審判の塔、再び
第三巻発売直前更新
おまけ編は多少遊び心多めで進んでいきます。
ルイーゼとマリオンの様子も挟んでいこうかと思ったのですが、先に纏まった方から適当に投稿します。
緑豊かな陵丘の広がる平原。その上空に俺たちはいた。
下から見上げれば、少し大きめの鳥に見えるかもしれないが、鳥としては少し異質だ。
背中に小さな翼を広げ、羽ばたくことなく飛ぶ姿は、それが鳥ではなく魔法的な作用で飛んでいることを示している。
そんな事ができるのは竜族か上位魔獣だけだが、気付く者もいない。
ただ、いささか飛んでいると表現するには難があった。
どちらかと言えば、人が背中から吊されたように、四肢をだらりと下げた状態で空中を移動しているように見えるだろう。
それもそのはずで、レティは実際に背中を掴んだ状態で運ばれているところだった。
何とも締まらない格好だが、自分で飛んでいるわけでもないので仕方がない。
「絶景ですね……」
最初こそ、その高さに足場のない頼りなさを感じ怯えを見せていたレティだったが、世界が広がるにつれて感動のほうが怖さを上回り始めた。
地面を感じる半端な高さより、思い切って高度を上げてしまった今の方が却って恐いという感覚も薄れている。
そうなると今度は初めて見る世界の姿に、ただひたすら感動するだけだった。
「あ、アキトさんあそこ! 魔物に追われているみたいです!」
『ん?』
俺はレティの指し示す方を一目見て、直ぐに高度を下げていく。
視線の先には、雑木林を抜け出して走る3人の冒険者と、それを追って出てくるハンターウルフの群れが見えた。
この辺りでは1番恐れられている魔物で、本来なら狩る側の冒険者を返り討ちにすることが多い為、その名が付いている。
数は5体。
群れで活動するハンターウルフは実力の見合わない者が遭遇すると、ほぼ壊滅するといわれていた。
逃げるにもハンターウルフの足は速く、人の足は遅い。
賢いハンターウルフは直ぐに人を襲わず、追い立て、動けなくなったところを甚振る。
それでも逃げるのは間違いではない。
運が良ければ動けなくなる前に、他の冒険者の助けを得られるかもしれないからだ。
俺は進むべく方向を変える。
「ん? ええっ、無茶ですよ!」
レティが俺の意図に気付くが、そのまま滑空するようにハンターウルフの元へと向かった。
「わ、わかりました。
数打てば当たる、でしたよね――
『火矢』、『複製魔法』……」
綺麗だな。
20近い小型の魔法陣がレティの前面に展開し、魔力の残滓を伴って煌めく。
そこから放たれた『火矢』が大気を焼き、地を走るハンターウルフに雨となって降り注いだ。
「当たってください!!」
さながら急降下爆撃のような上空からの攻撃にハンターウルフは反応できず、その身を焼かれていく。
数は3、4……5。1度の強襲ですべての魔物を撃破……レティは凄いな。
「うっ!」
レティが口元に手をやり、呻く。
急降下からの急上昇。肉体的な負荷は、主に胃への負担となって現れたようだ。
涙目でこちらを見てくるレティに謝り、俺たちは神聖エリンハイム王国のシャルルロア領、領都シャルルロアに向かった。
◇
領都シャルルロアにあるカフェテリア『フィレンツェ』の2階。
そこで俺とリゼットは、問題のひとつを解決すべく打ち合わせをしていた。
『感覚同調?』
「そうですね。
召喚獣とのコミュニケーションは通常思念伝達により行われますが、『動く鎧』はそれらとは異なり、感覚を同調させることで指示を与えることが出来ます。
私と波長の合うアキト限定となりますが、アキトが制御することも可能でしょう。
上手くいけば仮初めの肉体を得ることができるはずです」
今の体で不自由なのは、あまり表だって動き回れないことだ。
一応カイルからは『王国の友人』という意味を持つ印章をもらっているので、むやみやたらなことはされないと思うが、まるでペットのように付き従う竜の姿は、人の目を惹かずにはいられないだろう。
もし帝国なら竜騎兵がいる為、人々も多少は竜を見慣れていると思うが、ここではそうもいかない。
混乱を避ける為にも姿は現わさないほうが良い。
ただ、それだと魔物との戦いで困る。
いくらレティに戦う力が付いたとはいえ、後衛であることに変わりはない。
だから、レティが魔物討伐に出るにあたり俺が前衛の役割を果たせない以上、信頼のできる誰かに頼むことになる。
何人か思い当たる人物はいるが、大切な仲間だ。できれば俺がその立場にありたい。
ちなみに今の俺の能力は、そこそこの飛行能力とレーザーのようなブレス。
これは有効射程3メートルほどで、2センチの穴を穿つことができる。
1メートルほどの岩石を貫通できたので威力はかなり高いが、連射性能は良くないし、巨大でタフな魔物には効果も落ちるだろう。
後は竜種としての基本性能として高い防御力にプラスして魔闘気を纏うことで、傷を付けたければ伝説級の武器でももってこいという話だ。
どちらにせよ、単体としての強さはあれど、レティを守る役としては些か力不足というのが俺の考えになる。
もしリゼットがいれば、召喚獣に前衛を任せる手も打てた。
しかし、今は町おこしの為の土台作りを頼んでいるので、合流には今しばらく掛かる予定だ。
それまで待つのも1つの手だが、『審判の塔』の41層以降が解放され、目新しい素材がまだ初物価格に近いので、今の内に稼いでおきたいという思惑もある。
だからリゼットの案が上手くいくのなら、試してみる価値は大いにあった。
物は試しにとリゼットが呼び出したのは『動く鎧』。
その名のとおり、ダークグレイの重厚な鎧を身に纏う騎士風の召喚獣? だ。
『動く鎧』は特殊で、自律稼働が出来ない。
どうするのかと言えば、召喚者が『感覚同調』により動かすらしい。
リゼットの呼び出した『動く鎧』は、本来リゼットの指示しか受け付けない。
だが、リゼットと波長の一致する俺はリゼットになり得た。
横から指揮権を乗っ取るようなものだけれど、使えるなら使わせてもらおう。
『動く鎧』の身長は2メートル近く、鎧の重厚さもあってなかなか威圧的な姿をしている。
手には騎士剣と騎士盾を持ち、黒衣のマントを着けた姿は意外と格好が良かった。
中身は空なので、俺が中に入ることもできるな。
感覚的には、人の視点に近い兜からのぞき見る方が操作はしやすいだろう。
「まずは先に、感覚の同調を行ってください。
『動く鎧』をアキトの魔力で満たし、その姿を感じ取るのです」
『感覚同調か……』
俺は言われたように『動く鎧』を俺の魔力で染め上げる。
あっという間に、赤くなみなみとした魔力の溢れる鎧姿になってしまった。
「やり過ぎです……」
『失礼』
魔力を抑え、ほどよい状態にする。
僅かに赤みは出ているが、魔法の装備と言える範囲だ。
「私が『動く鎧』に指示を送りますので、アキトはそれを感じ取ってください。
同じことが出来れば、アキトにも指示が出せるはずです」
『なかなかハイレベルな要求だな』
「アキトにならできます」
『期待に添えるよう、努力するよ』
リゼットの思念が『動く鎧』に伝達されると、『動く鎧』がゆっくりと歩き始めた。
これは『身体強化』を教える時の感覚に似ているか……俺にならできると言いきるはずだ。結構得意である。
血液に乗って体を循環する魔力は、時に細胞を活性化させ、人の持つ力を増幅する。
『身体強化』魔法の基礎となる部分だ。
体を満たす魔力を感じ取ることが最も大切なことで、次いでその魔力を意図するように制御出来れば、肉体の強化となって現れる。
『動く鎧』に流れる魔力は、血液の流れと非常に酷似していた。
わかりやすくて良い。
俺はその流れを自分の意識下におく。
そして、剣と盾を構える姿を意識する。
『動く鎧』は多少のラグを持ちつつも、思った通りの構えを取った。
「初めてとは思えませんね」
『意外とできるものだな』
「普通はできませんからね?」
『先生が良いから』
「はいはい、そう言うことにしておきましょう」
リゼットらしからぬ言い回しに、多少は砕けた物言いを練習する様子が窺えた。
まだまだ硬いが、口調と共に心のほうも、もう少しガードを下げてくれると嬉しい。
そう言えば、リゼットに求婚している人がいるという話だったな。
心のガードを下げたら、それを受けてしまうかもしれない。
それがリゼットの幸せに繋がるなら――そう思いもするが、幸せにできるのが自分じゃないというのは、酷く嫌だな。
少し自分勝手な思いに囚われていると、背後で鈍い音がした。
振り向くと、荷物を落としたレティがわなわなと震えている。
部屋に入ったら威圧感たっぷりの『動く鎧』が剣を構えていれば、それも自然か。
俺が耳を翼で塞ぐとのレティの悲鳴が響き渡るのは同時だった。
◇
「レティ、そのくらいにしてあげましょう」
レティの膝の上に乗せられ、ポコスカと痛みがない程度に叩かれる俺に、リゼットが助け船を出す。
半分はリゼットのせいではないだろうか?
リゼットも口元に手をやり、小さく笑っているのでよしとするけど。
「では、いってらっしゃい」
「夕方までには戻りますね。いってきます」
改めてリゼットに出してもらった『動く鎧』の中に収まり、その体を動かす。
人の体だった時より視点が高いので、違和感はあるけれど、普通に動き回るぶんには問題がないな。
後は戦闘でどの程度動けるかだが、それは実際にやってみるしかあるまい。
今日はレティ一人でも魔物を捌けるところで体を慣し、本格的な活動は明日以降としよう。
領都シャルルロアには『審判の塔』と呼ばれる魔物の住む塔があった。
その高さは空高く、全100階層と言われている。
何でも最上階には神々の住む『浮遊大陸エルフィリア』への転移門があると言われていた。
現在人類が到達している最高階層は50層。
その先の情報をどうして知っているのかと思ったが、この塔を作ったといわれるドワーフ族の伝承によるものだった。
100層を制覇し、女神アルテアにでも会いに行くか。