#49:花束に、想いをのせて……
なーんか、ダルイなぁー。放課後の走り込み練習っていうのも。先週まで、ヤル気に満ちてたっていうのに、今日はなんだか、ひじょーにかったるい。っていうか、体が重い感じ? とはいえ、練習に付き合ってもらってる園田センパイの手前、練習途中で帰らせて下さいとも言えないわけで……
「木下さん? 今日は練習、身に入っていないようね?」
あっ! なーんか園田センパイ、不機嫌な感じ? どっ、どうしよう?
「すっ、すみません。園田センパイ」
とりあえず、頭を下げて謝った。
「木下さん、私が不機嫌そう、とか思ってる?」
うっ! 園田センパイ、さすがにするどい。どっ、どう答える?
「いえ、そんなことは……」
「半端な気持ちで練習されると、困るのよね。他の部員の目もあるし、臨時部員とはいえ、あなたの管理監督者は、この私なの。木下さん、私がなんでこんな事言うのか? わかる?」
えっ! もしかして、対応、マズった?
「そのぉー、わたしが練習、真面目にやってないからですよね?」
「そんなことを聞いてるんじゃないのっ! 練習中の気の緩みは、ケガに繋がるのよっ! 特に、あなたのように練習始めたばかりの子は、こっちも気が抜けないのっ! わかる? 木下さん、私の言ってることが?」
園田センパイが後輩に対して厳しい理由、なんとなくわかったような? 後輩に対する、愛のムチってことなんだよね? 本当は、後輩思いの人なんだ? わざわざ練習に付き合ってもらってるっていうのに、それを俺は……
「はい。本当にすみませんでした、園田センパイ」
再び、深々と頭を下げて謝った。
「わかればいいの。顔、上げて」
顔を上げると、さっきまで怒ってた園田センパイが、今度は不思議そうな顔で、じぃーと俺の顔を見つめている。いったい、なんなんだろう?
「あのぅー、園田センパイ? 他に、なにか?」
「木下さん、この練習を続けたいのなら、しばらくは恋愛禁止! わかった?」
園田センパイ、突然、何を言い出すと思ったら……
「へっ? いったい、なんのことです? 園田センパイ」
「隠してもダメ! あなた今、恋愛で悩んでるでしょ? そういう悩みがあるから、練習にも身が入らない。そういう子、過去に何度も見てきたからわかるのよ。練習取るのか、恋愛取るのか、この際、ハッキリしてくれない? 木下さん」
そっ、そんな極端な? 確かに、恋愛で悩んでたけど…… 園田センパイ、なーんか、勘違いしてるしぃ。
「園田センパイ、確かにわたし、つい最近まで恋愛で悩んでました。でも、今の悩みは、恋愛のことじゃなんです。友達のことで悩んでて……」
「友達のこと?」
「はい。一番仲のいい友達と喧嘩しちゃって、今日、顔合わせてちゃんと謝ろうと思ってたんですけど、その友達がインフルエンザになっちゃって…… しばらく会うことも、電話もできないし、メールだけで謝るっていうのもなんだかイヤだし、そのまま、きちんと謝れてないんです。それで、今日一日中、気持ちがモヤモヤしてて……」
「なぁーんだ、そんなこと? てっきり、恋愛で悩んでるんだとばっかり思ってたわ」
「園田センパイ、こんなときわたし、どうすればいいんでしょうか? どうすれば、友達と上手く仲直りできますか?」
「そうねぇー、お見舞いとお詫びを兼ねて、お花を贈ってみたらどうかしら? メッセージカード付きで」
おっ、グッドアイデアですよ。 なかなか、いいこと言いますね、園田センパイも。
「それ、いいですね? ありがとうございます、園田センパイ。帰りにさっそく、お花屋さんに寄ってみます」
「じゃあ、木下さんから私に貸し、一つね?」
「貸し、ですか?」
「そう、貸し」
貸しって、いったい、なぁーに? 園田センパイ? なーんか、またイヤな予感が…… でも、話しを振られた以上、乗らなきゃ悪いし……
「その貸しって、返済、しなきゃいけないものなんですか?」
さあ、どう返してくる? 園田センパイ?
「そう、トイチで返してもらおうかしら?」
そう来ましたか。トイチって、ヤクザですか? 園田センパイは? 冗談、ですよね?
「園田センパイ? それって、何で返済すれば……」
いったい、どんな要求が飛び出してくるのやら?
「そうねぇー、あなたの体で払ってもらおうかしら? 」
はぁー? それ、マジで言ってるわけじゃないですよね?
なーんか、園田センパイの顔、微妙に笑ってるしぃ。
「あのぉー、体で払うと言われても、具体的にどんなことをすれば……」
ただ、園田センパイに相談に乗ってもらっただけなのに、その見返りが体って……
「もぉー、しらばっくれちゃって、木下さん。それで、純情乙女のフリ? 体で払うと言えば、一つしかないでしょ?」
えぇーっ、まさか、そんな…… ホンキで言ってるんですか? 園田センパイ。
「もっ、もしかして、口に出して言えないような恥ずかしいこと、ですか?」
「もうー、顔を赤くしちゃって、かわいいわね? 冗談に決まってるじゃない」
「あははっ、そっ、そうですよね?」
ホンキにした俺が、バカだった。
「んっ? もしかして、そうゆうイケナイことを期待したてたのかなぁー? 木下さんは?」
「そっ、そんなことはありませんっ!」
何を言うんですかっ! 園田センパイは。
「なに? ムキになっちゃって、益々、アヤシイわねぇー」
「だから、違いますっ! 園田センパイ」
「そんな、無理に否定しなくても大丈夫だから。いいのよ? 私にホントのことを言っても。私、そっちの趣味の子、随分と見てきたから、今更、驚かないわよ?」
えっ、もしかして、園田センパイは、そっち系の人なわけ?
「もぉー、怒りますよ? いくら園田センパイでも」
頬を膨らませて、ワザと怒ったフリをしてみた。
「ごめん、ごめん。ちょっと、調子に乗り過ぎたかしら? なんか木下さんのこと、すっごくイジメたくなっちゃったのよねぇー。私、あなたのお友達に、嫉妬しちゃったのかな?」
嫉妬って、どういう意味なんです? 園田センパイ? その言葉の真意を知りたいような、知りたくないような? なんだろ? このヘンなモヤモヤした気分は…… 以前から、気にはなっていたんだけど。うっ! 急に意識すると、園田センパイの顔、なんだか恥ずかしくて見れない。
「あのぉー、園田センパイ?」
「なに?」
「勝手なお願いなんですけど、もう練習、切り上げさせてもらってもいいですか?」
「そうねぇー、今日の木下さん、乗り気じゃないみたいだし、いいわよ?」
「ありがとうございます」
そう言って、今日の練習は早引きさせてもらった。
それにしても園田センパイ…… 少しキャラが変ってきたような気が? 気のせいなんだろうか?
後輩に対して、厳しいことも言ってるけど、最近、少し柔らかくなってきたような? そんな感じがするんだよね。今日は、練習も早引きさせてくれたし。まっ、いいことだよね? 女子陸上部にとっては。園田センパイと後輩の間でギスギスしてた雰囲気も、少しずつ、いい方向に向かってるみたいだし。
もしかして、部外者の俺の存在が、女子陸上部にとって、上手いぐあいに潤滑油の役目してたりして…… って、それはちょっと考え過ぎかな?
帰りにお花屋さんに寄ってみます。と、園田センパイに言ったものの、お花屋さんの場所、すっかり聞くの忘れてた。だってさ、園田センパイがヘンな話し振ってくるし、急に恥ずかしくなって、園田センパイの前から一刻も早く逃げ出したいって衝動に駆られてたもんだから、そんな余裕、全然なかったんだよね。
その結果、駅前をウロウロしたあげく、道行く人に聞きまくって、ヘンなオッサンに絡まれたり、逆ナンパと勘違いされて、逆に男子学生にナンパされそうになったりと。今思えば、女性なんだから、女性に聞けばよかったと思うわけでありまして。
と、様々な困難を経て、お花屋さんの前まで辿りついたものの、お花って沢山種類があるし、いったい、何を選んだらいいのか全くわからない。確か…… 花言葉とかもあるんだよね? ヘンなの選ぶと、エライことになるんじゃないかと内心、バクバクしてるわけで、お店の人に選んでもらった方がいいのかな?
でも、さっきから、お店に入るタイミングを窺っているんだけど、どーも、入り辛いんだよね。だってさ、お店の外のプランターに女学生やOLみたいな人が何人も群がってるし、いったい、どーなってるんだろう? お花屋さんって、そんなに人気がある商売なんだろうか?
恐る恐る、お店に近付いてみると、入り口に置いてあったホワイトボードに、なんか書いてある。なになに、“父の日お花ギフト予約受付中!! 今週水曜日までにご予約頂いた方は10%オフ!!”?
そっか、来週の日曜日って“父の日”なんだ? そういうこと? じゃあ、ついでにパパにも、お花でも贈ってみよっか? 別れ際にプレゼント貰ったわけだし、何かお返ししとかないとね。
お店に入り、二人の女性店員のうち、手の開いてそうな20代前半ぐらいの女性店員に声を掛けると、
「父の日用ですか?」
「そうなんですけど、それと、お見舞い用のお花が欲しいんですけど、何を選んだらいいのかわかんなくって…… お勧めのものとかありますか?」
「父の日の定番と言えば、こちらのバラがお勧めなんですけど、色はどうされます? 色の組み合わせも自由にできますよ?」
うぅーん、一言でバラといっても、赤色、ピンク色、オレンジ色、黄色、白色、青色、青紫色、こんなにも色がいっぱいあるんだ? どうしよっかなぁー、色ねぇー。そっか、パパはサッカー現役時代、“蒼の鉄壁”ってあだ名で呼ばれてたんだよね?
「じゃあ、青色と青紫色の、二色の組み合わせでお願いできますか?」
「はい。ありがとうございます。ではお客様、お見舞い用のお花はどうされますか? お相手の方によって、お勧めのお花も色々とありますが?」
「えっと、お友達が病気で、その…… メッセージカードも入れたいんですけど? それと、花言葉の良さそうな花がいいんですけど、そいうの、あります?」
「じゃあ、この亜麻なんてどうでしょうか? 花言葉は『あなたの親切に感謝します』なんですけど、いかかですか?」
「その…… 亜麻って、よく聞く『亜麻色の髪』って呼ばれてるのお花なんですよね? お花の色、青紫色、白色、紅色ですけど……」
思ってたイメージと、全然違うんだけど……
「亜麻色っていうのは、亜麻の茎からとれる繊維の色なんです。亜麻で作られた糸が、ベージュっぽい色なので、よく亜麻色が金髪や栗毛色の表現に使われていたりしますよね?」
「へぇー、そうなんですか? さすが、お花屋さんですね?」
「いえ、亜麻をお勧めすると、お客様に良く聞かれますので……」
「そう言えば、お姉さんの髪の色も、栗毛色だし、亜麻色になるんですよね? わたしも髪、染めた方がいいと思います?」
なんか、茶髪にするのも、悪い気がしないでもないけど……
「いえ、お客様の黒髪は艶やかで綺麗ですし、すっごくお似合いですよ? 逆に、私は憧れちゃいます」
「そうですか?」
なんか、照れる。
「はい」
満面の笑みで返されてしまった。これって、もしかして…… 営業スマイルってやつ?
「じゃあ、お見舞い用にこの亜麻をもらえますか? 色は青紫色で」
パパのと、おそろいの色でいいよね? それに、この青紫色、すっごくキレイだし。
「はい。ありがとうございます。父の日用、お見舞い用、どちらとも後日お届けということでよろしいでしょうか?」
「えっと、お見舞い用はお持ち帰りでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
というわけで、お見舞い用のお花をお持ち帰りしたのはいいけれど、花束と制服姿の女子高生の組み合わせっていうのが、すっごく目立つようで、道行く人にジロジロ見られたり、帰りの電車の中では注目されたり、すっごく恥ずかしかった。
ふつー、花束なんて、持ち歩かないもんなー。特に電車の中ではさぁー、他校の女子高生達のひそひそ話聞いてたら、“彼氏にもらったのかなぁー”とか、ヘンな誤解されて、余計に恥ずかしかったし。こんなことなら、宅配にすればよかったんだけど、鮎美ちゃんの自宅に直接、届けたかったんだよね。
ピンポン~♪
『はい、どちらさまでしょうか?』
もしかして、鮎美ちゃんのお母さん?
「鮎美ちゃんと同じクラスの、木下です」
ガチャ。
「うわぁー、真結花ちゃん、お久しぶり~、入学式以来かしら?」
こっちは、記憶がないから、初対面なんだけどなぁー。でもなんか、鮎美ちゃんから聞いていたお母さんの、厳しそうなイメージとは全然違う。明るくて、すっごく優しそうな感じだけど?
「あのっ、このお花、鮎美ちゃんに渡してもらえますか?」
「わざわざ、鮎美のお見舞いにきてくれたのね? 素敵なお花をありがとう。鮎美も、きっと喜ぶわ」
「いえ、そんな。お母さん、ところで、鮎美ちゃんの容態の方は……」
「鮎美の熱は、もう随分下がって、峠は越したから大丈夫。来週には、学校にも出れると思うから。それより、せっかく来てくれたんだから、上がってお茶でもどうかしら?」
「いえ、わたしはお花を渡しに来ただけなんで……」
「そんな、他人行儀に遠慮せずに、上がって。小さい頃は、よく遊びに来てくれてたじゃない」
そこまで言われると、お茶ぐらい付き合わなきゃ、やっぱマズイかな?
「じゃあ、遠慮なく」
とは言ったものの、鮎美ちゃんのお母さんとなんて、話が噛み合うかな? 昔話を持ち出されたりなんかしたら、それこそ、どう対応すればいいのか困るよなぁー。出来る限り、昔話に持ち込まないようにしないと……
「コーヒーでいいかしら?」
「はい」
なんか、緊張するなぁー。いったい、何を話したらいいんだか。
「ほんと、久しぶりよねぇー、真結花ちゃんが家に来てくれるなんて、いったい、いつ以来のことかしら?」
俺の緊張とは余所に、鮎美ちゃんのお母さんは、すっごく嬉しそうな顔で、テーブルにカップを置いてくれた。
「えっと、実は…… お母さんが居ないときに、最近お邪魔したばかりなんです」
「そうなの? 鮎美、そういうこと、ちっとも話してくれないのよね。学校のことも話してくれないし、最近、あの子の考えていることがよく分からないのよね。子供のことも知らない、情けない親でしょ?」
「いえ、そんなことはないと思いますよ? 鮎美ちゃん、しっかりしてる子だし、わたし、鮎美ちゃんに助けてもらってるばかりで……」
「そんな、気を使ってくれなくてもいいのよ? 真結花ちゃん。分かってるのよ、私自身。日頃の忙しさや仕事にかまけて、ずーっと、鮎美をほったらかしにしてたのが悪いんだって。鮎美が病気になって、今更なんだけど、ようやくそのことにハッと気付いたのよね。きっと、バチが当たったのね? でも、いい薬だと思うの。きっと、神様がくれたチャンスなの。家族関係修復のためのね」
「わたし、鮎美ちゃんがきっと、忙しいご両親に心配や迷惑掛けないようにって、ずっと気を使ってるんじゃないのかなぁーって、そう思うんです。わたしに比べたら、すっごく強い子だし。だから、余計なことは喋らなくなっていったんじゃないのかなぁーって。口ではご両親のこと、ウザいって言ってるけど、鮎美ちゃんも本当は、ご両親に甘えたいと思いますよ? 実は、わたしも最近まで、家族に対して同じような思いを持ってたんで、なんとなく分かるような気がするんです。鮎美ちゃんのこと、もっと信用してあげてください。済みません、お母さん。わたし、生意気なこと言っちゃって」
「いいのよ。ありがとうね、真結花ちゃん。鮎美も、いい友達を持ったわね? これからも、鮎美のいい友達でいてね?」
「はい。モチの、ロンですよ?」
「あらっ、真結花ちゃん。ずいぶんと古い言葉、知ってるのね?」
「へへっ、友達が使ってたので、つい。ところで、お母さん、鮎美ちゃんの小さい頃のアルバム、見せてもらってもいいですか?」
「ええ、かまわないけど…… 鮎美のアルバムが、どうかしたの? 真結花ちゃん?」
「いえ、単に、鮎美ちゃんの小さい頃の写真が見たいなー、なーんて、ふと思ったもので」
「ちょっと待っててね」
「はい」
ワクワクしながら、アルバムを待ってると、
「はい、どうぞ、真結花ちゃん。保管の仕方が悪くって、少し、黄ばんでる写真もあるかもしれないけど」
そう言って、鮎美ちゃんのお母さんは、アルバムを渡してくれた。
やっぱりそうだ。このアルバムに写ってる両親と小さい頃の鮎美ちゃん、みーんな笑顔で写ってる。小さい子を持つ家族って、そーだよね? ふつーは。それが、子供が大人になるにつれて、いつの間にか家族に笑顔がなくなっちゃって行くんだ? それって、なんか悲しいよね?
それにしても、小さい頃の鮎美ちゃん…… なんてかわいいんだろう。もうー、さっきから、胸にきゅんきゅんきちゃって。もし、ここに、本物の小さい頃の鮎美ちゃんが居たら、思いっきりギューって、抱きしめたくなるような感じ? このキモチって、萌え? だとしたら、なに萌えなんだろう?
真結花の贈った花束の想い、伝わるといいですね?
あなたも、誰かに、日頃の感謝を込めて、花束を贈ってみませんか?
次回につづく。