第22話
きょとんとしたベルの表情で分かったのか、ルイがベルに笑いかけた。
「ベル様、結婚の際に五大貴族それぞれから祝福の品を受け取ると花嫁は幸せになれると言われています。婚約時に前倒しする場合も多くあります。そのため、わたしもジェラール王子から靴の依頼を受けました。ベル様が正式な妻として扱われるだろうことは、それだけでも分かります。」
ばっとジェラールを振り向くと、ジェラールが優しい瞳でベルを見つめながら、ばれてしまったか、とでもいうようにベルの髪を少し乱暴になでた。
ベルは潤んだ瞳でジェラールを上目づかいで見た。
そんなことを考えてくれているなど、ジェラールはまったく言ってくれなかったし、気付きもしなかった。
しかしその話を暴露されたとして、イヴはまったく動じなかった。
「たしかに、ドレスのデザインはしましたが、肝心のベルが、自分の婚約のことをなにも知らなかったのですよ。ベルの気持ちが不在のまま、あれよあれよという間に婚約が整っていくのを、ただ見ていることはできませんでした。」
イヴはここまで話していったん言葉を切ると、すぅ、と息を吸って、挑むようにまっすぐにジェラールを見た。。
「ベルを愛する男の一人として。」
ベルは呼吸を止めた。
イヴは、ジェラールからルイへと視線を動かした。
「ジェラール王子になにもかも依存し、世間から隔離された今の状況では、正常な判断はできません。たとえベルがジェラール王子を愛していると思ったとして、彼に対する気持ちが植えつけられたものではないと言い切れますか。無意識に、ジェラール王子の意思に沿う決定をしてしまうのではないでしょうか。ベルに時間を与えてやってほしい。僕が言いたいのは、そのことなんです。まだ婚約発表に向かうには早い。一度ジェラール王子から離れ、時間をかけ、冷静になってから、客観的に判断してほしいのです。」
イヴの言葉の端々に、サフィール族の心を動かすキーワードが織り込まれている。「冷静に」「客観的に」とは、サフィール族に好まれる言葉である。
ふむ、とルイがあごに手をあてて考える仕草をした。
「イヴ、もうやめて……。」
ベルがうめくように言った。これ以上耐えられない。この場から逃げ出したい。
しかし、ベルの顔色が悪いことに気付かないイヴは、ここぞとばかりにベルに向かって身を乗り出した。
「ベル、きみは今、目隠しをされて手を引かれている状態だ。その状態で選んだ選択肢が、果たして正しいと言えるだろうか。どうか早まらないでほしい。」
ジェラールがベルの頭を手で引き寄せ、顔を肩口に伏せさせた。
「見事な演説だ。見世物としては楽しませてもらったが、これ以上はけっこうだ。失礼させてもらおう。」
「逃げるんですかっ!」
「イヴ王子は、自分しか見えていないようだ。」
そう言うと立ち上がり、ベルの頭に帽子をかぶせ、自分の腕の上にベルの腰を乗せ、もう片方の手をベルの背に添えて抱き上げた。
イヴも慌てて立ち上がる。
「待って、ベルを離してください。」
その言葉に、ベルのジェラールをつかむ手がぎゅっと強くなった。
「靴擦れをしている。慣れない靴をはくからだ。」
ベルのかかとが赤くなっているのを見て、うっ、とイヴがひるんだ。
部屋を出ていくジェラールの背中に、イヴが苦し紛れに叫んだ。
「僕のほうが、年齢的にもお似合いじゃないか!」
この言葉はジェラールの逆鱗に触れたようで、ベルの間近から怒気がふくれ上がった。ぴたりと足が止まったが、少ししてから再び足を運び始めた。
扉に辿りつく前に、ベルがぽんぽんとジェラールの肩を叩いた。
「少し、いいですか?」
ジェラールは少しためらってから、くるりと振り返った。
「イヴ、あなたはわたしのことが好きだというけど、そんな風に感じないわ。わたしの気持ちはどうでもいいみたい。」
帰りましょう、とジェラールを促して、二人は部屋から出て行った。




