セーブルと領主と執事
私は、猫が好きだ。
どれくらい好きかといえば、初恋が飼い猫のソラだったという位に猫を愛している。
そんな私が今いる場所は、そう『楽園』!!
「違うだろうが、馬鹿」
コツンと頭を叩かれて、叩いた人物を見上げれば、そこには二本足で歩く猫『トラ』の姿があった。
「あぁ~もう一回叩いて!その肉球でぜひとももう一回!」
「気持ち悪いので、その口を閉じていて下さいね。セーブルさん。それと、叩くのではなく舐めるでしたら私がいたしますよ」
「あぁ・・・遠慮します」
肉球のモフぷにょっとした感触に、変態になっていた私をさりげなく止めに来たのは、このお屋敷の執事リルートだ。この猫は、私と同じくらい変態で、ドSだったりする。
以前、軽い気持ちで『猫の舌ってざらざらしてるけど、舐められたら痛いのかな?』とうっかり口にしたら『それでは実践してみましょう』と言って一晩中舐め回してきた男だ。
それ以来、舐める事が癖になってしまったのか、こうして私に言い寄って来るのでちょっと怖いと思っている。言うと拍車が掛かりそうなので内緒だが。
そんな二人だが、実は私の命の恩人だ。
ある朝、遅刻しそうになっていた私は、会社へと全速力で走っていた。その時、偶然前から来た車に撥ねられ、体は地面へ真っ逆さま。これは死んだな、とうっすらと残る意識の中考えていると、ふと視界の隅に猫の姿が映った。
その猫はとっても綺麗な毛並みで、貫禄もあった。最後に良いものが見れたなぁ、今度は猫に生まれたいなぁなんて事を考えて、そのまま意識はブラックアウト。
そして次に目覚めた時、目の前には二本足で歩く猫のトラとリルートが立っていたのだ。
『あれ、此処は天国ですか?』
『はぁ?此処は我が領地『アストルニア』だ。こいつは執事のリルートで、俺が領主のトラだ。お前は?』
『私は・・・誰なんでしょうか?』
『しらねぇよ!って記憶喪失か?まぁいい。話しは後で聞く。ひとまずその傷をどうにかした方がいいだろ。リルート、こいつを手当てしてやれ』
『了解しました。それでは、こちらへ』
それから、二人は甲斐甲斐しく私の傷の手当をしてくれて、話しを聞いてくれた。私の名前は、こちらでは存在しないというより発音できないようで、新しく名前も付けて貰った。
異世界という不慣れな場所で、姿形も変わった自分を受け止められたのは、彼らのサポートあっての事。
今では役職まで貰って、この国に仕えているのだから、私は本当に幸せ者だ。
「ところでセーブル、アズナルの領主がお前に会ってみたいと言っているんだが、頼まれてくれるか?」
リルートとじゃれあっていると、トラが眉間に皺を寄せながら言ってきた。
アズナルといえば、犬型が治めている領地だったはずだ。そんな所の領主が私に何の用だろうか。こんな風に困ったような、それでいて信用してくれているようなトラの物言いが、私は大好きだ。この国での私の役職は『外交官』。会いたいという事は、何らかの外交的交渉を行いたいという事だろう。それならば会わないという選択肢は無い。
「勿論、構わないわ。トラは心配し過ぎよ。私の外交の腕は貴方が一番知ってるじゃない」
「そうだな。それじゃ、明後日までに荷造りをしてくれ。行きは、俺が視察がてら送ってやる。帰りは誰かを迎えに送ってやるから、それまで領地内の宿屋に泊まってろ。くれぐれも自分一人で帰ろうとするな」
「もぅ、本当に心配性なんだから。前みたいに迷ったりしないのに」
「それは、信用出来かねる言葉ですね。さぁ、荷造りにかかりましょう。準備は早いに越した事はありませんから」
リルートにトラ、心配性だけど頼もしい二人の為、私は私に出来る事をする。
幸か不幸か、私には地球での記憶が全て残っている。
それを使って、この国を豊かにする為、今日も『黒の外交官』ことセーブルは頑張っているのである。