セーブルと賓客
「セーブル、非常に不本意だが、隣国セルピエンテから交流を求められている。恐らく、今回のクラウン・シンボルについて知りたいんだろうが、どうにも厄介な相手だ。気が進まないなら断る事も出来るが、どうする」
それは、リュイから証書を受け取った翌日、トラが突然セーブルの執務室にやって来て、セルピエンテから届いた手紙をセーブルに見せたのが始まりだった。
「セルピエンテ…あぁ、確か絶対王政を行っている小国でしたね。トラ、いい加減そんな所に立っていないでこちらに座って下さい。そして、私の部屋に来たという事は聞かれたくない話しなのでしょう。ドアも締めて頂けますか?」
「すまない。少し手紙の内容が気になってな。セーブルの意見を聞きたいと思って、押しかけさせてもらった」
ドアを後ろ手に閉めると、トラはセーブルの真向かいにあるソファーへと腰をかけた。
セーブルはトラの話を聞きながら、以前教えてもらったセルピエンテについての情報を頭の中にある引き出しから引っ張り出す。
何とか思い出せたのは、そこを治める王の名前と、その種族くらいで、他に重要性の有りそうな情報は思い出せそうに無かった。
「私は、トラにセルピエンテについて、あまり詳しく教えて貰ってないけど、何がそんなに深刻なのかしら?交流という事は、あちらから外交官もしくはそれに準ずる学者や、研究者が来るという事でしょう?外交という意味では、あちらの情報も引き出せるし、フィフティーフィフティーだと思うのだけれど…違うのかしら」
「まぁ・・・確かにそうなんだが・・・」
「あぁ!馬が合わないってやつね」
「う・・・ま?」
「『馬が合わない』まぁ気にしないで。分かりやすく言うと、性格が合わないって事なのだけれど、トラって人付き合いが下手なわりに慕われるでしょう?セルピエンテの王様って確かそんなに年も離れていないし、トラなら上手く付き合えているんだと・・・どうやら違うようね」
苦虫を潰して、更に薬草を混ぜ込んだお茶でも飲まされたような表情のトラに、セーブルは苦笑する。
この若き領主は、最初こそ取っ付きにくいが、慣れてしまえば表情とは裏腹にとても優しく聡い人物だという事が分かり、慕われていく。
そのトラが苦手とするセルピエンテの王『ロン・オーア』とはどんな人物なのか。
興味のわいたセーブルは、以前よりも詳しい話を聞こうと、トラに身を乗り出したところで、身を固める事になるのだった。
「お久しぶりです。トラフォルド・アストルニア・ジークフィルド様。セルピエンテより参りましたフー・シーピアです。それと、黒の外交官セーブル様、これから宜しくお願い致します。おや、お取り込み中でしたか。それでは、また後ほど。失礼いたします」
とんでもなく大きな音を立ててドアを開けた人物『フー・シーピア』は、そう言うとそのまま何事も無かったかのようにドアを閉め出て行く。
「何だったんでしょうか・・・あれは」
「やられたな、セーブル。あれがセルピエンテの王ロン・オーアのジョーカーであり最愛と呼ばれるフー・シーピアだ。美しく聡明なのだが、如何せん思い込みが激しい所が玉に瑕でな。しばらくは勘違いされているだろうが・・・頑張ってくれ」
「ちょっとトラ?!もしかして丸投げですか!?」
「すまない。これが終わったらどんな事でも一つ言う事を聞こう。それで我慢してくれないか?」
「・・・どんな事でも聞いてくれるんですよね?」
「・・・なるべく・・・善処しよう」
「分かりました。それでは、丁度バラジャムの製造を視察に行く予定でしたので、そこにフー様をお連れしましょう」
「それでは、行って来ます。トラ」
やはり、厄介な事が起きたなと思いながら、セーブルは賓客であるフーを探して、部屋を立ち去るのだった。