モモ、先輩になる
翌日、待ち合わせ場所の南門にはフリッツが遅れずに待っていた。
「待ってたぜ!」
「おはようございます、アキトさん。
本日はよろしくお願いします。
フリッツ、それが言えないならここでお別れよ」
マリオンがフリッツを窘める。
一時、多くの仲間を率いて戦っていただけあって、きちんと教え正してくれる。
俺がなぁなぁにしてしまいがちな所をきちんと押さえてくれて助かっていた。
「お、おはようございます。
アキトさん、本日はよろしくお願いします」
「おはようフリッツ」
「フリッツ、おはよう。
良く出来たわ」
「おはようございます、フリッツ」
マリオンが満足そうに頷き、ルイーゼはそのやり取りを見て楽しそうだ。
俺たちは南門を出て少し町から離れた小川の畔まで移動する。
ここが最近鍛錬に使っている場所だった。
「遺跡に行くんじゃ無いの?」
「フリッツはいきなり魔物を相手にして倒せるのか?
それなら俺の教えは必要ないだろう」
「そりゃそうだけど、魔物と戦わなきゃ強くなれないよ」
「俺の教えを必要とするなら、まずは俺たちの鍛錬に付き合って貰う」
「……なにをすれば?」
「そうだな、まずは使いやすい武器を選ぶところからか」
俺はモモにお願いして片手剣、槍、両手剣、短剣を一通り出して貰う。
その中からまずはオーソドックスに片手剣を取りフリッツに渡す。
「うわぁ」
剣を片手に目を輝かせるとか、本当に望んでいたんだな。
俺は一通り剣の扱い方を教え、実際に素振りをさせてみる。
体が出来ている為か、意外とまともに剣が振れていた。
剣に振り回されるようだと自分の体を傷付けることがあるので、取り敢えずのスタートラインには立てたという所だろう。
次に盾を持たせて同じことをさせてみたが、悪くない。
これなら実際に相手を想定して剣を振っても良いだろう。
そう思って俺が声を掛けようとしたところで、モモが小枝と何かの葉で作られた盾を構え、フリッツの元に歩み寄る。
まるで後輩の相手は私の仕事だと言わんばかりだ。
「フリッツ、モモが相手をしてくれるそうだ。
今教えた基本を一通り試してみろ」
「えっ、こんな小さい女の子を?」
「モモからまともな一本が取れない内は魔物の相手は無しだ」
「なっ――」
「フリッツ、あなたは教わりに来たのでしょう。
ならば疑問より先に動くべきだわ」
マリオンの忠告に渋々といった感じで従う。
そう言えばルイーゼもマリオンも素直に俺の言う通り鍛錬に打ち込んでくれたな。
あの頃は主人と奴隷という関係ではあったけれど、それでも疑問もなく従ってくれたのは珍しいことか。
本来ならフリッツのように疑問を持つのが普通なのかもしれない。
疑問を持たれる時点で俺の説明が足りないのか、まずはやって見ろと言うべきか。
技術を教えるならともかく、人を導くというのは難しいものだな。
「モモも、内容は別として俺たちとずっと鍛錬をしてきたんだ。
小さい子供だと思って気を抜いたらあっさり負けるぞ」
「……わかった」
まだ納得は出来ていないか。
「忘れるな。負けると言うことは死ぬと言うことだ。
手を抜いて負けるようなら教えるのはここまでだ」
「きちんとやる」
「よし」
フリッツの剣を昔使っていた木剣に変える。
距離を空け、相対するのはモモ。
片手に持つ小枝は驚いたことに折れたことがない。
同じく木の葉で作られた盾も壊れたことがない。
前に『魔力感知』で見た時、滅茶苦茶濃縮された魔力で強化されていたのを覚えている。
とは言えそれだけだ。
小枝だけあって、それで打たれてもたいしたダメージも受けないし、壊れないといっても軽い葉っぱに攻撃力はない。
「始め!」
モモが小枝を構え葉っぱを正面に、ルイーゼによく似た構えだ。
ルイーゼもかつての仲間にそっくりなので、思い出してちょっと昔を懐かしむ。
「フリッツ、モモは守りが主体だ、攻めなければ始まらないぞ」
「はっ!」
俺の声に反応したわけではないだろうが、フリッツが意を決したように木剣を上段から振り下ろす。
その攻撃は当たる直前で止める気持ちが見え見えだった。
モモがその剣に合わせて葉っぱを内から外に振るう。
力も入っていないフリッツの木剣はあっさりと逸らされ、体が泳いでがら空きとなった胴にモモの小枝が打ち込まれる。
「いつっ!!」
いくら小枝とはいっても軽く鞭打たれる程度の痛みはあるだろう。
これで気が引き締まってくれれば良いが。
モモは軽い武器を活かして、続けざまに足、腕と叩いていく。
フリッツは堪らないといった様子で下がり始めるが、ただ下がるだけじゃ直ぐに詰められて意味が無い。
「いたっ! いたっ!」
ピシッパシッと、小気味のいい音が響き、フリッツの腕にミミズ腫れが増えていく。
どうやらモモはご立腹のようだ。
モモにとっても貴重な鍛錬の時間を、無駄にしないで欲しいといったところだろうか。
「フリッツ、降参するならそこまでだ」
「しっ! しないっ!」
俺の想像以上にモモの動きも良かった。
フリッツも反撃をしようとはしているが、モモが巧みに立ち位置を変え、葉っぱの盾を上手く使い反撃を許さない。
こうして比べてみるとモモも強くなっていた。
もうFランクの魔物どころかEランクの魔物でも良い勝負が出来そうだ――技だけなら。
流石にモモは軽すぎて本当の戦いになったら勝つのは難しいだろう。
今も闇雲に振り回されたフリッツの木剣を盾で受けて、力を受け流すように飛ばされていた。
「なんでこんなに強いんだよっ!?」
フリッツの目からはもう気の抜けた様子は見えない。
今は真剣にモモの動きを追い、まずは攻撃を受けないように集中していた。
モモは飛ばされてバランスを崩し転倒しそうになるも、腰を下げて片手を地面について堪えると、そのまま低い姿勢からダッシュする。
いつの間にかモモの表情からも楽しんでいる様子が窺えた。
向かってくるモモにフリッツは木剣を横に払うことで対応しようとした。
モモはそれを飛び越えるように前転し、一回転、その勢いのまま小枝でフリッツの頭に強烈な一撃をお見舞いする。
「いてぇっ!」
思わず木剣を取り落とし、頭を抱えて蹲るフリッツ。
やってしまったという感じで大きな口を両手で塞ぐモモ。
「そこまでっ!」
俺はフリッツに触れると、フリッツの中を流れる魔力を制御し自然治癒能力を高める。
『神聖魔法』からヒントを得て俺が編み出したスキルだ。
魔力により細胞を活性化させ、肉体の持つ治癒能力を向上させる。
本物の奇跡が起こす効果には全く及ばないが、使い勝手は良い。
制御するのは触れているフリッツの魔力の為か、俺の体から魔力が溢れ出るようなことはない。
『自己治癒』と名付けたこのスキルは、目立たずに使える数少ないスキルの一つだった。
自己治癒なのに人に使っていることを考えると、自分でもネーミングセンスが無いと感じるが、初めは自分にしか使えなかったので良しとしよう。
今のところ他人の魔力まで制御出来るのは俺以外にもう一人しか知らない。
俺の経験上、魔力に対する認識力が相当に高くないと難しいと思えた。
恐らくこの世界に育った人には、当たり前に存在する魔力が自然すぎて、感じ取るのが難しいようだ。
体を動かす為には力を入れるだけだが、力とは何かまでは漠然としかわかっていないのと同じで、この世界では魔力もそれにあたる。
だが魔力の無い世界から来た俺は、新たに宿ったこの力を強く認識出来た。
認識出来る力は制御もしやすい。
力と違うのは、魔力は対象に触れてさえいれば制御出来るところだ。
肉体その物は魔力の伝導率が高く、外部からの影響を受けやすい。
だからフリッツに触れることでフリッツの魔力を制御し、自己治癒能力を魔力でサポートし向上させるのは俺の得意技とも言える。
「すげぇ、痛みがなくなった」
「ありがとうございます、アキトさん。でしょう」
「ありがとうございます。アキトさん」
「どういたしまして」
その後は、何時もより長めに鍛錬の時間を取り、俺たちのやっている内容をフリッツに見せる。
それが日課であることを告げると、素直に続けることを約束してくれた。
教えを請うほどには強いと認めている俺たちが、目の前でそれを日課だと言って続けているのを見ては、不要なことだとは思えなかったのだろう。
鍛錬の後は俺たちがそうしてきたように、実際に魔物を相手にしての実戦訓練だ。
ホーンラビットを相手に攻撃は一切させず、ひたすら防御に専念させる。
それを疲れて動けなくなるまで続け、休憩を挟んでは繰り返す。
たった半日だが街に帰る頃には立って歩くことも辛そうなほどになっていた。
「フリッツ、続けられそうか?」
「つ、続ける……」
ここでチャンスを逃せば、次はまたいつ教えを受けられるかわからない。
そんな不安もあってか、力なくも続ける意思を示した。
「明日は討伐戦に参加するから町を離れる。
まぁ、筋肉痛で動けないだろうから、俺たちが戻ってくるまで大人しく待っていろよ」
「わかってる――ます」
「もし動けるようなら、目の前に敵がいることを想定して素振りをしていろ。
単純だけれど無駄にはならない」
「わかりました」
最後に、俺がフリッツに教えている間、ルイーゼとマリオンが狩ってくれた魔物の代金をフリッツに分け与える。
「なんで?」
「一時的にだが俺たちはパーティーだ。
パーティーで稼いだお金は山分けする物だろ」
「でも俺何も……」
「他のパーティーは知らないが、俺たちはそうしてきた。
だからフリッツもパーティーの一員として活躍出来るように鍛えていくぞ」
「……ありがとう、ございます。
俺、今までに何度も色々なパーティーに入れてくれとお願いしたんだ。
運良く見付かっても、殆ど一時的に荷物持ちをさせられるだけで、戦い方とか教えて貰えなかった。
断られるのが当たり前で、こんなに良くして貰ったことはなかった」
「フリッツさん、良き出会いに感謝しチャンスを活かしましょう」
「うん……」
「フリッツ、アキトを信じなさい。
そしたらきっと強くなれるから」
「わかった」
この世界では今いる枠組みから出ようとするのが難しい。
貴族や平民といった括りだけでなく、平民も殆どの場合は親の決めた道を歩むことになる。
そしてその道は、その家族が辿ってきた道の延長であることが殆どだ。
それでも示される内は良いだろう。
フリッツのように何かしらの理由で親のサポートを得られない場合、その辿ってきた道すら示されない。
その結果、無理をして命を落とすのは普通の話だった。
俺も付き合うと決めた以上は、選択肢の一つを提供するくらいは責任を持つつもりだ。