第18話
ちっ、と舌打ちをしたに自分の耳を疑ったが、それよりも急いで両手を取り返すほうが先だった。しかし、がっちりとつかまれていて、どうにも抜けない。
「えっ、ちょっと、なに考えてんのよ!手をは、な、し、て、よっ!」
イヴに向かって小声で叫びながらめちゃくちゃに力を入れるが、効果はない。小柄に見えるのに、やはり男だ。ベルの筋肉のないふにゃふにゃの腕の抵抗では、まったく力は緩まない。
そうこうしているうちに、ジェラールの声が険しくなった。
「いるのは分かっている。ここを開けなさい。」
ベルがここにいることをジェラールに知られてはまずい。しかも、この場面を見られたら、誤解……いや、告白された以上、誤解とも言い切れないが、とにかく勘違いされることは確実だ。
イヴはベルを無視して扉に向かって声を掛けた。
「どなたですか?僕の名前を知っているようですが、名乗りもせずに突然やってきて、扉を開けろとは無礼ではないですか。」
「時間かせぎはけっこうだ。話がある。五秒数えても開けなければ扉を壊す。」
秒読みをする声が扉の向こうから聞こえてきて「イヴ、ジェラール様だわ!」とイヴに言うが、彼もそれは最初から分かっていたようだ。
「ちょうどいい機会だよ、ベル。ちょっと思ったより早かったけど、やっぱり直接言ったほうがいいもんね。」
にっこりと笑うイヴを殴ってしまいたい。
(むしろお願いだから気絶させてください。)
ベキッ!ドゴン!
扉が無残に壊れ、倒れた。
「大丈夫、他人の屋敷だし、人目もある。きっと、殺されることはないと思う。……きっと。」
最後の一言は、聞きたくなかった。
時はさかのぼって、ベルがスツールに座ってしまう失敗をする少し前。
ジェラールはパメラと共に、二階の廊下にいた。
ふと、視線を感じてそちらを見たジェラールの目に、ぱっと視線をそらすイヴの姿があった。イヴはすでにジェラールに背を向け、頭をすっぽりと覆った、身長が同じくらい女性をエスコートしていた。なんとなく気になって、彼らがホールを出ていくまで、ずっと眺めていた。
「ジェラール様。」
呼ばれて振り向くと、ジェラールの屋敷のものが慌てた形相で人波を縫って近づいてきた。
なにか急ぎ伝えたいことがあるようだ。
耳打ちされた内容に、ピリ、と神経を尖らせる。
話は隣にいたパメラの耳までは届かなったようだ。しかし、無表情ながら緊張しているのが伝わってきた。なにか知っている、と直感した。
報告に来たものを帰らせると、ゆったりとパメラの斜め前に立つ。
「ベルが屋敷からいなくなった。お前が連れてきた連中に聞いたら、そのうちの一人が、仮縫いに必要だからと言って、侍女になにも言わずに連れ出したそうだ。」
「タイヘンね。」
「お前も一枚噛んでいるようだな。ベルはどこだ。」
パメラが無表情に首を傾げると、ジェラールはその細い首にそっと大きな手を添えた。周囲から見たら、身を寄せ合って肌に触れているようにしか見えないだろう。しかし、少しずつ力が入り気管を圧迫している。ジェラールはパメラの耳に唇を寄せてささやいた。
「ベルになにかあったら殺す。エムロード族の王女だろうと関係ない。」
苦しそうな表情にださないようにしていたパメラだが、それももう限界に近くなってきているはずだ。こうまでしてしゃべらない理由とは、いったいなにがある。。
そのとき、ジェラールの脳裏にひらめくものがあった。
さきほど見たばかりの、去っていく後姿。それがなぜあんなにも気になったのか。
「待て。……あのドレスのデザイナーは誰だ?」
「……イヴよ。」
絞り出すようなパメラの返事を聞くなり、ジェラールは手をぱっと離して走り出した。




