第1話
広間では音楽隊が優雅な音楽を奏で、ダンスをする人々の衣装の裾が音楽に合わせてゆらゆらと揺れる。外を見れば庭の外灯がきらきらと輝き、身を寄せ合ってささやきあう男女を浮かび上がらせる。
都会のパーティーに初めて参加するベル・サンテは、目立たないように壁に身を寄せて、まるで酔ったかのようにうっとりとその光景を眺めていた。
「こんな世界があるだなんて。何もかも素晴らしいわ。連れてきてくれてありがとう、アニー」
ベルの隣では、アニーが彼女の様子をほほえましく見つめていた。
「そう言ってもらえると、わたしもうれしいわ」
今回このパーティーに招待されたのはこのアニーで、ベルはただのおまけだ。二人は女学院で友人になり、もうすぐ卒業が迫っている。ばらばらになってしまう前に、アニーが思い出づくりのためにと、ベルを誘ったのだった。
「中央にいるうちに、一度はベルもこういうパーティーに来るべきだって思ってたのよ。主催はわたしのおじいさまだし、これなら誘いやすいって思って」
アニーがウインクをした。ベルは改めて、なんてかわいい女の子なんだろうと友人を見つめ返した。
金髪というシトロン族の特徴を備えた髪を高く結い上げ、襟足に少し残した巻髪を肩に流している。ドレスはピンク色で、流行の肩をむき出しにしたデザインであるにも関わらず、少しも下品ではない。むしろ若々しさが引き立って、とても華やかだ。
それに比べてベルは、唯一持っていたドレスは母のお下がりで、首元まで覆ったなんとも古めかしい、灰色のドレスだった。乳白色のベルの髪と同系色のため、彼女全体がぼんやりとかすんでいる。
みじめだったが、それでもよかった。
こんな機会でなければ、半貴族の中でも格下のパルレ族の、さらにものの数にも入らないようなサンテ家の娘が、中央のパーティーに参加できるわけがない。
パーティーは華やかで豪華だった。
世事にうといベルは気づかなかったが、ディヤモン族やリュビ族といった貴族の中で流行している北方の素材を使ったドレスをまとっている貴婦人もいた。この素材は、光沢がすばらしく、また流通しているものが少ないため、手に入れるのがステータスになりつつあるものだ。
半貴族のシトロン族とはいえ、さすが王族に連なる家系が主催するパーティーだと言える。
アニーの祖父は、シトロン族の王妃の父でもある。つまり、アニーのおばは、シトロン族の王妃なのだ。このパーティーには、シトロン族有数の家柄を中心に、グルナ族など他の半貴族の王族も多数出席している。
ベルが伝統ある格式高い女学院に入ったためアニーと知り合うことができたが、そもそも二人に接点はない。女学院も、また兄の通う中央の大学も、たまたま家を援助してくれる人がいたから行けるだけで、そうでなければ、今この瞬間、ベルは地方で両親とともに小さな食卓を囲んでいたことだろう。
女学院の女生徒たちが、休みが明けるたびに避暑地でのボート遊びや、華やかなパーティーの話をするがどんなにうらやましくても、女学院に通わせてもらっている身分であるベルには、一生関わりのないことだと思っていた。
それが、こうして憧れのパーティーに出席することが出来るなんて。
よく目に焼き付けておこうと、ベルは会場に視線を戻した。会場はいくつかのグループに分かれていた。よくよく見てみれば、そのグループによって誰がどの程度の身分なのかが分かる。会場の中で上位にあたる王族のグループは、なるほど所作も洗練されていて、身なりも行き届いている。なんだか近づきがたい雰囲気だ、とベルが感じた通り、そのグループに話しかけようとしてためらっている人を何人も見つけた。
アニーは主催者の孫とはいえ、中くらいの家柄。今はベルのために壁の花よろしく会場のすみに一緒にいてくれているが、ちらちらとこちらをうかがう若者の視線も感じていた。きっと、アニーとお近づきになりたいのだろう。
アニーはベルと逆のことを考えた。いたずらっぽくベルに耳元に口を寄せる。
「ねぇ、見て。あの人、さっきからベルを気にしてるわ。パルレ族って、あんまり中央にいないし、あなたって注目の的なんだわ」
「もう、違うわよ。わたしなわけないじゃない。みんなアニーを見てるのよ」
お互いに目を合わせて、くすっと笑い合った。