狼王とセーブル
首都リズダムは、面白い人間の集まりだった。
王が住まう土地という事もあり、色々な種族が集い、その力を国の為に揮っていた。
そんな都市で、ある時から噂になった女性がいた。
既に王としての任からは解かれ、自分が指名した獅子王を支えるべく、いまだ内政に干渉していた時だった。
その日の獅子王はひどくご機嫌で、王城に登場してきた自分を見かけると、すぐに執務室へと引っ張り込み、目を輝かせて話し始めたのだ。
「ブランシュ、面白い女が来ているらしい」
「面白い女?シーニィ、お前が気にするというのは珍しいな。どこの領地の者だ?」
「それが調べて驚いたんだが、その女異世界人のようでな。どうやら我の後継となったトラファルドが連れて来たらしい」
獅子王ことシーニィは、よほどその女性の事が気になっているのだろう、玩具を与えられた子供のように瞳を輝かせている。
普段から快活なシーニィは誰にでも分け隔てない対応を取るが、興味を持ち深く関わる事は少ない。
そんなシーニィが惹かれる女性というものに、私が興味を持つのは当然の事だった。
「となると、このリズダムへは領民登録にやって来ているのか。当然、領地はアストルニアという事になるのだろうが、何がそんなにお前の興味を惹いたのだ?」
「まぁ、会えば分かるだろうが、先日面白い献上品があったのを覚えているか?」
「バラの香りがするジャムの事か?炭酸で割って飲むと美味いとコック達が騒いでいたな」
それは、先日トラファルドがアストルニアの名産品として売り出す予定の物を、まずは王に試食して頂きたいと贈って来たのが始まりだった。
それは、近年トラファルドが栽培を推奨していたバラから作られたジャムで、楽しみ方が色々あるという事もあり、まずはコック達にと渡していた物だった。
コック達は、目で楽しむだけの『花』から作られたというジャムに、創作意欲が掻き立てられたのか、何品もの料理を作っては試食を繰り返し、感嘆の意を示していた。
そのジャムの事だろうが、もしやその女性が作った物だったのだろうか。
確かに異世界から来た者であれば、こちらにない料理を作る事が出来るだろう。
しかし、それだけでこんなにもシーニィがその女性に興味を持つだろうか?
気になり、私はシーニィへとその女性の何が面白いのかを聞いてみる事にした。
「シーニィ、お前が興味を持ったのはジャムの件だけではないのだろう。他に何が面白かったのだ?」
「流石だなブランシュ。我の事をよく知っている。我は、その女が同じ種族になっているという点と、異世界の知識を活かして外交官になる予定だというのに驚いたのだよ。トラファルドから委細は聞いていないが、通常、異世界人はそのままの姿で来る事が当り前だというのに、その女は我らと同じ、猫族としてこの世界に転生しているらしくてな。しかも来て早々、トラファルドやこの国の為に外交官として、自分の持っている知識を広めたいと、外交官申請書を送って来ている。どんな女なのか、気にもなるというものだ」
「成程な。私も会ってみたいものだ」
そう言って、シーニィと共に彼女を待っていたのだが、その日は他の職務にて首都から出なくてはならず、結局会えないままだったのだ。
それをこちらに帰って来てから思い出し、先日トラファルドへと『黒の外交官』ことセーブルと会わせて欲しいと手紙を送ったのだ。
回答は、こちらにセーブルが数人の供を連れて向かうというもので、その内容に年甲斐も無く私は喜び、セーブルを迎える為、使用人達と準備を始める。
「全く、何をそんなに楽しみにしているのか…これではまるで、遠出を楽しみに眠れぬ子供のようではないか。シーニィに知れたら笑われてしまうな」
私はクスリと自嘲し、シーニィから貰ったビンを眺める。
中には薄い紅色の液体が詰まっており、開ければ部屋中が瑞々しくも甘い芳香で満たされる。
いつか、セーブルと会った時に開けようと、今まで大事に保管していた物だ。
「早く、会ってみたいものだな」
私は、ジャムの入ったビンを大事に戸棚へと戻し、明日に想いを馳せるのであった。
まだセーブルと狼王出会いません…
次でようやく出会います。