#6:記憶喪失の美少女 まゆか
真結花の幼馴染である鮎美。
鮎美は、真結花のお見舞いをしたいということで、
真結花の家を訪れることになったのですが…
ピンポン~♪
「はぁーい。どちらさまぁ~?」
『鮎美です』
ガチャ。
「真結花のお見舞いに来てくれたのね。ありがとう」
「お母さん、これ、みんなでどうぞ」
「あら、そんな気を使ってくれなくてもいいのに」
「まゆかー、鮎美ちゃんが来てくれたわよー。
さぁ、どうぞ上がって。真結花はさっき、階段で転んで部屋で大人しくしているわ」
「えっ? 大丈夫なんですか?」
「ちょっと、脚に青あざつくっただけだから、大したことはないわ」
「その程度でよかったわ。真結花は、事故に遭ったばかりだし。
あっ!yuki! 元気してる? このコ、本当に人懐っこいのね」
「番犬としてはダメねぇ~」
「じゃあ、遠慮なくおじゃまさせていただきます」
「さぁ、どうぞ上がって」
とん、とん、とん。
鮎美ちゃんが階段を上がって、部屋に向かって来ているようだ。うぅ…なんだか緊張する。
カチャ。
「あっ! 鮎美ねぇさん、こんにちは」
「こんにちは、麻弥ちゃん」
「鮎美ねぇさん、おねぇちゃんのお見舞いに?」
「うん。真結花、元気にしてる?」
「はい。さっき、階段で転んじゃったけど大丈夫みたいだし。ホント、おねぇちゃんってドジなんだから」
「そう、相変わらず仲がよさそうね」
「あっ!」
「どうしたの? 麻弥ちゃん?」
「えっと、おねぇちゃん、ちょっと、以前と雰囲気が違うから戸惑うかも」
「そうなの?」
「うん、だから、その辺は気を付けておねぇちゃんに接して欲しいの」
「アドバイス、サンキュ! 麻弥ちゃん」
「じゃあ、おねぇちゃんをヨロシク!」
「うん」
廊下で、鮎美ちゃんと妹の話声が聞こえた。
もうー、ドジって。何度も言わないで欲しいよ。
あぁ、もう、ドキドキが止まんない。緊張がピークにキター。
トントン。
「まゆかー、部屋入ってもいい?」
「いっ、いいよー」
カチャ。
ドアを開けた鮎美ちゃんが、一瞬立ち止った。
鮎美ちゃんって、写メで見るよりカワイイし、思っていたイメージより結構背が高くてスタイルがいい。
お母さんと同じくらいで、160cmくらいはあるのかな?
この体は、150cmあるか、ないかってところなのに…
この身長のまま成長が止まってたら、そのうち妹にも抜かれそう。
鮎美ちゃんは、ベッドに腰掛けていた俺を見るなり、だっと駆け寄って、
いきなり俺の体を包み込むように、両手でギュッと強く抱きついた。
「よかったー。本当に無事で」
うぁあぁ、鮎美ちゃんの柔らかい胸が思いっきり、当たっているよー。
恥ずかしくって、顔が熱くなるのを感じた。
「鮎美ちゃん? ちょ、ちょっと痛いよ」
「あっ! ごめん、ごめん。つい、うれしくって。力が入り過ぎちゃった。
ホントにもう大丈夫なの?」
そう言って、抱きついていた体を離し、やっと解放してくれた。
「うん、もう大丈夫だけど、これ」
俺は、さっき、転んだ時に左脚に巻いてもらったタオルを指でさした。
「もうぉー、ドジね。運動神経はいいくせに」
「えっ? そうなの?」
サッカーをやってるくらいだから、運動神経はいいに決まっているだろうが、あえてそう答えた。
「真結花、本当に何も覚えていないのよね?」
「うん」
「私の顔も?」
「うん。ごめんなさい」
「あやまることは無いわ。仕方ないじゃない」
「でも、なんだか、もの凄く申し訳なくって」
「そんなに自分を責めなくてもいいのよ。私は大丈夫だから」
「ありがとう。家族はこんなわたしでも受け入れてくれたけど、鮎美ちゃんはどうなのかなって。
会うまで嫌われたらどうしょうとか、ずっと思ってて、さっきまで、めっちゃ緊張していたし、凄く不安だったの」
「私が真結花を嫌うわけないじゃない。そんなこと心配していたの?」
「うん」
真結花、さっき、麻弥ちゃんが言っていた通りだわ。やっぱり、いつもと雰囲気が何か違う。
なんていうのかな? 今まではサバサバしてて、
悩み事も無さそうな、元気いぱいな少年のようなキャラだったのに…
女の子なのにサッカーなんてやってるし、元気で活発なコってイメージだったよ。
でも、今の真結花って、瞳が何か妙にうるってるし、私との目線も微妙に避けてるし、
頬も少し赤いし、おどおどしてて、恥ずしがっているし、人見知りぽいっていうのかな?
もぉ、何か、こう、真結花の全身から“守ってあげたぁーいっ!”っていうような?
そんなオーラが出てて、妙に女の子っぽいよ。
あぁ、そんな真結花を見てると、もぉ、可愛くて、
思わず、また両手でギュっとしたくなるほど抱きしめたくなっちゃいそう。
そう、何だか愛くるしい妹みたいな感じ? 私はひとりっ子だから、妹は居ないけどさ。
あっ! もしかして、これが、妹萌えっていう感情なの?
真結花に対してこんな感情、今まで持ったこと無いのに… 今日の私、なんだかおかしいのかな?
あぁ、どうしよう? そう思ったら、急にドキドキしてきたよ。
私って、さっきから、もう吸いこまれそうなくらい、真結花をじーっと見ちゃってるよ。
何か喋らないと、真結花にヘンに思われちゃう。
うぅっ、さっきから、何か彼女にもの凄く見られているよ。
俺、何かおかしな事でもしたのかな? 益々目線を合わせられないじゃないか。
可愛いい女の子に、そうやって、じっーと見つめられていると、凄く恥ずかしいよ。
もう、何処かへ隠れてしまいたいって、感じ。
でも、何か言わないとこのままじゃあ、凄く気まずいよ。
「ねぇ、鮎美ちゃん? さっきからずっと黙ってて、いったい、どうしたの?」
「ふぇっ? ちょ、ちょっと考え事」
ふぇーっ、あぶない、あぶない。
もう少しでガマンできずにまた抱きついてしまいそうだったよぉー。
「あのさぁー。さっきから、なんだか様子がヘンだよ?」
「そっ、そんなことないって」
うっ、明らかに声が上ずって、緊張してるのがバレちゃいそう。
「やっぱり、ヘン!」
あぁーんっ、もうダメっ! 真結花、そんな可愛い顔して上目使いで私を睨まないでよぉ。
「うぅっ、あぁーごめんなさい。白状するわ」
「どうゆうこと?」
「うん、実は、私の知っている真結花のイメージと、今の真結花のイメージに凄くギャップがあるから、ちょっと戸惑っていたの」
「どう違うの?」
「う~ん、前の真結花はちょっと活発な少年っぽいイメージだったんだけど、
今の真結花って、凄くしおらしくて、女の子ぽいっていうかぁー、新たな一面を見せられたというかぁ」
「そうなの?」
「うん」
俺が女の子っぽいって? また顔が少し熱くなるのを感じた。
「じゃあ、私の方が変なんだね?」
「うぅうん、変じゃないわ。良い感じよ」
「どうして?」
「以前から、真結花はもう少し女の子らしくした方がいいんじゃなのかな?って思ってたから」
「わたし、このままで大丈夫かな?」
「そぉーねぇー、一昨日までの真結花を知ってた人は、私と同じで、最初は戸惑うかもね」
「うぅっ、なんか嫌だなぁー」
「でも最初のうちだけよ。まだ入学して間も無いし、今の真結花に慣れてしまえば、
問題ないと思うわよ」
「そうかな? でも、やっぱり不安」
「心配症ねぇー。私がいるから大丈夫よ。ドンとまかせなさい。学校の皆には言っておくから」
彼女は軽く胸を叩く仕草をしながら言った。
「うん、ありがとう」
「いえ、いえ、どういたしまして」
「ところで、鮎美ちゃん? これから学校生活を送る上で、わたしの人間関係を事前に知っておきたいんだけど?」
「まぁ、今の真結花なら、そう言うだろうと思って、これを用意してきたの」
彼女は、ポケットから折りたたんでいた紙を取り出し、目の前で広げて見せた。
「なに? それっ?」
「じゃじゃーん。題して“まゆか相関図ぅ~”」
その“まゆか相関図”とやらには、“記憶喪失の美少女 まゆか”と大きく書かれたタイトルがあり、
真結花の顔写真を中心にして、回りを取り囲むようにクラスメイトの顔写真が配置され、
そして、真結花とクラスメイトの写真が各々の矢印で結ばれ、その矢印には仲良し、
普通、苦手、ライバル関係?等といった事が書いてあった。
ねぇ、鮎美ちゃん? 何のご冗談のおつもりでしょうか?
その“記憶喪失の美少女 まゆか”っての。俺を連ドラとかの“悲劇のヒロイン”にしたいわけ?
じゃあ、監督はいったい誰? “運命の神様”?
これって、真面目にリアルなんですけど…
「それって、新作テレビドラマのレビュー記事とかに書いてある『人間関係相関図』を真似たの?
鮎美ちゃんって、面白い事考えるのね。そんなの、どうやって作ったの?」
そう言って、鮎美ちゃんのネタ振りに返してみた。
「そう! よくぞ、聞いてくれたわ。テレビ番組雑誌見てたら、これだ!って思いついてさぁー。
早速パソコンで作ってみたの。こんなの簡単に作れるわよ。
これ、あげるから、登場人物覚えておいてね」
そう言って彼女が“まゆか相関図”なるものを手渡してくれた。
ねぇ、ねぇ、ところで、鮎美ちゃん? その登場人物って、
メインキャラとかサブキャラとか、当然のことながら、設定されてますよね?
「こんなに沢山登場人物がいると、顔と名前が全て一致するまで時間が掛りそう」
俺は、鮎美ちゃんの冗談に付き合って、真面目にそう答えた。
「まぁ、登場人物は全員覚えなくても、最低、まゆかの直ぐ近くに配置している数人のクラスメイトの顔と名前ぐらいはインプットしておいてね」
「この人達が、わたしと一番仲がいいの?」
俺は、“まゆか相関図”に指をさして聞いた。
「そうよ。智絵と杏菜、友田君は特に仲がよかったわ」
友田君って、やっぱ、この娘の彼氏なのだろうか?
いや、今はあえて聞かないでおこう。聞けば、身を滅ぼしかねない。
聞かない方が世のため、人のためってね。
「そう、わかったわ」
「さっ、真結花の元気な顔も見れたことだし、用事も済んだことだし、そろそろ帰ろっかな?」
「えっ! もう帰っちゃうの?」
「んっ? だって、真結花は今日退院したばかりだし、余り長居するのも悪かなって」
「そんなことないよ」
「明日も学校帰りに様子を見に来るわよ。学校はまだ当分休むんでしょ?」
「そのことなんだけど… まだ、どうするのか決めていないの」
「そう」
「でも、もう少し居てくれないかな?」
「そお? 真結花がそこまで言うんだったら、もう少し居るよ?」
「ありがとう。実は、これからママも麻弥も出かける予定だから、家に独りで居るのは少し心細くて、寂しくって」
「あら? 真結花はいつからそんなに寂しがり屋さんになったのかしら」
「だって、わたし、以前の記憶がないから、独りぼっちになるとこの先の事、色々考え込んでしまって、不安なの」
しまった! 私とした事が、うかつだった。今の真結花って、以前と違って、凄く繊細なのよ。
「私、気が付かなくって、ホントにゴメン! 親友失格よね」
彼女はさっきまでとは打って変わって、本当に済まなさそうな顔で両手を合わせて謝った。
「うぅうん。そんなことないよ。鮎美ちゃんは十分優しいもん」
「ありがとう。真結花にそう言ってもらうと、私も救われるわ」
「じゃあ、この登場人物達について、もう少し、特徴とかキャラとか教えてくれないかな?
その方が、印象に残るから」
「おっけー」
彼女は冗談交じりに、クラスメイトの特徴とかキャラクターを、一人づつ、
丁寧に面白おかしく紹介してくれた。
トントン。
「ママだけど、おじゃましてもいいかしら?」
「ママ? 何の用事?」
「お飲み物持ってきたの」
「うん、入っていいよ」
カチャ。
「鮎美ちゃん。真結花の様子が以前と違って、少し戸惑っているかもしれないけど、
これからも変わらずお友達でいてあげてね」
そう言って、お母さんはおぼんに乗せたジュースとクッキーをテーブルの上に置いてくれた。
「はい、こちらこそ。私にとって、真結花は親友ですもの」
「じゃあ、鮎美ちゃん、ゆっくりしていってね」
「はい」
「真結花、これから麻弥と出かけるから、お留守番よろしくね」
「うん」
「あっ! そうだわ。つい、言い忘れるところだったわ。
今晩、鮎美ちゃんも一緒に夕食でもどうかしら?」
「えっ? いいんですか?」
「いいのよ、遠慮しなくても。今晩、真結花の退院祝いをやろうと思っていたところなの。
人数多い方が楽しいでしょ?」
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただこっかな。でも直ぐ帰るつもりだったから、
親に連絡しておかないと。あっ!携帯持ってくるの忘れた」
「ママが誘ったんだから、ママからご両親に連絡しておくわ」
「ありがとう」
「真結花、ママ、もう行くわね」
「うん。気を付けてね。いってらっしゃい」
「じゃあ、鮎美ちゃん。留守中、真結花をお願いね」
「はい。任せておいて」
「まみー、今から出かけるわよー」
「はぁーい」
お母さんと妹は、夕食の買い出しに出かけた。
夕食は、いったいどんなメニューなんだろうか?
まっ、それは後のお楽しみってことで。
ようやく鮎美と初対面した真結花。
彼女は、真結花の心境の変化に戸惑いつつも、
今の真結花を暖かく受け入れてくれたようでした。
次回につづく。