セーブルと狼王
アズナルは、前国王である『狼王』を輩出した土地で、当然犬族が多い。地球でもそうだったが、どうにも犬族と猫族はそりが合わないようで、こんな風に一方的な外交会談を申し込んで来るような事は無かった。一歩間違えば内戦に繋がってしまう事は明白で、トラもそこを気にしていたのだろう。
元々、この国は各種族が広大な土地を分け合い治めており、国王も領主から選ばれている。
前国王である狼王が、今代の王に獅子王を指名した事から、随分と緊張は解かれているものの、それでも完全に気を許しているわけではないのだ。
「トラファルド様、今回はどんな内容の会談なんでしょう。相手はアズナル領主ブルーノ様ですか?」
現在、トラの執務室にてリルートやトラと会議中なのだが、どうにもこの言葉遣いは疲れるし、人型を取っている時の服装は色々な所が締め付けられて苦しい。地球で言うところの中世時代のドレスに近いだろうか。
そんな事を考えながら、リルートの入れてくれた紅茶を飲む。
ふんわりと香る花の匂いと、ほんの少しの渋みにホッとする。
何でもこなしてしまうリルートは本当に万能だ。
しばらくお茶を楽しみながら、トラの返事を待つ。
何度も、アズナルから送られてきた手紙を読み返しているトラは、いつもより眉間に皺を寄せ、言葉を探しているようだった。
「ブルーノだったら良かったんだが・・・相手は前国王の狼王だ。しかも、会談場所が狼王の自宅ときてる。領主を通さず、二人だけで行いたいというのは、どういう了見なんだ?真意を図りかねるな」
「狼王・・・ですか。それは少し厄介ですね。リルートはどう思います?」
三人の中で、一番年嵩のリルートに問いかける。
リルートはおかわりの紅茶を私に勧めながら、トラの持つ手紙を読み、考えているようだった。
「狼王は、ただセーブルと話しをしたいだけでは無いでしょうか?領主とはいえ、ブルーノは、今代の王である獅子王の事を目の敵にしていましたし、それを踏まえればこの会談に、少しもおかしな所は無いかと思われますよ」
リルートの意見は的確だったけれど、その意見にトラは更に眉間に皺を寄せ、私は少しばかり呆けてしまう結果となった。
ここ数年、私が外交官として携わった案件は、どれも地球での経験が活かされている。それを前国王とはいえ、国をまとめていた人なら興味を持つのが当たり前で、その結果がこの手紙だったのだろう。
それにしても何て大胆な人なんだろうか。
小娘一人の為に、こんなに危ない橋を渡らなくても良いのではないだろうか?
こちら側としては、この手紙一つで『外交官を不当に監禁し、その技術・情報を盗もうとしている』とか適当な事を言って戦争を仕掛ける事だって出来るのに。
「そういう事でしたら、私から出向くのが礼儀でしょう。トラファルド様、しばらく領地を空けますが、宜しくお願いします」
「分かった。しかし、ブルーノが何も仕掛けて来ないとは限らないからな。護衛は付けておく。用心はしておけ」
「私はトラファルド様の護衛も兼ねていますので御一緒できませんが、護衛は私の部下を付けましょう。リズはいかがですか?」
「リズなら心強いわ。リルート、ありがとう」
それから、リルートの部下であるリズ・グラウと旅程の打ち合わせ、書類の作成を済ませ、私はお風呂の後、庭園が一望できるテラスへと向かった。
こんな日は、トラとリルートがお酒を嗜んでいるはずだと、先日手に入れたばかりの果実酒を持って行く。
私が外交官になって、初めて他領に訪問する前夜、テラスで三人、月を見ながらお酒を酌み交わしたのだ。それから、私やトラ、リルートが領地を空ける時は、前夜にこうしてお酒を飲む。
『いってらっしゃい』と『いってきます』の気持ちをこめて。
今夜も、先に来ていた二人がこちらを振り返り、言葉をくれた。
「いってらっしゃい、セーブルさん」
「気をつけてこい、セーブル」
「いってきます。トラ、リルート」
私はにやける頬をそのままに、二人に抱き付いたのだった。