始動、約束に向けて
ご無沙汰しております。
「俺が勇者に倒されるまで」の方に尽力させて頂いているため、おまけ編の方が進んでおりませんが、こちらではちまちまと「その後」を書いていきたいと思います。
話は結構飛ぶと思いますが、本編は忘れて軽く読んでもらえれば幸いです。
神聖エリンハイム王国の南西に位置するエルハイム侯国。
現在の人口は四名。その内の一人が俺だ。
ルイーゼを女王とし、俺とマリオン、そしてモモがサポートをする新興国家だが、現在はルイーゼとマリオンが東の帝国に行き、モモは俺が竜の子となった時から姿を見せていない。
そう、俺はまさしく竜の子となっていた。
悪魔レトリラを倒す為、警告されていたにもかかわらず不死竜エヴァ・ルータの力を取り込んだ俺は、魂が竜脈に染まり、竜の子として生まれ変わった。
最初は体の所々に鱗が浮き出ていただけだったが、それでは止まらず、最終的にはどこから見ても竜としか見えない姿になっている。
体が作り替えられる激痛は筆舌に尽くし難く、三日三晩のたうち回り、みんなにも辛い思いをさせた。
不思議なもので変異を終えてしまえば、あれほどの痛みが何だったのかというほど快調だ。
最悪、直ぐにでも不死竜エヴァ・ルータに体を奪われるかと思ったが、約束通り俺の魂が潰えるまでは時間をくれたらしい。
命が助かったのは良かったとは言え、この姿でいるのは何かと不便だ。
なによりもモモがいないことが寂しい。
モモは本能で竜を恐れているところがある。
それは仕方がないのかも知れない。
なにせ始原の三種族と呼ばれる竜族・巨人族・精霊族は、世界の始まりの日から今までずっと戦い続けている。
幸いにして今の時期は大きな争いがなく、おかげで人間族や獣人族といった三種族以外が繁栄することが出来た。
そういう時期に生まれたからか、モモも竜の見た目が恐いと言うだけで竜の魂を宿す俺を怖がることはなかった。
だから、見た目さえなんとかすればモモが戻ってきてくれるんじゃないかと思っている。
帝国に伝わる伝承で、建国王は竜の化身だったという。
その竜は西の大陸に君臨し、地上に降りてきた数多の神々と、同じく数多の悪魔を喰らい尽くす。
全ての魂ある者に恐れられた竜が、どう言う訳か人間族に協力する形で、人化の魔法を使って建国の王になったという。
伝承だが、真実の伝承だ。
それを証明する存在がこの世界にはいる。
人に似た肉体を持ちながらも、魂を霊域にまで昇華させたハイエルフ族は、数千年を生きると言われ、歴史は彼らによって紡がれていた。
一部ではハイエルフ族が神々だとも言われていたが、真実はわからない。
ルイーゼとマリオンが東の帝国に旅立ったのは、人化の法を手に入れる為だ。
俺の為であり、モモの為でもある。
そんな旅に、残念ながら俺は同行できない。
事情を知っている者がいる神聖エリンハイム王国ならともかく、西にはほとんど知人が居ないので、こんな姿で動き回ればトラブルのもとだ。
だから、おとなしく二人を信じて待つ。
信頼の置ける二人のことだ、結果はどうあれ無事に帰ってくるさ。
むしろ、あの二人を害する存在がそうそういるとは思えない。
とは言え……心配だ。
でも、いざとなれば直ぐに助けにいけるから、今は二人に任せよう。
「うわぁ、本当に何もありません!」
「レティシア様。
淑女たるもの、もう少し落ち着きを持たれてはいかがですか」
「はいっ!
でも本当に何もありませんよリーゼロット様」
今の俺の大きさは小型犬と同じくらいで、蒼き狼のラヴィと似たり寄ったりだ。
そんな俺を、レティは胸に抱えたまま周りを見渡している。
たった今、リゼットによってこの地に転移してきたレティは、全く人の手の入っていない自然を前に、素直な感想を述べた。
確かに何もない。
前方は右手に海、左手に雑木林、その奥には低めの山と森が広がっているだけだ。
海は入江になっていて桟橋を伸ばせば船着き場としても利用できそうだし、大陸から流れ込んでくる河も水流は十分で農作物もよく育つだろう。
だが、レティが言うようにここには何もなかった。
その要因はただ一つ。
魔物の住むという森。それが二つも近場にあり、本来は森から出てこない魔物が平原にまで出てくるからだ。
それも、強い魔力の影響か森の外縁でさえCランクの魔物が多く、中にはBランクといった討伐チームを組まなければ倒せないような魔物も徘徊していた。
当然、人が住めるような土地ではなく、歴史的にエリンハイム王族の管轄となっている。
そんな場所をフォルジュ家の当主であるルイーゼに与え、その上、国としての独立を認めたのは、現エリンハイム王国国王カイルだ。
カイルも別に、俺たちにここでの生活を望んで土地をくれた訳ではない。
俺たちを思っての苦肉の策だと言うことはわかっている。
なんとも無理矢理な話だが、そうまでしなければ大聖女となったルイーゼや悪魔レトリア討滅を果たした俺たちを取り込もうとうする有力貴族から、俺の望む独立性が守れないと判断されたわけだ。
だが土地をもらい、その独立を認められたことで、曲がりなりにもルイーゼは女王となった。
そして、ゆくゆくは俺と結婚するのだから、俺もまた王族になる訳で、いくら有力な貴族だろうと無茶をするにはリスクが大きい。
流石に国家間の問題ともなれば、国家反逆罪でお家取り潰しにもなりかねないのだから、無理はしないと期待している。
誰かが俺たちの力を手に入れたとなれば我慢ならないかもしれないが、誰もが手に入れられない力ならば我慢もできると、カイルは考えたようだ。
と言う訳で、形ばかりの土地を手に入れたわけだが、俺は形だけで終わりにするつもりはない。
ここが俺たちの国だというのなら、後は住みやすくするまでだ。
そして、それを手伝う為にエルドリア王都学園を主席で卒業したばかりのレティが合流してくれた。
純粋な魔術師は貴重なので、レティの協力はとてもありがたく、お礼を伝えられないのが残念だ。
なぜならば言葉が話せない……竜の声帯で人の言葉を話すのは無理がある。
幸いにして念波転送石は使えるので、リゼットとの会話は成り立った。
レティにもルイーゼやマリオンに渡した物と同じ念波転送石を与えているが、元々合わない波長を合わせるというのは存外に難しいもので、いつになったら意思疎通が出来る様になるか。
リゼットの研究で、魔力を同調すれば波長の合わない者同士でも、念波転送石による意思の疎通が出来るとわかっている。
今はまだ不完全だが、ルイーゼとマリオンとは遠くないうちに同調できるだろう。
まぁ、リゼットがいてくれるおかげで日常生活に支障がないだけでも、今は良しとしておく。
「では計画通り始めましょう」
「最初のお仕事が土木事業になるとは思いませんでした」
「動脈となる幹線道路がなければ国の発展は成り立ちません。
自分たちの国を作ろうというのですから、その基礎となる部分くらいは私たちでどうにかしましょう。
恐らくですが大仕事はそれくらいで、後は人を使ってなんとかなると思います」
「わかりました。
街道といえば敷設者の名前を付けるのが定番ですが、これから作る道にヴァルディス街道と言う名前を付けるのはどうですか?」
領都シャルルロア近郊に現れた暴食竜を一対一の戦いで討ち倒した英雄の名は、ここシャルルロアで知らない者はいない。
その名前を付けるのは意外と悪くない発想だ。
そしてリデルが上級貴族になる為の、レティなりの援護射撃なのだろう。
道を作るとなれば国家事業だ。
それをヴァルディス家に繋がる者が携わったとなれば名誉なことと言える。
事実、作るのはレティの仕事だしな。
「アキトが名案だと」
「ありがとうございます」
一層強く抱きしめられ、体が柔らかい胸に埋まる。
この二年でレティは立派なレディになっていた。
まだ成長期のはずなので、マリオンもうかうかしていられない。
しっかりとした道路を作るには、切り出した石を敷き詰める方法と、魔法によって作成した『土壁』を使う方法がある。
後者は手軽だが、いくら丈夫とはいっても、重い荷を積んだ馬車の往来を永続的に保証するほどの強度は得られない。
だが、リゼットの教えを吸収し圧縮魔法を覚えたレティと、無限とも思える魔力を持つ俺が組めば話は別だ。
圧縮魔法により強化された土壁は十分な強度を持ち、道路にするにはもってこいと言える。
「ではいきます!」
名残惜しそうに俺を降ろしたレティが、『土壁』、複製魔法、圧縮魔法と見事な複合魔法を披露し、注文通りの道路を作り始める。
さすが王都学園を首席で卒業しただけあり、無駄のない見事な魔法陣と魔力の制御力だった。
俺が教えていた時に比べてはるかに洗練されており、魔力効率も良さそうだ。
リゼットの教えも良かったのだろうが、レティの努力の程が窺えた。
『レティは見違えたな』
『彼女は努力家でしたから』
『やる気にさせるのも先生の腕の見せ所だろ』
『それは一言で済みましたね』
『なんて言ったんだ?』
『それは秘密です』
秘密なのか……まぁ、気になるくらいが丁度良いのかもしれない。
さて、レティの方は順調だが、問題はもう一つある。
最も近い都は神聖エリンハイム王国の領都シャルルロアになるが、その間にはなだらかとはいえ陵丘がある。
つまり、出来るだけ無駄のない道路を作る為には、丘を削ったり、トンネルを掘ったり、窪地を埋めたりする必要があるわけだ。
それでいて景観をできるだけ損ねないようにするには、とにかく人手が欲しかった。
しかし、人を動かすにはお金がいる。
ルイーゼは、王家預かりとなっていたフォルジュ家の資産やゼギウス家の資産を受け継いでいるし、俺も悪魔レトリア討伐の件で多額の報奨を頂いたから、普通に生活するだけであれば十分な資産があった。
だが、国家事業は普通の生活に入らないだろう……
そこでお金の掛からない労働力が必要となる。
もちろんただで働いてくれる人はいない。
でも、魔力を対価に働いてくれる精霊や召喚獣はいる。
『アキト、こちらも始めましょう』
レティが腕まくりをしつつペースを上げて『土壁』を作り始めたところで、その作業を確認していたリゼットも次の準備に入る為、こちらにやって来た。
俺はリゼットの肩に乗り、いつでも魔力付与が出来るように構える。
「ストーンゴーレムを召喚します」
幾何学的な魔法陣がリゼットの前方に出現し、そこから身長一メートルほどのゴーレムが出現する。
召喚コストが比較的安く、人と同じように四肢を持つゴーレムは、器用に道具を扱うことが出来た。
動きは人に比べて鈍重だが疲れると言うことを知らず、召喚者の命に愚直に従うため、これからの作業には大変力になってくれるだろう。
それが一体だけではなく、休みなく次々と現れ、一〇体を超えたあたりでリゼットの魔力が四分の一を切る。
俺は『魔力付与』を使い、リゼットに魔力を供給し、ゴーレムの召喚を助け、最終的には一〇〇体のゴーレムが召喚された。
ゴーレムを維持するには、その一体一体と精神の繋がりを保つ必要がある。
いくら魔力に不足はないと言っても、召喚者には精神的な疲れが溜まるわけで、同時に召喚できるのはこの辺が限界だろう。
もっとも、これだけのゴーレムを使役出来るのは、世界がいくら広いとは言えリゼットだけじゃないだろうか。
精霊魔法が一切使えないリゼットだが、召喚魔法に関してはまさに天才であり、もしかしたら天恵なのかもしれない。
さすがにその状態では余裕がないのか、リゼットは簡易的な椅子に座り、瞑想状態に入っていた。
◇
「もうだめですぅ」
レティが、へにゃりと座り込む。
革のジャケットの上にローブを羽織り、短めのスカートに膝上まである皮のブーツ姿は、共に冒険していた時の装備だ。
抱え込むようにして持つのは、水竜をあしらったロッドで、先端が竜頭になっていて青い魔石を咥えている。
レティ愛用のロッドはかなり良い品のはずだが、レティの能力はそれを上回り、補助的な役割しか果たしていないという。
「アキトさんで魔力の補充です」
「……」
再び抱きかかえられた俺は、苦笑しつつレティに『魔力付与』をおこなう。
昼から始めて日が地平線に掛かるまでに、3キロほどの立派な道路が出来上がっていた。
このペースなら1週間ほどで、神聖エリンハイム王国の南の港からシャルルロア領の領都に向かう街道に接続出来るだろう。
モモの力に頼れない今となっては馬車が物流の主役だ。
道路が繋がれば物資の運び込みも可能になる。
まずは宿場町とは言えないまでも、大きめの宿を用意し、ある程度実力のある冒険者を呼び込みたい。
「レティシア様。今日はここまでにしましょう」
「はい、リーゼロット様」
『なぁ、リゼット。
これからは冒険者パーティーとしてやっていくんだから、そろそろ名前の呼び方を改めても良いんじゃないか?』
『そ、そうなのですが、いきなり呼び方を変えるのは結構ハードルが高いと申しますか』
『もう人見知りという仲でもないだろ』
『……努力しましょう』
「レ、レティ、準備はよろしいですか? 転移しますね」
「!?」
レティが顔を上げ、照れくさそうに視線を外しているリゼットを見る。
「は、はい! リーゼロットさ――リゼットさん?」
「これからはその様に。
それと、少し口調を崩しましょう」
「わかりました。私は多分大丈夫だと思いますが……」
「それは私も努力いたします」
リゼットが砕けた口調で話すのは想像出来ないな。
別に問題と言うほどでもない。まぁ、なるようになるだろう。
俺たちはシャルルロア領にある『カフェテリア』に転移する。
しばらくはここに寝泊まりする予定だ。
なにせエルハイム侯国には家が一軒もないから、他に行く当てがない。
道さえ出来てしまえばシャルルロアから職人を出してくれることになっているので、それまでの辛抱だな。
建物はレティに頑張ってもらえばそれなりの物が出来るとは言え、内装ばかりは魔法で作り出すことが出来ない。
必要な物はここシャルルロアで購入し、建て屋に合わせて作る物は職人に任せる予定だ。
「みなさん、お帰りなさい」
「クリス。しばらく厄介になりますね」
「厄介だなんってとんでもありません。
部屋はルイーゼさんとマリオンさんの部屋をご利用ください。
二人には許可を取ってあります――といいますか、そのようにと伝言を受けています」
「ではありがたく」
クリスは以前リゼットの元で行儀見習いをしていたし、その時に顔を合わせていただろうレティとは同い年だ。
久しぶりに会うのだから、話も弾む。
女三人寄ればなんとやらと言うし、話のネタにされないよう俺は控えておく――なんてことは許されず、これからしばらくは話しに付き合わされる日々が続いたのである。
◇
一週間後。
森にも秋の色が混じり始め、草原を吹き抜ける風に肌寒さを感じるようになってきた頃、エルハイム侯国からの道が神聖エリンハイム王国の街道に接続した。
これにより『カフェテリア』からでも、おおよそ十日ほどでエルハイム公国の首都予定地まで来ることが出来る。
『見事だな。レティには俺が感謝していることを伝えてくれ』
『言葉にしなくても伝わっているようですけれどね』
はしゃぐように飛び回る俺を見て、レティはご満悦の笑顔を見せていた。
早速とばかりにカイルに頼み、家具や当面の食材を運び込む手配はすませている。
二週間もすれば色々と人の出入りも増えて賑やかになるだろう。
それまでにレティにはもう一仕事してもらうことになっていた。
何せここは放置された土地であり、その理由が魔物の徘徊する土地だからだ。
できるだけ魔巣のある森から離れた位置に町を作る予定だが、かと言って遠すぎては狩り場に近いという利点が活かせなくなる。
そこで、両方の良いとこ取りを考えた結果、町を壁で覆ってしまおうということになった。
幸いにして、今まで魔物の流出を防いでいた大きめの川もあることから、壁を作る距離はそれほど大きくはない。
いずれは森を囲う様にし、広大な草原を穀倉地帯に変えられればベストだが、それはレティ一人では難しいしので、未来の構想図程度だな。
「ここに私たちの新しい家が建つのですね。
可愛いのも良いのですが、自然に溶け込むような家も良いですよね。
うーん、悩みどころです。アキトさんはどちらが好みですか?」
まるで子供をあやすように抱え上げられた俺は、苦笑しつつも自然に合わせた方を頼む。
レティとはここ最近ずっと一緒に過ごしていたせいか、言葉は通じなくてもなんとなく意思は伝えられるようになっていた。
むろん複雑なことは無理だが、ハイかイイエに加えて多少の気持ちを伝えることが出来る。
主にジェスチャーによるものの気がしないでもないが。
そんなこんなで、職人たちが物資と共に訪れてくるまでには受け入れ体制が出来ていた。
レティとリゼットのゴーレムが頑張ってくれたおかげで、外壁を作ったり形だけの宿だったりと、中身さえあれば50人程度が暮らせる規模になっている。
この宿は主に職人が使い、その職人とゴーレムが更にそれを増設していく。
そして二、三ヶ月も過ぎる頃には、小さな街といっても良い位の規模になるはずだ――無人に近いけれど。
その間、レティには冒険者呼び込み作戦を行ってもらう。
しばらくは近場の遺跡なりダンジョンをまわって、冒険者活動をしつつ有志を募る予定だ。
余り高名な冒険者の引き抜きは遠慮してくれと言われているので、素質のありそうな人を育てていくことがメインになるだろう。
やる事は多く困難も多いが、今までとは違って楽しい未来に向けた行動のはずだ。
レティには合流早々無理を聞いてもらったことだし、ここらで約束を果たすのも良い頃合いだと思う。
俺の事情で前と同じようにとは言えないが、あの日の続きを始めようじゃないか。