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エピローグ

 俺は領都シャルルロアにある我が家の水場で、聖獣フェンリルの眷属である蒼き狼のラヴィと一緒に水浴びをしていた。


 泡立ちのよい石鹸(せっけん)と肌を擦る硬めのブラシが心地よく、思わず喉を鳴らす。

 ルイーゼの力加減は実に絶妙で、とてもまったりとした時間を送っていた。


 隣りではマリオンがラヴィを抱えて同じように洗っている。

 ラヴィはあまり石鹸がお気に召さないのか、泡だらけの体を激しく揺さぶり、手入れをしているマリオンを泡だらけにした。


「ラヴィ! 大人しくしてなさい!」


 マリオンがブラシを持って追いかける。

 ラヴィは捕まるまいと必死に水場を駆け回るが、ついには観念し、俺のとなりで一緒に肌を磨かれることを受け入れた。

 俺は二週間前に抵抗は無駄だと悟っていたが。

 

 石鹸を流された後は、温めの湯に浸かり至福の溜息を漏らす。

 全てを悟ったような目でクリスに磨かれているラヴィは、マリオンに良く懐いていて、野生の狂暴さをまるで感じさせない。

 それもどうかと思うが、狂暴では飼うことが出来ないのできっと良かったのだろう。


 だが食事の時は別だ。

 俺と生肉を取り合い、それはもう壮絶ともいえる戦いが始まる。

 それはルイーゼとマリオンに引き離されるまで続き、二人を呆れされていた。

 そして勝つのはいつも俺だ――と、ラヴィも思っていそうだ。

 色々と問題は残ったが、平穏な日々が戻ったことに、誰にとはなく感謝した。




『支配の王杯』に始まる一連の事件は、悪魔レトリラの復活と消滅というかたちで幕が下りた。

 その原因は隠されることなく国民に伝えられ、教会の権威は大幅に失墜する。

 それにより大きすぎたその権利も制限されることとなり、教会の運営は領を超えてはならいとされた。

 異論を挟むべき教会上層部は、軒並み今回の責任をとらされる形で爵位を取り上げられ、教会からは除名されている。

 この改革により教会の規模としては小さな集まりとなったが、今までのように中央への献品やお布施の配分がなくなった為、その分を小さな教会に回すことが可能となり、孤児院への施しも増えたという。


 教会の陰謀を知った教徒は絶望した、ということもなく、むしろ神都に降臨した女神アルテアによる教会の浄化と再生だと、前向きに受け取る者が多かったようだ。

 直接現場にいた人々は女神降臨を行ったのがルイーゼだと知っている。

 俺は見た目の問題からルイーゼをみんなに任せ、早めに退散したが、聞いた話ではあの後は大変な騒ぎになったという。


 見た目の可憐さからは想像が付かないほど気丈なルイーゼだが、戻ってきた時には少し虚ろな目をしていた。

 まぁ、俺も悪魔レトリラ討伐の一任者として英雄の登場と騒ぎの一端を担いでいたが、本人がいなければ盛り上がりにも欠けたのだろう。

 代わりに、ルイーゼに負担がいったことは否めない。


 珍しく我が儘ですが、というルイーゼの願いを聞きその夜は二人で過ごす。

 自分で願った大胆な言葉に、赤く染めた頬を終始手で覆っていたルイーゼが可愛らしくて、頑張ってしまった。

 それが後で思ってもいなかったことになるとは、この時の俺はまだ知らず、ただ幸せな時間をルイーゼと共有していた。


 後日、カイルの願いをルイーゼが受け入れたことで、『支配の王杯』の隷属下に置かれていた人々の魂も浄化魔法により解放されている。

 その数は七〇人を超え、国内の有望な人材も多く、教会に対する強い反発も警戒された。

 だが、女神アルテアの愛し子と呼ばれるようになるルイーゼの計らいもあり、その怒りは静まる方向にあった。


 俺の方といえば、何度かシャルルロアの領主城に呼ばれたおりに、エルドリア王国のメルティーナ王女を見掛ける機会があった。

 会議室と思われる場所から出て来たメルティーナ王女は終始笑顔で、後に続くカイルとトリスタンは疲れ切った顔をしていた。

 二人ともメルティーナ王女に虐められたのかと思うと、妙な親近感が湧く。

 もっとも、気付かれる前に退散したのはいうまでもない。


 その後、ルイーゼはフォルジュ家の正式な跡取りと認められ、国の預かりとなっていた爵位を戴く。

 位は伯爵。正式にはルイーゼの夫となる者がそれを継ぐことになる。

 ……つまり、順当にいけば俺な訳だが。

 だが、それはとある理由により延期となっていた。


 理由の一つは戦地となったシャルルロア領、その領都は後始末に追われ、準備されていた結婚式はひとまず延期となった。

 それは致し方ないと思うし、一日を争うほど急いで式を挙げる必要もなかったので、受け入れている。

 ルイーゼとマリオンはしばらく目の光を失っていたが、最近ようやく元気を取り戻してくれたので、俺も一安心だ。


 もう一つの理由が、爵位にあわせて領地を戴くこととなり、ドタバタしていたからだ。

 もともとルイーゼの生家であるフォルジュ家の領は別の場所だったが、今は他の貴族が引き継いでいる為、それを返せというのは難しかったのだろう。

 突然引き渡されても困るし、手に余るからそれは問題なかった。


 代わりに戴いた場所はシャルルロア領の西にあり、エルドリア王国とも近い半島だ。

 半島といいながら結構な広さがあるらしいけれど、なんと領民はゼロ。

 そこは魔巣のある森と洞窟が近距離に二つ存在し、手の付けられない地方として忘れられていた場所だ。

 なぜよりによってそんなところをと思ったが、そこを独立国家として認めるという訳のわからない話になっている。


 おそらくエルドリア王国と神聖エリンハイム王国の間で、色々な思惑があったのだろう。

 当の本人があずかり知らぬところで、かなり強引な取り決めをしてくれたものだ。


 だが、これは実に都合のいい立場を与えてくれた。

 俺たちはエルドリア王国と神聖エリンハイム王国から、国賓(こくひん)という扱いを受けることになる。

 国民がいない以上は権力なんて皆無だが、国が迎える客として神聖エリンハイム王国にいる限りは、下手な貴族も手を出せない状況になる。

 何せ国の客なのだから、下手に手を出せば国家の安全を脅かす行為でもあり、対外的にも国賓に対する対応を問われることになる。


 それをいいことに好き放題するという気はさらさらないが、一番の懸念事項であった貴族からのちょっかいを受けるという煩わしががなくなるのは、俺たちにとって最高の褒美でもある。

 かたちを取り繕っただけともいえるので不安が皆無とはいえないが、なんの後ろ盾もないよりはるかにましだろう。


 よく神聖エリンハイム王国の国王が許したものだと思ったが、今の国王は反論が出来る状態にはなかった。

 落ち着きを取り戻したとはいえ、一時は近親者を隷属魔法で捕らわれた怒りから、貴族や有権者の国王に対する風当たりは強く、教会に都合良く動かされていた国王に、退陣を求める声もあがっているという。


 国王だけでなく、今回の内戦にあたり教会派を主軸としていた第一王子も失脚。

 元々の国王派に加えて、日和見状態だった他領もカイルに付いた。

 そしてカイルの背後にはエルドリア王国もあり、悪魔レトリラを討ち倒した英雄と女神アルテアの愛し子までいるとなれば、その発言力は他の追従を許すものではなく、結果としてカイルの思惑通りに政治が動いていく。

 こうなってくるとカイルの願いだった奴隷制度の廃止も現実味を帯びてくるだろう。

 俺は、そんなことは夢物語だと切り捨てていたが、反省すべき点だった。


 ルイーゼにはもう一つ、ゼギウス家の爵位継承権もあった。

 あれだけのことをしでかしたのだから、爵位を失ってもおかしくなかったが、こちらも女神アルテアの愛し子という立場を考慮し、領地なしの侯爵として引き継がれることになった。

 権威はあれど権力はない。

 落としどころとして苦肉の策といえた。


 何はともかく独立国家として認めた上で、自国の爵位も授けるという無茶をした理由は恐らくただ一点、俺たちを引き止める為だ。

 個人として無視し得ない力を持った俺たちには、ある程度背負うものを持たせ、行動に足枷を付けようという考えが見え見えだ。


 だが、まぁ、今のところプラスになることはあってもマイナスはなかった。

 納得の上でなら利用されることが悪いとは思っていない。

 そもそも俺も色々と利用させてもらう予定なので、持ちつ持たれつといえた。


 そんな訳で新しい国家の誕生となり、名前はエルハイム侯国。

 エルドリア王国と神聖エリンハイム王国の名前からとったことは明らかだ。

 エルドリア王国としては大国である神聖エリンハイムとの間にクッションとして第三国を挟みたい意向らしく、それはエルドリア王国の西に広がる帝国との間でも同じだ。


 侯国といいながらも政治体制は民主制になる。

 なにせ貴族はルイーゼだけなので貴族制がなり立つ訳がない。

 同じく民主制なんかこの世界では成り立たないかも知れないけれど、俺にとっては一番馴染んでいるし、いい人がいるならその人が国を引っ張っていけばいい。

 何も俺たちがなんでもする必要はなかった。


 その時の位として侯爵を引き継ぐことになる。

 それについてはルイーゼもまったく拘っておらず、むしろ転がり込んできた侯爵の立場は非常に落ち着かないらしい。

 ルイーゼは俺と同じで、人を導く側の人間ではないようだ。

 それに相応しいのはマリオンだが、マリオンはとある事情によりそれが難しい。

 ということで、取り敢えずルイーゼが国の代表となり、スタートを切ることとなった。

 臣下は俺とマリオンの二人だけだが。




 土地を与えられたからといっても直ぐに生活が出来る訳でもなく、今いるのは領都シャルルロアにある我が家だ。


「よし、ラヴィはこんなところね」

「アキト様も、長湯は体に良くありませんのでこちらへ」


 世話をするのがとても嬉しいといった表情のルイーゼに抱かれ、しばし湯船とはおさらばだ。

 もっともルイーゼの柔らかな胸の感触がとても心地よく、このまま昼寝をするのも良いかと思ってしまう。


 ルイーゼはそのままテラスに出て、席の一つに俺を降ろす。

 ラヴィは床だ。

 これで俺の方が位は上だとラヴィにもわかっただろう。

 主従関係はきちんとしておかないと後で面倒なことになるからな。


 陽気な日差しに照らされたカフェテリアは、ただいま絶賛閉店中だ。

 開店を望む声は多いのだが、人を雇って教育しないといけないのでもう少し時間は掛かりそうだ。

 クリスが戻って来てくれるので、それまでに人材の確保と仕入れルートの確立をしておかないとならない。

 エルドリア王国にある一号店と同じように、俺たちがいなくても店が回るようにするのが理想だ。


 ルイーゼとマリオンが鼻歌交じりに昼食の準備を進める。

 きゃっきゃうふふと実に楽しそうだ。

 でも、それは何処か足りない寂しさを紛らわせているようでもあり、問題の解決を先送りも出来ないと感じた。


 先日まではリデルが顔を出していたんだが、昨日の朝エルドリアに向かって出発をしている。

 男二人だけで話す機会もあり、リデルの苦労も窺える内容だった。

 主にメルティーナ王女の無茶ぶりが原因だが、どうやら彼女はリデルをできるだけ早く上級貴族にしたいようだ。

 エルドリア王国に新しく作られたメルティーナ王女直属の聖騎士団。

 その団長を務めることになったリデルが下級貴族では色々と問題が多いのだろう。


 事を急ぐ理由はメルティーナ王女本人にもあるようだ。

 今はまだ非公式だが、メルティーナ王女は国を出ることになる。

 いわゆる政略結婚であり、本人の望みが叶った結果とはいうまい。

 王族に生まれた以上は自由恋愛など望める訳もなく、多少は可哀想かと思う。

 もっとも、生まれてから受けている教育が違うのだから、可哀想だとか思われる方が心外かも知れないが。


 リデルは朝の鍛錬が出来ない俺に変わって、血気に逸るマリオンの相手をしてくれていた。

 その戦い方は洗練された騎士そのもので、基本に忠実でありながら実践的なものだ。

 近衛騎士団はどちらかというと、対外に力を誇示する為の見世物的な戦い方をするが、リデルの属する聖騎士団は純粋に戦うことを目的とした動きをしている。


 リデルは俺と別れてからもリゼットの教えを受け、魔力制御に磨きを掛けていたようだ。

 その方向性は相変わらず仲間の盾となることが目的で、ルイーゼが使う技術(スキル)はほぼ同じレベルで使いこなしていた。

 リゼットを通じてその原理は教えてあったが、それを自分のものとするには血も滲むような努力が必要だっただろう。


 その上、ルイーゼには使えない聖属性の精霊魔法も使っていた。

 暴君竜を一騎打ちの末に討ち倒したと聞くに、その強さは冒険者ランクならばSランクといえる。

 Sランクとなると、世界中に何人といる訳でもなく、天恵のような力を授かっていないと限ればリデルだけではないだろうか。

 しかもプライドの為に祭り上げられてるSランクも多いと聞くに、実力で上がってきたリデルの存在に冷や汗をかく者もいるはずだ。

 当の本人は自分の能力よりも武具によるところが多いと言っているが、謙遜だな。


 そんなリデルを前にマリオンも良く戦ったが、最終的に一本も取れずに鍛錬は終わった。

 口をへの字にして自分に足りないものを見付けようとするマリオンだが、何本かに一本はリデルもギリギリに見えた。

 リデルは平静を装っていたが、深い付き合いだ、それくらいは読み取れる。

 守りの堅いリデルをあそこまで追い詰めたマリオンの戦闘能力も侮れない。


 悪魔レトリラが持っていた魔剣フロンタイト。

 俺はそれを手に入れ、精錬魔法で修復してマリオンに預けている。

 マリオンは魔剣ヴェスパの攻撃力に限界を感じていたので、丁度良いだろう。

 今度は大剣に分類されるグレートソードになるが、戦況に応じて使い分ければ良い。

 小剣に双剣そして弓と、多様な武器を使いこなしてきたマリオンになら大剣を扱うことも出来るだろうし、それだけの身体能力もある。


 その能力は『魔力吸収』(ドレイン・マジック)『魔力放出』(リリース・マジック)を併せ持つものだった。

 対象の魔力を吸収し、それに応じて質量が増える。

 それはそのまま攻撃力へと繋がり、溜め込んだ魔力はそのまま『魔刃』(マジック・ブレード)『魔斬』(マジック・スラッシュ)の上位版として使える。

 悪魔レトリラが使っていた技そのものだな。

 人の身でその技が何処まで再現できるかわからないが、現状の能力を引き上げることは間違いない。

 リデルが帰ってからは燃え尽きたような顔をしていたマリオンだが、新たな武器を手に、早く馴染もうと無心になってそれを振っていた。


 リゼットとレティは学校が始まる為、今はエルドリア王国に戻っている。

 リゼットには今回なにかと助けてもらったし、結婚の申し出を受けているとか気になることもいっていた。

 遠からぬうちに、その辺はしっかりと問いたださねばなるまい。

 もし意にそぐわぬことを強要されているというのなら、次はリゼット強奪作戦になる。


 レティは少し大人っぽくなっていたが、その性格に変わりはなく、なんか安心した。

 もう少しゆっくりと時間が取れれば良かったが、今年中に全履修を終えると意気込んでいたから早ければ後期、遅くても来年には一緒に過ごせるだろう。


 そして、あの日から姿を見せないモモ。

 モモは精霊族であり、竜族とは始原の頃から相成れない存在だ。

 竜族と巨人族、そして精霊族と巨人族はそれほど仲が悪くない。

 でも、竜族と精霊族は性格があわないようだ。


 名付けの効果までは消えていないのでモモの存在は感じられる。

 怯えとも戸惑いともいい難い感情だが、時が解決してくれるのを待つというには気の長い話しか。

 今の俺が見た目以外は何も変わらないとわかっていても、竜に始原の記憶があるように、精霊にも始原の記憶があるのかも知れない。


 かけがえのない存在が欠けている。

 それでも日々は過ぎさり心の空白は空白のまま、それに慣れていく。


 俺は我が儘だから、そんな状況で指を咥えて待ってはいられない。

 物語じゃ竜が人化するとか良くある話だろ。

 必ずその方法を手に入れ、人に戻ってみせる。

 再び俺たちの前にモモの笑顔を取り戻す為に。


 俺は遠く意識の向こう、見えることのない精霊界にその思いを向けた。


 ◇


 カイルは地方都市で蜂起した第一王子とその後援者を、自らが先頭に立ち打ち負かす。

 そして、直ぐに神都へ戻ると内紛の完全なる終結を公言。

 また同時に、病で退位する王に代わり新たな王として立つこと、友好国となるエルドリア王国の第一王女を王妃として迎えることを公言した。

 国民は新たな時代の幕開けを喜び、神聖エリンハイム王国はこの日、本当の統一国家として動き出す。


 青空を浮遊大陸エルフィリアが流れいく初夏の王都。

 町を一望できる王城のバルコニーに、ルイーゼとマリオンの姿があった。

 普段の倍近い人の押し寄せている王都は、遠目にも人々の活気に溢れたようすが見て取れ、それを見るルイーゼとマリオンの心に一抹の寂しさを残した。


 祭りの大好きな植物系精霊ブラウニーのモモがいない。

 モモといつも一緒にいたアキトの姿もここにはない。

 何かを手に入れようとして何かを失う。

 そんなことが続くことに、やり切れない思いが二人の心中を巡る。


「祝祭に女神の愛し子として姿を見せて欲しかったが、先を急ぐか」


 新王カイルが、バルコニーへと進み出る。

 傍らには近衛騎士に昇格したテレサの姿もあった。


「今のままでは心から楽しめませんので」

「やることが残っていると気持ちよく眠れないわ」

「そうだな……その気持ちは良くわかる」


 セシリアを隷属魔法に捕らわれ、その回復を望み続けた日々をカイルは忘れていない。

 心が欠ける。そんな気持ちは痛いほどわかっていた。


「ザインバッハ帝国に行くといい。

 その歴史はここエリンハイムよりはるかに古く、帝国の初代王は元竜族だったという伝説が残っている」

「何もわからないよりは有益だわ。

 向こうには宛もあるし、まずはそこからね」

「すぐに参りましょう」


 二人の姿に、一時とはいえ笑顔が見えたことにカイルはホッとする。

 奪うばかりで与えることが出来なかったこと、そしてその責任を自分で返せないことに悔やみつつ。


「戻って来るまでに少しは暮らせるようにエルハイムの方を整備しておこう」

「いらないっていったのに」


 ルイーゼの気持ちを代弁するマリオンの話し方は、随分と砕けたものだった。

 カイルがマリオンの出生を知っているとわかってから、対等でありたいという言葉を受け入れたかたちになる。


「まぁ、そう言うな。

 女神の愛し子として認知されているルイーゼが、この国に留まるのはこの上ない光栄なことだが、それだけに望むような生活を与えることが難しい」

「それであんな無茶をしたのね」

「便宜上でも他国になる。

 嫌な相手ならば入国を拒否すればいいからな」


 マリオンもそれ以上は何もいわなかった。

 自分もだが、ルイーゼにとっても暮らす場所などそれほど重要なことではないと理解していたからだ。


「カイル様、お心遣いありがとうございます」

「礼はこちらがするところだ。

 私もおかげで随分と動きやすくなった。

 やる事は山のようにあるが、そんな悩みが私は嬉しい。

 それをもたらしてくれた君たちには心から感謝している」

「テレサ様も随分とお疲れのご様子ですし、すこしは周りの方も(いつく)しんでくださいね」


 テレサの目の周りにはクマが出来ていた。

 ばつが悪そうに視線を外すテレサを見て、カイルもばつが悪そうな顔を見せる。


「気に留めておこう」


 そんな様子に小さく笑いを零すルイーゼ。


 神々が住むという浮遊大陸エルフィリアの落とす影が神都の街中を横切り、人々が空を見上げる。

 ここ神聖エリンハイム王国は、神々が愛しその奇跡を何度も見せてきたという。

 人々はそれを誇りに今日も生きていく。


 ◇


 数日後。

 神都から西に延びる街道が行き着くところにあるのは港町。

 そこに停泊する船の一つに、二人の少女の姿があった。

 二人は揃いの青い輝きを放つイヤリングを付け、遠く西を望む。


 これは魔法石から始まる物語――





もう少し早く投稿したかったのですが、思ったより長くなってしまった。

感想はすべて拝見させていただいています。

貴重なご意見もあり返信もしたかったのですが、執筆の方を優先させていただきました。


シリーズを通してレティのファンが多いようですね。

本稿と一緒にレティの短編を上げたかったのですが間に合いませんでしたので、またご案内させていただきます。

SS編の方に載せるかそのまま短編で行くかはまだ検討中です。

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― 新着の感想 ―
素晴らしい秀作だなあと引き込まれ、シリーズ全部を読んだが最後は残念だった。
[良い点] 完結お疲れさまでした! [気になる点] で、次回作はいつですか?笑 例えば塔とか制覇してない等の伏線回収残ってるし そもそも物語が途中でまだハッピーエンドを迎えてませんよ?? [一言] …
感想一覧
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