第1話
初対面で泣かされたことがトラウマになったベルは、リュビ族の王子ジェラールの屋敷で暮らすことになっても、なかなか彼に近づくことができなかった。
しかし、憧れは憧れ。
2メートル近いにもかかわらず、愚鈍さのかけらもない、しなやかな身体。そして、整った顔立ち。琥珀色の眼光は鋭く、少し厚めの唇は引き結ばれている。
うっとりしてしまうような、王子さまなのだ。
怖いのに、気になって仕方がない。つい目が行ってしまう。
王子が廊下を歩いていれば、どこへ行くのだろうと気になって、追いかけてしまう。その際、しっかり安全な距離を保つことを忘れない。
一度廊下を曲がったところで待ち伏せされたときは、心臓が飛び出るかと思った。もちろん、一目散で逃げ出した。
それでもこりずに王子の後を追い、王子が振り返ると硬直し、一歩近づかれると、ぴゅうっと逃げてしまう。
ベルが屋敷に来て3日経ったが、いまだに二人はろくに会話を交わしていなかった。
ジェラールはずっと屋敷にいる。
ベルは一定の距離を保って、ジェラールの後をついてまわっている。
最初は使用人の仕事をするのかと思い、屋敷内を案内してくれた人に申し出た。しかし「とんでもない」と断固拒否され「すべてお申し付けくださいませ、お嬢さま」とまで言われてしまった。
暇なときに、世のお嬢さまとやらは何をしているのだろうか。
何もすることがないベルは、今日もジェラールを鬼に「だるまさんがころんだ」を実行するのだった。
今日のジェラールは、図書室で本を読んでいる。ベルはいつものように、ジェラールが座る椅子とは本棚を隔てたソファに座ってちらちらと様子をうかがっていた。やがて手持ちぶさたになり、簡単な絵本を見つけて読んでいた。いつまで経ってもジェラールは本を片手にその場を動かないので、ベルはいつの間にクッションに埋まって眠ってしまった。
ゆらゆらとまどろむ意識の片隅で、カチャン、という鍵の音が聞こえた気がした。
目が覚めたとき、ソファのクッションとは違う、ごつごつした硬いものに包まれていた。温かくて安心する。ここにいれば何者からも守られていると、教えられなくても理解する。ゆっくりと、頭の上から聞こえてくる呼吸音は、まるで寄せては返す波のようであり、ゆりかごの中に揺られているようでもあった。
呼吸音。
「ん……」
誰の?
身じろぎして、気が付いた。
ベルは、ジェラールの膝の上で、ちょこんと丸くなっていた。
声なき悲鳴を上げ、わたわたと膝から降りようとして、ぴたと止まる。
ジェラールは、ベルが眠っていたソファの背にもたれ、瞳を閉じて眠っていた。その胸が呼吸に合わせてゆっくりと上下し、深い眠りに入っていることを示している。
ベルは王子に上体を預け、膝を曲げた姿勢で横向きに座っていた。腰には、ベルの身体がずり落ちないように、男のたくましい腕が回っている。
王子の少し伏せた顔をおそるおそるのぞき込んだが、起きる気配がない。
【改稿】鍵の描写を加えました。