魔物から街を守る為の外壁も出来上がった。
住居や店舗になる建屋もほぼ出来上がり、残すところは内装を整えるのみ。
いまは公園や王城予定地の整備が中心となっているが、そろそろシャルルロアから商人や職人を呼びこむ段階に来ていた。
当初は本当に街が造れるとは思っていなかったクリスティナだったが、いざ目の前にしてみれば、感動するほど素晴らしい街となっている。
全体的な趣としてはアキトが好んだという街並みを参考にしているようで、白っぽい石造りの建物とアクセントに植えられた木々の緑、その足元に咲く原色の花々の作り出すコントラストは、この辺りの街にはないものだ。
土の露出は控えめで、道路には大きめの石が敷き詰められ、馬車の通りは容易だろう。
小道の方は砕かれた小石が同じく敷き詰められ、雨が降っても水はけがよくぬかるむこともなさそうだ。
近くの川から引き込まれた水路が街のいたるところを通り、景観の良さだけでなく生活用水としても利用できるようになっている。
一言で言えば住みやすく、心休まる雰囲気の街であり、温暖な土地に合った造りだ。
(元となった街を見てみたい)
そう思う程度にはクリスティナも気に入っていた。
「アキトたちが戻ったら、みんなで行ってみましょう。
実は私もまだ行ったことがないのです」
「それは楽しみですね」
「はい」
リーゼロットはにこやかに微笑むと、ケット・シーへの指示をだし、再び街の整備に取り掛かった。
今は済ました様子を見せているリーゼロットだが、直に鼻歌が溢れだすのはクリスティナにも想像ができた。
「リーゼロット様はアキト様とご婚約成されないのですか?」
「!?」
「きゃっ!」
外壁が崩れ落ちる音に、思わずクリスティナが小さな悲鳴を上げる。
急にゴーレムが町のあちらこちらであたふたとし始め、外壁を造っていたはずのゴーレムが、逆に外壁を叩き始めていた。
慌てたようにケット・シーがゴーレムへ指示を出していたが、まったく言うことを聞かず、困り果てたようにリーゼロットの方へと視線を向けている。
「急にどうしたのでしょうか?」
「本当に、どうしたのでしょうね」
少し目の据わった様子を見せるリーゼロットに、クリスティナはこの話題を封印すると心に決めるのだった。