第8話
「デビュタントは白のドレスって決まっているけど、白でもある程度幅がある。宝石の色に合わせようか。あぁ、リュビの結晶があるから、赤を中心に考えないとね。他に好きな色はある?」
質問の意図が分からなくて、きょとん、と目をまん丸にしているベルの顔の前で5本の指先をつぼめたり開いたりしながら「チュンチュン。この小鳥さんはさえずることを忘れちゃったのかな。」と笑い、もう少し初歩的な会話をしようと切り替えた。
「さっき、パメラに会わなかった?僕と同じ顔の女の子。僕はイヴ。彼女の双子の弟さ。」
その説明を聞いて、ベルの頭が少しはっきりしてきた。
「どうしてわたしの名前を知っているの?」
「どうしてだと思う?」
質問に質問で返されてむっと唇を尖らせた。少年の表情からはからかいの色が消えなくて、スミレの花のような濃い紫色の瞳がいたずらっぽくきらめいている。
「分からないから聞いているのよ。」
イヴは一歩下がり、片手を胸に当て、きれいな礼をした。
「リュビ族の王子の花嫁。失礼な態度をお許しください。」
馬鹿にされていると感じたベルは「なにが花嫁よ。はぐらかしてばかり!」と、ぷいと顔を背けた。それを見て、イヴがおや、と首を傾げた。
「きみはあまりにも知らなさすぎる。その指輪は、ジェラール王子から受け取ったものではないの?」
「指輪って、これのこと?そうだけど……。」
「リュビの結晶だよね。」
「え?」
「知らないの?リュビの結晶って、リュビ族の男が求婚するときに、その石を指輪に加工して、相手の女性に捧げるんだ。求婚を受け入れた女性は、その指輪を左手の薬指に、常に身に着ける。」
ベルは自分の左手薬指にはまった指輪を見た。屋敷に来たばかりの頃「外れないんですけど、どうしたらいいんでしょうか」と侍女に訴えたら「寝台でも食卓でも浴室でも外してなりません。」という答えが返ってきた。そういうものなのか、と思ったまま存在すら忘れかけていたのだ。
「でも、これはそういう指輪じゃないわ。求婚なんて、されたことないもの。」
「はは、知らない間に、妻にされていたってわけか。いや、妻とは言えないかな。内々にめとったなんて聞こえは良いけど、公にしないってことは愛人と変わらない。」
ちなみに君が今日ここへ来たのも、社交界デビュー用のドレスを作るためと知っていたかい?知らないよね。
きみがこの状況になるまでなにも質問してこなかったというのが不思議でならないよ。
自分に関する大事なことなのに。
調和を愛するパルレ族は、こういうときになすがままなのかな。
困ったように眉尻を下げて、イヴは肩をすくめた。
もう一つ教えてあげるよ。
僕の姉パメラとジェラール王子の仲が、宮廷で噂されている。
結婚間近ではないか、ってね。
リュビ族の力のある男は、複数の妻を持つのは知っているよね。
ベルはそういうの、気にしないのかな。




