表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/52

#5:記憶のPiece

退院後、お母さんと妹と、新たな生活をスタートさせることになった真結花。

真結花を待ち受ける悲劇とは…

 少し大げさかもしれないが、これから、この家で、俺の女の子としての人生が始まる。

そう思うと少し緊張したが、今まで持っていた記憶がリセットされた以上、

今更ジタバタしても仕方がないのだ。

ここは、開き直り、どっしりと構えるしかない。

でも、その前にちょっと待った。疲れたからお風呂にも入りたいし、お腹も減ったよ。


「ただいまーっ」

そう言ってお母さんが玄関の扉を開けると、


「わんっ!、わんっ!」


「うっ!」


 茶色毛のミニチュアダックスフントがしっぽを振って、俺の脚にいきなりじゃれついて来た。

余りにもいきなりの出来事で、何の心の準備もしていなかった俺は、

一瞬、心臓が止まりそうなくらいビックリした。

非常に可愛らしい姿をしていたが、俺を驚かすには十分な破壊力を持っていた。


「ふふっ、yukiったら、おねぇちゃんが帰って来てうれしいのね」

このコ、“yuki”っていう名前なんだ。

俺は、しゃがんで“yuki”の頭を撫でてやると、「くぅーん」といった鳴き声を出して目を細め、

嬉しそうな表情をした。


「このコって、女の子? それとも 男の子?」


「女の子よ。今日はお留守番してくれてたの。お利口さんねぇ」

そう言って、お母さんもyukiの体を撫でた。


「休みの日は、殆どおねぇちゃんが、yukiを散歩に連れて行ってたの」


 あぁ、それで、yukiがいきなり俺にじゃれついて来たって、わけ? 散歩に連れてけよって。

お留守番ってことは、やっぱ、この家にお父さんは居ないの?


「そうなんだ?」

「ねぇ、おねぇちゃん、後でyukiを連れて一緒に散歩に行こうよ」

「麻弥、真結花は今日退院したばかりで疲れているんだから、来週にしたらどう?」

「そうだね。麻弥、おねぇちゃんが家に帰って来たから、ついうれしくなっちゃって」


 正直、ホッとした。この体にまだ慣れていないし、まだこんな格好で近所をうろつきたくは無い。

俺はリビングに入ると、どっと疲れが出たのか? ソファーに大の字になってもたれた。

yukiも俺の足元まで付いて来て腹這いになり、頭だけこっちを向けて俺の様子を窺っている。

その仕草がなんとも可愛らしい。

やっぱ動物って、見てるだけでも癒される。


「あのさぁー、おねぇちゃん。いくら疲れてるからって、そのカッコ、だらしないよ!」

「えっ?」

「脚っ! 広げ過ぎだから!」

妹に脚を指でさされ、思いっきり注意されてしまった。


「ごっ、ごめん」

俺は、慌てて大きく開いていた脚を閉じた。


「真結花、今からお風呂入れるわね。それと、二人共、お昼はおそばでいいかしら?」

「麻弥はそれでいいよ、おねぇちゃんは?」

「うん、わたしもそれでいいよ」

「そう」


「ねぇ、ママ」

「んっ? どうしたの? 真結花」

「この服、着替えてもいいかな?」

「これからお風呂に入るんだから、何も今着替えなくてもいいんじゃないの?」


「それもそうね」

お母さんの言うことは、ごもっとな、ご意見でございます。

わたくしめには、反論の余地はございません。


「真結花は疲れている様子だし、お湯が入るまで、そこで休んでいなさいね」

「うん。あっ!そうだ! お昼から鮎美ちゃんがお見舞いに来るって」

「そうなの? もっと早く言ってくれてたらスーパーにでも寄ったのに…」

「ごめんなさい、ママ」

「まぁいいわ。今晩は真結花の退院祝いしなきゃいけないって、思ってたから、後でスーパーに買い出しに行くわ」

「そうだね。麻弥も退院祝いに賛成! 麻弥もママの買い出しに付いて行くぅー」

妹は、ビシッ!と右手を上げながら言った。

「退院祝い?」

「そう、景気づけよ。パパもここに居たらいいのに…」


退院祝いねぇー、まっ、いっか。病院食より美味しい物が食べれそうだし。んっ? パパって?


「ねぇ、ママ。パパって、今何処にいるの?」

「今、海外に居るの。向こうの事情もあって、当分帰ってこれないみたいなのよ」

お母さんは少し悲しそうな顔をした。


「そう」

俺、嫌な事を聞いてしまったのかも。


「でも、真結花が無事だって事はちゃんと伝えてあるから、パパも安心していたわ」

「おねぇちゃんは、昔っからパパっ子だったのよ」

「そうなの?」

「うん。それはもう、甘えん坊さんみたいに」


俺は何故だかわからないが、少し気恥ずかしくなった。




「真結花、お風呂、もう入れるわよ」

お母さんがそう言って、リビングに居る俺を風呂場まで連れて来てくれた。


「着替え、ここに置いてあるから、それと脱いだ服はそのかごに入れてね」

「うん」


 着替えは、白の上下の下着、チュニックTシャツとスエットパンツが用意されていた。

スカートよりこっちのほうが動き易くていいや。


「あっ!」

「どうしたの?ママ」

「ちょっと、待ってて」


 そう言って戻って来たお母さんは、俺の右袖を捲り上げ、

右肘に巻かれた包帯の上からラップフィルムを巻いてくれた。


「これでよし!っと。右肘、湯船に浸けないよう注意するのよ」

「うん」

「じゃあ、ゆっくり浸かってね。お風呂上がったら、みんなで昼食にしましょう」

「うん、わかったわ」


さてと、お湯にゆっくり浸かって、気分をリフレッシュしますかぁー。


 この体、まだ違和感あるし、恥ずかしいから、余り自分でマジマジと見ないようしよっと。

ささっと、服を脱ごうとしたが、先ほど右肘に巻かれたラップフィルムで右肘が曲げにくかった。

かけ湯をしてから、右腕だけ湯船に浸からないようにゆっくりと体を沈めた。


「ふうーっ」


あーっ、暖かいお湯で全身が包まれているとスゴく落ち着く。ホント、癒されるって感じ。


「しまった! 髪、ゴムで留めなきゃいけなかった?」

長い髪の毛先が湯船に広がっていた。


「まっ、いっかー。どうせ髪洗うし」


 浴槽、意外と広いんだな。というより、この体が小さいのか?

背中を浴槽の壁に付けた状態で思いっきり脚を伸ばしてみたが、爪先が浴槽の反対の壁に当たりそうもない。

俺は、浴槽から出て、ナイロンタオルにソープを付けて体を洗い始めた。

タオルで体を擦ると、思ったより肌が敏感で妙な感覚を覚え、

特に乳首にタオルが当たると、少しくすぐったいような、ヘンな感じがした。


 肌が敏感で弱そうだから、こりゃ余り強く擦っちゃダメだな。

女の子の部分も、そっと腫れものでも触るかの如く、恐る恐るやんわりと洗った。

そのうち、全身を洗っていると、なんだか体中が火照っているような、妙な感覚が俺の体を包み込んだ。


 えっ? これって、お湯で体が温まって、ただ血行がよくなっただけだよね? 

このヘンな悶々とした気分は、きっ、気のせいだよね?

まさか? これって、体が疼いているとか? 体がその… アレをして気持ち良くなりたいとか?


 うあぁー、いったい何考えてんだ! 俺って、ヘンタイかっての!

ったく、こんな幼い体に一瞬たりとも欲情するなんて。

今は、そんな事考えている場合じゃないだろうにっ!


 一瞬にして、この娘のエッチな事をしている妄想が、俺の頭の中を支配したのだ。

俺は、頭を左右に振って、頭の中を支配していたエッチな妄想を必死に搔き消した。


「さっ、変な事考えてないで、さっさと髪、洗わなきゃ」


 髪が長いので、シャンプーとリンスにはかなり時間が掛ってしまった。

今度は、束ねた髪を右手で掴んでから湯船に浸かり、体を温めてからお風呂から出た。

髪は何度もタオルで拭いたが、長いから中々水分が取れない。

このままだと湯冷めしそうなので、素早く着替え、洗面台のドライヤーで髪を乾かし始めた。

そういや、意識せずとも着替えは手慣れたもんだった。


 しかし、なかなか乾かないねぇー、この髪。この調子じゃあ、毎日、髪の手入れが大変そう。

暫く、長い髪と格闘しながら、ふと思った。


「髪、短く切っちゃおっかな? でも、いきなり髪切ると皆に変に思われるかな?」




「ねぇ、ママ。この髪、短くしてもいいかな?」

俺は、毛先をいじりながらキッチンで昼食の支度をしていたお母さんに聞いた。


「えっ? いきなりどうしたの? 真結花」

お母さんは少し驚いた顔を見せた。


「うん、ちょっと髪、長くてうっとうしいかなぁーって、短く切っちゃいたいなぁーって、思っちゃたりして」


「えぇーっ! おねぇちゃんのその綺麗な髪、短くしちゃダメっ! 絶対ダメェ~。

その髪、短くなんかしたら、麻弥は絶対許さないんだからっ!」

リビングでyukiと戯れていた妹が、ふくれっ面で猛抗議して来た。


「うっ!」

妹の思わぬ大クレームに後ずさりして、たじろいでしまった。


「真結花、髪がうっとうしいのなら、後でいつものように結んであげるわ」

「そうよ。おねぇちゃんが髪短くしたら、益々男の子っぽくなっちゃうんだからぁー」


 男の子っぽくなる??? この娘、見た目は十分女の子、しかも美少女の部類だけど…

はっ! もしかして、この娘の中身が男ってバレたのか? ちょっと冷や汗が出そうになった。


「わたしって、そんなに男の子っぽいの?」

「だってぇー、おねぇちゃんってば、女の子のくせに、乙女チックな事よりサッカーに夢中なんだもん」

「ええっ…」


 この娘って、サッカーなんかしてたのか! まさか? とは思っていたが、

こんなに細くて、やわで、小さな体でさぁ。


「パパの影響ね」

「どうゆうこと? ママ」

「パパは男の子が欲しくて、小さい頃から真結花とよくサッカーボールで遊んでいたのよ」

「そうなの?」

「そうよ。あの事故の日も、サッカーの練習帰りだったの」

「それって、学校の部活帰りだったの?」

「学校には女子サッカー部なんてないから、真結花は地元のサッカークラブに入っていたのよ」

「へーっ、そうなんだ?」

「おねぇちゃん、最近サッカーに夢中で、麻弥と全然遊んでくれないんだもん」

妹は、ちょとムスっとした顔をした。


「ごめん、ごめん」

俺の事じゃないけど、とりあえず、謝っておいた。


「それじゃあ、ちょっと早いけどお昼にしましょう」

リビングの時計を見上げると12時前だった。


 お母さんの作ってくれたおそばは美味しかった。

少し薄味だったけど、出汁がよく効いていた。

でも、懐かしいような、どことなく覚えているような味だった。


「おそば、どうっだった?」

お母さんが少し不安げな顔で俺の顔を覗き込んだ。


「うん、美味しかったよ。少し懐かしいような味だったし」

「そう、よかった」

お母さんは、少しうれしそうな顔をした。


「麻弥も美味しかったよ」

「ありがとう」

「ねぇ、おねぇちゃん。お部屋にいく?」

「うん」


妹は、俺の左手首を掴んで二階にある真結花の部屋の前まで連れて行ってくれた。


「ここがおねぇちゃんの部屋、こっちが麻弥の部屋、あっちがママ達の寝室だから」


 妹がそう言った後、妹と一緒に自分の部屋に入った。

女の子の部屋にしては、ぬいぐるみ一つ無い、サッパリとした、整理された部屋に少し驚いた。

何やらサッカー選手らしきポスターは、壁に沢山貼られているようだけど…


「全然女の子っぽくないでしょ?この部屋」

「うん、むしろ男の子っぽい部屋っていうか…」

「何か思い出した?」

「えっと… 違和感はないかな?」

「そう」

「暫く、この部屋でひとりにしてくれない?」

「うん、わかったわ、何かあったら呼んでね。麻弥は隣の部屋に居るから」

「うん」


 妹が部屋を出た後、俺は床にペタっと女の子座りして部屋の中を見渡した。

壁には国内外のサッカー選手のポスターが所狭しとベタベタ貼られていて、唖然とした。


 ふつー女の子の場合、こうゆうポスターって、好きなアイドルや歌手なんかを貼ったりしない?

そのポスターの中に混じって、少し古そうな感じの日本人サッカー選手の写真もあった。

俺は気になって、すくっと立ち上がり、その写真を近くで見た。


「誰だろ?どこか懐かしいような気もするけど」

後で妹にでも聞いてみよう。


 そうだ、アルバムとか無いかな? 何か思い出すかも知れないし。本棚を探してみた。

サッカー関連の書籍やサッカーの漫画が多いようだ。小説も結構あり、読書も好きみたいだ。

ホント、サッカーが好きなんだなぁ。自分の体の事なのに何かヘンだ。


「あっ!あった、あった。たぶん、これだね?」

俺はアルバムを手に取り、早速パラっと捲ってみた。


「んっ?」


 小さい頃の写真を見ると、殆ど男の子みたいな活発な格好をした写真ばかりで、

一見すると可愛らしい男の子のように見えた。

小学生高学年ぐらいから、スカートをはいた可愛らしい女の子が写っていた。


 そして、先ほど気になった普段着のサッカー選手と家族皆が並んでいる写真もあった。

えっ! もしかして、お父さんって元プロサッカー選手なわけ?


「さっき、お母さんがお父さんの影響って言ってたのはこのこと?」


 更にページを捲ると、男の子に混じった小学生のサッカークラブの集合写真、

同じく中学生ぐらいと思われるサッカークラブの集合写真もあった。

この娘、ずっとサッカーしてたんだ。どうりで上手いと言われるはずだよ。


 俺は、入院中に受信したメールの事を思い出し、ハッとした。

そういえば、“里子”っていう娘のメールに返信するの、すっかり忘れていた。

この娘も同じサッカークラブの仲間なんだろうな?

俺は慌てて、ドアをバン!っと勢いよく開き、ドタバタと階段を降りて行った。


「おねぇちゃん、どうしたのー?」

何事か?と思った妹が部屋から顔を出して来たようだ。


「ちょっと、忘れもの―っ」


「ねぇ、ママ、わたしのスポーツバッグはどこ?」

リビングに居たお母さんに聞いた。

「そういえば、さっき、汚れたジャージと一緒に洗面所に持っていったままだわ」

俺は、慌てて洗面所に行き、スポーツバッグを持って、またドタバタと階段を上り始めた。


「階段、走っちゃダメよー」

下からお母さんの声が聞こえた、その瞬間だった。


ドッタン!


「イッタぁ~っ。イテテ…」


バンッ!と目の前のドアが開き、

「おねぇちゃん大丈夫?」

妹が何事か? という驚きの顔で俺を見つめる。


 どうやら、最後の階段でつまずいて、頭から二階の廊下にダイブしたらしい。

右肩と左脚の脛の辺りを交互にさすりながらうずくまっていると…


「だから言ったじゃないの! また入院したいわけ?」

少し怒ったような顔でお母さんが二階に上がって来た。


「ごっ、ごめんなさい…」


「脚、見せて。うぁあ、もうぉー、青あざができているじゃないの!」

お母さんは左脚のパンツの裾を上げてそう言った。


「うっ、くぅっ…」

俺は痛みで少し涙目になっていた。


「そのまま、じっとして待ってるのよ」

「もうぉ! ったく、おねぇちゃんは人騒がせなんだらぁーっ!」


 うっ… 面目無い。今日の俺、妹に散々怒られちゃった。

何でこんなに情けない気持ちになるのだろうか。ホント、泣きたいよ。

そう思っていると、お母さんが小さなアイスパックとタオルを持って上がってきた。


「これで脚を冷やすからじっとしていなさい」

お母さんは、解凍して少し柔らかくなったアイスパックをタオルの中に入れて、

俺の、左脚の青あざができた部分に巻いてくれた。


「今のおねぇちゃん、右肘には包帯巻いてるし、おまけに左脚にもタオルなんか巻いちゃって、

見た目はもう立派なけが人みたいよね」

「そうよ。せっかく今日退院したばかりなんだから、少しは体に気を使って、大人しくしていなさい」


「はい」

俺は、シュンっとなって項垂れた。


「でも、おねぇちゃん。顔を打たなくてホントよかったわね。女の子が顔に青あざなんてつくったら、

恥ずかしくて当分学校へは行けないわ」


そうか! 近々学校に行かなくちゃいけないんだ? それを考えると、ちょっと気が重くなる。


「ママも大事にならずに済んで、ホッとしたわ」

「ほんと、そーだよ。麻弥が目を離すとこうなんだから。以後、十分気を付けるように! わかったわね!

おねぇーちゃん。ったく、ドジっ子なんだから」


 もう、今日の俺って、朝から何度、妹にダメ出し食らってんだか…

これじゃあ、ホント、どっちが姉だか分かんないや。


新しい生活に戸惑い、妹には全く頭の上がらない真結花。

真結花の前途多難な女の子としての生活は、今日、始まったばかりなのです。


次回につづく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ