#42: 私がデビュー?
一週間なんてあっという間。あれから園田センパイの指導のもと、毎日放課後に地道に走り込みを続けてたら、段々と体が軽く感じるようになってきてさぁ、なんだか、もっと長距離を走れるんじゃないかなって欲が出できちゃって。
初日は、左足首の軽い捻挫の後ということもあって、様子見って感じだったんだけど、その次の日からは全然問題もなかったし、このぶんだと、意外とサッカークラブへの復帰も早くなるかも。
でも、今日は朝から雨かぁー。もう6月に入って本格的に梅雨入りみたいだし、この強い雨脚の感じだと、どう考えても放課後の走り込みは無理っぽい。ちょっと、残念だよなぁー。せっかく、体の調子が上がってきたと思ってたところなのに… この雨で、まさに水を差されたって感じ?
それにしても、園田センパイ… 何だか気になるんだよね。あれから、特に何も言ってこなくなったし、至ってふつーな態度っていうか。まっ、学校では“姉妹ごっこ”はやらないっていうゲームだし、当然の態度っていえばそうなんだけど、なーんか、引っかかるっていうか、気になって仕方ないっていうか… 心がザワザワする感じ。いったい、この感覚ってなんなんだろう?
「女心と雨の空ってヤツかしら? なに、たそがれているわけ? 真結花」
「へっ?」
いつの間にか、鮎美ちゃんが俺の席の背後に立っていた。
「だってさぁー、今日の真結花ってさぁ、今朝から頬杖ついて、窓の外ばっかボーっと見ちゃってるし。心、ここにあらずって感じ? さっきの休み時間だってそうだったし。さては、ここまできて、喜多村くんのこと、まだ悩んでるわけ?」
鮎美ちゃんにそう言われて、ハッと我に返った。
「そうだった!」
鮎美ちゃんに顔を向けると、
「えっ! もしかして、今日返事すること、忘れてたわけ?」
驚いたような顔で見つめ返された。
「いや、その… 忘れてたんじゃあなくて… 結局どう答えるのか、決めてこなかったんだよね」
「飽きれた。でっ、どうするつもりなの?」
「ちゃんと、放課後までに返事するよ、約束だし。それまでにどう返事するのか、決めるつもりだから。だいたい、まだ3時間目の授業終わったばかりじゃん。そんなに焦んなくてもいいと思うし」
「ったく、のんびりしているっていうか、真結花も、少し変わったね」
「そお?」
「以前の、おどおどしてて自信が無さそうな感じ? そういうのが少しずつ無くなってきたっていうか、ずいぶんと落ち着いてきたっていうか、いい感じになってきたんじゃない?」
「そうなのかなぁー? 自分自身だと、そうゆう心境の変化になかなか気付かないっていうか、よくわらないんだよね」
まっ、少なくとも、以前よりかは少しずつだけど、確実に前進はしてるはずなんだけどなぁー。
「まぁ、そうかもねぇー、自分自身を客観的な視点で見つめるのって、案外難しいものなのよねぇー。だから、それが出来る人って、精神的に強いのよね。特に、プロスポーツ選手の精神面の強さは、半端ないと思うのよ。もしさぁ、自分の強い部分、弱い部分、得意な部分、苦手な部分、好きな部分、嫌いな部分、良い部分、悪い部分、そういうの、ぜーんぶひっくるめて客観的に分かってたらさぁー、いかようにも自分をコントロールできるっていうか」
「でも、人間って完璧じゃあないじゃん。例え、プロのスポーツ選手だって必ずミスを犯すわけだし、そこが人間臭くていいっていうか。、完全に自分の精神をコントロールできるなんて、サイボーグじゃなんだし、とても人間ワザとは思えないんだけど… それに、ミスが無いって思われてるコンピューターだって、人間が作ってるわけだし、プログラムのバグだってあるよ? この世の中に、完璧な物ってあるのかな?」
「おぉー、言ってくれるわねぇー、真結花も。そういえば、チェスとか将棋とかで、コンピューターと名人が戦って、コンピューターが人間様に勝っちゃったっていう出来事があったみたいね。でもさぁー、そこだけを切り取って、コンピューターが人間様よりエラいっていうのは、ちょっと納得できないのよね。限定されたルールだし、決まってるパターン内での話だもん。そりゃ、技術の進化で、いずれはコンピューターが人間様に勝つわよ。結局、そのコンピューターのデーターベースってさぁ、人間様が蓄えた過去の知識が元になってるんだよね。コンピューターって、単に、そこから記憶みたいに呼び出してて、一定のパターンや、組み合わせで使ってるだけで、人間みたいに新しい発想を自ら次々と生み出しているわけじゃないし、決められたキャパとのデーターベースの中でしか判断できないんだよね。だから、その枠を超えちゃうと、途端にフリーズしちゃうっていう。うちのパソコンも、そうなのよねぇー。最近、フリーズばっか。SFみたいにさぁ、コンピューター自身が人間みたいな意思を持ってて、自分自身で勝手に判断して、自ら勝手にバージョンアップしてさぁ、人間の脳みそみたいな? 自己更新プログラムで次々と進化続けるっていうのなら、凄いって思うけど。その点を考えると、やっぱ人間様って偉大だわぁー。そー思わない? 真結花も」
「確かに、そうだよね。結局、人間様最強っ! ってことになるのかな?」
「でもさぁー、なんだか真結花も、少しずつ逞しくなってきたって感じ?」
「えっ? そんなの、まだ全然だと思うけど…」
「またまた、ご謙遜を?」
なんだか、照れ臭いよなぁー、鮎美ちゃんに、そう言う風に言われちゃうと。
でもさぁー、ホント、自分が思ってる理想の心身になるためには、まだまだ道のりは長いっていうか、今の自分には全然足りないっていうか、過去の記憶が無いこともそうだし、余りにも足りない部分が多過ぎて、嫌になっちゃうっていうか。そういうのに、押し潰されそうな時期もあったし。でも、そういう事ばっか気にしてると、キリがないんだよね。どこかで境界線を引いたり、できる小さな目標からコツコツと始めたり、どこかで妥協しないとさぁ。準備も何もできてない状態で、気ばかり焦ってみたり、いきなり背伸びしようなんてしたら、それこそ、自分で自分を追い詰めて、壊れちゃうんだよね。これは、身を持って体験してきたわけだし。
自分自身に対して、高いハードルの理想像を持つことは、全然悪くないことなんだけど、そればっかに囚われ過ぎて、今はゼッタイこうじゃなきゃいけない!っていう、ガチガチに凝り固まった考え方は止めて、もっと肩の力を抜いて、素の自分そのものの感じでいいんだよね。
そう、リラックスした自然体な感じ? それを足掛かりにして、地道に努力を積み上げて行く事しかできないんじゃあないと…
そうすれば、自分の理想像に一歩ずつでも近付いていける、そう最近思い始めたわけで…
まっ、そういう風に思うようになれたのも、家族や友達のアドバイスや励ましのおかげだし、感謝しなきゃね。あ
あっ、俺って、なに心の中でまた熱く語ってんだか。
「木下ぁー、おーい、木下。聞いているのかぁー? まだ、お昼まで10分あるぞー、集中しろ!」
「えっ! あっ? はい?」
「なに窓の外を見て、ぽぉーっとしてんだ? 昼食のことか? それとも、恋人の事でも、考えていたのか?」
その瞬間、くすくすといった失笑が周囲で巻き起こった。もちろん、その中にはいつものメンバーも含まれるわけで…
「すっ、済みません。倉橋センセイ。集中します」
うっ、しまったぁー。皆からヘンな注目、浴びちゃったよ。
いつもの如く、いつものメンバーで学食で昼食を終えると、杏菜ちゃんが急に立ち上がり、
「さてさて、ここで重大発表だよ! みごと小説家デビューされた、りさりさセンセイでぇーすっ!」
杏菜ちゃんが、両手を真っすぐ伸ばして、莉沙子ちゃんに指し向けると、
「もうぉー、茶化さないで下さいよぉー、あんりんさん」
「だって、そうでしょ?『ノベルライターになろうっ!』に、りさりさが自作短編小説の『TSUBASA♂ = TSUKASA♀』を投稿したんだよぉ? 立派にネット小説家デビューじゃん。りさりさは、自作小説をネット上に投稿したいって、ずぅーっと言ってたもんね? それが、ついに叶ったんだよ? っで、この件は、みんなに昨晩、メールで告知しておいんだけどぉー、読んでくれた?」
「ごめん、莉沙子。私、昨日は部活で疲れてたからさぁー、すっごく眠くて、早く寝ちゃったのよねぇー。だから、そのメール見たの、今朝なんだぁー、ほんと、ごめん」
両手を合わせて謝る鮎美ちゃん。まっ、そもそも鮎美ちゃんって、漫画以外は殆ど読書しないみたいだし。
「じゃあ、ともともは?」
「そうねぇー、最後、主人公がどうなったのかなって、気になる終わり方だよね? 後は、読者の想像にお任せってことなのかなぁーって、そう思ったんだけど?」
「ふぅーん、っで、まゆまゆは?」
「うん、智絵ちゃんと同じかなぁー、話の続きが気になるっていうか。しかも、最後の落ちは、なにコレ? って感じで意外だったというか、いい意味で期待を裏切られたっていう感じ? 続きは、書かないの?」
でもさぁー、なんだか、他人事とは思えないような、そんな内容の小説だったけどね。もしかして、莉沙子ちゃんって俺のこと、なんか気付いてんの? まさかねぇ?
「と、いうようなご意見が、読者の皆様から出てますけど… りさりさセンセイ? そこのところ、どうなんでしょうか?」
杏菜ちゃんが、マイクを持つような仕草で、莉沙子ちゃんにインタビューすると、
「うぅーん、初投稿だし、練習を兼ねて、短編のカタチでちゃんと収まるように、無理やり終わらせたんですけどぉー、実は、私の中では、まだまだ続きがあるんですよねぇー。でも、今は… それを書ききる自信も体力もなくって。もし、読者反応がすっごく良くて、続編書いて欲しいって感想が殺到すれば、少しは考えますけど… でも… そんなの、プロの小説家とか、一日に何千件もアクセスされているような、人気ネット小説でも無い限り、ゼッタイにないですよねぇー」
なんだか、自信なさげな莉沙子ちゃんの姿見てると、以前の自分を見てるような感じがするよ。
「そうかなぁ? まず、自分が楽しめれば、それでいいんじゃない? 結果って、その後に付いてくるものだと思うし、いきなり、高いハードルを自分の中に作らなくてもいいと思うよ。自分にできることから、少しずつやればいいと思うし」
「アドバイスありがとう、真結花さん。まず、自分が楽しめなきゃ、他人を楽しませるような小説って書けないですよね?」
「そっ! 好きこそ物の上手なれってねっ!」
「んっ? 今日の真結花、ホント、なんだかおかしな感じ。そう思わない? 智絵」
「確かに、そうね。まゆかちゃん、少しだけ、以前の雰囲気に戻ってきているような、そんな気もしないでもないけど…」
「そうそう、まゆまゆって、なんだか、最近段々元気になってきたね。イイ感じ。ねっ? りさりさ」
「うん。私も嬉しいの」
これも、それも、皆様のおかげです。はい。感謝しておりますので。
「はっはっーん、わかった! さては、恋ねっ! この真結花の心境の変化といい、自信力アップは?」
鮎美ちゃんが、突拍子もないことをいきなり言い出すもんだから、ビックリ!
「へ?」
「そっかぁー、ここ最近の真結花、なぁーんか、おっかしぃなぁーって、思ってたんだぁー。やっぱ、愛の力って偉大だわっ、うん、うん」
ひとり、腕を組み納得する鮎美ちゃん。
「そうなの? まゆかちゃん?」
智絵ちゃんまでも?
「……」
イヤ、それは違うと思いますから。きっと、たんぶん… だと思いますよ? そうなのかなぁ? やっぱ、違うの? 自分でも、よくわかんないわけ? どーした、俺?
「んっ? まゆまゆ、どーしたの? 頭抱えて」
「ちょっと、軽い目眩がしただけ… もー、だいじょーぶだから」
「そっ、それなら、いいんだけどね」
それにしても、莉沙子ちゃん、夢に向かって一歩前進かぁー。俺も、負けてらんないよなぁー。サッカーのリハビリ練習、早いこと、次のステップに向かって進みたいところなんだけど、やっぱ、焦りは禁物かな? 頑張りすぎて、ケガでもしたら、それこそ、振り出しに戻っちゃうわけだし。ここは、腰を据えて、ちゃんと地固めの体力作りに専念した方がいいよな。
って、今は、こんな悠長な事も考えてられないや、喜多村くんの件、どう返事するかなぁー。なんだか、意外と冷静なんだよねぇー。でも、なんでだろう? もう冷めちゃった? まさかぁ。それとも、園田センパイの方がなんだか気になるから? もしかして… それは… ないよね? あっ、たぶんだけど。
あぁー、自分でも、なんだか段々とさぁ、頭ん中こんがらがってきて、益々ワケわかんなくなってきたよ。
園田センパイに、水を差されたって感じの真結花なんでしょうか?
なんだか、喜多村くんが気の毒ですネ。
次回につづく…
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ここで、作者より読者の皆様にお知らせです。
実は、このお話の中で登場している“りさりさ”こと“飯島莉沙子”ちゃんが書いた
自作短編小説『TSUBASA♂ = TSUKASA♀』は、『記憶のダイアリー』のコラボ作品として、
この『小説家になろう』に、“りさりさ”の作者名でちゃんと投稿されているんです。
もしよかったら、読んであげて下さいネ。(下にリンク先を貼りましたので、そちらからどうぞ)
感想とかも入れてもらえると、きっと喜ぶと思います。
★小説名:『TSUBASA♂ = TSUKASA♀(つばさ♂ イコール つかさ♀)』
★リンク先:http://ncode.syosetu.com/n9918ba/
★作者:りさりさ