1話 永作博美級の美人
「ウェディングケーキの依頼をされた」
マサキさんが言った。「昨夜のBタイムでな」
マサキさんは僕のお見舞いの品のハーゲンダッツ・ストロベリーを食べている。
この人はその前にメロンとシュークリームとあんドーナツと抹茶のロールケーキも食べていて、もちろんそれは全て僕のだった。それを我が物顔で食べるこの男に幸福な明日が訪れるのなら、きっと神様なんていないと思うし、ましてや平等な人間社会の実現なんてありえないと本気で思った。この人を下痢でもがき苦しめやって下さいと心を込めて僕は祈った。仏様に。
「もちろんできると俺は即答した。彼女が永作博美級の美人だったからな」
マサキさんはなぜか偉ぶって言った。
「俺がやるんですか?」
僕は言った。
「永作博美級の美人はお前を指名してきた。お前のような奴をだ」
「俺を、ですか?」
「信じたくないが、事実だ。認めたくないがな」
「期限は?」
「結婚式は二月十四日、バレンタインデーだ。まあ少なくとも一ヶ月前だな。一月の中旬までに完璧な設計図が出来ればいい。どうだ恩田、やってみるか?」
「もちろん。やります」
僕は言った。
「よし。明後日だったな、お前の退院は」
「そうです」
「じゃあ明後日、その足で永作博美級の美人の家へ行って来い。話は俺からしておく」
「一人でですか?」
「そうだ。怖いか?永作博美級の美人が?」
「だって、会ったこともない女の人の家にいきなり行くなんて、だいたい何を話せばいいかわかんないし、不安です」
「いいか、恩田。永作博美級の美人のことをもう十年付き合っている素晴らしき友達だと思うんだ。思い込むんだ。会ったこともないなんて二度と口にするな。お前はもう会っているんだ。十年前の夏、そう、湘南の海で、デートしたんだ、永作博美級の美人とお前は。そうだぜ、あの風は素晴らしかったぜ、メイビー」
「十年前って、俺、十歳ですよ」
「それのどこに問題があるんだ?俺の湘南デビューは五歳だ」
「マサキさんと同じレベルで考えないで下さいよ」
「うるせえ奴だなウジウジ男のくせに。まあ、とにかく行って来い。行けば何か起きるさ。とっても素晴らしいことがな」
マサキさんは言って、
その直後、うわぁぁと叫び、お腹を押さえてサーッとそれこそ風のように消えていった。
しばらくすると遠くの方で看護士さんの怒声が聞こえた。
馬鹿だなぁあの男はと隣のベッドのおじいさんが言った。
お騒がせして申し訳ありません。僕は言った。
そして結局、その日にマサキさんの姿を見ることはなかった。違う部屋で入院しているのかもしれないと心配したけど、大丈夫だと思った。
だって、ちゃんと仏様はいたのだから。