#9:イザっ!学校へ。(前篇)
今日から学校へ行くことになった真結花。
さて、クラスメイト達は、今の真結花を快く受け入れてくれるのでしょうか?
通学途中で方向の違う麻弥と別れ、学校の最寄りの駅を降りて、今は鮎美ちゃんと二人っきりだ。
あぁ、緊張した。今は、ホッと一息って感じ。
今までは、病院関係者、家族、鮎美ちゃんという極限られた人しか接することがなかったわけで、
電車という不特定多数の人達の前で、俺がこの姿をさらすことは、今回が初めてのことだし、
俺が、女の子として気を抜いたところ、誰が、いつ、見てるかもしれないし、
常に、女の子らしく行動しなきゃって、意識が頭にあって、スゴク緊張してた。
でも、自分ではちゃんと、女の子らしく、気を付けて振舞ってたはずなのに、気のせいなのか?
それとも、自意識過剰なのか? 電車の中では、スッゴく、周りからジロジロ見られてたような、
そんな視線を感じられずにはいられなかったんだけど。
「ねぇ? 鮎美ちゃん? わたし、電車の中でなんかスッゴく、周りからジロジロ見られていたような気がしたんだけど、服装とか、どこかおかしな所でもあった?」
「んっ? そんなの、いつものことよ。だって、美少女な女子高生が二人、並んで座っているんだから、健全な男性諸君が見ないわけないでしょ? でも、そういえば、今日はいつもより痛い程視線を感じたわねぇ。真結花の可愛さがグレードアップしたからかな?」
あぁ、そういうことでございますか。
にしても、美少女って、堂々と自分で言っちゃいますか? 鮎美ちゃん?
まぁ、鮎美ちゃんはチャーミングでスッゴくカワイイし、否定する気は毛頭ありませんけど。
ハッキリ言ってタイプかも。あっ、でも、あくまで男の子視点でね。
しっかし、この娘の可愛さがグレードアップって、どうゆうこと?
外見的には、何も変わってないはずだけど…
「そうゆうこと?」
「ふぅーん、あの真結花がねぇ~。真結花もようやく異性の視線を気にするお年頃になったんだぁ。だからぁ、男性諸君をたぶらかす純情フェロモンみたいなもの、真結花から出てるわけねぇ」
「べっ、別にそうゆうわけじゃないけど。ところで、なによ、その純情フェロモンってさぁ」
「あっ、もしかして、電車の中で好みのタイプが居たとか?」
俺の質問はムシですかぁー。鮎美ちゃん?
「ないない、そうゆうのはないから」
「あっ、そう。それは残念。真結花にも愛しの人が居たのよねぇ~」
「えっ?」
「まっ、それは、気にしなくてもいいから。もう少ししたら、学校が見えてくるわ」
そういや、駅を降りてから、学校に向かう生徒が徐々に増えてるよ。
「うぅ、緊張する」
「大丈夫よ、事前に根回しはしておいたから」
「根回しって?」
「真結花の事、クラスメイトの皆には伝えてあるってことよ」
「ホント、鮎美ちゃんが同じクラスでよかった」
「まっ、これからも色々フォローはするって!」
鮎美ちゃんは、軽く俺の肩を叩いてそう言った。
ようやく正門が見えてきた。
正門には“城鳴学園高等学校”の名前があった。
“じょうめいがくえんこうとうがっこう”?やはり覚えはなかった。
でも、どことなく、初めて来る気はしないような?
いよいよ、教室に突入だ。緊張が一気に高まる。
俺は、鮎美ちゃんの後ろにコソコソと隠れ、
できるだけ目立たないように、少し屈んだ姿勢で教室に入った。
「おはよぅ!」
「おはようございまぁ~す」
やっぱ、見つかるよね。ふつーに。
「おはよっ!木下さん」
「おはようございまぁ~す」
今更ながら、コソコソしてた自分が恥ずかしい。
「よっ、おはようさん」
「おはようございまぁ~す」
ん? な~んだ? みんな、全然普通の反応じゃん。緊張して損した。
「まゆまゆー! おはよーっ!」
その声が背後で聞こえた瞬間、ぎゅっと後ろから誰かが抱き付き、背中に女の子の胸の感触がした。
「へ? おっ、おはよ???」
俺は少し戸惑いながら、振り返った。
一見、まだ高校生には見えない童顔で、ショートボブ頭の可愛らしい感じの、
俺と背がさほど変わらない、ちょっとぽちゃっとした女の子が、俺の背後から抱きついていた。
はっ? この子は確か柚木杏菜ちゃん?
「ちょっと、杏菜! そうやって真結花にいきなり抱きつかないの!」
鮎美ちゃんが、俺に抱きついていた杏菜ちゃんを引き剥がしてくれた。
「だってぇー、まゆまゆのこと、スッゴク心配してたんだもん」
「真結花が困ったって顔、してるでしょ!」
「やっぱぁー、杏菜のことも覚えてないの? まゆまゆぅ」
「うん。ゴメンね、杏菜ちゃん」
「ふぇーん、杏菜、ショック!」
「杏菜!」
「イタタタっ、あゆあゆーぅ、何すんのぉ?」
鮎美ちゃんが、いきなり杏菜ちゃんのふっくらとした、柔らそうなほっぺを抓った。
「あんたの、この軽ーいお口が悪いからでしょ。もうちょっと、気を使いなさいよ!」
「あゆあゆ、ゴメン、ゴメンってば!」
「ったくもぉー、朝から騒がせてゴメンね。真結花」
俺は目の前で展開する光景を、ただ、ぽかーんと眺めていた。
「こうゆうの、もう慣れたてきたから、気にしないで」
ママと、鮎美ちゃんにもいきなり抱きつかれちゃったし、
同性に抱きつかれることにはもう慣れちゃったかな。
いや、でも、心の中では異性なのかな?
でも、よく考えたら、麻弥にはまだ抱きつかれてないよ。
ってか、妹に抱きつかれたい願望があるわけ? 俺って。それってヤバくない?
キケンな香りがぷんぷんする世界なんですけど…
「ほらっ、杏菜。真結花にも謝んなよ」
「ゴメン、まゆまゆ、今度から気を付けるね」
「うん。気にしてないから」
「ありがとうー。これからもお友達よね?」
「うん、もちろん」
俺は、鮎美ちゃんがそこって指をさした席に着いた。
視線を前に移すと、一番前の席に座っていた、艶やかなセミロングの黒髪の女の子の後ろ姿に、一瞬目を奪われた。
凄く綺麗な髪してるなぁ~って思っていたら、その子が振り返って俺を見ると立ち上がり、
こっちに近付いて来た。
あっ! もしかして、この子が水瀬智絵ちゃん? 写真より美人!
「まゆかちゃん、おはよう。もう大丈夫なのね?」
「おはよう。体の方はもう大丈夫だよ」
全身から漂うオーラというか、雰囲気がえらい上品な子だね。どこぞのお嬢様?
「学校生活で何か困ったことがあったら、私にいつでも言ってね。私、まゆかちゃんの力になりたいの。学級委員だから、クラスの中で何か問題が出たら、先生にも相談するわ」
「ありがとう。智絵ちゃん」
「クラスの子の顔と名前、ちゃんと覚えてきたのね?」
「うん。その方が、以前と同じようにコミュニケーションがスムーズになるでしょ?」
「ふふっ、そうね。いいことよ」
彼女が一瞬見せた笑顔は、同性の立場である俺からしても非常に眩しく、思わずドキっとした。
男の子なら、この笑顔でイチコロって感じ?
「よっ!木下っ、おはよっ。もう大丈夫なのか?」
そう言って、男の子の誰かが、俺の背後から肩をちょこんっと軽く叩いてきた。
「へっ? おっ、おはようございまぁ~す?」
俺は一瞬驚き、後ろを振り向きながら挨拶を返した。
そこには、大柄で、ガタイのいい、スポーツ刈り頭の、いかにも三枚目的イメージのある、
“僕は、スポーツマンでーすっ”って自己主張する感じの男の子が立っていた。
あぁ、この子が友田優一くん? 鮎美ちゃんが思わせぶりな事、言ってたけど。
設定上、この娘の彼氏なのかな? でも、直観的に違うと思うんだけど…
ただの、仲の良い男友達なのかなぁ。
ふつー、ホントに好きな人だったらさぁー、こう、見た瞬間にぴーんっ!と来ない?
「へっ? なんか妙に調子狂う反応だなぁ~、いったい、どうしたってぇの? 木下?」
「ちょっと、ちょっとぉ~」
そう言いながら俺の斜め後ろの席にいた鮎美ちゃんが突然立ち上がり、素早く友田くんの腕をガシっと掴んだまま、慌てた様子で教室を出て行った。
「おいっ、結城、急になんだよ?」
「あんた、知らないわけ? 真結花が記憶喪失だってこと。ちょっとは、気を使ってよ。ったくガサツなんだら」
「へっ? 記憶喪失?」
「もうぉー、連絡来てないわけ? PTAや友達同士のネットワークでほぼクラス全員にメールや電話で連絡行ってるはずだけど?」
「あっ、そういえば、昨日、喜多村から何かメール来てたような気が…
どうせ、大した用事のメールじゃないだろうと思って、後で読もうとして忘れてた」
「あんたのことだから、どうせ、そんなことだろうと思ったわ」
「ごめん、ごめん、事故に遭ったのは聞いてたけど、いつもの調子で挨拶しちゃった」
「ところで、当然のことながら、真結花はあんたの事、何も覚えていないらしいわよ」
「えっ?マジで」
「うん。そのマジです」
「なんで?」
「なんで?って、だいたい、私の事さえ覚えてないのに、あんたなんて覚えているはずがないでしょうが!」
「ひっ、酷い言いようだね」
「そりゃあ、私は真結花とは幼馴染だもん。一カ月そこそこの付き合いのあんたとは年季が違うわよ!」
なぁ、朝から俺にヤツ当たりかよ。結城。
そりゃあ、親友に自分の記憶が無いっていうのは、かわいそうだし、同情もする。
悲しい気持ちもわかるけどさぁ。
俺だって、今知って、スゴくショックで、悲しいんだから。
「じゃあ、俺は、これからどうゆう風に木下と接すればいいんだ?」
「そうねぇー。今までの事は一切無かったっていうことで全て水に流して、一から新しいお友達として始めてみたらどう?」
「そんなぁー。今までいい感じだったのにー。今まで築き上げたものは全てチャラってこと?」
「いい感じって、あんた、もう彼氏候補な気分なわけ?ビビって、まだ告ってもないくせに!」
「うっ、それを言われると痛い」
しっかし、今日の結城って、キゲンがすこぶる悪い。
ってか、なんかこう、木下のことで、すげぇーピリピリしてるし。
記憶喪失以外にも、何かあったのか? 木下に? スゴく気になるんだけど。
「だいたい、真結花はあんたの事、異性としては見てなかったわ。サッカー通のただのお友達程度ぐらいにしか思ってなかったわよ! あんたもサッカーやってるし、サッカーで話が合うからねぇ~」
「そっ、そうだったの?」
「そうよ、何? 今頃気づいたわけ?」
うっわぁーっ、すっげぇーよ、今日の結城って、ホント、半端ない。容赦ないって感じ。
なぁ結城、いったい、どうしちゃったっていうわけ? 今日は、虫の居所が悪そうだな。
「でっ、でもー。木下って、他の男の子と違って、明らかに俺だけにはいつも、天使のようなキラキラな笑顔向けてくれていたよ?」
「バッカねぇー。真結花はサッカーが大好きだら、サッカーの話で目をキラキラさせていたのよ」
「てっきり、俺に気があるものばかりだと…」
「んなわけないじゃん」
えっ、そうなのか? そんなぁー。それって、かなりショック!
「本人に聞いたの?」
でも、食い下がってみる。
「んなもん、聞かなくても分かるって!」
「なんでさぁー」
まだだっ! まだ、終わったわけじゃない!
「だって、真結花って、サッカーが恋人で、まだ恋愛の“れ”の字も知らないおこちゃまだもの」
「そうなのか?」
「そうよ。私の知る限り」
「がくっ」
なーんだ、そうなのかぁー。嫌われてるわけじゃないんだし、
じゃあ、まだこれからチャンスはあるじゃん。
「ち~ん。ご愁傷さま、友田くん」
ふっふーんだ! 人の恋路を勝手に終わらせるなっていうの!結城!
まだ、終わってないぞ! 終わってたまるか! 復活っ!
鮎美ちゃんが思わせぶりに言ってた友田くん。
どうやら、彼は真結花の彼氏ではなく、ただの男友達だったようですね。
さて、彼の復活劇はあるのでしょうか?
次回につづく。