#51:記憶のダイアリー
土曜日の午後、早坂さんと約束していた美術館に向かっていた。但し、妹“麻弥”のオマケ付きだけど。出掛ける前、どこ行くの? って麻弥が聞いてきて、美術館と答えたら、暇だから付き合うというわけ。
まっ、妹がくっついてきたところで、早坂さんの邪魔になるわけでもなし、別にいいんだけど…… でも…… さっきからなに? その麻弥の、ニヤけた顔は?
「もしかして麻弥、おねぇちゃんの初デート、邪魔しちゃったのかなぁ?」
「はっ? わたし、そんな事全然言ってないしぃ」
「なぁーんだ? そうなの? 残念。麻弥、てっきり、喜多村くんに会えると思ってたのにぃー」
「麻弥が、そう思い込むのは勝手だけど…… 喜多村くんとは、まだそういう関係じゃないから……」
「えっ? どうしたの? おねぇちゃん。もしかして、喜多村くんと喧嘩でもした?」
「うぅうん、してないよ」
「だったら、なんで…… そう冷めた感じなの?」
「んー、なんでかなぁー? よくわかんない。ほらっ、女心は移り替りが激しいっていうし」
女心と秋の空ってね。って、まだ秋じゃないし、それに女心って?
「えっ? おねぇちゃん、もしかして、他に気になる男の子でもいるの?」
「そういうことじゃなくて、例え話。じゃあ、この話は、これでおしまい」
「えぇー、なんでぇー?」
「ほらっ、美術館、もう目の前だし」
「もぉー、おねぇちゃん、誤魔化さないでよぉー」
えっとー、ロビーで14時に待ち合わせってことだけど…… 早坂さん、まだ来てない? ロビーを見渡すと、それらしい人は見当たらず、目の前には、お花のようなシュシュで、髪をサイドにまとめた女の子の後ろ姿があった。
その子がこっちを振りかえる。胸元と裾にホワイトで花柄の刺繍がされた紺のキャミソールワンピに、花柄のベージュ系の半袖カーデという清楚ないでたち。
えっ? もしかして早坂さん? 学校での不良っぽいイメージとは全然違っていて、正直、驚いた。女の子って、髪型やファッション変えるだけで、こんなにもイメージ変るんだ?
「はっ、早坂さん?」
「どうしたの? 真結花さん。そんな、驚いたような顔して。それに、その子は?」
そりゃ驚きますって。男の子なら、そのギャップに“萌え”ってなっちゃうんじゃない?
「あっ、ごめん。妹の麻弥なの。この人が、わたしの友達の早坂さん」
「早坂さん、はじめまして。妹の麻弥です。えっと、お邪魔しちゃいまいしたか?」
「はじめまして、麻弥ちゃん。お邪魔だなんて…… 真結花さんに、こんな可愛らしい妹がいたなんて、知らなかったわ。それにしても、今日の真結花さんって、まるで男の子ような格好ね? お休みの日は、いつもそうなの?」
まっ、そう言われたら、そうかもねぇー。今日は、カーキ系のアメカジキャップに、ホワイト系ボーダーの半袖パーカーとネイビー系のデニムパンツという組み合わせだから。パパとアミューズメントパークに遊びに行って以来、外出するときは、女の子っぽい服装は避けているんだよね。また色々と、トラブルに巻き込まれるのはごめんだし。
「おねぇちゃん、好きでそういう格好してるんじゃないよね?」
不満そうに、そう言う麻弥は、透かし模様のホワイトのサマーニットにピンク系のキュロットという可愛らしいいでたち。
「んっ、まぁ、そうかなぁ?」
まぁ、そういうことにしておこう。説明するの、面倒だし。
「なんか、もったいないなぁー。真結花さんって、麻弥ちゃんみたいな可愛らしい服装、すっごく似合いそうなのになぁー。あっ、そうだっ! この後、お洋服見に行きましょうよ? ねっ、ねっ、いいでしょー?」
急に腕を組んできて、甘えるような声を出す早坂さん。それを、不満そうな顔で見つめる麻弥。
洋服? 沢村センパイの作品見たら、どこにも寄り道せずに、真っ直ぐ帰るつもりだったのに…… でも…… 断るのも悪いしなぁー、ここは、麻弥に助け舟を頼もう。
「麻弥はこの後、どうするつもり?」
「おねぇちゃんが行くなら、麻弥も付いて行くけど?」
なんだか、不機嫌そうな麻弥。こっちが期待していた言葉は出てこなかった。
ってことは、この後も早坂さんに付き合わないといけないのかぁ…… なーんか、疲れそう。
「じゃあ、それで決まりね? 真結花さん。さっそく、センパイの作品、見にいこっ!」
そう言って、今度は左手首を掴んでゴーインに引っ張ってくる早坂さん。チラっと、麻弥を見ると、目が怒っているような気がした。麻弥はこの状況、なんだか面白くないみたい。
「ふぅーん、沢村センパイの作品、こんなに上手いのに入選なんだ? 早坂さんは、どう思う?」
「まっ、ある意味、仕方ないよねぇー。選考しているのが、頭の堅そうな市や教育委員会のお偉いさん達みたいだから。最優秀賞や、優秀賞って、地味な作品ばかりだったでしょ?」
「確かに、そうかも」
「ねぇ、ねぇ、おねぇちゃん。この作品のサッカーで遊んでる小さな女の子って、なんとなく、おねぇちゃんに似てない?」
麻弥にそう言われてその作品に目を写すと、その幼い女の子の周りにいた、男の子達に視線が釘付けになった。理由はわからない。でも、なんだか、懐かしいような感じがした。この絵と同じ風景、以前に公園でも見たんだよね。だだ、その時と違うのは、無理に思い出そうとすると、頭に激痛が……
「真結花さん、この作品が、どうかしたの?」
「うん、ちょっと気になっただけ…… それより、休憩しない? ちょっと、頭痛がするんだよね」
「おねぇちゃん、顔、赤いよ? ほんとに、大丈夫?」
「ちょっと、気分が悪いだけ…… 」
「確か、ロビーにベンチがあったよね? 麻弥ちゃん、そこで真結花さんを休ませない?」
「そうですね。じゃあ、早坂さん、おねぇちゃんの肩、抱いてもらえますか? 麻弥は、腰を支えるので」
麻弥と早坂さんに支えてもらいながら、なんとかベンチまで辿り着き、横になった。
「ごめんね、麻弥、早坂さん。迷惑掛けちゃって」
「気にしないで、真結花さん」
「やっぱ、おねぇちゃんに付いてきて正解。なんか、イヤーな予感、してたし」
「じゃあ、麻弥は、最初っからそういうつもりで……」
麻弥って、やっぱ優しいな。
「あのぅー、すみません。その子、大丈夫ですか? 救急車、呼びましょうか?」
ロビーの受付の女性が、心配して声を掛けてくれたようだ。
「ありがとうございます。気分が悪いだけなので、しばらく様子みて、家族に迎えにきてもらいますので」
「そうですか。何かありましたら、呼んでくださいね?」
「はい。ご親切に、ありがとうございます」
ほんと、妹ながら、あいかわらずしっかりしてるよなぁー。あぁ、頭がぼーっとしてきた。なんだか、意識が遠のいていく。
「早坂さん、後のおねぇちゃんの面倒は麻弥が見ます。だから、もう帰ってもらってもいいですよ?」
「えっ? でもぉー、私だけ帰るっていうのは……」
「そんな、気を使ってもらわなくてもいいんですよ? 早坂さんも、この後の予定があるでしょうし」
えっ、なに、この妹? 遠回しに帰れって言いたいわけ? 敵意むき出しのその目、妹という立場をいいことに、私の真結花様を一人占めしようってわけ? そもそも、この場に妹が付いてくるなんて聞いてないし。もしかして…… 麻弥ちゃんってシスコンなの?
「私? 時間は大丈夫。行きがかり上、真結花さんを最後まで見届けないと心配だし」
「そうですか? 早坂さん、ちょっと電話掛けてきますね? しばらくおねぇちゃんの様子、見ててもらえます?」
「ええ」
あの早坂さんって人、絶対にアヤシイ。メイクとかファッション、まるで男の子とデートするみたいに気合入ってたし、やたらおねぇちゃんにベタベタくっついてた。絶対おねぇちゃんのこと、好きなんだよ。おねぇちゃんもおねぇちゃんだよ。なんで、あんな人と友達付き合いしてるんだろう。
このこと、おねぇちゃんにハッキリ言わないといけない。このまま放置しておいたら、絶対におねぇちゃんの健全な男女交際の障害になるもん。
「もしもし、ママ? 麻弥だけど…… 美術館まで迎えに来て。場所、わかるよね? ……うん、じゃあ待ってるね?」
どこかの教室…… 視線が低い…… 目の前には小学生ぐらいの男の子。なっ、なに? これ、小学生の頃の記憶? それとも、夢?
「あっ、あのー、晴広くん、コレ、受け取ってくれるかな?」
「はっ? どうしたの? 真結花、お前からチョコ貰うなんて、どこか、頭でも打った?」
「受け取ってくれないの?」
「何の冗談だよ。どうせ、秋吉達に頼まれて、俺をからかってんだろ?」
「へへっ、バレちゃったって、わけね?」
「やっぱりなぁー。俺、お前のこと、サッカー友達としてしか見てないし、だいだい、もっと女の子らしくしたらどう? お前みたいな女、好きになるヤツの顔が見たいよ」
「あはっ、そっ、そうだよねぇー」
「なぁーんだ? 自覚してるじゃん。ところで、そのチョコ、どうするの?」
「あっ、うん…… 晴広くん、女の子からいっぱい貰ってるみたいだし、秋吉くん達におすそわけするよ」
「ははっ、そのチョコ、秋吉達に頼まれたんだろ。それって、傑作だよな?」
「うっ、うん、そうだね」
「んっ? どうしたの? 真結花、元気ないね?」
「んー、ほらっ。晴広くんの事、からかえなかったからさ、ざんねーん、なーんてね」
「秋吉達にさ、もっと手の込んだ冗談頼むって言っといてよ」
「うん、言っておく。じゃあね、さよなら、晴広くん」
「今日も練習、来るんだろ?」
「うん」
これは失った過去の記憶? それとも、心に封印されていた記憶? 真結花…… 泣いてる、泣いてるの? 初恋、だったの? ホントのキモチ、言えなかったの? 友達じゃなくなることが、怖かったの? いっぱい、いっぱい、泣いたんだね? いっぱい、いっぱい、我慢したんだね? いっぱい、いっぱい、苦しんだんだね? もういいよ。もういいんだよ。自分にウソをつかなくても、いいんだよ?
「うっ、ううーん」
「あっ、おねぇちゃんの目から涙が……」
「真結花さん、真結花さん、大丈夫? どこか、痛いの?」
誰かが呼んでいる。薄らと目を開けると、麻弥に、んっ? 誰? この人? はっ早坂さん? どうゆうこと?
「ええっーと、ここはどこ? わたし、こんな所で寝て、何してたの?」
「おねぇちゃん?」
「真結花さん?」
「わっ、わっー、はっ、早坂さん? だよね?」
「そうですけど?」
「どうしちゃったの、おねぇちゃん?」
「どうしちゃったのもなにも、麻弥、ここ、どこ?」
「へっ? 美術館、だけど?」
「美術館? いったい何をしに?」
「何をしにって、真結花さん。沢村センパイの作品を見に来たんじゃない」
「沢村センパイ? 誰? その人?」
「えっ? もしかして、おねぇちゃん、また記憶喪失?」
「そっ、そんなぁ…… 真結花さん、ここ一週間の私達の出来事、何も覚えていないの?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、二人共。今、わたしの頭ん中、こんがらがってんだから」
「おねぇちゃん、とりあえず家に帰ろう。話はそれからゆっくりね? ということで、早坂さん。学校でもしばらくの間、おねぇちゃんのこと、そっとしてもらえますか?」
「それって、まさか…… しばらく真結花さんに近付かないでってこと?」
「そんなことは言ってません」
「言ってるじゃないっ! 遠回しに!」
「ただ、おねぇちゃんが落ち着くまで、様子見て欲しいって言ってるだけ!」
「ちょっと、ちょっと、二人共、喧嘩するのは止めて! わたし自身、わけわかんないんだから!」
あの事故からの記憶が無いとしたら…… 以前わたしが、この自分の部屋に戻ったのは、2か月ぶりってこと? でも…… 部屋の様子は、特に変ったことはないようだけど……
んっ? なに? くまさんのぬいぐるみ? こんなもの、わたしの机に置いてたっけ? それに…… これは、日記帳?“記憶のダイアリー”って書いてあるけど…… わたし、日記なんて付ける習慣ないんだけどなぁー。
その“記憶のダイアリー”と書かれた日記帳らしきものを手に取り、出だしを読んでみると、
この日記帳を読んでいるわたしへ。もし、この日記帳を読み返しているわたしがいたら、それは、本当のわたしなのかな? この日記帳は、未来のわたしに、過去にこんなわたしも存在したという証として残しているのです。
どうゆうこと? 益々気になったわたしは、食い入るように日記を読み進めた。
日記帳にはこれまでの、約2か月の日々の出来事が、みっちりと書かれてあった。自分自身のアイデンティティーに関すること、家族に関すること、友達に関すること、恋愛に関すること、歌やカラオケに関すること、美術部に関すること、サッカーに関すること、モデルに関すること、この2か月という短い間に、様々な出来事があり、その中には、わたしの知らないもう一つのわたしの姿があった。そう、新しいもう一つ“真結花”のキャラというべきか、別人格みたいなもの?
この日記を読んでみて、改めて気付かされたことが沢山あった。普段、当たり前過ぎて気付かないこと、見えていないこと、感謝の気持ち、周りの沢山の人々に支えられて生きているっていうこと。そして、自分自身の存在も、他人を支えているっていうこと。
それにしても…… この日記に書かれていたこと、色々と驚くことが多過ぎ。わたしが、友田くん、喜多村くん、生徒会長さんから告られてた、なぁーんてね。その喜多村くんを争って鶴見さんと喧嘩してたり。それに、早坂さんとも仲直りしてたり、園田センパイ、沢村センパイに横山センパイ、いつの間にか、知り合いが増えてたり。小学生とき、友達だった眞綾ちゃんとも会ってた。
モデルの件も、井沢さんからの連絡、無視してたはずなのに、いつの間にかモデルのアルバイトやってたり、体の方は、かなりなまってるみたいで、サッカークラブへの復帰には時間が掛りそうだとか…… 里子ちゃんとも、随分ご無沙汰のようだし。
うぅーん、月曜日からどうしようかな? わがしが以前の記憶を取り戻したこと、皆には黙っておく? そうだ! イメチェンしたっていう方が、不自然にならない? なんだか、その方が面白そう。皆の反応、ちょっと見てみたいような? わたしって、いけない子?
以前とは、なんだか違う清々しい月曜の朝。
「おはよー! 鮎美ちゃん!」
「おはよう。鮎美ねぇさん」
「おっ、おはよぅ、真結花、麻弥ちゃん。って、まっ、真結花、どうしたの! その短い髪!」
「この髪? へへっ、切っちゃった。どう? 似合う?」
「切っちゃったって、どうしたのよ! 真結花!」
「まー、これから暑いからねぇー。前々から、夏になる前に切ろうかなって」
「麻弥もおねぇちゃんが髪切るの、猛反対したんだけど…… どうしても髪切るっておねぇちゃんが……」
「真結花、もしかして…… なにかあったの?」
まっ、聞いてくるよねぇー、とーぜんの反応だけど。
「別にぃ? そんなことより、鮎美ちゃんは体の方、もう大丈夫?」
「バッチリよ。それから、真結花…… おっ、お見舞いのお花、ありがとね」
鮎美ちゃん、なんだか少し、照れ臭そう。 まっ、お花を贈るなんて、わたしのキャラじゃないし。そうそう、パパからも、メールでお花ありがとうってさ。なんだか、こっちも照れ臭い。
学校に着くと、皆の驚く様子が面白かった。
「えぇー、まゆまゆぅ、なんで髪、切っちゃったの! でも、ショートもカワイイっ!」
うん、杏菜ちゃん、いいよ、そのリアクション。
「ふぅーん、まゆかちゃん、何か、吹っ切れたってわけね?」
何だか、意味ありげな言葉の智絵ちゃん。もしかして、わたしの変化に気付いてる?
「わかります、真結花さん。イメチェンなんですね?」
莉沙子ちゃんも、すればいいじゃん、イメチェン。メガネ止めてコンタクトにすれば、今よりも、もっとカワイクなると思うよ?
「真結花、夏になるから髪切ったいうの、嘘よね? 本当の理由、言いなさいよ!」
やっぱり納得してない鮎美ちゃん。こんなこともあろうかと、準備しておいたものがありまして。
「本当の理由ねぇー、実は、コレ、かな?」
ポケットから携帯を取り出し、画面にオカユナの最新曲のPVを表示して皆に見せた。
「えっ? このPVに使われている少女の写真って、もしかして、まゆまゆなの?」
「ほんと、まゆかちゃんにソックリね」
「真結花さん、コレ、真結花さん本人じゃないんですか?」
「真結花、いつの間にこんな撮影してたわけ?」
「皆、そう言うと思ってさぁー、オカユナの新曲PVがTVやネットでバンバン流れ出す前に、髪、切っちゃたんだよねぇー。わたしが、この写真の少女と間違われちゃうのは迷惑だし」
「じゃあ、この写真の少女は、真結花じゃないってわけね?」
鮎美ちゃん、まだ少し疑いつつも、納得した様子。
「そんなの、決まってるじゃん。いくらわたしが、オカユナのファンだからって、オカユナが無名で素人のわたしの写真をPVで使うわけないし、だいたい、そんなコネ、あったら欲しいくらい」
「まっ、冷静に考えたら、そうよね。まゆかちゃんが、芸能関係者に通じてるなんて、考えにくいわけだし」
智絵ちゃんも、わたしの話を後押ししてくれた。まっ、モデルの仕事なんて、一時期の気の迷い。わたしには、サッカーしかなんだから! これで、この件は一件落着? と思ったら、
「おいっ、木下! お前、なんで髪切った? 喜多村、自分のせいだと気にしてるぞ!」
喜多村くんが、髪のことで気にしてる?
「あぁ、友田くん? その件は、コレ、見てくれない?」
あぁ、もう、自分でまいた種とはいえ、メンドクサイなぁー。友田くんにもオカユナの新曲PVを見せると、
「コレって…… おい、木下。お前、芸能人にでもなったのか?」
「だからぁー、そうゆう勘違いな人、いるから髪切ったわけ」
「じゃあ、この写真は木下じゃない?」
「そっ、だから、髪切ったのは喜多村くんのせいでもなんでもないの! そう言っといてくれる?」
「イヤだね。お前が喜多村に直接言えよ! 俺は、木下と喜多村の、伝言係じゃないんだからなっ!」
「はいはい、わかりました」
あぁ、もぉー、めんどくさい。
「喜多村くん? わたしの髪のこと、気にしてるって聞いたんだけど?」
「あっ、あぁ。木下さん、その髪、どうしたの?」
「もうすぐ夏だから」
「夏だから?」
「そっ、夏だから、長いと暑いでしょ?」
この髪、意外とお気に入りかも。まっ、なんせ、ママに切ってもらったわけだし。
「えっ? それだけ?」
「うん、って言いたいところなんだけど、本当は新しい自分に出会えたから、心機一転したかったんだよね」
「新しい自分?」
「そっ、新しい自分」
「それって、どういう意味なのかな?」
「それを知るのが、喜多村くんの役目なんじゃない?」
「なんか、木下さん、雰囲気、また変ったよね?」
「こんなわたしでも、いいのかな? 喜多村くんは」
「いいも悪いも、木下さんは、木下さんだよ」
「ありがとう」
ふぅーん、意外。喜多村くん、以前と違うわたしでも受け入れるんだ?
恋なんて、したくなかったの…… この胸の痛み、覚えてた
ダメなの…… どうしていいのか なんて、誰にも聞けない
だから、今日もまた同じ
ホントのキモチ、隠してた 友達のままでいたかったの……
壊した過去に サヨナラを言えずにいたの
まだ、少し早過ぎたの
毎日の運命を呪う日々だった 誰かにわたしを変えて欲しかった
すれちがう心 イライラしていたの
苦い想い出を閉ざしたまま
君の隣は 今も開いてますか?
まだ間に合うなら言わせて欲しい
交わらない心 いつか結ばれると
願えば君に伝わるのかな?
わたしの隣で 笑顔でいて欲しい
だから君を好きだと言わせて
んー、やっぱりいいね、オカユナの新曲。
わたしも一歩踏み出して、新しい恋、始めてみる?
“記憶のダイアリー”それは、いつまでも、過去に囚われてはいけない、前に進めって背中を押してくれた、もう一人のわたしの大切な記憶……
完
ここまで読んでいただいた読者の皆様、
拙い作品ながらも今までお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。