第8話
アニーはその夜、王子の屋敷に泊まり、次の日に送ってもらうことになった。
ベルが「久しぶりに一緒に寝ようね」と喜んだ時の王子の目は怖かった。
夕食後、談話室に移動した3人は、ソファで向かい合った。王子の隣にベル、そしてその正面にアニーという配置だ。くつろいだ雰囲気だったのは王子だけで、肩に腕を回されているベルも、その二人を前にしたアニーも固まっていた。
「用件を聞こうか」
「は、はい。以前、祖父の夜会にいらしたときに、これをお忘れでないかと」
アニーがおずおずと差し出したブローチを一瞥しただけで「俺のではない」と一言。「そうですか」と会話が終わった。
沈黙が訪れ、アニーはワインを一口飲んで口の中をしめらせた。
「それにしても、ここで親友に会えるとは思いませんでしたわ。ご存じでしたか?ベルは、あのときの夜会にもいたのですよ」
「知っている。流行遅れの灰色のドレスで」
ベルは顔を赤くした。あのときそれを指摘されて、皆に見られている中で泣いてしまったのだ。
「え、えぇ」
「とても初々しかった」
沈黙。
「ジェラール様にとっては、珍しかったかもしれませんわね」
アニーはにっこり笑い、何事もなかったかのように話を続けた。
ベルはもはや顔を上げることも出来ない。
「わたくしのいとこ、シトロン族の王女は、ピンクのドレスに宝石を散りばめたものでしたわ。デザインは、新進気鋭のエムロード族のデザイナーで、3カ月待ってようやく作ってもらえたそうですよ。きっと、ジェラール様とお会いになるために、とっておきのを用意したんですわ」
「俺が行くことは誰にも話していなかったから、それはないな。何より、シトロン族の姫と言えば、恋人はそのデザイナーだろう」
祖父が何よりも隠したがっている、王女の火遊び。それを王子が知っていると分かり、もう祖父の期待がついえていることを悟った。王子がパーティーに来たのは姫に会うため、という祖父の言葉も、間違っていることになる。
王子がベルを知ったのは、あのパーティーでのこと。普段身の回りにはいない、無垢な少女を見初め、ベルのパトロンに掛け合ったというのが、真相なのかもしれない。
自分の知らない話になり、ベルがあくびをした。
王子はおもむろにベルを抱き上げ、膝の上に乗せた。
「え、え?」
戸惑うベルの頭を、ぽんぽんと軽く叩いた。
その光景はほほえましかった。王子の年齢は25歳。ベルとアニーより、10歳も年上だ。さらにベルは年齢よりもあどけない。守ってやらなければ、という気持ちにさせられるのは、アニーも同じだ。
「昨夜はあまり眠れてなかっただろう。何度も目を覚ましては、寝苦しそうにしていたからな」
「起こしてしまいました?すみません」
「いや、いい」
アニーは、王子をベルの保護者のような目で見た自分を呪った。このド変態!二人はすでにベッドをともにしているのだ。
「少し寝なさい」
よほど眠かったのか、ほどなくしてベルはすうすうと寝息を立て始めた。
「さて、本題に入ろう。今日君がここに現れたことは、俺にとって渡りに船だ。じいさんではなく、俺につけ」




