第2話
ベルは再び、そおっとそおっと、ジェラールの胸に頭を軽く乗せて、えへへと顔をほころばせた。
こんなに近づくチャンスは二度とない。
王子が眠っている間に、少しだけこの状況を堪能してしまおう。
頭を胸に乗せて少し上を向くと、緩められた襟元から、喉仏が見えた。そして、力強い顎。少し厚めの唇。弓なりに曲がった鼻。何もかもが、自分とは違う。これが、男性というものか。
顎から耳にかけてのラインに、なぜか目が釘付けになった。気が付いたら、手を伸ばして触れていた。撫でると、ひげなのか、少しざらざらした。
腰に触れている王子の腕にきゅっと力が入り、思わず手を引いた拍子に、王子の唇にかすめてしまった。
王子の様子を確かめるが、やはり眠っている。
ふと、お尻の下、ベルとジェラールの間に、硬いものがあることに気が付いた。
王子の服の金具が当たっているのだ。
ベルは位置をずらそうと、お尻をもぞもぞと動かした。しかし、どうも当たる。
そこで、手をお尻の下に差し込んで金具を移動させようとした。金具ではなくて、木の棒だろうか。王子の服ごしの感触では、それに近い。しかも、大きい。ベルの手と同じか、それ以上ある。
そんなものをなぜポケットに入れているのだろう。
「ぅっ……」
夢中でまさぐっていたベルは、王子の呻き声で、顔を上げた。そこには、薄く目を開け、壮絶な色気をまとった王子がいた。
はぁ、と悩ましげな吐息に合わせて、王子の胸が大きく上下した。その動きは、密着したベルに直に伝わる。
ベルは今度こそ本当に逃げ出そうとした。しかし、がっちりと腰に回された腕は、緩む気配がない。
「ベル」
いつかのパーティーのときと同じように、ベルは混乱のあまり、泣きだしそうだった。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
あつかましく触れたことを、今すぐ床に膝をついて平謝りしたい。しかし、いかんせん王子に阻まれて身動きがとれない。
息がかかるほど顔が近い。王子のほうを向いたら唇が触れてしまいそうで、そんなことになっては王子に申し訳ないという一心で、ベルは顔をそむけた。そんな気遣いを一切気にかけず、王子は空いている手でベルのほほを包んだ。そして、優しく王子の方向へ誘導する。
王子は目を伏せ、薄くベル見つめたまま、顔を寄せてきた。
あ、キス。
しちゃう、と思った、そのときだった。
廊下から、ばたばたと人の走る音と、使用人たちの焦った声が聞こえた。
視線でちらりと問いかけると「気にするな、鍵はかけた」とかすれた声でささやく王子。
しかし、女性の怒鳴り声と、使用人頭のなだめる声が徐々に近づいてきて、図書室の扉がガチャガチャと揺さぶられるに至っては、王子はぱっと手を離して舌打ちをもらした。
そして、ついに――――
ドゴオォッン、バタンッ
図書室の扉が、断末魔の悲鳴を上げ、破壊された。
王子、なんていうか、ほんとごめんなさい。