第5話
夕食の時には、なにかハンカチのお返しに贈るから、なにが欲しいか考えておいてくれと言われた。自分が贈りたくて贈ったのだ。むしろ役に立たないものを渡してしまって申し訳ない。しかし王子からしてみれば、もらった以上は仕方なくお返しをしなければならないのだろう。同じくハンカチをお願いしておくのが無難だろうか。
問題は王妃へのお返しだ。あの生地一つとっても、とても値段のするものだ。良い馬が買えてしまう。お金もないのに、どうやってお返ししたら良いんだろう。
星誕祭のお返しは、ちょうど一カ月後にするのが決まりだ。
それを王子に相談すると、気持ちがあれば十分だと返されてしまった。
(そりゃあ、ジェラール様は母親相手だから簡単に考えてしまっているかもしれないけどさ、わたし相手だったら話は違ってくるわ。)
星誕祭なんてなければいいのに、とさえ思えてくる。
とはいえ、なんとかできる範囲でお返しするしかないだろう。
お返しを選ぶために街へ買い物に行きたいと伝えると、ジェラールも母にお返しをしなければならないのでちょうどいいと言って、日程を組んでくれることとなった。
(日程、組もうと思えば組めるのね。)
今までだって街に出かけたいって言ってあったのに、とつまらない気持ちになる。
「渡すときはどうしたら良いんでしょうか。王妃さまが次にいつこちらへいらっしゃるか、分かりますか?」
ベルはステーキを切り分けながら尋ねた。
少しの沈黙の後、ジェラールが答えた。
「いや、今回は一度帰国して、直接渡してはどうかと考えている。ベルも、そのときに渡せば良いだろう。」
(え、わたしも行くの?)
ベルは思わずジェラールを見た。
(行くかどうかなんて一度も聞かれてないのに……。もう決定なのかなぁ。)
リュビ族の国は行ってみたい気もするが、行っても大丈夫だろうか。リュビ族は気性が激しいと聞く。王子も王妃も屋敷の人たちも、普段そうとは感じないが、国にいる人たちはどうだろうか。
ベルが黙っていると、ジェラールが追い打ちをかけた。
「ベル、一緒に国へ来てくれないか。父も、ベルに会いたいと言っていた。」
「え、えぇえええぇぇ」
王子の父と言うことは、リュビ族の王だ。
この一言で、リュビ族の国に行くことがさらにプレッシャーになってしまった。
(やだなぁ。会いたいって、どうしてかしら。なんか怖いなぁ。でも王妃さまは気さくなかただし、王さまも意外とあんな感じかしら。そうだといいなぁ。)
ジェラール王子のお父さまかぁ、と息子からその姿が透けて見えないだろうかと、ベルはジェラールを見つめた。
旅行気分のベルは気付いていなかったが、その面会は当然、特別な意味を持つ。しかしジェラールはあえてそのことは話さず、黙々と肉を口へ運ぶのだった。
夜、ベルがふと目を覚ますと、隣にジェラールがいなかった。天蓋の隙間から窓を見ると、空が薄明るくなっている。
(あれ、ジェラールさま、どこに行ったのかな。)
頭がぼんやりしたまま、寝台から降りた。続きの部屋の扉が薄く開いている。
隙間から何気なく覗くと、ジェラールがチェストの前に立っている背中が見えた。手に何かを持っている。
あのハンカチだ。
気付いた途端、一気に頭が冴えた。
(なにをしてるんだろう。)
ジェラールは、刺しゅうをほどこしたハンカチを、畳んだり広げたり裏返したり掲げたりしながら色々な角度で眺めているではないか。
(別に、怪しい仕掛けとかはありませんよ~。)
心の中でそっと話しかけてみる。
次の瞬間、ベルの息が止まった。
刺しゅうを前面にして折りたたんだハンカチをじっと見つめていたジェラールが、突然、刺しゅうに唇を押し当てたのだ。
そのまま動かないジェラールに、見てはいけないものを見てしまった気がして、ベルは心臓をバクバク鳴らしながら、こっそり寝台へと戻った。
しばらくするとジェラールが戻ってきたが、ベルは寝たふりを続けた。
ジェラールがベルを見つめている気配がする。
おでこにふっと息がかかり、温かくて柔らかいもの、唇、が押し当てられた。
足の指がぴくっと動いてしまったが、どうにか気付かれなかったようで、ジェラールはベルの隣で横になり、眠りについた。
ベルは、とても眠れそうにないと思ったが、いつの間にか眠ってしまっていた。
その夜、夢を見た。
夢の中で、ジェラール王子がハンカチを持って「ありがとう。」とはにかんでいた。




