#41:よくわかんない!
「ここなの」
園田センパイの指を差す方を見ると、古びた民家の中にひっそりとたたずむ、レンガ作りのオシャレな店が見えた。かなり年期の入った店のようで、レトロ感が漂っていた。
「ずいぶんと、古風なお店ですね」
「そうでしょ? 先代からやってるらしいの。私の、隠れ家的存在のお店なの」
「へぇー」
カランカラン♪
「美華ちゃん、いらっしゃい」
園田センパイの下の名前、“ミカ”っていうんだ?
「こんばんは、マスター」
年期の入った、小太りで白髪のマスター。なんだか、このレトロなお店にぴったりって感じ。
「今日は、珍しく、友達連れかい?」
「はい。いつものやつ、2つお願いします」
「あいよ」
「じゃあ、ここに座って」
園田センパイに促され、窓際の一番隅っこの席に座った。
「すっごく、オシャレな雰囲気ですね。JAZZが流れてて、照明がランプみたいで。おまけに、壁から床までぜーんぶレンガ」
「でしょ? この雰囲気、すっごく落ち着くのよね。しかも、この時間、お客が全然居ないから、予約貸し切り状態みたいでしょ?」
「そうですね。もしかして、ここ、バーなんですか?」
「そうよ。夜遅くなるとね、常連の飲み客でいっぱいになるみたい」
「やっぱり、そうなんですか? ずいぶんと、大人な雰囲気のオシャレなお店だなぁーって、思ってて…」
「木下さんは、こうゆう雰囲気のお店、よく行くの?」
「いえ、今回が初めてです。でも、JAZZは好きで、ラジオとかでよく聴いています」
「へぇー、意外ねぇ」
「意外、ですか?」
「そうねぇー、私の木下さんの第一印象は、大人しそうな文学少女っていう感じ?」
「やっぱり?」
「あっ、気を悪くしたら、ごめんなさい」
「いいんです。そうゆう風に見られるの、初めてじゃあないんで」
「じゃあ、逆に、私の第一印象は?」
「えっと、その…」
「なに? 遠慮せずに、正直に言って」
そう言われると、益々言いにくいんだけど…
「いいんですか?」
「ええ、いいわよ。別に、怒らないから」
「ちょっと、怖そうな人なのかなって… ごめんなさい」
「やっぱり? 自覚はしているのよね。ちょっと、後輩に対して厳し過ぎるって」
「鶴見さんに対しても、ですか?」
「あの子は、いい子よ。気が強くて、責任感もあって、自分の意見もシッカリと言う子だし。だからこそ、余計に厳しくしちゃうのよね。私も来年は卒業だし、あの子には、いずれ部長になってもうらうつもりだから」
そうなんだ? 俺、園田センパイのこと、先入観だけで、完全に誤解してた。このこと、鶴見さんには言わない方がいいんだろうね?
「はい、おまちどうさま。いつもの、二つね。ごゆっくり」
そう言って、マスターはテーブルに暖かい飲み物とパイらしきものを置いてくれた。
「これは?」
「ミルクティーとアップルパイよ。冷めないうちに、どうぞ」
「じゃあ、遠慮なく、いただきまぁーす」
パイをひと口大に切り分け、口に入れたとたん、
「うわぁー美味しぃーい。この触感とアップルジャムの組み合わせ、絶妙!」
思わず、そう口走ってしまった。
「でしょ? ホント、癖になっちゃうのよねぇー。このアップルパイとミルクティーの組み合わせ、これが、もう、私の中では最強の組み合わせなの!」
そう言って、顔をほころばせ、アップルパイを上品に口に運ぼうとする園田センパイ。
なんだか、第一印象と違って、乙女っぽくて、かわいらしい部分があるんだ? やっぱ、人って見掛けや第一印象だけで判断しちゃダメって、つくづく思った。
「ホント、このアップルパイ、お持ち帰りして、家族にも食べさせたい気分です」
イヤ、ほんと、マジで。
「そうなのよねぇー、でも、お一人様一つの限定メニューなの」
「そうなんですかぁー。それは、残念」
ココ、また来ようかな? 鮎美ちゃんでも誘って。
さっ、アップルパイも十分堪能できたことだし、話題もそろそろネタ切れ、このへんで本題に…
「ところで、園田センパイ?」
「なに?」
「わたしをココに誘った理由、そろそろ聞いてもいいですか?」
「えっと、もちろん、陸上部への勧誘って言いたいところなんだけど、無理よね?」
やっぱり?
「ごめんなさい」
「そう、残念ね。木下さん、飲み込みが早いから、陸上競技のセンスがあると思ったんだけどね」
断り辛いよなぁー。でも… やっぱ、ヘンに誤魔化さないほうがいい。
「実はわたし、サッカーをやっていたんです。でも、事情があって、暫く体を動かせなかったんです。それで、基礎体力が落ちちゃって。だから、陸上部の練習に入れてもらえないかなって、思って」
「そうなの? サッカー復帰の為の、リハビリなのね?」
「はい」
思ったほど、反応は悪くない?
「いいわ、あなたの基礎体力が付くまで、私が協力してあげる」
なぁーんだ、園田センパイ、本当は優しい人なんだ? ただ、不器用なだけで。
「ありがとうございます。でも… 後輩の子の指導とかは?」
「大丈夫。私がいなくても、二年の子がちゃんと指導してるから。でも、そのかわり…」
「そのかわり?」
なんだろう?
「交換条件っていうのも、気が引けるんだけど、木下さんにお願いがあるの」
お願いって?
「わたしに、できることがあれば…」
「そう、あなたにしかできないお願いなの」
園田センパイの表情が、一転して真剣になった。何か、深刻なお願いなんだろうか?
「わたしにしか、できないオネガイ?」
「そうなの。いいかしら?」
なんだか、せっぱ詰まった感じ… そんなお願い、受けても大丈夫なのかな?
「その… お願いの内容にもよりますけど…」
うぅ… ジリジリと押されるような圧迫感に、段々怖くなってきた。
「簡単なことよ」
そう言って園田センパイがほほ笑んだ。あれっ、さっきまでの、圧迫感が消えた?
「簡単なこと?」
「ええ、すっごく簡単なこと。私の、妹になって欲しいの」
「はっ? いもうと?」
言ってる意味がわかんない。園田センパイ、いったい、なにを考えてるんだろう?
「そっ、妹。簡単なお願いでしょ?」
「園田センパイ。それは、いったい、どうゆうお願いなんでしょうか?」
「えっ? わからない? 言葉のままだけど?」
言葉のまま? 何か事情があって、誰か知り合いの前で、疑似的に、園田センパイの妹のフリすればいいってことなのか?
「そう言われても、具体的に、何をどうすればいいんでしょうか?」
「何も、そう難しく考えなくてもいいの。私と二人っきりのときだけ、私を姉だと思って振舞ってくれれば、それでいいの。但し、学校では先輩と後輩のままね」
「はぁ?」
なに、ソレ? 益々意味わかんない。
「そうねぇー、姉妹ごっこ、とでも思ってくれればいいわ。面白いでしょ?」
園田センパイって、もしかして一人っ子? 麻弥が欲しいって言ってた鮎美ちゃんと同じ感覚? それとも…
「それって、ゲームなんですか?」
「そう。木下さんと私だけのヒミツのゲーム。面白いでしょ?」
うぅーん、何が面白いのか、よくわからない。
「はぁ、まぁ…」
気の無い返事を返すと、
「木下さんって、下の名前、聞いてなかったわね? なんて、呼べばいいの?」
「真結花ですけど…」
「そう、真結花ね。私は美華。でも、二人っきりのときは、お姉ちゃんって呼んでもらえる?」
「はぃ?」
なんだかなぁー、違和感があるというか、気が乗らないんだけど?
「じゃあ、真結花、そろそろ帰ろっか?」
「はい、園田センパイ」
「もぉー、気分ぶち壊しよ、真結花。さっき、お姉ちゃんって呼んでって、言ったでしょ?」
ふくれっ面を向ける園田センパイ。えっ? もうゲーム、始まってるわけ?
「ごめんね。お姉ちゃん」
「そう、それでいいの、真結花」
園田センパイのおごりで会計を済ませ、お互いの電話番号とメルアドを交換した後、駅前で別れ、帰路についた。
「ただいまぁー」
はぁー。なんだか、園田センパイに気を使い過ぎて、疲れたぁー。
リビングのソファーに、ぐったりと背中を付けてもたれていると、
「あれっ? おねぇちゃん、今日は遅かったんだね」
「うん、今日から、放課後に自主練習始めることにしたから、暫くは遅くなると思うの。あれっ? Yukiは?」
「さっき、ママと散歩に出かけたところ」
「そう。ところで、麻弥。ヘンなこと聞いていい?」
「なに? おねぇちゃん」
麻弥だし、まっ、いっか。
「あのさぁー、学校の部活の先輩と後輩で、お互いに、姉妹のような感情を抱くことってあるのかな?」
「たぶん、あるんじゃないのかなぁ? お互いに尊敬し合う仲だったり、お互いに姉妹がいなかったりしたら。場合によっては、片方だけの思いもあるかもしれないけど」
「ふぅーん。そうゆうものなのかなぁ? 麻弥には、そうゆう経験あるの?」
「一度だけ、下級生の女の子から手紙もらったことがあるよ。お姉さんになって欲しいっていう内容の手紙」
「でっ、その子、どうしたの?」
「えっ? 断ったよ」
「なんで?」
「えっ? 全然知らない子だったし、麻弥、そっちのシュミないし。っていうか? なんで、麻弥にそんなコト聞くわけ?」
麻弥、やっぱりつっこんできた。
「別にぃ…」
「あっ、おねぇちゃん。もしかして… また女の子から手紙もらったとか?」
へっ?
「そのまたって、なに?」
「そっかぁー。おねぇちゃん、覚えてないんだよね?」
「もしかして、わたしって、女の子から手紙もらったこと、あるの?」
「うん。おねぇちゃんが、中学のときにねぇー、女の子から手紙もらったって言って、何だか困ってたもん」
「でっ、その手紙、どうしたの?」
あぁ、気になる、何だかソワソワする。
「さぁ? 読まずに、捨てたんじゃあないのかなぁ」
なぁーんだ? そうなんだ?
「そっ」
なんだか、ホッとしたような、しないような、モヤモヤっとした気分。
「ねぇ、おねぇちゃん。話が脱線しちゃったけど、そもそも、なんでそんなことが気になるわけ?」
「友達と話しててさぁ、そうゆう話題が出たから、どうなのかなって、興味があっただけ」
「まさか、おねぇちゃん? そっちのシュミ、ないよね?」
突然、何を言い出すんだよ? 麻弥は。
「あっ、あるわけ、ないじゃん。ったく、なに言ってるわけ? 麻弥は?」
でも、どうなんだろう? よくわかんないや。
「あやしいぃー。麻弥を差し置いて、勝手に新しい姉妹を作らないように。わかった? おねぇちゃん」
「もぉー、なに言ってんだか、麻弥は。わたしの姉妹は、麻弥だけじゃん」
「わかった、わかった。信じてあげる」
なんだよぉー麻弥は。自分は“鮎美ねぇさん”とか言って、勝手に新しい姉妹作ってくせに…
ったく、やっぱ、麻弥に聞くんじゃなかった。鮎美ちゃんに聞けばよかったかも。
園田センパイのことが、妙に気に掛る様子の真結花ですが…
次回につづく…