第14話
アニーの訪問から数日経っているが、いまだ指輪についてジェラールと話が出来ていなかった。アニーに「ジェラール王子とよく話し合いなさい。」と言われていたので、そうしなければと思うのだが、顔を見れば思い出すのは、あのキスのことだった。
あれから、夜寝る前に、毎晩キスをするようになった。まるでたがが外れてしまったかのようで、ベルもその感覚を知ってしまえば、拒むことはできなかった。今日こそちゃんと話をしよう、と寝台に入る前は思っているのだが、ジェラールと目が合うと、まるで吸い込まれるように唇が合わさってしまう。ベル自身が、それをうれしいと感じているからこそ、どうしようもない。
さらに、夕食の最中でさえ、その唇から目が離せなくなっている。肉を口に運ぶジェラール、話をするジェラール。その様子を見ながら、ベルは自分の唇に指を当てた。
「ベル?」
名前を呼ばれてはっと気が付いた。今は食事中なのだ。見とれていた自分が恥ずかしくて、再び目の前の皿に集中した。
そのベルの横顔を、今度はジェラールがねっとりと見つめていることに、ベルは気付いていなかった。
側に控える給仕たちが、二人の甘酸っぱい空気に、心の中でもだえていたことにも、二人は気付いていなかったのだった。
夜の行為がエスカレートしていっていることに、ベルは悩みを感じていた。
昨夜は興奮したジェラールが、ベルの左右の尻たぶを両手でぎゅっと掴んだ。気付けばネグリジェはまくれ上がり、下着がむき出しになっていたのだ。驚いたベルがとっさに背をそらしたが、逆に腹をジェラールに押し付けるような形になってしまった。
羞恥に顔を真っ赤にしたベルの様子に、ジェラールはベルの頭をぽんぽんと叩いて腕枕をし、就寝の体勢になってくれたから良かったが、あのまま進んでいたらどうなっていたことか。
ベルは屋敷の図書室で、本を読むふりをしながら物思いにふけっていた。
このまま流されてしまおうか。
ベルの頭の中で、身を任せたい自分と、はっきりさせたい自分が戦っている。
すでに同じ寝台で眠り、指輪をしている身だ。今さらはっきりしたところで、自分に選択肢などないのかもしれないが、それでも、ジェラールの気持ちを聞いてみたい。聞くのは怖いが、聞いてみたい。
もう、ベルは自分の気持ちに気付いていた。結婚しているかどうかが重要なのではない。それよりも、ジェラールが自分のことをどう思っているのか。そちらのほうが大切なのだ。 好き、と思ってくれていれば、うれしい。
緑の髪の美少女のことを考えると、心が苦しくなる。ベルは屋敷にいるジェラール以外を知らない。朝出廷してから夜帰ってくるまで、きっとあの美少女にも会っているのだろう。
(ジェラール様は、あの子とは、どんなキスをしているのかな。)
ベルの思考を破る女性の声が図書室に響いた。
「じゃあ、その男はやることやっておいて逃げたってことなの!?」
大きな声ではないが、静かな部屋に響いたその声は、使用人のものだ。
「そうなの、そのせいであの子は昨日から泣き通しだわ。とても仕事ができる状態ではないから、今日は休みなさいって言われて部屋にいるわ。」
ベルが図書室にいるとは知らないらしく、使用人の女二人が会話に集中している。側にいた侍女が使用人を注意しに行こうとしたが、ベルが止めた。
「許せないわね。男はどういうつもりだったのかしら。」
「それがね、ひどいのよ。なんと他に婚約者がいたの。あの子も、婚約者がいることは知っていたんだって。でも、てっきり自分のことを選んでくれると思っていたらしいのよ。」
「男も男だけど、その子もその子ね。男の都合のいい言葉を、ころっと信じちゃうだなんて。でも、男だったら、やることやったんなら責任とりなさいよって感じよね。突然連絡がとれなくなるなんて、本当、無責任!」
「あ~あ、やっぱり男って下半身の動物なのね。好きじゃなくたって、手を出してきたりするんだわ。」
「あなたも惚れっぽいから気をつけなさいよ。あ、もう行かなきゃ。」
二人はそそくさと図書室を出て行ったが、あとに残されたベルは茫然としていた。




