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リュビの嫁  作者: KI☆RARA
リュビの嫁~自覚編~
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第10話



「お嬢さま、空色と紅色の糸をご用意いたしました。」

「ありがとう。今日は使わないから、裁縫箱に入れておくわ。」

 ベルの日課に刺しゅうが加わった。

 星誕祭のお返しにジェラールは香水を用意してくれたが、たった一枚の刺しゅう入りハンカチでは釣り合わない。

 ジェラールに贈ったハンカチを思った以上に気に入ってくれたようなので、他にも作ってみようと思ったのだ。

 ベルは裁縫箱の中身を見ながら、昨夜のことを思い出していた。


 夕食後、珍しく執務室にこもっていたジェラールに、ベルはなにか欲しいものはないかと聞きに行った。

 部屋に行くと、執務机には誰もいなかった。

 そっと部屋の奥へ進むと、ソファの端からつま先が見えていた。ソファに横になっているようだ。身長が高いので、足がおさまりきらないのだろう。

 そうっと近付いていくと、段々とつま先から上が見えてくる。

 顔が見える位置まで来たところで、ベルは立ち止った。

 ジェラールは目から鼻にかけて何かで覆っていた。

 ハンカチだ。

 ベルが贈った刺しゅう入りのハンカチで、顔を覆っている。

 見てはいけないものを見てしまった気がして、ベルはこっそり部屋を出ようとしたが、それより王子の目が覚めるのが早かった。

「ベルか。」

「あ、はい。」

 王子はむくりと身体を起こすと、ハンカチを胸ポケットにしまった。

「そのハンカチ……使ってくれてるんですね。」

「常に身につけている。」

 ここに、と王子は心臓の上に手を置いた。

 その仕草に、ベルの心臓が跳ねた。



 もじもじと両手で指をいじりながら、ベルはなにか贈り物をしたいと申し出た。

「十分もらった。」

「でも……それに、お世話になりっぱなしなので、お礼がしたいんです。なにか、出来ることはありませんか?」

「必要ない。」

「なんでもいいんです。」

 ベルは引き下がらなかった。ジェラールは少し思案すると、「そうだな……では。」と口を開いた。


「え?」


 では、に続く言葉をジェラールは口にしたが、ベルはよく聞き取ることができなかった。

(ほにゃにゃ?)

 聞き間違いだろうか、「キスを」と聞こえたような気がするが。

 何を言ったのか探ろうと、じっとジェラールを見つめると、彼は一瞬目をそらしてから、再びベルに視線を戻し、ひとさし指で自らの頬をトントン、と叩いた。

 それでようやく、自分の耳がおかしかった訳ではないと気が付いた。

 ジェラールは確かに「キスを」と言ったのだ。


 ほっぺたに、キスを。


 ベルは頭が真っ白になって固まってしまった。

 冗談か、それとも本気か。

 本当にキスをしてしまっても、良いのだろうか。

 この沈黙をどうやって破ったらいいものか何も思いつかないでいると、ふと、ジェラールの瞳の奥に不安そうな色があるのに気が付いた。

 ベルはふっと肩の力が抜け、自分のペースを取り戻した。頬にキスを送るのは、家族の間でもすることがあるくらいだ。親愛と感謝の情を込めてするキスに、大げさな意味は必要ない。

 ベルはふっと表情を和らげると、ジェラールに近付き、すぐ隣には立った。しかし、いざ、あとは腰をかがめて頬に唇で触れるだけ、というあと一歩が踏み込めない。

 ジェラールの澄んだ瞳にじっと見詰められたままではやりづらい。

「あの、少し前を‥‥。」

 向いていてください。

 その言葉は、小さくかすれてしまっていた。

 ジェラールが前を向くと、やがてベルは一歩足を前に出し、ゆっくりと腰をかがめ、息を止めながら、ソファに座る王子の頬に唇をそっと触れさせた。

 肌の感触が唇に伝わる。

 終わってみれば案外あっけないものだと、ふと瞳を上げると、思い詰めたような瞳がベルを見詰めていた。

 至近距離で王子の視線と絡み合う。

 そして、どちらともなく、唇と唇を寄せていった。直前で、くい、とベルが顎を引くが、ジェラールは止まらなかった。

 そっと触れてから離れ、再び唇を合わせる。

 柔らかい、不思議な感触。

 距離感がつかめなくて歯と歯が当たってしまったので、今度は慎重に、鼻息がかからないように、息を止めながら。

 口付けとはどんなものだろうと空想していたよりも、ずっと、違和感がある。他人の体温をこんな場所で感じたことはない。まつげが当たるほど、近付くことも。

 特別な相手にだけ許された行為。

この特別感が。

(癖になりそう。)




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