プロローグ
小説執筆に関しては完全にド素人です。
生暖かい目で見守っていたただければ幸いです。
ある世界の、ある大陸にある、ある王国の、ある宮城の一室―――――
夜会などの舞踏会で使用される大広間の上座、数段ほど高い場所に設けられた帝室専用のスペースで精悍な面差しに年季をにじませるその男―――アルブレヒト・ソレール・フォン・シェーヴェンハイムは羊皮紙を広げ、坦々と告げた。
「朕、神聖シェーヴェンハイム帝国49代皇帝アルブレヒト・ソレールは王太子アレン・ウガルテ、帝国公爵ルクトシュタットが長女シルヴィアの婚約を解消することを正式に言い渡す。
両名の婚約は当時の帝国情勢の内憂外患に対処するために両家の関係強化を図ったものであったが今や脅威は取り除かれ、グシオン王国とそれに組した逆臣は誅された。
両名には長年の束縛と重圧に晒されながらも役目を遂げ、帝国に安寧をもたらしてくれたこと、誠に大義であった。よって帝国議会と諸侯連盟は両家両名に一等勲章を授け、更なる栄達を望むものである」
皇帝から見て下座、階の下に歩み出た一組の男女が跪いた。二人とも未だ年若く、二十にも満たない年齢である。
王太子アレンは皇帝と同じ濃い金髪を揺らす長身痩躯の青年、シルヴィアは月光と見紛うほどに眩く長い銀髪の少女―――どちらも社交の場を賑わすほどの美男美女だった。
皇帝の宣言は朗々と紡がれ、この場に呼ばれた諸侯はピクリとも動かず、粛々と会は進む。
「―――しかし帝国は叛乱と侵略の爪痕が未だに残り、民の動揺も根深い。故に朕は決意した。隣国バルトハイム皇国との軍事・経済提携を前提とした包括した同盟を結び、国内を鎮定せんと―――」
広間中から驚きと感嘆の声が上がる。独立独歩、孤高にして至高を旨としてきた帝国がついに他国と同盟を結ぶに到ったことにこのことを知らなかった人々は驚愕と共に告げられたのだった。
「みなに紹介しよう、バルトハイム皇国第三皇女エリザベート殿だ」
広間が静まるのを待って皇帝は門扉の衛兵を促して、入ってきたその人物の名を告げた。
今度こそ広間は騒然となった。
髪は大海の水を吸い上げたような紺碧、瞳は高貴さと妖しさを兼ね持つ紫苑。いずれも帝国人の持ち得ない色で、水の精霊と海の神に愛された皇国人特有の色はその場を凛然と染めたのだ。
皇女は歩みを止めることなく進み出ると、皇子の隣―――ちょうどシルヴィアの反対に跪いた。
諸侯がその意味に気づいて再びざわめくのを抑え、皇帝は言った。
「同時に帝国皇太子アレン・ウガルテの新たな婚約者である。
彼女は帝国危急のときに手勢を率いて、アレンと共に帝都の逆臣を成敗した朕らの恩人でもある。武勇に優れ、智謀にも長けると聞く。『力』を第一とする帝国の気風から見ても申し分ない御仁だ」
その言葉に先走った貴族の男が「帝国万歳!」と声を上げる。
波及した熱はやがて広間を覆いつくすほどの喚声となって彼らを刺激する。
皇帝ももはや止めるつもりもなく、自らもグラスを手に立ち上がる。
「――――みな、赤葡萄酒を捧げよ、剣を掲げよ、祝福を捧げよ!
帝国は永遠なり。帝国は不滅なり。帝国は最強なり。
我らが帝国に栄光あれッッッ! 帝国万歳!!!!!!!!」
「「「「「「「「「「帝国万歳!」」」」」」」」」」
皇帝の号令に唱和して、諸侯はグラスを掲げ、次の瞬間には嚥下していく。そんな熱狂の中、一人の男と二人の女が立ち上がる。
手を取り合った男女は見つめあうと微笑みを浮かべ、周りの熱に顔を火照らせる。彼らを一瞥した少女は踵を返すと俯いたまま、人垣を静かに抜けると「帝国万歳!」と叫ぶ衛兵の脇を通り抜けて広間を出た。
視界がぼやけて、前がよく見えない。宮城の廊下を一人壁伝いに進むが、刹那、力の抜けた膝から少女は崩れ落ちた。
ドレスの裾を握り締めた手の上にしずくがこぼれ、少女は短く嗚咽を漏らした。
「…………アレン様…………」
止めどなく溢れる涙が少女の美貌をぬらし、震える肩は華奢な肢体をより一層頼りなく見せた。
しかし、ここは宮城。広間の給仕と警備に人員が多く割かれていようと少なくない人間がここを往来するのだ。
寒々しい大理石の回廊、少女のすぐそばに足音が響いた。
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(なんだこの茶番、胸糞悪いな。さっさと帰りてぇ……)
【気持ちはわかるがな、仕方あるまい。招待状が名指しで届き、身分ある立場で断れるはずもない。
いつも通り最低限の挨拶回りと令嬢へのご機嫌伺いだな…………ぷくく】
(おい駄竜、なにがおかしい)
【いやいや、これは失敬。まさかあのシオンが嫁探しに夜会を練り歩いてるなんて知ったらお前の家族はどんな顔をするんだろうな、とつい想像が膨らんでしまってな】
(元はといえばあいつらのせいだろうが……この時期まで大切なこと伝え忘れるとか、ねえ馬鹿なの? 馬鹿だよな? 馬鹿ばっかりだよな!?)
【今さら文句言うのは男らしくないぞ】
(駄竜が人間様について語るんじゃねえよ!?)
【はい、ご一緒に。帝国ばんざあああああああああああああああああああああい!!!!!】
(うるせええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!)
なんで俺がこんな目に…………。
もういい、話が進まん。ここらで切り上げよう。
俺こと、シオン・イチノセはここ宮城の皇帝在位二十周年記念に開かれた舞踏会に参加している。
理由は二つ。先に駄竜が言ったとおり、挨拶回りと嫁探しだ。
俺も一応貴族だからいろいろしがらみもあるわけだが、それは置いといてこの世界と俺について少し話したいと思う。
ぶちゃっけると俺は【転生者】というやつだ。
一度死んでるから記憶のほうはぼんやりしてて思いだせないのだが、気がついたら赤ん坊として生まれ変わっていた。そして、俺の新しい家族がイチノセ家というわけだ。
気づく人はここらへんで気づくと思うんだが、異世界のくせに―――日本語の苗字があるのだ。
両親に我が家の来歴を聞くと曰く、先祖は異世界からの【転移者】でそれが日本人で世界を渡るときに神様に喧嘩売ったら勝っちゃってご褒美に竜神の娘さんとチート能力をもらって異世界チーレム無双したらえらく感謝されて貴族になっちゃってそのあとも無双アンド嫁さん(竜娘、妖精娘、獣娘、魔娘etc)とイチャ(以下略)した末の子孫らしい。(だから世界中に親戚がいる)
んで、仕方なしに参加した舞踏会で俺はなぜか婚約破棄イベントに立ち会っていた……。
ふとした瞬間に思い出したのはファンタジーゲーム原作の大人気アニメの一シーン。
王太子であるアレンが性悪な幼馴染兼婚約者と縁を切り、隣国のお姫様で隠れた恋人と将来を誓い合うという場面でそのラストに男は「勝ち組ハーレム野郎に死を!」と血涙を流し、女子はイケメンの蕩けるような笑みに黄色い声を上げたそうだ。
そして今、まさにヒロインが登場して王太子の横で皇帝に跪き、頭を垂れたところだ。
俺は上座に近いところにいたため、彼ら三人の動向がよく見えた。
微笑を浮かべ目と目で意思を通じ合わせる王太子と第三皇女、そんな彼らを見て崩れそうになる表情を努めて戻そうとさらに俯く公爵令嬢。
なんという茶番、なんという出来レース、なんという公開処刑。
皇帝のさきの口上など美辞麗句をどんなに尽くそうが根底にあるのは用済みである、という意図がありありと伝わってくる。なにより諸侯が集まる舞踏会が舞台設定だ。
彼女は明日から、いやこの瞬間から晒し者となる―――『帝室の寵愛を得られなかった女』として。
周囲はもう彼女を用心としては扱わない。温情をかければ一家郎党が帝室からにらまれることに繋がり、引いては没落の道を歩むこととなる。現に唱和が終わった後、少女に目を向ける人はなくポツンと取り残されていた。
【同情するならおまえが手を差し伸べれば良い。たった数歩の距離だ、造作もないだろう?】
(人族間の道理を知らないわけじゃないだろ。例え、『今』救えたとしても『未来』であの子がもっと苦しんでいたら本末転倒だろうが)
【なんだ、ごちゃごちゃ言い訳を探してるくせに助けたいとは思っているのか。私の相方は難義極まりないな、メンドクサイ】
ほっとけ。正義の味方気どりしたって良い事がないのは経験済みだ。こういうときは見ないふり、気づかないふりしたほうが賢明なんだよ。
(それにシナリオ通りの悪女なら助ける価値はないしな)
少女は元婚約者の方を静かに見ていた。視線の先では手を取り合って笑顔を交わす男女。俺のいるところからだと長い髪に隠れて顔は見えない。
でも、二人の様子を伺う少女の姿はひどく朧に霞んで今にも消えてしまいそうに映った。
やがてドレスの裾を翻した少女が銀髪を揺らして、人々の合間を抜けていく。ちょうど俺の前を通りすぎたときだった。
少女の頬をしずくが流れ落ちた。
俺は思わず息を呑んだ。目の前を少女の髪が流れていく。
その光景に呆然となる俺に駄竜は―――
【シオン・イチノセ、彼女だ】
(……おい駄竜―――いや、レヴィアタント=トゥ=カンナカムイ。冗談もほどほどにしとけよ? この件に手出ししたらあと戻りできねえんだぞ)
【いや、間違いない彼女だ。今さっき逆鱗が疼いた。しかし、なんだこの胸騒ぎは……まるで虫の知らせのような―――――】
(そんなことより、あいつが俺の運命の相手ってことでホントに間違いないのか。それが事実なら早々に話を付けなきゃならん。さっさと行くぞ!)
考え込むようにだんまりを決め込んだ駄竜を無視して、俺は人ごみに紛れて消えた少女を探す。まあ、探すといってもあの子の行動は予想できるからうろちょろするつもりはない。
巨人が入れそうなほどに大きな門扉を衛兵に目配せして開けてもらうと、サッと体温を奪うほどの冷気が吹き抜けていく。
格好がつかないからと言われて仕方なくつけてきた装飾品類が、風に煽られてジャラジャラいうので適当に取るとポケットに無造作に突っ込んだ。どうせ見せ付ける相手もいないのでかまわない。
ツルツルに磨かれた大理石の廊下を足早に歩き、やがて途切れた廊下の先、庭園に面した回廊の壁に寄りかかって銀髪の少女が座り込んでいた。遠目にも震え、嗚咽を漏らしているのがわかった。
(これがあの性悪女か……とてもそうは見えないんだがな)
婚約者に近づき色目を使う女はことごとく返り討ちにして、気に入らないやつには集団でのイジメから悪質な贈り物まで何でもござれなお嬢様―――にはとても見えなかった。
足音に気づいた少女がハッとなって慌てて立ち上がると逃げるようにして庭園に駆け込む。
【シオン、確かこの庭園は『水面に映る月』が売りであったと思うんだが】
「いまさら警告しても遅いだろ、俺らがするべきは―――」
キャーーーーーーーーーーッッッ!!!!!! バッシャーーーーン
「びしょ濡れのお姫様のお世話、だろ?」
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「あ、れ、ここはいったい―――」
わたし―――シルヴィア・フォン・ルクトシュタットは今、混乱の極みにいます。
ついさっき目が覚めて、鈍痛のする重い頭を起こしてふと周りを見渡すとそこは見覚えのない部屋で、わたしは寝かされていました。
たしかわたしは宮城で開催された記念パーティーに出席していたはずです。でもその後の記憶がはっきりしません。ただとてもショックな出来事があって、わたしは……。
「―――――――ッッッ!!!」
上座に座りわたしを睥睨する皇帝陛下、貴族たちの歪な微笑、紺碧の髪の皇女、アレン様とエリザベート様の微笑、一心不乱に駆けるわたし、ゆがんだ視界と頬と手の甲をぬらす涙―――
頭が、痛い。
すべては幻で夢、そうであって欲しい。
体の不調が見せた悪夢で幻想にすぎない、そう信じたかった。
でも、すべては―――現実。
信じたくないという思いと現実に起きたことだと訴える理性がせめぎ合い、口から声にならない悲鳴がこぼれた。
肺の空気を出し切る勢いで続いた悲鳴が途絶え、息を吸おうとしたわたしはその瞬間のどがつまるような感覚と共に体中が硬直してうつ伏せに倒れてしまった。動悸が激しくなり、やがて軽いめまいがしたと思うとだんだんと視界が暗転していくのがわかった。
(ああ……わたし死ぬのかな……)
やり残したがたくさんあった。これからやりたいこともささやかな夢もあった。貴族に生まれた身では望むべくもない望みではあるけれど、叶うことならその一端にでも触れたかった。
ただこんな惨めな自分を見て改めて思う―――わたしは望みすぎたのかもしれない、と。
でも、わたしは何度こうなっても幾度となく同じことを望むだろう。
―――お姫様と彼女を守る騎士がしたような淡い恋と、彼らに訪れる試練の数々をしてみたい……。
そんな未来を一緒にと願った人は、結局他の人の手を取った。それを思うとまた胸がつぶれそうなほどに痛む。もう二度とあんな思いは味わいたくないと切に願う。
だから、このまま死ぬのも悪くないのではないだろうか。
そんな諦念が瞼をさらに重くする。
なのに、
なのに……
なのに―――どうして性懲りもなくその手を伸ばすのか。
(あんな思いはもう嫌だけれど、でも……それでも『運命』なんてものが本当にあるのだったら。
―――もう一度この手を取って欲しいな……)
最後にそう願って伸ばしたその手は――――――
―――ふわりと優しく包み込まれた。
「少しずつでいい、ゆっくり、ゆっくり呼吸を整えろ。
【彼の者に安らぎと、祝福を―――精神強化】」
ぶっきらぼうな声音に込められた安心させるような響きが、薄れる意識の中で聞こえた。わたしは背中に添えられた手のひらが撫でる調子に合わせて、呼吸を少しずつ整えていく。
繰り返すこと数分、わたしはようやく顔を上げることが出来た。
「少しは落ち着いてきたか。寝起きに悪いこと思い出して、また気絶とはなんとも見かけによらず忙しないな」
おずおずと声のしたほうを見上げて、わたしは驚いた。なにしろ知己であり、学友でもある彼が不敵な笑みを浮かべてそこにいたのだから。
だが、学友だからといってみんながみんな親しいわけではないのだ。
「なぜあなたがここにいらっしゃるのですか、シオン・イチノセ様?」
反射的に出た質問はこれ以上ないほどに嫌そうな声音だった。
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「あれえ、なにその虫けらを見るような眼差しは? 仮にも命の恩人に向けるものじゃなくない?」
助けた人間に絶対零度の視線を送られているこの状況は絶対に間違っている! どこかにいるはずのこの世界の神様に俺は猛烈に文句を言いたい。
なまじ容姿が整ったこの少女がそういう表情をするだけで普通の人より威力も迫力も上がるのでぜひとも早急にやめていただきたかった。
「自分が池に落ちてそのまま気絶したの覚えてるか? 真冬の、しかも夜中の池にだ。俺が見つけなきゃ、確実にあんたは死んでた」
ルクトシュタットのご令嬢はきゅっと眉間に皺を寄せて、もの言いたげに開いた口を閉じる。しかし、大人しく黙るはずもなく、俺の手を振りほどくと颯爽とベットから立ち上がった。
「そうですか。ではその節は大変ご迷惑をおかけしました。改めて御礼には参りますので今日のところはこれで失礼いたします」
微塵も感謝していない素っ気無い態度で少女は部屋を出て行こうとする。その立ち振る舞いは高位貴族の威厳を示すには十分なほどに美しいものであった。
ただし―――
「あんた下着姿なんだけど気づいてる?」
「ええっ!? ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!?」
いろいろと抜けが多いようだった。
その後、体を抱きしめて座り込んでしまったご令嬢の世話を任せようと侍女を呼んだところまでは良かったのだが、年の近い侍女の一人であるヘレナは扉を開けて、広がっていた光景―――ベットに寝転がった俺と床で恥辱に震えるご令嬢―――を見て、何を勘違いしたのか憤怒の形相で襟首をつかむと部屋の外に放り出したのだ。思いっきりぶつけた顔面が痛い。
それから数十分後、場所は移ってうちの応接室。
簡素なドレスを着て、髪をきれいにしたご令嬢は俺の向かいでお茶を飲んでいた―――俺のことはチラリとも見ずに。別にかまいませんけどね……。
「―――それで」
ソーサーにカップを置くご令嬢。音を立てないあたり、さすが公爵令嬢。
「あなたがわたしを助け、こうして屋敷まで招き入れる理由はなんでしょうか」
翡翠色の瞳がすっと俺を射抜く。
「単なる人助け―――つっても信じてくれそうにないな」
「あたりまえです。皇帝陛下のご意向に逆らって、わたしと接触をもったことが公になればあなたも、あなたの家族も無事ではすまないのですよ!? 何を考えているのですか!」
「まあまあ、少し落ち着け。急いては事を仕損ずる―――焦ってもいいことはないんだ、腰を落ち着けて聞いてくれ」
ソファから立ち上がって身を乗り出す少女をなだめる。彼女の立場も今の気持ちも理解できるが、今から言うことは決して軽くはない……少なくとも俺にとっては。
少女が腰を下ろすのを確認して、俺は話し始めた。
「まず、嫌というほど知ってるとは思うが俺はシオン・イチノセ。イチノセ本家の跡取り、次期当主としての立場にある人間だ。まあ、貴族年鑑がつまってるあんたには不要な説明だな。
―――んで大切なのはここからなんだが……ご令嬢、俺の家のルーツについてどういう認識だ?」
「……イチノセ侯爵家、およそ四百年前に突然現れた【勇者】を祖とした家系です。人の域を凌駕した圧倒的な力と特異な能力で成り上がった帝国勃興期の立役者の血筋は、代々その力を受け継いでおり……今もその影響力は全世界に及ぶとか」
「まあ、だいたいあんたの言うとおりだ。うちの家の連中は分家の子供たちまでどいつもこいつも化け物揃いだ。たぶん俺の親類縁者がみんな本気になれば、世界を十回は滅ぼせるな。
しかしそんな最強無敵状態な我が家は問題に直面している。
それは俺が現在、一番能力が低い。つまり最弱である、ということだ」
彼女は俺の抱える事情を察したのだろう、大きな瞳がさらに大きく瞠目した。でもそう長続きしないだろう。なぜならうちはいろいろな意味でぶっとんでいる。
「お家騒動の絶えない高位の貴族のあんたならもうわかっていると思うが、俺の家は今、揉めてるわけだ。
ただ、うちの家の場合普通の貴族とは勝手が違うのがいろいろ意見はあるんだが一番メジャーなものが『きっと死にかければ覚醒するさ!』っていうやつなんだわ……」
話を聞くと案の定、唖然とした表情をつくることとなった。
「俺を嫌う理由も半分くらいならわかる。学院の講義に遅刻することは頻繁で、休むことは多い。そのくせ考査の結果はいつもあんたより上。睨まれるのもわかる」
「…………お気づきだったんですね」
「だてに毎日死にかけてねえよ。あんだけ見られてたら嫌でも気づくわ」
「(能無しの味噌っかす野郎だとばかり思っていましたが、けだものくらいには昇格させるべきでしょうか……)」
「全部聞こえてるからな~?」
ここまでひどいとさすがの俺も心折れそうになる。なんでこんなに嫌われているんだろうか。
「お話はわかりました。しかし、この話とわたしについてどう繋がるんですか?」
「さっき言っていた『人の域を凌駕した、強大で特異な力』。初代が竜神から勝負の褒章としてもらった力。俺たちが【竜の加護】と言うこれがあんたと関係あるんだ」
「【竜神の加護】、ですか。聞いたことがありません」
「うちの家のもっとも大切な秘密の一つだからな。おいそれと人には話してはいけないことになってる。だがあんたはもう俺たちの側の人間だ。だから知らなければならないんだよ。」
目を見開いて驚く少女をよそに俺は念じた。
(【ステータスオープン】)
【ステータス表示】
シオン・イチノセ 17歳 男
レベル:???
称号:『竜の理解者』『 』
職業:【 】Lv?
【貴族】Lv7
【武士】lv7
【学徒】Lv7
技能:【武術】Lv7
【体術】Lv7
【狩人の心得】Lv7
【騎乗のコツ】Lv7
【鑑定(無機物のみ)】Lv7
⇒【その他etc】
魔術:【系統魔術】Lv7
【無系統魔術】Lv7
【固有魔術】Lv7
⇒【その他etc】
加護:【竜神の加護】【勇者の血脈】
耐性/状態:【全身】
装備:【全身】
ファンタジー世界ならではのシステムの一つ【ステータス】確認は、自分のことなら何でもわかるのではないかというほど対象者の情報を丸裸にする。
そのため基本的には他人は見えないように、触れないように不可視化・非実体化を施すのだが、今回は実際にその目で直接見てもらう必要があった。ちなみに【 】内の事項は触れることによって詳しい説明が現れるようになっている。さすがファンタジー。
未だに戸惑った様子で所在なさげにしている少女の目の前にウィンドウを動かす。
「直接見たほうが早いと思う。実体化してあるから触れるだけでいい、加護の欄の横だ」
「わ、わかりました」
白魚のような指がウィンドウに触れ、【竜神の加護】の詳細が開かれる。そして、件の部分を読んだであろう少女の顔がわずかに引き攣った。無言で詳細を閉じるとウィンドウをこちらに返してくる。
「さて、本題だ」
俺は【ステータス】を閉じると口端をひくひくさせている少女―――シルヴィア・フォン・ルクトシュタットに不敵に笑いかけた。
「俺の伴侶になってくれ」
次回『一話 【竜神の加護】』
「シルヴィア、俺は絶対におまえを手にいれる」