#47:やらかした?
「じゃあ、今度はこの衣装に着替えてもらえる?」
女性スタッフから手渡されたのは、やらた派手なチェック柄のセーラー服みたいなもので、胸元に大きなリボン、左胸辺りに何かの英数字があしらわれたエンブレムのようなものある。しかも、異常にスカートが短い。おまけに、右肩と背中には、背番号のような、ラメの入ったキラキラした装飾された数字が…
そう、派手なセーラー服とサッカーのユニフォームを融合させたような感じ? はっ! これって、もしかして… コスプレ衣装かなにかじゃないの? これって、罰ゲームか?
仕方ない。井沢さんの顔つぶすわけにもかないし、しぶしぶその衣装に着替え、三面鏡の前で全身を写してみる。
うわぁーっ、なにコレ? この衣装、ブリブリすぎるっていうか、これじゃあ、まるでアイドルの衣装みたいじゃん。しっかし、やっぱスカート短っ! さっき、メイクさんがツインテールに髪を結び直してくれた理由が、今、分かったような気がした。
「真結花、そろそろ準備OK?」
その声に振り向くと、俺と同じ衣装を着た鮎美ちゃんがメイクルームに入ってきた。
「えっ! なんで、鮎美ちゃんがココにいるわけ? しかも、その衣装、どうしたの?」
「はぁ? なに寝ぼけてるわけ? 真結花。今からダンスのレッスンでしょ?」
「はぃ? ダンスのレッスン?」
「いーから、早く。みんな、待ってるよ?」
鮎美ちゃんに半ばゴーインに手を引かれ、一階の一番奥の部屋の扉を開けると、
「もぉー、まゆまゆ、遅い!」
またしても、同じ衣装を着た杏菜ちゃんが目の前に現れた。どーなってんだ? しっかし、ココ、家具もなーんにもない、だだっ広いだけのフローリングの部屋。そう、正にダンスのレッスンスタジオって感じ?
「うん、その衣装と髪型、バッチリだよね! まゆかちゃん」
「すっごく、似合ってますぅ。真結花さん」
声の方に振り向くと、智絵ちゃんと莉沙子ちゃんが立っていた。もちろん、俺と同じ衣装を着て。
「もしかして、今から文化祭の練習?」
「はぁー? 何言ってんの? 真結花のためでしょ! 夏の『MIU-U18』のオーディション受けるための猛特訓!」
へっ? 鮎美ちゃん? それってどうゆうこと? いつの間にそんなことに… もしかして、この衣装って、“MIU-U18”のレプリカなわけ? よくよく見ると、確かに左胸のエンブレムに、装飾された英数字で“MIU-U18”って刺繍がしてある。
「メンバー、全員そろったようね? さぁ、ビシバシ、しごくわよ! 覚悟しなさい!」
体育教師の“さくえり”が、いつものジャージ姿で背後から現れた。そういや、創作ダンス部顧問だったけ?
「お忙しいところ、ありがとうございます。櫻木センセイ」
智絵ちゃんが軽く頭を下げてお礼を言うと、
「じゃあ、みんなー、いくよー。ワン、ツー、スリー、フォー」
さくえりの掛け声とダンスの動き合わせ、俺を含めた5人で見よう見真似で体を動かし始めた。
なっ! いったいどうなってんだ? 俺以外のみんな、体の動きがすっごくキレてる。
運動音痴のはずの、杏菜ちゃんや莉沙子ちゃんまでキレっキレって、なにソレ? ありえないんですけど…
ダンスって、正直、ナメてた。こんなに体にキツいんだ?
あぁ、俺、もうダメ~。さくえりやみんなの動きに全然ついて行けないし、息も切れてきた。
はぁー死ぬぅ~。
「はぁー、はぁー、はぁー」
きっ、気持ち悪い… こんなにキツイのに、どうしてみんなは涼しい顔して平気なんだ?
「じゃあ、ここで10分休憩ね? 次は、Bパートの練習するから」
えっ? さくえり、まだ続けるわけ? 鬼か? こりゃ、拷問だぁー。
「真結花! あんたねぇー、真面目にヤル気あんの! あんただけ、動きがワンテンポ遅いっ!」
うっ、鮎美ちゃんまで鬼か?
「ごっ、ごめんなさい」
「まゆまゆ、どーしたの? 調子、悪いみたいだけど? もしかして、アノ日とか?」
「ありがとう、杏菜ちゃん。心配してくれて。だいじょーぶ、だから」
やさしいな、杏菜ちゃんは。
「ドンマイ、ドンマイですよ? 真結花さん」
ううっ、莉沙子ちゃんまで。心配してくれてるんだ? ありがとう。
「あゆは、キツイこと言ってるけどさぁ、これも、まゆかちゃんのためと思ってなのよ? わかってあげて欲しいな。それに、忙しい中、時間を割いてくれている櫻木センセイにも感謝しなきゃ」
「そうだよね? 智絵ちゃん。わたしひとりだけ、音を上げてる場合じゃないよね?」
「甘いっ! 甘いよ! みんな、真結花に甘過ぎるのっ! それに、真結花は、何もわかってない!」
「何もわかってないって? それ、どうゆうこと? 鮎美ちゃん」
「ほらっ。そういうこと聞くこと自体、もうー全然、ダメじゃん」
「何が、ダメなの? 教えてよ、鮎美ちゃん」
「あぁー、やってらんないっ! アホくさっ。もうーや~めた! 正直、真結花の夢に付き合うの、疲れたわ。本人がこんな調子じゃね。私、先に帰るから。じゃあ、後はヨロシク!」
「あっ、待ってぇー、鮎美ちゃん。わたし、いったい何が悪いの? 教えてぇー」
「真結花ちゃん、真結花ちゃん。着いたわよ?」
遠くで女性が呼ぶ声がして、肩を揺り動かされた。
「えっ? ココ、どこ?」
薄ら目を開けると、車の中だった。どうやら、俺は、さっきまで夢を見ていたようだ。それにしても、何なんだったんだろう? あの夢は。ヘンな夢だったよなぁー。
「もう、大丈夫?」
目の前には、井沢さんの顔が見えた。どうしたんだろう? 俺。少し、頭が痛いような気が…
「井沢さん。わたし、いったいどうしたんですか? 確か… 撮影スタッフの皆さんと、ファミレスで打上げのランチを取って、それから… カラオケに行って、スタッフさんに勧められた美味しいジュース飲んで、なんだかとっても気持ちが良くなって、えぇーっと、それから… それから… うぅーん?」
「何も、覚えてないの? カラオケ店でのこと」
「あっ、はい」
「まっ、覚えてないのなら、別にいいけど…」
なに? その意味ありげな言い方。めっちゃ気になるじゃん。
「えっ? わたし、もしかして、なんかやらかしました?」
「ふふんっ。教えて欲しいの?」
ニヤニヤ顔を向けてきた井沢さん。なんだか、とーってもイヤな予感が。
「えぇーと、いいです。何も無かったってことで」
「そう。残念ね?」
えっ? 何が残念なわけ? 益々、気になるじゃん。やっぱ、聞こうかな?
「えぇーっと、やっぱ、教えてくれません? 井沢さん」
「それ、ホントに言っちゃってもいいのかなぁー? 私は、別に構わないけど?」
井沢さんの目が、完全に笑ってる!
げっ! もしかして、すっごく恥ずかしいことをやらかしたのでは…
「それって、恥ずかしいことなんですか?」
「ぷっ、あははっ。まっさかねぇー、真結花ちゃんにあんな一面があるなんて、想像もしていなかったわ」
なんなんですかっ! その笑いは?
「もぉー、もったいぶらずに、言って下さい! 井沢さん。もう、覚悟はできていますから」
とは言ってみたものの、正直、頭ん中は不安の文字でいっぱいいっぱい。
「言っちゃうよ? いいのね? 怒らないでよ?」
もぉー、これ以上、じらさないで下さい。
「わかりました。怒らないので、早く言ってくれません?」
「実はねぇー、撮影スタッフの悪ノリで、真結花ちゃんにジュースと偽って、アルコール飲料、飲ませちゃったのよね。もちろん、アルコール度数の低いものだけど」
「それで、わたし、酔っ払っちゃって、記憶が飛んじゃったんですね? てっきり、ジュースだとばっかり思ってた。それにしても、未成年にお酒を進めるなんて、犯罪ですよ?」
「そう、だからぁ… そのイタズラを見過ごした私にも、責任の一端はあるわね。でもねぇー、酔っ払った真結花ちゃん、すっごくカワイかったし、いい味、出してたわよ?」
それって、どんな味? 美味しかった? などと、冗談言ってる場合じゃない。
「あのぅー、井沢さん。そのときのわたし、具体的に、どうゆう感じだったのか? 詳しく教えて欲しいんですけど?」
「どうしょっかなぁー? やっぱ、私の心の中に、そっとしまっておくわね?」
「えぇーっ? ここまで引っ張っておいて、それって、ずるくないですか? 井沢さん」
ここまでつっ込んでおいて、今更、無しっていうのはありえない!
「じゃあ、交換条件」
「へっ? 交換条件って?」
んっ? これって、状況が園田センパイのときと似てない? イヤぁーな予感。
「私が、カラオケ店での真結花ちゃんの様子を話す替わりに、私と約束して欲しいの」
「その約束ってどんなものなんです? わたしに、できることですか?」
「真結花ちゃんにしかできないことよ?」
やっぱ、園田センパイのときと同じだ…
「わたしにしか、できないこと?」
「そっ、真結花ちゃんにしかできないこと。約束してくれる?」
その約束って、なんなんだろう? 段々不安になってきた。
「ちょっ、ちょっと、待って下さい、その交換条件っていうの、先に教えて下さいよ、井沢さん」
後手は踏みたくないよ。約束して、後からしまったーっ! ってこと、カンベンして欲しいわけで…
「ダぁーメ。先に教えたら、真結花ちゃんが断るの、目に見えてるもん」
なんですとぉ~? 約束が前提って? そこまでリスクを負うべきか、どうかって話なのかぁー。どうしよう?
「んっー。じゃあ、いいです。やっぱ、何も無かったってことにしますから」
「本当にいいの? モヤモヤ、してるんじゃあない? この際、スッキリしちゃったほうが、いいわよ?」
うっ、痛いところ、ついてくるよなぁー、井沢さんってさぁ。そんなこと言われたら、今晩、気になって寝れないよぉー。
「その約束、『ムチャブリ』とかじゃないですよね?」
「んー、どうかな? それは、真結花ちゃんの心次第ってことかしら? ほらっ、やっぱりカラオケ店でのこと、気になってるじゃない」
「もぉー、井沢さんが、誘導尋問みないなこと、するからでしょ! 怒りますよ?」
「真結花ちゃんの怒った顔も、カワイイわね? お姉さん、きゅーんってなっちゃう!」
ダメだこりゃ。この人には勝てない。
「負けましたっ! だから、カラオケ店での出来事、教えて下さい!」
あぁー、もうこうなったら半分ヤケ! 煮るなり焼くなり、どーにでもして下さい!
「じゃあ、私の約束、聞いてくれるのね? 真結花ちゃん」
根気負けですよ、完全に…
「ハイハイ。もぉーわかりましたから、これ以上、引っ張らないでくれません?」
「実はねぇー、 真結花ちゃんがアイドルに大変身! って言ったら驚く?」
はぁー? なんですかぁー? それは。
「えっ、えっとぉー。いまひとつ、状況が飲み込めないんですけど…」
やっぱ、イヤな予感が当たっちゃったわけ?
「そう? あれだけのパフォーマンスやって、全く覚えてないのって、逆にスゴイって思っちゃうわ。正に、真結花ちゃんの隠れた才能が開花した瞬間ってヤツかしら?」
うわぁーっ、それって、超恥ずかしい。
「それって、わたしが、マイクを離さなかったってことですよね?」
わっちゃー、やっちゃったよぅー。
「それだけじゃないわよ? オカユナの曲、すっごくキレイな声で熱唱してて、聴いてて心地良かったし、フリまで完璧だったの! 正に、撮影スタッフだけの限定アイドルって感じで、盛り上がっていたわよ?」
がーん! オワッタ。
「そう、そうですか…」
ううっ、いくら記憶が無いといっても、それは恥ずかし過ぎる。
「んっ? どうしたの? 真結花ちゃん。顔が真っ赤。それに、元気ないのね?」
「それは、そうですよ。人前でそんな恥さらしな事、無意識でやっちゃったわけですから…」
ああ゛ー、もう自己嫌悪。
「別に、恥さらしなことじゃないわよ? むしろ、その隠れた特技を前向きに考えてみたらどうかしら?」
えっ? 特技? になっちゃうわけ?
「それ、どういう意味なんでしょうか? 井沢さん」
「それが、さっきの約束に関係するわけなのよねぇー」
「あっ、そういえば、約束、守らなきゃいけないわけですよね? 無しってわけには…」
できれば、そう願いたいわけで…
「とーぜん、約束は守ってもらいますから! 覚悟しなさいよー、真結花ちゃん」
やっぱ、ムリ?
「えぇーっ」
「そんなに、難しいことじゃないわよ?」
「ホント、ですかぁー?」
「ええ、もちろん。簡単ってわけじゃないけど、真結花ちゃんならデキルって思ってるの、私は」
「はぁ、仕方、ないですよね? 約束ですから」
約束破るヤツは、人間じゃないって、どこかで聞いたような?
「そんな、あからさまにイヤな顔、しないで欲しいなぁー。きっと、真結花ちゃんもキラキラした笑顔になれると思うんだけどなぁー」
キラキラした笑顔? なにソレ?
「じゃあ、その約束、言ってくれませんか? 井沢さん。もう、腹はくくりました」
井沢さんの頼みだもんなぁー、断るわけにはいかないし。
「そんな、大げさな、真結花ちゃん。ただ、単に、モデルのアルバイト、これからも続けて欲しいだけなのよねぇー。もちろん、今日みたいに報酬も出るし、都合のいい日だけってことでいいから」
「なぁーんだ、そういうことですか。わたしでよければ、今日みたいに、できる限りの協力はしますよ?」
「そう、ありがとう。じゃあ、真結花ちゃん、新しい携帯買ったら、メルアドと携帯番号、教えてくれるかな?」
「あっ、はい。いいですよ?」
「くうっー!」
俺は、井沢さんが、右手で軽くガッツポーズをしている姿を見逃さなかった。
げっ! もしかして、俺、まんまと、井沢さんにはめられらたわけ?
はやまっちゃたかなー、またしても自己嫌悪。
「井沢さん、どうかしました?」
「えっ! なんでもない、なんでもないわよ? じゃあ、ここで、車降りてくれるかな? 家まで、すぐそこでしょ?」
「ええ。井沢さん、もしよかったら、わたしの家に寄って行きませんか? 井沢さんには昨日からお世話になりっぱなしだし、母にも合わせたいので」
「うぅーん、今日のところは、遠慮しとくわ。また日を改めてってことで。それで、いいかしら?」
「はい」
「じゃあ、またね? 真結花ちゃん。次に会うまで、体には、十分気を付けるのよ?」
「はい。本当にありがとうございました」
そう言って、井沢さんと別れた。昨日、今日と、ホント、色々あったよなぁー。もう日も傾きかけ、辺りも薄暗くなり始めてる。
カラオケ店での出来事、思い出さないかどうか? もう一度、今日の記憶を辿ってみた。
あの撮影の後、井沢さん達スタッフの皆でファミレスでランチして、人の役に立って褒められて、おまけにアルバイト代までもらっちゃった。昨日、雨でずぶ濡れになったときは、なんて不運なんだろうって思ってたけど、良いこともあるんだ?
人に褒められるのって、やっぱ気持ちいいよね? 山内プロデューサーって人? やけに俺の事、ベタ褒めしてくれてたんで、やっぱモデルやってみてよかったなー、なーんてね。思っちゃったりしてるわけで…
結局、井沢さんのまたモデルの機会があったらお願いっていう押しの強い誘い、断り切れなかったんだよね。誘いっていうか、まんまと、はめられたって感じ? 俺って、結構優柔不断だよなぁー。
でも… 正直、今の自分の実力を冷静に考えると、プロサッカー選手を目指すのって、厳しそうだよなぁー。だいたい、体を今よりもっと鍛えなきゃいけないし、練習だって相当キツイわけで… 体力作りの基礎トレーニングなんてすっごく地味だし、本当にサッカーが大好きっていう強い気持ちが続かないと、練習も続かないのも確か。
そう、スポーツ=根性、汗っていうイメージなんだよねぇー。それに比べるとモデルなんてさぁー、なんかこう、みんなから憧れの的として注目されて、きらびやかでキレイなイメージがあるんだけど?
もしかして、今回の事がきっかけで芸能界デビュー、そして、本当にアイドルになっちゃったりして。
てへへっ、 俺がアイドル? スポットライトを浴びて、キラキラしたアイドルになっちゃう? うぅーん、それも悪くないよ、悪くはない。歌もそこそこ上手いみたいだし、もしかしたら、本当にアイドルになれちゃうかも? いや、アイドルになれる? もぉー、マジでアイドルになっちゃう?
「ねぇ、どうしたの? おねぇちゃん。さっきから、私が貸したアイドル雑誌、じぃーと食い入るように見ちゃってさぁ、ニヤニヤしてて、きもーい!」
リビングでYukiと戯れていた麻弥の声にハッとなり、
「えっ? わたし、ニヤニヤしてた? 麻弥」
「してたぁー、すっごく。いったい、どんな妄想してたの?」
「べっ、別に、なんでもいいじゃない」
俺って、バッカみたい。もぉー、急に恥ずかしくなってきた。風船みたいに想像ふくらませずぎ。冷静に考えたらさぁー、一度モデルの仕事したぐらいで、アイドルなんてなれるわけないじゃん。
「おねぇちゃんの顔、あかーい。さては、口に出せないような恥ずかしい妄想、してたでしょ?」
「うっ、くっ」
するどい。
「だいだい、想像はつくんだけどなぁー。言って、あげよっか?」
やっぱ麻弥には勝てない。調子ぶっこいた、自分が悪いんです。
「お願い、それ以上、つっこまないでぇー!」
うぎゃーっ、もぉー、超恥ずかし過ぎる!
「楽しそうね? いったい何の話? 麻弥」
夕食の支度をしてたママが口を挟んできた。
「えっとねぇー、おねぇちゃんが、サッカー辞めて、アイドル目指すんだって!」
「それ、ホンキなの? 真結花?」
「はぁー? わたし、そんなこと、ひとっことも言ってないよ!」
真結花にとって、波乱の週末になったようですね。
次回につづく